僕ら
「シゲルさんがいなくなったよ」
「知ってる。先週、僕が話聞いた次の日だよ。最悪」
「シゲルさん、引きこもってたって聞いたけど、よく会ってくれたな」
「むしろ自分から話をしたいって感じだった。でも話をしたあと、ケンスケを探さなきゃってぶつぶつ言ってて。この集まりにも誘ったんだけど、結局連絡くれなかった」
「やっぱりケンスケの幽霊が俺たちを呼んでるってことなのかな」
怯えた様子なのは、ヒデだった。
「呼んでるというか。探してほしい感じか。あの日の隠れんぼは終わってないってことなのかもな」
落ち着いているのは、ユウイチだ。
「どうやったら終わるのかな」とヒデ。
「三人か」
そう、これで消えたのは三人目。ケンスケも含めると四人だ。
ケンスケがいなくなってから、半年の間に、かくれんぼに参加していた二人の下級生が消えた。二人がケンスケの夢を見ていたのかはわからないけれど、いなくなる前に、お堂の方向に向かっていくのが目撃されていて、一人は持ち物がお堂の外に落ちているのが見つかっている。
その後、お堂は本格的に施錠されて入れなくなった。周りで遊ぶ子供もいなくなり、僕らも、近くに行くことすら避けるようにしていた。
僕と、ユウイチとヒデ、三人で集まったのはずいぶん久しぶりだ。僕とユウイチは県内の別の大学の一年生になっている。ヒデは、工業高校を出て親の工務店に努めており一足早く社会人だ。僕とユウイチの夏休みが近づいたある日、ヒデから突然に連絡があった。ケンスケが夢に出てくるのだと。
「気のせいかもしれないけど、こないだ、うちで親の友達の小さい子供預かってさ、遊び相手をさせられたんだ。よりによってかくれんぼでさ。おれが鬼で弟たちを探すとき、もういいよって言ってる声が耳元に聞こえたんだ。間違いない。ケンスケだった。それから、あいつ夢に出るんだ」
僕は反応に困って、電話口に「気の所為じゃないか」などと適当な受け答えをしてしまった。
「適当言うなよ。違うよ。絶対違う。だから、タケルとユウイチと話がしたいんだ。どうしたらいいか相談したい。それに、ケンスケのお兄さん、シゲルさんって今、引きこもってるだろ。俺聞いたことあるんだよ。ケンスケの夢を見るって悩んでるって。タケルはさ、シゲルさんと中学で部活いっしょだったろ。話聞けないかな」
そんな相談を受けて、僕がシゲルさんに話を聞いた上で集まろうということになった。
夏休み、僕の家に集まると、母が嬉しそうにジュースと切ったスイカを持ってきてくれた。
僕のせまい部屋で三人で顔を突き合わせて、早速出た話題はシゲルさんが消えたという話だった。シゲルさんは、ケンスケを探しに行くと言って家を出て、戻ってこなかったらしい。お堂の近くで目撃されているので、お堂や奥の山の中を捜索されたのだが、二週間たっても見つかっていない。
先月に、僕がシゲルさんにあったときの話を二人に報告すると、ヒデが沈痛な面持ちでいる。
「おれもやばいじゃん。なんで」
ケンスケの声が聞こえてから、ヒデもまたあのお堂の夢を見るのだという。中から聞こえる声はケンスケのものだろうとヒデは言う。夢の中でお堂の中に入ったことがあるが中にはだれもいなかった。シゲルさんもそうだったらしいとわかっている。
ただし、シゲルさんの場合は、起きている間にもケンスケの姿を見ることがあったと言っていた。だから、ヒデも、もし、起きている間にケンスケが現れるようになったら、本格的にまずいのかもしれない。その前になんとかしないといけないのではないかと、そうユウイチとヒデに伝えると、ヒデが真っ青な顔で言った。
「なんとかするって言ってもどうしたら」
「それ、ちょっと真面目に考えようぜ。ケンスケがどこに消えたのか、どこに隠れたのか。そのために俺らを呼んだんだろ」
今日の集まりは、もともとヒデの相談に乗るのが目的だったが、シゲルさんが消えた今、緊急性が増していた。
「さっきもユウイチが言ったけど、ケンスケを見つけるまで隠れんぼが続くということなんだと思う」
「それで、何でみんな消えるんだ」
「シゲルさんは、かくれんぼで負けるからって思ってたみたいだけど。いつまでもケンスケが見つけられないと、ケンスケの方が鬼になって、僕らを探しにくるとも解釈できるし。ケンスケが単純に仲間がほしいのかもしれないし」
「俺たちがかくれんぼしてたときは六人だったけど、シゲルさんは入ってなかったよな。それに、あのとき鬼をやってたのはタケルだぜ。最初にタケルに探しに来いっていうのが筋ってもんだろ」
「幽霊かお化けがわからないけたど、そういうものに道理を説いてもしかたないんじゃない。それに二人は兄弟だから、やっぱり特別なつながりがあるのかも」
「いや待ってよ。幽霊が前提になってるけど、それどうなの。そんなのおかしいでしょ」
「ヒデ、一番やばいのはお前なんだから、あきらめて真剣になれ」
「そうだけど。そうなんだけど、幽霊とか怖いじゃん」
怯えるヒデは置いておいて、可能性を考えてみることにする。
お堂の中に入ったのはなぜか。
シゲルさんが言うには、ヒーローになりたかったからだと言う。それはありえるかもしれない。ヒーローというか、みんなに注目されたかったんだ。それに、田舎の迷信みたいなものを嫌っていたから、お堂に入っても平気だと証明したかったのかもしれない。
僕がそう話すと、「そうかもしれないけど、ケンスケが隠れた理由は、今更なんじゃねえか」と、ユウイチは言う。
確かにそうだ。大事なことは、ケンスケはどこにいるのか。生きているのか死んでいるのか。何を求めているのか。どうすれば、ヒデが助かるのか。
僕らは、あの日のことを話し合った。
「お堂の中で消えたとすると超自然的に過ぎる。お堂の外でどこかに消えたというのが大人たちの見立てだ」
ユウイチは落ち着いた声で話す。
「密室で消えたとなれば、隠し部屋や隠し通路が定番だけど、屋根裏や床下に隠れる場所があったとは思えない。大人たちもそれは調べてたし、警察も調べてるし可能性はほぼない」
「見落としってこともあるんじゃないかな」
「そもそもそんなスペースがあのお堂にあるか」
「ないよね」
そもそもお堂に入っていないということはありえるだろうか。これはあり得る。
みんな音しか聞いていない。入るところを見た人はいない。しかし、階段を降りていくことはできなかったはず。だって、階段の下には僕がいたのだから。
百歩譲って、シゲルさんの言うとおり、僕らが聞いたもの見た者が集団幻覚の類であるとして、ケンスケは山の中に入っていったのかだろうか。なぜそんなことをする必要があるのか。
それとも誰かにさらわれたのか。だれが。変質者か。そんな目撃情報はなかったはず。あの場には少なくともいなかったけれど、山の中には誰かがいたのかも。人がさらったとは限らない。山の神様。神隠し。
お堂に入っていないならば、帽子がお堂の中に落ちていたのはなぜだ。あの帽子はケンスケが当日に被っていたものだ。前日から仕込んでいたとすれば、帽子が二つあったことになるが、あの帽子はプロ野球選手のサインいりで一点物だったはず。ケンスケが大事にしていた帽子だった。
帽子がケンスケのものだということは、警察も確認している。毛髪も付着していた。
ならば、やはりケンスケはお堂の中にいたのだろうか。お堂の中からケンスケの声を聞いたし、お堂の中の箱の蓋が動くのも見た。
そんな思いつきを僕がつらつらと喋ると、ユウイチとヒデが突っ込む。こういうとき、物事を整理するのは僕の役目になっている。僕が選択肢やアイデアをああだこうだと並べ立てると、ユウイチが突然一番の答えを出す。小学生のころからそうだった。そして、ユウイチは行動力もピカイチなので、今日はどんな選択をするのかもユウイチに、かかっていると言ってもよい。
「やっぱり箱の中だな」
ユウイチが断言するように言った。
「警察がしらべたんじゃないの」ヒデが、おずおずと言う。
「当然、大人たちが調べてたはず。お堂の中に箱があったのに開けないなんてことあるかな」
僕が考えを述べると、ユウイチが静かに答えた。
「なかったんだよ」
なかった。何が。箱が。いや、僕らは確かに見たはずだ。
「うちの叔父は警察だし、当時の事件捜査にも関わってたんだ。タケルがシゲルさんに話を聞きに行くって言うから、俺も少しは情報収集しようと思ってな」
ふう、と一息つくユウイチ。
「大人たちがかけつけて警察もお堂に入って、だれも箱なんて見なかったんだ。だから、集団幻覚だということになった」
そんなばかな。
「あったよ。箱。僕らは見たはず。白っぽい木の箱だったよね。二人も見たよね。いやいやいや、だって、僕らは警察の人に付き添われて、現場を確認したよ。そんとき箱があったじゃん」
「だから警察も驚いてたんだよ。俺たちにだけ、箱が見えてたんだ。大人には見えてなかったんだよ」
ユウイチは腕を組んで少し上を見てから、僕らを見て言った。
「今、大きく二つの案が考えられる。一つは、ケンスケは存在しない箱の中に隠れている。そこはこの世ではないどこかだ」
「もう一つは?」
「俺たちが見たのは幻覚で、ケンスケはお堂になんて入らず山に消えた。この場合、さっきタケルがいろんなパターンを考えてくれたけど、犯罪者遭遇説と、事故説、神隠し説がありえると思う」
「結局、絞り込めないってこと」
「そうだ。そして、俺たちがすぐにアクションを起こせるとしたら、箱を探すくらいしかできないと思うんだ」
「つまり」
「行こう。お堂に。今から。今は他にやれることが思いつかないし。明るいうちにさ。もし箱が見えたら、誰か別のメンバーにも見えるか確認してもらわないとな」