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箱の中  作者: 円坂 成巳
2/6

ケンスケは消えた

「もういいかい」「もういいよー」


 子どもたちの声が響く。

 その小さい神社らしき木製の建物の周囲は木が覆いかぶさるように立ち並ぶ。切妻屋根に観音開きの扉という単純な構造で、彩色もない小さい見すぼらしい祠だ。山の神様の祠とは聞かされているが、どんな由来なのかはよくわからないし、観光者向けの説明書きも何もない。

 この建物を、小さい方のお堂あるいは山の神様のお堂と皆が呼んでいた。近くのお寺の後ろにあるきれいな大日堂と比べてのことだ。神社はお堂じゃなくて祠というらしい、などという本で読んだ知識をひけらかしても無視され不満だったが、僕も単純にお堂と呼ぶようになっていた。

 大日堂とは違ってほとんど管理されている気配もなく、町内会の清掃活動で年に1回か2回、子どもたちも手伝わされていたが、町内会でも由来はよくわかっていないらしい。

 僕らが通学で使っている山沿いの道からふっと外れたところに、そのお堂はあった。寺の近くで地域のお祭りで使われる小さな広場と隣接してお墓があって、小道を挟むとすぐに山がある。山の名前は知らないけれど、蔵王山脈に連なる端っこの小さな山だ。小道が木々に覆われているため遠目にはわかりにくいが、山に向かって十段くらいの石段があり、その上にその祠が立っている。一見は物置かと思うが、石段の下に、これまた小さな鳥居があることから、お堂とか神社とかそういうものだと認識できる。

 お堂の前を通るときは、階段の下からでもあいさつするようにと祖母から言われていた。山の神様にあいさつをしろということだが、お堂に神様がいるのかというと、祖母はちょっと困った顔をして、神様は山にいるがときどき降りてくるんだと言っていた。

 この集落は、市の中心部から少しだけ離れた山あいのどん詰まりの集落だ。田んぼがかなりなくなって新興の団地ができかけているが、僕の住む家はどん詰まりの先の方なので家はちらほらしかない。

 集落全体は若い家族も子供も多い。市の中心部に通いやすい田舎ということで一定の需要があるのだというのが父が前に話をしてくれたのを覚えている。コンビニはないが、新しい団地内にはドラッグストアまで出来ていた。

 最近では、お堂の近くまで、新しい住宅は進出してきた。遊んでいるのは、きっと越してきた子どもたちなのだろう。地元の人間は今はここで子供を遊ばせることはしないからだ。

 小学生の頃は僕らもここでああして遊んでいたものだった。しかし、あるときから僕らは、もうここには近づかないようになった。清掃の手伝いも絶対に行かない。かくれんぼという遊び自体も僕らにとっては禁忌となった。

 正直、よくない思い出があるからだ。


 今思えば、小学生になる前にあったあれも関係があるのかもしれない。祖母が保育園に迎えに来てくれて、手をつないで散歩して、いつも通りお堂に向かってあいさつすると、お堂から声が聞こえた。「ああ」とか「おお」とかそんな声が、小さい声なのに耳に響いた。子供のように思った。

 祖母には聞こえなかったようたが、僕が聞いたものの話をすると、祖母は私の肩を掴み言った。


「山からおりてきとるんだ。絶対お堂さ近づくんでねえぞ。数日待でばいなぐなっがらな」


 あれほど怖い祖母の表情を見ることは後にも先にもなかった。


「なにがいるの」と震える声で問うと、祖母は言った。


「山の神様が降りてきてる。さらわれるから近寄っちゃなんね」


 この話は集落全体に伝わったようで、数日は、だれもお堂に近づかないように言われて、子どもたちも家の中で遊ぶか寺の方で遊ぶかしていた。

 お堂の前に寺の坊さんや神社の人たちが来ていたが、何をしているのかはわからなかった。

 それだけの話なのだが、ここは怖い場所なんだという思いが、そのときに植え付けられたのだと思う。

 次に起こったことが、僕らにとっても集落にとっても大事件だった。

 子どもがいなくなったのだ。いなくなったのはケンスケ。僕の一つ下で、背は僕とおなじくらいで小さめだが大きく少しひねくれていた。地元でも大きめの建設業者の社長の次男だ。


 その日は、かくれんぼをして遊んでいた。

 広場は、中学生に6年生が混ざった上級生のグループがサッカーをしていたため、低学年グループの僕らはお堂の方で遊んでいた。ケンスケの兄のシゲルがいたので、はじめはサッカーに混ぜてもらおうとしたけど、のけ者にされたのだ。でも、中学生の先輩の中にサトルが混ざっていたのでいっしょでなくてよかったと思う。

 サトルは、市長の三男で、中学生たちの中ではリーダー格だが嫌なやつだ。サトルが何かにはまっていると、そのごっこ遊びに下級生たちも突き合わされることになる。しばらく前は仮面ライダー。もちろん僕は雑魚怪人役だ。最近は探偵小説を読んでいるようで、犯人あてごっこをやらされるのだった。僕の友達の中でも頭がいいの ユウイチは、いつも推理がむちゃくちゃとか筋が通っていないとか文句を言っている。僕はだいたい死体役をやらされていてつまらないのだ。


 ジージー、ミンミンミンミンという蝉の声。音の洪水の中で目をつぶっていると、自分の居場所がわからなくなってくる。みんなに背を向けているので、真面目に目をつぶる必要はないのだけれど、遊びでもルールは守りたいのだ。

 僕らのかくれんぼはどこに隠れてもいいが、お堂の中に入ることは禁止されていた。そもそも、お堂は鍵がかかっていたし、大人たちから山の神様の居場所と言われては、だれも扉に手をかけようなどと発想しなかった。だから、普通はお堂の後ろか、近くの茂み、大きめの木の裏などに隠れる。

 でも、ケンスケは前からお堂の中に隠れられるんじゃないかって言っていた。神様と言われてもぴんときていなかったどころか少し馬鹿にしていたところがあった。

 僕らだって山の神様なんて大人に言われて信じていたわけではなかったけど、でも、なんとなく恐れ多いような気持ちを感じてしまう。

 ケンスケはその日、お堂の中に隠れたらしい。らしいというのは、だれもケンスケが中に入るところを見なかったからだ。

 僕はかくれんぼの鬼で、階段の下で木に向かってお堂に背を向けて数を数えていた。みんな、お堂の後ろに隠れるか、木の後ろに隠れるか、近くの地蔵の後ろに隠れたりする。

 鬼はお堂の周りを回って、隠れる側も鬼の動きを予想して、さらに左右に移動する。先に見つかった子供たちは、あっちに逃げたとか、鬼が待ち伏せしてるとか、周りから好き放題に言う。それが、 僕らのかくれんぼだった。

 その日、ケンスケは皆が隠れるのを待って一番最後に隠れたらしい。だから、だれも隠れるところを見ていなかった。ぎぎっと言う聞き覚えのない音をお堂の後ろに隠れた子供が聞いていた。その音は僕にも聞こえていて、なんの音だろうと不審を覚えたのを覚えている。

 かくれんぼが始まってケンスケ以外の全員が見つかっても、ケンスケだけは見つからない。ずいぶんうまく隠れたと思って、参加していた五人全員で探してもみつからない。


「参った。降参。でてきてよ。おーい」


 呼んでも出てこない。近くの広場で遊んでいた年長組が三人、なにかおかしいと感じて集まってきた。ケンスケの兄シゲル、サトル、あともう一人はタイチ。

 シゲルは言った。


「みんな、探してないところがあるだろ」


 そして、お堂の扉に手をかけた。


「鍵かかってるから入れないよ」


 僕が言うと、シゲルが観音開きの扉の真ん中を指差した。


「鍵開いてるじゃん。ほら」


 左右の扉についた金属の輪っかに、一本の四角い木の棒というよりも板を通したかんぬきの構造である。横棒を抜けなくするため両端に四角い縦孔が空き、その孔には南京錠つきのチェーンが通されていたのだが、今見ると、南京錠とチェーンがかかっていなかった。横棒をスライドさせれば扉が開けられそうだ。

 そうか、ケンスケはここに隠れてるのかと僕は納得しそうになったが、ユウイチが言った。


「横棒がかかってる。これ中からはかけられないよ」


 かんぬきがかかっていることを指摘したのだ。「あ、たしかに」と僕はうなずく。


「開けないほうがいいよ」下級生のトモくんが不安そうに言う。


「おばあちゃんがだめだって。入ったら絶対怒られるし」


「ケンスケは山の方に入っていったんじゃないかな。あのへんから登ったのかも」ユウイチが茂みの獣道のような道とも言えない道を指差した。

 シゲルは扉を開けようとしているが、僕らや下級生はやめさせようとした。子供のころから教えられている禁忌だからだ。親に怒られるのも嫌だった。

 どん。

 音が響いた。

 扉を叩く音だ。心臓が止まるかと思った。

 どんどんどん、扉を中から誰かが叩いている。


「あけて、たすけて」


 声がした。お堂の中からだった。ケンスケの声だと思った。僕らは顔を見合わせる。


「どうした」


「兄ちゃん。兄ちゃん助けて。隠れないと。あいつが来る。兄ちゃん、みんな、おれのことちゃんと見つけてくれよ。もう隠れるから。箱の中だよ」


「おい、ケンスケ、中に何かいるのか。どうしたんだよ」


 シゲルが問いかけても、 まともな返事が帰ってこない。そして声も扉を叩く音も止まってしまう。


 シゲルが焦りながらかんぬきを力任せに外す。ずずずと重い音がして扉が開く。


 「ケンスケ!」


 叫んで、シゲルは中を覗く。


「暗いな。ケンスケ、どこだ。誰もいないぞ。出てこいよ。なんでいつまでも隠れてんだよ」


 シゲルが呼んでも返事はない。


「おかしいな。ケンスケ、おい」


 シゲルの声が大きくなるが、やはり反応はない。


 ちっ、舌打ちしてシゲルがタイチの手を借りて力を込め、扉を全開にして中に侵入した。

 僕ら年少組は、正直、どうしたらいいかわからず、それを見ているだけだった。光が差し込むがケンスケはそこにはいなかった。

 お堂の中には、御札が四方にも天井にも貼ってあるのがまず目を引いた。床には子どもがちょうど一人くらいなら入れそうな大きさの白い箱が一つぽつんと置いてあって、周囲から浮いていると言うか妙に目立っていた。その前には文机が一つ。文机の上に、ケンスケがかぶっていたプロ野球チームの帽子が置いてあった。シゲルがをそれを手に取ると「ケンスケのだ」と呟いた。プロ野球選手のサインが書いてある帽子。普段は壁にかけて飾ってあるのに、今日は使う気分だとか言って頭に載せていた。

 とん、音がした。見ると、飾りのない頼りない感じの白い箱のふたが、二回ほど浮いた。中から押したかのように。


「うわ」


「まじびびらせんなよ。そこかよ」


 シゲルは、恐る恐ると言った感じで箱の蓋を開いて中を覗く。

 シゲル以外は、お堂の入り口付近に固まって中を覗いて、お堂の中には立ち入らないようにしていた。


「いない」と焦った様子で入り口の僕らをみるシゲル。


「消えた」と大声で叫んだのは、僕の友達の太り気味のヒデ。ユウイチが、まさかと目を見開いた。


「大人、大人呼びに行かないと」僕が言うと中学生のサトルが俺が呼んでくると言った。


「みんなここにいろよ。ケンスケが近くにいるかもしれないから、大きな声で呼んでやれ。でも勝手に山に入るなよ。絶対だぞ。シゲル、タイチ、こいつら見とけよ。あと現場のものにはさわらせるなよ」


 サトルは、てきぱきと指示を出す。普段は嫌なやつだが、やっぱり年長だからいざと言うときは頼りになるんだなと感心した。そして、サトルは階段を駆け下りていった。「名探偵の出番だな」とか興奮した面持ちで言いながら走っていったので、今思うと不謹慎だったが、このときは、そんなことには頭が及ばなかった。市長の息子の言うことだから、すぐに警察や他の大人たちが来てくれるだろう。

 僕らは、怖くて、でも、勝手に帰るわけにもいかず、シゲルとタイチにくっついてみんなでお堂の周りを探したりケンスケの名前を呼んだりした。

 その日、大人たちによる捜索が行われたが、結局、ケンスケは見つからなかった。

 村では、神隠しとして扱われ、今でもケンスケは見つかっていない。

 だから、僕らはお堂にも近づかなくなったし、かくれんぼもやらなくなったんだ。

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