4ー5ー1 三回戦・足立南戦
六回の表。
※本日2022/4/7に二話前、4ー4ー4を修正しました。
そちらを読んでおいた方が良いと思います。
そこは球場の内部にある放送室。テレビ中継に際して解説と実況を務める人間がリアルタイムの球場の映像を見ながら音を乗せていた。解説には長年高校野球の監督を務めた壮年の男性が任されていた。
グラウンド整備の時間になり、彼らもCMを挟んでいる間に休憩していて、その休憩が開けてもグラウンド整備は簡単に終わっていなかったのでこれまでの試合を映像で見返していた。その内容についてコメントをしていた。
「最初の内はあまり試合が動かないかと思われたのですが、そこは名門帝王。しっかりと修正してきましたね」
「そうですね。攻守ともにきちんと修正できています。攻撃面は言わずもがな、でしょうが、私としてはやはり一年生投手の宮下君が立ち直ったことを評価したいですね」
「先程の145km/hは驚きましたね。U-15から有名でしたが、ここまでの速球派とは。当時も138km/hをマークして将来を有望視されていました」
「アメリカ戦の他にも、ドミニカ、タイの試合で良いピッチングを見せていました。そのU-15で左右のエースとして注目されていた二人が東東京の別々のチームにいるとは、また東東京が激戦区になりましたね」
U-15のことも交えて一つ一つのプレイを解説していく。
解説と実況も球審についてはおかしいと感じていながらも、公共放送の場なので確たる証拠もなかったのでそれを指摘できなかった。もしそれが間違いであった場合、ただの誹謗中傷になってしまう。
なのでどちらも球審には触れないまま試合の振り返りをしていた。
序盤の苦戦する帝王、順調に点を取る足立南。しかし中盤からの帝王の本領発揮には舌を唸らせた。
「やっぱり帝王が一気に得点を増やしたのは根岸君のボールに慣れたからでしょうか?」
「でしょうね。サイドスローな上に、パームを投げる投手なんて一握りでしょうから。サイドスローやアンダースローで落ちるボールを習得するのは大変ですからね」
「しかしこんなに早く適応するとは思っていませんでした。一・二回は結構梃子摺っていたように見えたので」
「いや、梃子摺っていたと思いますよ?送りバントはともかく、帝王が公式戦でスクイズをするなんて私が知る限り初めてですので」
「そうですね……。そういう意味では五回の犠牲フライは帝王らしさがありました」
「あれが本来の帝王の攻めですよ」
二人の話の通り、帝王は滅多にスクイズをしない。打って打って連打で相手投手を打ち崩すのが帝王の攻めだ。それができる打力があるので、スクイズでアウトを一つ献上する意味がないという心持ちで攻めるのが帝王マインドだった。
打てば守備の間を抜いたり、相手がエラーをする可能性もある。だがバントは成功してもほぼエラーなんて起こらず、下手したらホームで刺されることもある。こういうスモールベースボールが嫌いでアメリカではスクイズなどほぼせず、帝王はアメリカに近い戦術を取っていた。
それもこれも、きちんと打者の育成ができている帝王だからこそだった。普通のチームであればこうも強硬策で進めない。
打力は全国で見ても上位だ。本当に凄い投手に抑えられない限り、もしくは投手陣が大崩れしない限り打ち負けることはない。
関東大会での習志野学園は相手が悪すぎた。
「宮下君も打ちますし、同じ一年生の三間君も代打でバックスクリーンまで運ぶとは思いませんでした。今年も帝王は健在のようですね」
「一回戦も圧勝でしたからね。やはり東條監督は毎年強いチームを作ってきますよ」
そう話しているとグラウンド整備が終わっていた。両校グラウンド整備をしてくれた人たちへお礼を言って試合の続きになる。
六回の表。足立南の攻撃。打順は三番からの好打順。
三番最上という場面なのでキャッチャーの町田がプレイと言われる前にマウンドにやってきていた。
「ここまで散々二番ストレートで押してきたからな。二番ストレートを混ぜつつ、一番ストレートとチェンジアップで仕留めるぞ」
「了解です。最上さんと星川さんはそれくらい警戒した方が良い」
「お前のストレートにも順応してるもんな。最悪四球でも良い。厳しく来いよ」
「はい」
打ち合わせは短く済んでいた。炎天下の中長々とやる必要もないからだ。三巡目のクリーンナップだ。警戒は続けていく必要がある。最上は初打席でヒットを打たれているし、最上の打撃も数字が非常に良い。無警戒で済ませられる相手ではなかった。
町田が戻り、「プレイ」の掛け声で試合が再開される。
初球は二番ストレートのサイン。今一度打席でジャイロボールの軌道を覚えてもらうための餌だった。
インハイに突き刺さるストレート。これをチームメイトの助言から軌道を予測していたのか真後ろにチップしてバックネットにボールが突っ込む。ジャイロという回転にバットとの摩擦で更に回転が重なったのか、シュルルルと音を立てながら回転し続けてボールが中々落ちてこなかった。
ファウルでカウントを稼いだことで二球目。もう一度インコースへ今度はインローに沈む高速シンカー。これに最上はピクリと反応を示すが、低かったので見逃した。バッテリーもこれはストレートに偽装して空振りが取れれば儲けものとしか思っていなかった。
三球目。アウトコースに三番ストレートを。144km/hをマークするその速球に最上は空振り。バットはボールの上を通っていた。
(ああ、そうか。この速度の全力ストレートがあるんだった。ジャイロにばっかり注目してたけど、俺はこのストレートを打ち上げたんだったな。若干振り遅れた)
多くの先発投手はストレートの速度を調整している。全部全力で投げていたら完投なんてできない。そのため基本は八割ストレートを中心に投げて、ここぞという時に全力ストレートを投げる。
今智紀が投げたストレートもそういう類だと考えていた。
(今のを引っ掛けさせたかったんだろうな。あのストレートを待つつもりで、チェンジアップも警戒しておこう。緩急差は意識が残っていないと空振りになる可能性が高い。ストレートはもう俺の身体の反応に任せるだけだ。意識は変化球に、ストレートは感覚で振る)
そう考えて変化球を警戒する最上。
智紀がワインドアップで投げた決め球は打ち合わせ通り、一番ストレートだった。
真ん中高めに決まる速球。三番ストレートに比べ、それは意図的に速度を落として計測された速度は136km/hだった。遅いのに直前のストレートよりも伸びてくる。そしてジャイロより遅くてまっすぐ来る上に嫌にボールの軌道が目に残る。
その違いに最上のスイングは泳いだ。なんとか重心は残してバットを振り、バットの下でボールを強打。それは高いバウンドのゴロとなり、サードの倉敷の前で跳ねたかと思えば次のバウンドは倉敷の背を余裕で越えていった。
倉敷はジャンプするものの越される。後ろへショートの葉山が回り込み、滞空時間が長かったので捕球した時には最上は一塁を駆け抜けていた。
内野安打だ。硬式のボールは軟式に比べて跳ねないことで有名だが、こういう打球が全くないということもない。
バッテリーは不運だと思うことにした。空振りを狙ったのに当てられてしまった時点で負けも同然だからだ。
駆け抜けた最上は変なボールを見たかのように、智紀の方を見ていた。
(なんだ?あのストレート……。目測を誤ったというか、ストレートじゃないような。今のもジャイロ、だったのか?)
確信が持てないまま一塁へ戻る。最上は葉山や倉敷ほど目は良くないので変なストレートだったとしか思えない。最初の打席の時はそこまで違和感を覚えなかったのだ。
だから曖昧なことを言うつもりはなかった。目の錯覚かもしれなかったので。
続く星川が「おっしゃあ!」と叫んでから打席に入る。やはりストレートで押し込んでいき追い込んで四球目。
ストレートの後の必殺たり得るチェンジアップを、星川は全てを捨てて読んでいた。チェンジアップだけに絞っていた。
腰を落としてフルスイング。一発逆転の長打を狙ったが、誤算だったのは星川の予測以上にボールが遅かったこと。そして若干沈んだこと。
そのせいでレフトへ引っ張って飛ばすつもりが、合わせたことでライナー性の打球になり、飛んだ方向もセンター真っ正面だった。
ワンバウンドでセンターの霧島が捕球する。当たりが鋭すぎてランナーの最上は二塁ストップ。
それでもクリーンナップの連続ヒットでスタンドは盛り上がった。
「やっとホッシーさんに一本出た!」
「サッカーさん、続いてくれ!」
その声を浴びて小坂が打席に立つ。クリーンナップで打てなかったら誰が打てるのだと監督は打てのサインを出した。ランナーを返せる打力があるからクリーンナップなのであって、よっぽどのことがなければバントのサインを出すつもりはなかった。
そもそも足立南は打力が高いチームだ。小坂に全てを託す。
しかし。
「ストライク!バッターアウト!」
ストレートで追い込まれて、最後は高速スライダーを空振り。その高速スライダーがまさかの138km/hをマークしていて、智紀の真後ろから見ていた最上は唖然としていた。習性で二塁に戻れていなければ町田の送球で刺されていただろう。
一番ストレートを超える速度で確かに曲がった。それは真後ろからだからこそくっきりと見えていた。
「138km/hで曲がりましたか⁉︎凄まじい高速スライダーです、宮下智紀!」
「ストレートと同じ速度で曲がるとか、恐ろしいですねえ……」
実況と解説もそんな感嘆の声を上げる。
中盤に入って、ピンチを迎えて。智紀はもう一段ギアを上げていた。
このペースなら七回には試合が終わるだろうと予想していたからだ。それならあと二イニング弱。どれだけ飛ばしてもイケると思っていた。
東條監督も五回が終わった時点で今日は智紀一人で行くことを決めて小林の準備を辞めさせた。その代わり野手にはさっさと次の回で決めてこいと告げていた。
これに困ったのは足立南の監督だ。最上と星川以上のバッターは足立南にいない。二人は出塁してくれたが、小坂が倒れた時点で得点は望み薄となってしまった。いくら打撃のチームとはいえ、当てられそうにない今の智紀にどう対処すればいいのか。
パスボールなどのバッテリエラー、もしくは奇跡的に当たって相手がエラーするという可能性に賭けて二アウトになってでも進塁させることを選ぶ。
今日他に良い当たりをしているのは根岸だ。その根岸になんとか打席が回らないだろうかと願いながら送りバントのサインを出す。だが最初からバントの構えはさせず、セフティーバントの形式を取らせる。
初球から行ったが。
「あ!」
二番ストレートの目測を誤り、バットに当たったボールは智紀の上へ飛ぶ。智紀はマウンドから二歩だけ前に来て余裕を持ってキャッチ。
進塁させることもできず、二アウトになってしまった。
その結果に苛立ったのは足立南──ではなく、球審の持田だった。
(ヘタクソが。バントもできねえのかよ。打撃のチームとか言ってたくせに宮下から全然点取れねえじゃねえか。……俺が、手助けしてやるよ)
七番キャッチャーの土田が打席に入る。土田はストレートを捨てた。誰も彼もが苦戦し、バントも失敗するようなストレート。それを打てる自信がなかった。
そして相手はストライクを、アウトを欲しがっている。そのため町田は引っ掛けるシンカーに的を絞っていた。
智紀がセットポジションから足を上げる。その時、持田が動いた。両腕を上げて智紀の行動を阻害したのだ。智紀も球審がそのような行動を取ってしまえばボールを投げる動作を続けられない。プレイの掛け声がかかっていなかったのかと思ったが、持田の言葉と行動で全てを察した。
「ボーク!」
持田は右肩を叩きながら宣言する。
ボーク。
投手が守るべき行動を破ったために宣言される違反のことだ。この罰則として塁上にいるランナーは無条件で次の塁へ進む。この結果二アウト二・三塁になった。
持田の宣言を信じるなら、智紀が投球前にしっかりと静止せず肩を動かしてしまったということだろう。
ボークの宣言で球場内にはざわめきが起きていた。野球のルールがわからず困惑する者。ルールがわかっているが、今のがボークに当たる動作なのか疑問視する者。声は小さいものの今のが本当にボークなのかと疑う声が多かった。
町田はまさかの事態にマウンドへ向かおうとするが、智紀が手で制する。必要ないと断っていた。
試合はそのまま再開される。
「今の場合はランナーが塁上にいて、ピッチャーがセットポジションで静止しなかったためにボークの通告だったと思うのですが……。どう思われますか?」
「日本人の審判は特にボークについて厳しいというのが外国人の印象ですね。来日した投手がボークについて悩むというのは多々あります。ぶっちゃけると、本当に細かいボークなんて全て通告していたら試合になりませんよ」
「宮下。プレイの声と共にセットポジションになります」
「……素晴らしいですね。ピタッと静止しています。これならボークは億が一にも取られないでしょう」
解説がそう絶賛するほど、智紀はセットポジションから動かなかった。そしてボールが放たれる。
一連の動作に全く問題がなく、ボールはミットに収まる。そのストレートの美しさに、土田は捨てると決めていたのに振ってしまった。
続けて二球目もストレートを空振り。これで後がなくなった土田はベンチにいる監督をジッと見つめていた。
あることを仕掛けたいと訴えていた。まるでバットに当たる自信がなかったのだ。監督もそれを受けてサインを出す。
三球目。それは土田の待っていたシンカーだった。それに対して土田はバントの構えをしていた。
「セーフティースクイズ⁉︎」
「二アウトだぞ⁉︎」
土田はなんとかバットに当てて一塁側へ転がしていた。そして走る。
走って走って。頭から突っ込んでいた。だが無常にもダッシュで打球を捕った智紀が三間を一塁へ戻してスロー。土田の頭上で滑り込む前に三間のファーストミットへボールが入る音が聞こえた。
「アウト!チェンジ!」
ピンチを防いだ智紀へ、会場中から拍手が起こる。それはまるでさっきのボークへの会場からの抗議のようだった。
そして、とある掲示板でスレッド消費が加速する。とある書類のダウンロードも一気に増えていった。
別の専用スレが立ったり、その勢いが加速しすぎてその関連掲示板が試合を知らなかった者の目にも止まるように浮上し始める。
当の本人である智紀は疲れたようで、ベンチの奥へ隠れて休んでいた。打順も遠いのでこのまま休むつもりだった。あと一イニング。しっかり投げ切るために心身を落ち着かせようとした。
次も月曜日に投稿します。
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