04 荒業『そっちのパイもよこせ』
04 荒業『そっちのパイもよこせ』
カイトがママのパイを受け取ろうとした直前、ふたりの間に三色の文字が次々と浮かび上がる。
おびただしい数となったそれは、村人を襲う賊のようにグルグルと回りだした。
赤色の文字で、【うわっ!? コイツ、ケントのヤツにメシをやってやがる!】
青色の文字で、【バカなの!? 大きいのは胸だけで、脳みそはちっちゃいの!?】
黄色の文字で、【オッパイ見せてくれたら見逃してあげてもいいんだけどなぁ!】
ママは無垢な村娘のように目をぱちくりさせていたが、ケントはすぐに察した。
――これは、メッセージ……!
中継を観ている視聴者は投票のほかに、生徒や教員に向けて短いメッセージを送信することができる。
文字の色でどこから送られたのか判別でき、赤がバトリアン大帝国、青はインテルル神羅国、黄はプレジアス極天国からのメッセージである。
ママは山賊のケントにやさしくしてしまったがために、誹謗中傷のメッセージを送りつけられてしまったのだ。
それだけならまだしも、ママの頭上には『バッド』の得票を示す数字が現われ、みるみるうちにカウントアップしていく。
ケントはすかさず飛び退いた。
「寮母さん。やはり、僕は良い子にはならない」
「あっ!? 待ってケントちゃん! ああっ!?」
ケントに追いすがろうとしたママは、なぜか何もないところで躓いてしまう。
手にしていたパイを、ケントの顔面にぶつけそうな勢いで前のめりに倒れてきた。
迫り来るアツアツのパイ。
弾丸すらもかわしたことのあるケントにとって、このくらいの回避は造作もなかった。
しかしここでかわしてしまうと、寮母は地面に叩きつけられてしまうだろう。
選択肢はふたつにひとつ。
ママを見捨ててパイをよけるか、パイを食らってママを助けるか。
究極の選択を迫られるケントの脳裏に、閃光が走った。
その光の向こうから、燦然と輝く文字が浮かび上がってくる。
荒業 そっちのパイもよこせ(アクティブ)
パイを奪い取ることができる。しかしパイの種類によってはその場で食らう。
ケントは新しい朝を迎えたかのように、目を見開いた。
――これが、『荒業』……?
俺は今、山賊のスキルを思いついたというのか……?
しかし、この意味不明の効果はなんなのだ……?
結局パイを取れるのか、取れないのか、どっちなのだ……?
しかしもう考えているヒマなどない。
ケントは反射的に宣言する。
「そっちのパイもよこせ」
ケントの身体はパイの強奪を専門とする山賊のように、無意識のうちに動いていた。
顔に迫ってきたパイを右手で跳ね上げ、落ちてきたところを手のひらでキャッチする。
――よし、パイは受け止めた。あとは寮母さんを……。
しかしケントの身に、今まで起こりえなかった災難が降りかかる。
なんと何もないところで、つるんと後ろに滑ってしまったのだ。
賢者として様々な訓練を受けてきたケントは、油をまかれた氷の上で戦っても足を取られることなど無かった。
それなのに、まるで寮母さながらのドジっ子転倒をカマしてしまったのだ。
それでも寮母を助けようと、彼女の下に滑り込むようにして倒れるケント。
その眼前に迫る来るものに、ケントは荒業の効果を身を持って思い知らされる。
――『パイの種類によってはその場で食らう』って……。
そっちのパイかっ……!
ケントは心の中でのツッコミと同時に、寮母の豊乳を顔面で受け止めていた。
……ぼみゅぅぅぅぅ~~~~んっ!
その光景を目にしていた者は、きっとこんな擬音も耳にしていたに違いない。
それほどまでに、衝撃的な瞬間であった。
寮母ママの新生児ほどもありそうな大きさの胸が、ケントの顔面を完全に覆っている。
しかも弾力のありすぎるその物体はケントの顔に貼り付くように密着してきた。
ケントの鼻腔をミルクのような甘い香りが覆い尽くし、まるで授乳されているように口の中まで甘く感じる。
それは、男なら誰しもが一瞬にして幼児退行してしまいそうな魅惑の感覚であった。
ケントは魅了に抵抗する訓練を幼少の頃より受けていたので、ママのボインアタックにも辛うじて正気を保てていた。
「ああっ!? ケントちゃん! おいたしちゃダメぇ!
ケントちゃんが食べていいのはこっちのパイじゃなくて、そっちのパイなのぉ!」
しかしママは喘ぐように叫びながら、なぜかケントの頭を抱え込んでギュッと抱きしめて離さない。
おかげでケントは逃げることもできず、スライムに襲われたみたいにモガモガともがいていた。
こんなに手強いスライムに遭遇したのは、生まれて初めてのことである。
ケントは不意に、人の気配を感じた。
パーティを終えて城から出てきた生徒たちが、寮に戻ってきたのだ。
「お、おい、見ろよ! ケントのヤツが寮母さんを襲ってるぞ!」
「チクショウ!? 俺たちの憧れの寮母さんになんてことを!?」
「なんてうらやま……いや、けしからんことを! ヤツを捕まえろ!」
どう見てもケントのほうが襲われている立場なのだが、嫉妬に狂った男たちに常識は通用しない。
ケントはなんとかママのハグから抜け出たが、追っ手がすぐそばまで迫っていた。
「待て、ケント! 逃がさんぞ!」
「僕は悪い子だから待たない」
男子生徒たちは血眼だったが、ケントは短距離走者のような走法で一気に突き放す。
みなから距離を取ったのを確認すると、安全圏まで避難した野良猫のようにチラッと振り向いた。
「任務完了。寮母さんのパイはどっちも頂いた。それでは失礼する」
メガネを外して拡大させた目から、流れ星のようなウインクを飛ばすケント。
呼応するかのように、彼の身体は星屑のような光に包まれはじめる。
それは時価数億円の宝石を盗み、身にまとう怪盗のように危険な美しさに満ちていた。
この騒動を遠巻きに見ていた女生徒たちは、またしても見とれている。
「き、きれい……!」
「山賊っていうよりも、星の王子様みたい……!」
「わ、わたしのパイも、奪ってほしいなぁ……!」
カイトの目の前には、ステータスウインドウが出現していた。
『レベルが2になりました! 新スキル「道端の石っころ」を覚えました!』
道端の石っころ(パッシブ) 状況に応じ、道端の石のように目立たなくなる
彼はレベルアップまでも、クール&セクシーであった。
しかし心の中は曇り空。
――寮母さんを裏切ったから、レベルアップしたのか……。
そうか、これが山賊というものなのか……。
ならば僕の進むべき道は、ひとつ……!
ケントは新たなる決意を胸に、倒れたままの寮母を一瞥した。
「寮母さん、これでわかっただろう。
すべてを奪い尽くされたくなければ、僕にはやさしくしないことだ」
「ま……待ってぇ、ケントちゃん!」
手を伸ばしてすがるママの頭上にあったバッドが、キリリとしたドヤ顔のケントに転移する。
観ていた者たちも、ケントの挑発にまんまと乗ったようだ。
ケントは奪い取った食べるほうのパイを、ピザ職人のようにひとさし指でクルクルと回しながら山へと走っていく。
――よし。狙い通り、寮母さんのバッドを僕に移すことができた。
バッドは無能の証でもあるので、付きすぎると学園側からペナルティを下されることがある。
ケントはもう孤独な山賊だったので、いくらバッドが付いても構わないと思っていた。
もしケントが普通にパイを受け取っていたら、今ごろはケントだけでなく、ママリアまで低評価爆撃を受けていただろう。
ケントは、こんな自分を少しでも助けてくれようとしてくれたやさしい寮母に、被害が及ぶのだけは避けたかったのだ。
木の上に逃れたあとで、ゆっくりとパイを味わいながらステータスウインドウを開いてみると、バッドの評価はついに100に達していた。
――これは、明日から大変なことになるかもしれないな……。
これからのことを考えると気が重いが、それにしても最高のパイを味わった直後なので、並の男なら狂喜していてもおかしくはない。
しかしケントの表情は、ずっと変わらぬまま。
寮母のパイは俺のモノ、みたいなポーカーフェイスが、視聴者の男たちをさらに苛立たせるのであった。




