01 山賊になった賢者
01 山賊になった賢者
人生というものが配られたカードとするなら、ケント少年の手札はブタ以下だった。
しかし彼はいつも、ロイヤルストレートフラッシュを手にしているかのような立ち振る舞いをする。
それが、大国の王族たちにはなによりも鼻についた。
ケントは、ひとつめの大国の大臣に向かって訴えていた。
「……バトリアンの大臣、ハンマハンマ様。
僕は先日行なわれた、賢者を決めるための剣術大会で優勝を果たしました。
それでもなお、この僕を賢者として召し抱えてはくださらないのですか?」
バトリアン大帝国は、力こそがすべての軍事大国である。
民間からの登用権をあずかるハンマハンマ大臣は、ケントと同い年の少年。
彼は無骨でいかにも武人といった風情で、分厚い唇をさすりながら答えた。
「はんっ! ケントよぉ、お前は武力はそこそこあるようだが、いかつさがまったくねぇじゃねぇか。
この国の賢者になりたいなら、小手先の剣術なんかより、ひと睨みで百万の軍勢をビビらせる迫力が欲しいだよなぁ。
まぁ、優男だらけのインテルルなら召し抱えてもらえるかもしれんから、そっちへ行けよ」
しっしっと追い払われたケントは、ふたつめの大国の大臣を訪ねた。
「……インテルルの大臣、イングリッヒ様。
僕は先日行なわれた、賢者を決めるための学力試験において1位となりました。
それでもなお、この僕を賢者として召し抱えてはくださらないのですか?」
インテルル神羅国は、知性を重んじる魔法国家である。
例によって大臣は同い年。賢人といった風情で、シャープな口元に指を添えながら答えた。
「ノー。ケントよ、そなたはインテリジェンスはリトルあるようですが、謙虚さがまったくナッシングですね。
この国の賢者であるならば、ミーに意見するのはバッドなのです。
出しゃばりにはプレジアスがお似合いでしょう。……ブリーズ、どうぞゲットアウトを」
へんなため息とともに追い出されたケントは、最後の大国の大臣を訪ねた。
「……プレジアスの大臣、ラッキーデイ様。
僕は先日行なわれた、賢者を決めるためのダンス大会で……」
プレジアス極天国は、享楽と消費にふける商業国家である。
同い年の大臣は遊び人といった風情で、ビールの泡のついた口をプハッとさせながら、ケントの言葉を遮った。
「きゃはっ! ケントってさぁ、なんか陰キャっぽくない?
この国で賢者になりたいんだったらさぁ、もっと弾けてないとね!」
この世界を支配している三つの大国。
ケントは賢者として召し抱えてほしくて、ずっとその身を捧げてきた。
しかし王族たちは、口を揃えてケントを拒絶する。
聡明なる少年には、その理由がわかっていた。
ラッキーデイの執務室をあとにしながら、愛用のメガネの位置を指先でクイッと直すケント。
――大臣たちは何かと理由をつけてはいるが、すべては家柄だ。
僕がみなし子であるから、認めてくれないのだ……。
三国の王室はこぞって「生まれを問わず、能力がある者は重用する」などと喧伝している。
しかしそれは、『都合のよい労働力の確保』や『やりがい搾取』をするための方便にすぎなかった。
『がんばれば誰でも賢者になれる』などという張り紙が、三国の至る所にある。
この張り紙に騙されて志願しようものなら、『準賢者』という名ばかりの職位を与えられ、一生搾取されるハメになってしまう。
庶民や貧民の出身で、勇者や賢者になれた者は誰ひとりとしていない。
ケントはその初めての存在になるべく、身を粉にして三国に尽くしていた。
しかし三国の王族たちはその実力を認めるどころか、賢者にしろとうるさいケントを疎ましく思う始末であった。
なぜならばケントを重用してしまった時点で、この世界の常識がウソだとバレてしまうから。
家柄の良い者だけが有能で、悪い者はみな無能だという歪んだ常識を、時の権力者たちは頑なに守り続けてきたのだ。
それからしばらくして、ケントは大臣たちの勧めによって、ある学園に入学することとなる。
その名も『三国立 第四立国学園』。
この世界に四つ目の大国を作るための、人材育成を目的とした学園であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『三国立 第四立国学園』は、三国に囲まれた、中立の地域に新たに作られた。
この地域は、三国からの支配を拒否し、複数の独立国が集まった小国群である。
三国の者たちは、この小さな国々を蔑みをこめて『蟻の巣小国群』と呼んでいる。
学園の入学式は、城のように立派な校舎の展望台で行なわれた。
展望台にはステージが設けられ、司会進行役のネズミ顔の教師が、魔導マイクを片手に声を張り上げている。
『ギンギン、ペンギン、いぶし銀! 私は、教頭のコシギンだ! みんな、入学おめでとう!
これからみんなには、通常の学校教育の他に、擬似的に国家の運営に携わってもらう!』
校舎の城の周りには小規模な建物が並んでおり、それは必要最低限の城下町のようになっている。
城下町から離れた場所には、天を衝くほどに高くそびえる白い塔があった。
『この城を学び舎とし、城下町を拠点とし、あそこに見える「白の塔」の中を探索!
得られた資源で、この土地を発展させるのがみんなの使命であるっ! いいなっ!?』
コシギン教頭が檄を飛ばすと、白い海原のように広がっている制服の新入生たちが「はいっ!」と声を揃えて返事をする。
『白の塔』は謎の建築物とされており、神々がもたらしたものと言われている。
塔はかつて三国にも存在したことがあり、塔の中から得られた資源のおかげで三国は大国にまで発展していた。
それと同じ塔がアントヒル小国群にも出現したので、三国がこぞって介入し、周囲に学園を作り上げたのだ。
コシギン教頭は『擬似的な国家の運営』と説明しているが、それは表向きの話。
三国の王族たちは、この疑似国家が発展した時点で、正式に大国として承認するつもりでいた。
そうすれば、これまで三国に反抗的だった小国群をひとつにまとめあげることができる。
そのあかつきには、三国にとって傀儡同然の国ができあがり、新たなる奴隷や資源がたっぷり手に入るという寸法あった。
さらに王族たちは一石三鳥とばかりに、この学園にケントを追いやり、そのまま社会的に抹殺することを目論んでいたのだ。
コシギン教頭は、ステージの奥に設えられた巨大な水晶板を示しながら続ける。
『それではこれからの学園生活にあたり、職位を発表する!
この水晶板に順次表示されるから、ギンギンに見ておくんだぞぉ!』
職位とは、国家運営に必要な役割を、生徒たちに配分することである。
たとえば『武器屋』の職位を与えられた生徒は、城下町で武器屋を営むことになる。
もちろんこの役割は適材適所の配慮がなされており、『武器屋』の職位を与えられるのは武器商人の息子と決まっていた。
そしてケントも、入学前に王たちから聞かされていた。
「この第四立国学園で、ケントを『上級職』として推薦しておいた」と。
準賢者の上級職といえば、『賢者』しかない。
――疑似国家とはいえ、僕はこの地でついに賢者になれるんだ。
そして、これからの学園生活は魔導装置を通じて、全世界に中継されることになっている。
各国の王族たちもご覧になっているはずだから、ここで賢者としての能力を示せれば……。
僕は、本当の賢者になれるかもしれないんだ……!
真新しい制服に身を包む新入生たちの中に、ケントはいた。
キッチリと切りそろえられたツーブロックの髪に、愛用のスクエアのメガネ。
シワひとつないワイシャツの胸ポケットには、賢者小学校を首席で卒業した時にもらった万年筆が入っている。
この学園の制服は、男子はワイシャツにスラックス、女子はブラウスにスカート。
その上から、与えられた役割がわかる上着を着用する決まりとなっていた。
いま、ステージ上の水晶板には第一産業系の役割が表示されている。
ステージの脇に置かれた女神像からは、ひっきりなしに光の玉が放出されていた。
光の玉は新入生たちの元へと飛んでいき、光に包まれた生徒は農夫や木こり、漁師や猟師の格好になっていく。
水晶板はじょじょに高位の者たちの役割を発表していき、聖女や騎士、アサシンやニンジャなどの上級職にさしかかる。
そしていよいよ『賢者』の番となったのだが、そこにケントの名前は無かった。
賢者 アタマイン
賢者 テンサイン
賢者 カシコイン
そこにあったのは、かつてケントが通っていた賢者小学校の同級生の名だった。
賢者の名門とされる、家柄だけは申し分ない者たちである。
自分たちの役割が決まり、嬉しそうな新入生たち。
ケントはその中でひとり、眉をひそめていた。
――この僕が、賢者ではない……?
では、いったい何の役割に……?
愛用のメガネを指先で直し、水晶板を見つめなおすケント。
ステージ上では、コシギン教頭が持ち前のキンキン声を響かせていた。
『それでは最後に「王子」の発表だぁ!』
『王子』というのは生徒会長のようなもので、要するにこの学園の最高権力者のことである。
その上に『王』という職位があるのだが、それは学園生活が始まった後で、投票により決まる仕組みになっていた。
ここでステージ上のコシギンは肩をすくめ、表情でケントを見下ろす。
『あっちゃ~! どうやら自分が王子になれるんじゃないかと、ギンギンに勘違いしてるのがいるみたいだぞぉ!
それじゃあ王子の発表の前に、その勘違いくんの職位の発表といこうかぁ!』
ケントは少しもそんなことは思っていないのだが、コシギンは出っ歯をこれでもかと剥き出しにしてニヤニヤしていた。
『みんなぁ、どんな職位でも、勘違いくんをいじめちゃダメだぞぉ!』
わざとらしい声とともに、手をかざした先の水晶板には、
『山賊 ケント』
とあった。




