4ー4ー4 三回戦・足立南戦
五回の表。
※2022/4/7 修正。
後半部をほぼ全て修正しています。
打順を間違えるとかいう大ポカをやらかしました。すみません。
智紀が三塁に立って。一アウト三塁の状態で打席には一番の間宮。
その間宮は初球のワンバンのボールを見送る。ワンバンしたものの、ボールを後ろに逸らさず前に零していたために間宮は片手を上げて智紀が突っ込まないように止める。智紀もそれを見て大人しく塁に戻る。
二球目はスライダーがアウトコースに入ってきたが、それを間宮は空振り。
「クソ」
そう一言呟いて、気を落ち着かせようとしたのかホームベースを三回バットのヘッドで叩いた。そして深呼吸を一回。
足立南バッテリーは先程長打を打たれているので慎重にコースを突いていこうと思案していた。サインを出して二回根岸が首を振った後、サインが決まったのか頷く。
根岸が足を上げた瞬間だった。智紀がホームへ走ったのは。
「ホームスチール!」
サードが叫び、根岸はギョッとしながら前を向けば打者の間宮もバントの構えをしていた。スクイズだ。
まさか王者帝王が、しかも一番打者がスクイズをやってくるとは思わなかったのだ。ランナーはピッチャーの智紀であり、そこまでリスクを負って一点を取りに来るとは思っていなかった。
根岸はこのボールがパームだったので下手にボールのリリースを変えられなかった。ただでさえリリースに気を使うボールだ。リリースのタイミングを間違えれば確実にすっぽ抜けになって暴投となり、スクイズの結果如何に関係なく一点を明け渡すことになる。
(当てないでくれ!)
根岸はそう願うしかなかった。ボールはアウトハイに向かっていった。そこから落ちていくが、間宮は冷静に三塁側へボールを転がした。
根岸もサードも前へダッシュしたが力なく転がったボールを素手で捕ってもホームは間に合いそうになかった。
一つでもアウトを取るためにサードは一塁へ送球。そちらはアウトにすることができて二アウト。
だがまた貴重な一点を献上してしまった。これで3-6。また点が離された。
とはいえ、二アウトでランナーなしだ。後はバッターに集中するだけ。
根岸はクリーンナップに回さないためにも二番の三石で切ろうと意気込む。
気合いで勝ったのか、三石は空振り三振。なんとか後続を絶って攻撃へ繋げていた。
「根岸、まだ行けるか?」
「はい!行きます!」
(そうは言うが、汗が尋常じゃないな……。前の試合も完投させてるんだ。次の回次第で交代を視野に入れるか)
監督は根岸に口頭で確認しつつもそう考える。帝王相手は根岸の出来次第だとは考えていたが、それだって無理をさせてまで投げさせるわけにはいかない。
「あちらさんはスクイズをやってくるほど切羽詰まってるぞ!普段やらないようなことをするってことは焦ってる証拠だ。打の帝王が普段なら強硬策をしてでも打ってくる場面でスクイズをしてきたんだ。焦ってると言っていい。付け入る隙はあるぞ!」
「「「はい!」」」
「さっきの回は全部ストレートだった。お前たちが変化球を捉え始めたと言う証拠もあってストレートの割合が増えるだろう。クリーンナップで打てなかったストレートをどうするか、星川。考えはあるか?」
「捨てるか、とにかく振っていくしかないと思います」
「打席に入ったらもうお前たちの時間だ。狙い球を絞っていけ。ストレートを見る限り全員ボールの下を振っている。思いっきり、ボールは三つ分くらい上に見積もって叩け。いいな?」
「「「はい!」」」
監督と言えることはこれくらいだった。実際に打席に立っていないのだからどんなストレートなのか本当の意味で理解はできておらず、客観的なことしか言えなかった。
それでも相手に付け入る隙があるのは事実だった。帝王はらしくない手段ばかり取っている。その理由が球審のせいだとわかっているが、コールドにもなっていないのは事実だ。まだ追い縋れると発破をかける。
星川に円陣をさせて声を出させた。萎縮するよりは声を張り上げた方がいい。それが虚勢だったとしても。
打順は最終バッターになる根岸から。その根岸は汗を拭って水分を取ってから打席に向かう。監督は記録員の女子マネージャーに確認を取る。
「根岸は今何球だ?」
「えーっと……九十二球です」
「四回が終わった時点で?多いな……。いや、六点取られてたらそんなものか。わかった、ありがとう」
球数的にも多かった。このペースでは五回で確実に百球を越す。高校野球ではエースの完投が多いが、百球はかなり多い。完投となると百二十くらいなら少ない方だ。
なので監督もその辺りを目処に根岸を代えようと考えていた。
そんな根岸は打席に立つ前に考え事をする。智紀のストレートについてだ。他のメンバーのほとんどが智紀のストレートは浮くと言う。
一級品のストレートは伸びてくる。それが打者の目線では浮くように見えることはある。
だが実際はボールが浮くなど、数少ない例外を除いてありえない。
(ボールが浮く。ソフトボールのライズボールでもないんだからありえないことだ。ホッシーさんが言ってたようにジャイロボールなら、高め限定で浮くことがある。でも、4シームジャイロなんて投げられる高校生がいるのかって話だ。……これだけ皆が打ち上げてるんだから本当に投げてるのか、それに近い伸びるストレートってことなんだろうけど)
ジャイロボールには基本二種類あって、4シームジャイロと2シームジャイロがある。2シームジャイロとは俗に言うカットボールや2シームと同じようにストレートに擬態して沈むボールだ。
一方4シームジャイロは一般のストレートに比べ、初速と終速の差が短いストレートになる。バッターは基本放たれたボールの山を見てストレートか変化球を判断するのだが、初速と終速の差が短いことにより体感速度と予測速度、ボールの軌道予測が狂うという事態が起きる。
これによって伸びたと判断したり、浮いたと錯覚するボールが4シームジャイロだ。
野球歴が長ければ長いほど、この予測というのは身に染み付いている。それを一試合中に修正するというのは困難なことだ。そして選球眼、動体視力が良い者は正体がわかっても身体が上手く合わせられずにチグハグな対応しかできない。
スラッガーキラーとも呼べる魔球だ。
これに即時合わせられるとしたら、その人物は天性の才能を得た者としか表現できない。
智紀の場合、一番ストレートも同じような性質を持っているがジャイロボールの方が更に錯覚を起こす。実際に高めだと本当に浮くことがあるのだから厄介だ。
根岸は智紀の投げているストレートが4シームジャイロだと仮定して打席に立つ。
だというのに初球はチェンジアップが来て、タイミングが全く合わずに空振りをしてしまった。
「ストライク!」
(おいおい。さっき打たれたのも同じチェンジアップなのに随分大胆なバッテリーじゃないか。そんなサインだっていうのに表情一つ変えないで頷く宮下智紀の精神力ってどうなってんの?……モガやホッシーさんが注目するわけだ。俺とはまるで違う、ホンモノの投手)
そう思うと余計にバットを握る手に力が入った。
根岸は元々オーバースローの投手だった。だが、コントロールはまだしもストレートに速度とキレがなく、変化球もまともに曲がらなかった。一時期は打てるからと投手を辞めさせられてショートをやっていたほどだ。
そのまま中学を卒業し、足立南に進学。野球を諦められず、また野球部に入って。
本物の天才が、同級生の同じポジションにいた。ショートでレギュラーを目指すのを諦めたほどだ。だから今度こそと、投手に返り咲くことにした。
その時に、最上がなんてことなしにしたアドバイスがきっかけだった。
「守備練習の時に横からスローイングしてただろ?それと同じ感覚で投げてみれば?俺の後輩にスリークォーターで化け物みたいな投手がいたけど、別にオーバースローに拘る必要はないはずだ」
そのアドバイスで最初はスリークォーターで投げてみて、オーバースローよりはしっくり来た。試しにサイドスローにしたら一番いい感じだった。
そこからサイドスローに目覚めた結果、秋大会には背番号を貰って登板するほどになった。
そんなアドバイスをくれた最上がいなければ、根岸はエースになっていなかった。それどころか投手を諦めていた。もう一度投手として再起させてくれた最上が勝ちたいと思っている投手。
その投手に勝つために自分の打力が必要なら、いくらでも使ってやると。野手として過ごした時間も無駄じゃなかったと思って力を込めた。
(モガ。お前のような天才は甲子園で暴れるべきだ。ホッシーさんにも、あの笑顔で甲子園を魅了してほしい。宿敵の後輩を倒して、臥城も倒して。足立南で初めて甲子園に行くならこの代じゃないとダメだ。都立に来るしかなかった俺たちで、甲子園を沸かせるんだ!)
ストレートが迫る。ボール四つ分上から叩く。そのつもりでバットを振り抜いた。ストレートに強い星川が凡退したために、想定よりもかなり上でバットを振らなければ打球は抜けないと直感していたからだ。
綺麗な金属音が轟く。打球は浮き上がらず、ライナー性の打球がセンター方向へ飛んだ。
だが。
「やらせるか!」
セカンド間宮が追いつき、ノーバウンドで打球をグラブに収めていた。ダイレクトキャッチで一アウト。
抜けていたら反撃の狼煙になるような、そんな当たりだった。だが帝王の二遊間は非常に堅く、簡単に抜けさせてくれなかった。
根岸は会心の当たりだったために、歯を食いしばる。それでもアウトはアウトだ。切り替えてベンチ前に戻る。
「ナイキャッチ、間宮先輩!」
「さすが口は悪いけど見た目的に全く怖くないマー先輩!」
「おいコラァ!今マー先輩って呼んだ奴、試合が終わったら覚えてろよ⁉︎その仇名で呼ばれるの嫌いなんだよ!」
「宮下もナイスボール!でも当たりは良かったから気を抜くなよ!」
ワーギャー盛り上がっている帝王側を尻目に根岸は走って戻る。走りながら確かにあの見た目と身長じゃ怖くないよなと間宮を見て根岸は失礼なことを考えながら一人頷いていた。
打てなかったら次の仕事は投げること。根岸は上位打線に任せることとする。
「ミヤさん。ジャイロボールはボール四つ分上を叩いてください。その結果があのライナーです」
「それ以上上ならゴロだし、下ならフライか空振りか。わかった、全員に共有しといてくれ」
「はい」
一番の宮前にそう伝えてベンチに戻る。監督含め、全員に智紀のジャイロボールについて伝えた。根岸は目がそこまで良くなかったのでジャイロ回転かどうかはわかっていなかったが、打ったボールは間違いなく二番ストレート、ジャイロボールだった。
宮前は根岸のアドバイス通り、ストレートの速度だったらボールの予測から四つ分くらい上を叩いた。その結果ファウルではあるがファースト方向へ転がすことができた。
(よし、当てられる!ネギの予想は当たってた。このストレートをできるだけカットして、打てそうなスライダーを打って出塁してやる!)
ジャイロボールに当てられたことで自信を持った宮前。
その宮前に五球目、念願のスライダーが来た。
(これだ!)
だが、聞こえた金属音は鈍く、ファーストの少し横に転がったゴロだった。いくら俊足の宮前でもファースト織部が智紀を手で制して一塁を踏むような打球ではヒットにすることはできない。
(クソ!狙い球を絞っても打てなかった!一番に抜擢されるようになって、更にバットを振り込んだはずなのに!……それでも、足りないのかよ)
宮前は歯を食いしばってベンチに戻る。
続く二番葛西は変化球こそファウルにできたものの、最後は二番ストレートの下を振って空振り三振。
これで三アウトだ。
「すみません、監督……。俺じゃあ、あのストレートに当てられない……」
「星川たちが打つ。今の打席を気にして守備でミスをしたら代えるからな。お前の守備は必要だ。切り替えろ」
「……うっす!」
葛西をそう励まして、守備へと送り出す。そう言ったものの監督の顔は優れない。
またも三者凡退に倒れた。根岸がジャイロボールを打ち返す手段を見付けたものの、それは血路とはなっていない。それほどまでに智紀のストレートはおかしいということだ。
(こうも抑えられるのか……。贔屓目なしに、俺の知る限り今年の代は最強のチーム、最強の打線だ。それを最初以外こうも抑え込む。最上が星という表現をしていたが……。確かにアレはスケールが違いすぎる。何をすれば、出塁できる……?)
そう考え込んでしまうほど、途中からの智紀の出来がおかしかった。神懸かりのピッチング。U-15の時にそう称されたのは監督も知っていたが、敵対してこうも実感するとは思いたくなかった。
目の前の現実、高校一年生がやっていることだ。それが神に称されるような現実離れのものだと、一般教師であるこの監督では許容量が圧倒的に足りない。
それでも選手たちにそれを悟らせないように、必死に表情を作る。選手たちが諦めていないのだから彼も諦められない。表情を作るくらいは社会人経験の長い大人としてどうにか頑張る。
そんなことしかできないが、それこそが大人として大事なことだ。ここで投げないこと、それが監督という指揮官にとって大事だった。
次も月曜日に投稿します。
感想などお待ちしております。あと評価とブックマーク、いいねも。




