05 山賊に服従した王女
05 山賊に服従した王女
ケントは山の中で一夜を過ごす。
そして次の日から、学園の生徒として授業へと参加した。
この学園のルールとして、授業中は職位による分別は無いことになっている。
おかげで山賊のケントでも、他の生徒から危害を加えられることは無かった。
午前の授業はオリエンテーションで、学園の敷地内を巡る。
午後からの授業は体育で、生徒たちは城の校舎のそばにある校庭に集められた。
体育教師の姿はそこにはなく、かわりに王子役のジャガノートがその場を仕切る。
ジャガノートはライオンのたてがみのようなボサボサ頭に、筋骨隆々としたタンクトップ姿。
とても王子とは思えないいでたちで、地鳴りのような大声をあたりに轟かせていた。
「じゃがっ! 今日の体育は、あそこに見える『鐘つき堂』を目指してマラソンをするんじゃ!
ゴールをくぐって、真っ先に鐘を鳴らしたヤツが優勝じゃ!」
ジャガノートは背後の遠方にある崖の上を、丸太のような腕で示す。
崖の上には、吹きさらしの鐘つき堂と、『ゴール』の看板が掲げられたゲートが見える。
ケントは生徒たちのいちばん後ろにいたのだが、後ろから二番目にいた体操服姿の女生徒たちがヒソヒソ話しをしていた。
「あの鐘つき堂って、この学園ができる前にあったものなんだよね?」
「うん、古い鐘つき堂にまつわる伝説って知ってる?」
「知ってる! 鐘つき堂でキスしたあと、男の子のほうが鐘を鳴らしたカップルは、永遠に結ばれるんだよね!」
「なにそれ、ロマンチック!」
「でも男の子が鐘を鳴らさずに崖から落ちちゃうと、その男の子は永遠の不幸に見舞われるらしいよ!」
「なにそれ、怖い!」
女生徒たちのヒソヒソ話をよそに、ジャガノートの説明は続く。
「今日の授業はマラソンじゃから、崖を登るのはナシじゃ! 鐘つき堂までの道があるから、そこを走っていくんじゃ!
うんと距離があるから、気合いを入れて走るんじゃ!
しかも今日は回収獣を用意したから、遅れたヤツは酷い目にあうんじゃぞ!」
『回収獣』とは、集団競争を行なう競技の最後尾を走り、遅れた選手に襲い掛かって競技からリタイアさせる役割のモンスターである。
校舎のほうから「プギー!」とブタのような鳴き声とともに、土煙が迫ってきた。
御者に操られながら現われたのは、『ブタビッグ』という戦車のように巨大なブタのモンスター。
生徒たちは「ひええ……!」と戦々恐々とする。
そのおびえように、ジャガノートはサディスティックに笑った。
「がはははははっ! ブタピッグにやられたくなければ、死ぬ気で走ることじゃ!
それと今回は、もうひとつ仕掛けがあるんじゃ! バッドの数に応じて、重りを身に付けるんじゃ!
バッド10につき、10キロじゃ!」
ジャガノートの手には『10kg』と書かれた小袋がいくつもぶら下がっていた。
その悪意のブドウのような存在に、ケントは心の中で眉をひそめる。
――完全に、僕狙いのようだな。
ケントの予想どおり、バッドを10以上付けられている生徒はケントを除いて誰もいなかった。
一般生徒の場合、バッド数は自分のものしか知ることができない。
しかし王子は特別な権限を与えられているので、全校生徒のバッド数を参照することができる。
そのためごまかすこともできず、ケントは合計で100キロもの重りを腰に付けられてしまった。
ジャガノートはすっかりご満悦。
「がはははははっ! いい格好じゃのう、ケント! それでは全員、スタート位置につくんじゃ!」
ジャガノートは号令をかけながら、スタート地点に停めてあった、馬のいない馬車に乗り込む。
すかさず、数名の男子生徒たちが馬車を牽引するためのロープに取りつき、馬役を買って出ていた。
「ちょっと待ってください!」と異論があがる。
「ジャガノートくん! あなたは走らないの!?」
王子をくん付けで呼び、しかも意見できる人間などそうそういない。
ざわめく生徒たちを割って前に出たのは、金髪の美少女だった。
光をまとう髪をなびかせた彼女は、麗しくもりりしい顔つきをしている。
その深窓の令嬢のような品のある美しさからは想像もつかないほどの、強気な態度だった。
男子生徒たちはみな見とれており、「じゃがっ!? 誰じゃ!?」と振り返ったジャガノートも例外ではなかった。
岩のようなごつい頬を、彼女と目があったとたんにポッと染めている。
「お……おぬし……シトロンか……! 相変わらず、いい女じゃのう……!」
シトロンはバトリアン大帝国の王女であり、知らぬ者がいない有名人である。
彼女のこの学園での職位は『聖騎士』で、賢者と並ぶ王子の片腕的な存在であった。
ジャガノートは鼻の下を延ばしながら、シトロンを手招きする。
「シトロン、こっちへ来るんじゃ。特別に、ワシの車に乗せてやろう。
これでワシに続いて2位でゴールできて、たっぷりとグッドを獲得できるはずじゃ」
シトロンと呼ばれた少女は、驚いた様子で目を見開いていた。
「あ……あきれた……!
引率の先生役としてその馬車に乗っているのかと思ったら、まさかその馬車で競技に参加するだなんて!
そんなの、マラソンでもなんでもないじゃない! ただのズルです!」
「普通のマラソンならそうじゃのう」と鼻をほじるジャガノート。
「言い忘れておったが、今日のマラソンはなんでもありの『バトルマラソン』じゃ。
スキルも魔法も使い放題で、徒党を組んでもかまわんのんじゃ。
崖を登る以外のどんな手を使ってでも、いちばんにゴールにたどり着けばいいんじゃ。
ワシにはこれだけの馬がいたから、利用しているまでのことじゃ」
「授業中は、職位は関係ないはずでしょう!?
それなのにあなたは王子の権限を振りかざして、弱い立場の生徒を馬扱いするだなんて!」
「じゃがのう、コイツらが勝手に馬になってるだけで、ワシは命令した覚えはないんじゃがのう?
悔しかったら、おぬしも犬ぞりでも用意してみるんじゃなぁ」
「だ、誰が、そんな卑怯なことを……!
わたし、走るのには自身があるの! 自分の脚で、ぜったいに1位になってみせるわ!」
「そういえばそうじゃったのう。なら、こういうのはどうじゃ?
もしおぬし以外のヤツが1位になったら、ソイツの言うことをなんでも聞くんじゃ」
それは見え透いた挑発だったが、シトロンは負けず嫌いなのか、すぐに乗ってしまう。
「いいわ! そのかわりわたしが勝ったら、そんな卑怯なマネは二度としないって、約束して!
ジャガノートくんは、全校生徒のお手本となるべき王子様なんだから!」
シトロンが賞品になったことで、男子生徒たちのやる気が俄然でてくる。
ただひとりの男子を除いて。
――シトロン姫……あんな約束をして大丈夫なのだろうか?
おっと、僕にはもう関係ないことだったな。
ケントはスタート位置につく生徒たちを眺めながら、ボンヤリとそんなことを考えていた。
しかしシトロンはなぜか生徒たちの間をぬって、最後尾にいるケントの所までやって来る。
シトロンはケントには目もくれず、ケントの目の前でくるりと背を向けると、信じられない行動に出た。
なんとシトロンは、しゃがみこんだあとに前傾姿勢となり、お尻を差し出すようなポーズを取ったのだ。
この学園の女子の体操着は、チアガールのようなカラフルなデザインとなっている。
スカートもとても短く、少し屈んだだけでスカートの中にある白いフリルがチラ見えするほどだった。
そんな服装でそんな格好をしたものだから、シトロンの形の良いお尻がケントからは丸見えになってしまう。
いちおうアンダースコートと呼ばれるものを上から履いているので、ある意味見られても構わないといえば構わないのだが……。
ここまであられもなく見せつけられると、さすがのケントも呆気に取られる。
前列の生徒たちもシトロンの痴態に気付き、悪夢を見たかのような表情になっていた。
「あ……あれは!? バトリアン大帝国に伝わる『服従のポーズ』……!?」
「あのポーズをした相手に一生、身も心も捧げるっていう、あの……!?」
「な、なんで王女のシトロンさんが、山賊のケントに服従してるんだ……!?」
「普通、逆だろ……!?」




