1ー2 四回戦の前に
野球部と差し入れに来た人物。
智紀が練習を休んだ日。
その智紀目当てだったのかわからないが、帝王の野球部のグラウンドには多数の観客が来ていた。福圓梨沙子の騒動も終息に向かったので、学校側も観客が練習の見学に来ることを許可していた。
その結果、いつもよりも多くの観客が周りを埋めていた。いつもだったら学校の女子生徒と熱心なOBくらいだったが、今日は男女比が半々くらいだ。それでも私服で来ている帝王の女子生徒や他校の制服を着て見に来ている女子もたくさんいた。
正直な話毎度三回戦までは前哨戦で、ここからが本番だと考えるOBやファンが多い。帝王ならシードを取ったら三回戦まででコケることはないだろうと信頼した上で応援している。だが四回戦からは強豪と当たる可能性が凄く高いので、最後になってほしくないから応援に来るのだ。
朝練を済ませて朝食を食べ終わったらグラウンドに勢揃いしていたのだ。初めての規模だったために一年生は驚く。
「毎年のことだ。気にするな」
真淵がそう言ってさっさと練習場へ向かう。それだけで女子生徒から「真淵くーん!」という黄色い声援がかけられるのだ。
他校生からも声を掛けられるエースの知名度に一年生は歯噛みする。二年後は同じように声援を受けられる選手になってみせると意気込んでいると、一緒に練習場へ向かっている三間を見付けた女子が笑顔で声を張り上げる。
「三間クーン!昨日のホームランすごかったよー!」
「公式戦初本塁打おめでとう!」
「次の試合も打ってぇ!」
三間がチヤホヤされたのを見て、こいつもかと全員の気持ちが一致する。確かに昨日の活躍は誰もが称賛する出来だ。代打でスリーラン、それがコールド成立のための決勝打と言っていい。一年生ながらバックスクリーンに叩き込んだことも含めて、三間へ声援を送る理由は納得できる。
納得できるからと言って、嫉妬しないわけではない。
声援を受けている三間も軽く手を振り返すだけで、まともに取り合おうとしていなかった。そのスカした姿が余計癪に触ったこともあるだろう。
不満を爆発させていた。
「クールキャラはお前に似合わねえよ、三間ぁ!」
「そういうのは智紀で間に合ってるんだよ!キャラ被らせてんじゃねえぞ三間ぁ!」
「どうせ女の子の声援に耳を貸さないのは元カノのこと気にしてるからだろ⁉︎女々しいぞ三間ぁ!」
「苗字伸ばすのやめろ!っていうかオレの理解度高くてキモいわ!」
「それだけてめえが単細胞だってことだよ!」
三間と一年生の一部がギャアギャア言いながらグラウンドに入っていく。三間の後は智紀を探し始めた観客たちだったが、智紀は既に練習を休むと連絡していた。今頃病院に行っている頃だ。
部員にも朝食の時点で通達されていて、昨日の試合が終わってから智紀が運ばれている場面を見ていた観客も試合後に倒れていたことを知っていたので、今日は練習を休むだろうと予測していたために探したりしなかった。
昨日あんな試合だったために休むなら休むで良いと、保護者ヅラする観客が多数いた。
これからに期待できる選手だからこそ、無理をせずに才能を伸ばしてほしいと考えるファンは多い。帝王ファン、野球ファンならそういう思考をするのだが、自分を見てほしい生徒はそう考えない。
今日の練習はまだ対戦相手も決まっていないので、試合に出た面々は調整のための軽いメニューとなった。その代わりベンチ外の一・二年生で急遽紅白戦をすることとなった。
秋の大会を考慮した戦力のピックアップと、この時期に試合を行うことを実際に体感してもらい、来年にその経験を活かしてほしいと考えたためだ。
紅白戦は二試合行い、ほぼ全員ハーフ出場させると東條監督は告げた。人数と時間的にフル出場はさせられないが、五回くらい実際にやってみて本人たちの今の立ち位置を把握させたいという狙いもあった。
あとは、二軍以下の面々は最近練習の手伝いばかりさせているので鈍っても困るのだ。夏が終わればすぐに秋が来る。その時一軍以外のメンバーが戦力にならないとなっても困る。
練習時間外に素振りなどをしているのは首脳陣も知っている。その地道な積み重ねが身を結ぶかどうかを見定めようとしていた。
「宇都美コーチ、お久しぶりっす」
「おお、倉田。その荷物、差し入れか?」
「帝王OB一同から持ってけっていう、いつもの伝統の奴ですよ」
宇都美コーチに声を掛けたのは去年ドラフト四位で横浜に入団した倉田。その倉田は親に出してもらった車でダンボールの箱をいくつも運んでいた。
帝王のプロ入りした者たちの伝統で、毎年夏になると去年入団した高卒ルーキーが三回戦が終わった次の日にプロ一同で購入したスポーツドリンクの粉や氷、ボールにプロでも話題になっている機械などを代表として寄付するのだ。
この時期はオールスターを境に後半戦が始まる時期。一軍に帯同している選手では早々高校に顔を出せない。
高卒ルーキーであればほとんどの場合が二軍で調整中なので、二軍の監督に言えば融通が効くのだ。倉田も今は二軍でプロとしての基礎を固めている頃だ。
「倉田、プロはどうだ?」
「ストレートなら全然対応できるんですけど、問題は変化球ですね。高校レベルと違います。守備はむしろどうにかなってますよ」
「そうか。お前は守備の名手として指名されたんだから、その評価は間違ってなかったか」
「俺の弟子はどうです?」
「間宮はちゃんとレギュラーとして活躍してるよ。体格の問題で長打は少ないが、シャープな打撃と出塁率、堅牢な守備には助けられてる」
「それは良かった。元々、間宮なら心配していなかったんですけど」
倉田は同じポジションの間宮を気にしていた。実力はあったものの、背丈と同じポジションに倉田がいたこと、セカンドに拘ったことで二年の夏の段階ではレギュラーになれていなかった。
倉田が引退した後は二番セカンドを手にしてずっとレギュラーだ。
間宮は一年生の時から、ずっと先輩でレギュラーだった倉田に弟子入りをしてずっと練習でひっついていたほどだ。
「今話題のもう一人はどこです?見当たりませんけど」
「宮下は熱を出してな。今日は休みだ」
「あー、精神に来ちゃいましたか。マネージャーの宮下が絶賛してましたけど、弟も人間だったんですねえ」
「姉の話八割で聞いておけ。……いや、かなり的を射てはいたんだが。むしろ予想以上だった」
「能力も話題性でも規格外でしょうよ。プロでも注目されてる高一なんて滅多にいませんよ」
二つの不祥事に加え、全日本にも選ばれる投手ということでプロでも注目されていた。実力があってこその話題の浸透だが、今回の審判の不祥事はプロでも他人事ではないので色々と動き始めていた。
具体的に言えば審判団への講習などを定期的に実施することなどだ。
そもそも今回の審判はプロ野球から出たサビでもある。そんな人物を雇ってしまった東京都野球連盟が一番の原因とも言えるが、プロを解雇処分になった審判は野球の審判ができないと決まり事として制定しておけば今回の事態は起きなかった。
そういう抗議文も実際にプロ野球連盟に送られているのだ。高校生の一試合でそこまで関係各所へ広がってしまったら座視しているわけにもいかない。
二軍の倉田も知っているほどプロでも波及していた。今回の寄贈についても、先輩方から帝王と智紀の様子を見てこいと命令されていたのだ。帝王の様子は伝えられそうだが、智紀の様子は伝えられそうになかった。
「全員にありがとうって伝えておいてくれ」
「了解っす」
「それと、彼女できたのか?」
「……コーチからそんな話題が出てくるとは思いませんでした。ドラフトの前から付き合ってます」
「ほう、おめでとう。じゃあついでに見ていけ。あそこにいる女子生徒、確かお前に黄色い声援を送ってた後輩の女子だろう?今じゃ葉山か倉敷に声援を送ってるぞ」
「……よく覚えてますね。うわ、マジじゃん……」
宇都美が指した女子生徒の顔を見て倉田はその事実を認識する。
よく見れば様々な女子生徒が有望そうな選手に声を掛けている。当時は野球に集中していて周りをそこまで気にしていなかった。
今付き合っている彼女も、初めて告白されて可愛らしい子だったから試しに付き合ってみてそのまま続いてる状況だ。
「いつまで続くかな?確かにお前たちはプロになって給料も貰えるようになって大人の仲間入りをしただろうが、女の怖さと恋愛の恐ろしさを知らないペーペーだからな。ちなみに、高校から付き合ってる女子と長続きしたプロ入りした奴はほぼいないぞ」
「……それって……」
「付き合ってた彼女の本性を知っちまったからだな。ここに来た奴にはその事実を伝えるのが俺たちの最後のアドバイスだ。先輩に聞いてみろ。長続きしてるのは本当に一部だからな」
「……ご忠告、痛み入るっす」
ちょっとナイーブになりながら、倉田はそのまま三年生に声を掛けた後は紅白戦を見ていった。その場で仲島がマルチヒット。好守も見せた。千駄ヶ谷も足を活かした内野安打と広い守備範囲を見せつけて首脳陣にアピールをしていた。
大会中で応援をするしかないのに、向上心を失っていない後輩たちを見て倉田は帝王野球部は安泰だと思って帰っていった。
自分の恋愛はどこに軟着陸するか分からず、先導役に忠告されてしまったために、明暗がくっきりと別れていた。
彼が後半戦から一軍に上がれた理由は、さて。
次も月曜日に投稿します。
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