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4ー4ー1 三回戦・足立南戦

二回の表。

 二回の表。なんとか同点にしてもらったんだからこれ以上は失点しなければ負けることはない。そう思っていたのに。


「ボール!フォアボールっ!」


 これで二人目だ。先頭の六番打者は打ち取ったけど、七番・八番は連続して四球。

 いつもよりコントロールが悪い。ギリギリはボールになってしまうということもあるけど、相手の選球眼も確かだ。ストレートは完全に捨てにきていて、変化球はカットされる。中堅校として上がってきている学校というのは嘘じゃない。


 四番の星川先輩をストレートで打ち取ったのが悪かったのか、ストレートだと思われると見逃される。見逃されたらあの球審がボールを宣言する。

 だからなるべく甘いコースで変化球を投げたら簡単にカットされる。俺のウィニングショットはどちらかというとストレートだ。そのストレートが見逃されたら必然的にボールが増える。


 まだ失点していないとはいえ、ランナーが得点圏に行った。一アウト一・二塁で九番の根岸さんを迎える。この人も投手をやってるから九番なだけで打力はある人だ。

 今日は暑い。帽子を取って汗を拭うと後ろから声を掛けられる。


「宮下!コースは全然いいぞ。そのまま押し切れ!」


「一点二点は気にするな!打ち返してやる!」


 織部先輩や倉敷先輩が声を掛けてくれる。それに笑顔で頷く俺。

 その辺りは心配していない。ウチの打線なら打ってくれると信じている。問題は俺がどれだけ失点を防げるか、その一点。

 根岸さんが右打席に入る。見逃されようとストレートは投げないといけない。むしろ速さを囮に緩急で打ち取るしかない。

 だから一球目は一番ストレートをインコースに投げ込む。これに根岸さんは空振り。


「ストライク!」


 本当に空振りとファウルでしかストライクが取れない。いつもと違いすぎてストレスが溜まる。ストレスを抱え込んでボールを投げたって制球が悪くなるだけなのに、頭でわかっていても身体が言うことを聞かない。

 落ち着かせるために二塁へ牽制を入れる。一息入れたかっただけだから判定はもちろんセーフ。そこまで速い動きで牽制を入れたわけでもない。

 牽制でボークをもらわないだけマシだろう。そこまでやられたらランナーも出せなくなる。


 二球目はさっきとは全く違う、チェンジアップを放つ。緩急で空振りを取ろうと思っていたのに、このチェンジアップを狙っていたのか根岸さんは強打。

 カキーンという良い音がした。打球は左中間を抜けていく。マズイ、完璧に打たれた。

 二塁ランナーは余裕でホームへ生還。一塁ランナーも三塁を蹴った。レフトの三石先輩がボールを返球してきて、中継の葉山先輩がバックホームをする。後ろから見ていても、いくら葉山先輩が強肩でも間に合わないのがわかった。


 一塁ランナーは打球を見て帰ってくる気満々だったのだろう。クロスプレーにもならずに頭から突っ込んでいった。ボールを受け取った町田先輩はバッターランナーを警戒して行き先を見ると根岸さんは二塁に到達していた。

 足立南側がかなり盛り上がった。これは確実に俺が打たれた結果だ。こういう失点は試合が多くなれば絶対にあることだけど、二失点はマズイ。この審判相手に自分で二失点は大きい。五失点くらいするとは言ったけど、まだ二回で三失点するなんて。


 本当に五回で終わらせてくれないと五失点で済まない気がしてきた。このペースだと本当にマズイ、これ以上の出血は試合の流れが決まりかねない。


「うおおお!自援護!」


「根岸が、根岸がやりやがった!」


「これ、マジで帝王相手にワンチャンあるぜ⁉︎」


 足立南が盛り上がっている間に、町田先輩からボールを受け取る。まだワンアウトだ。どうにかしてあと二つアウトを取らないと。

 マウンドに戻ると、町田先輩がタイムを使ったようでマスクを外してやってくる。肩に手を回され、一塁側へ目線が行くように身体を動かされた。

 スタンドで俺たちを見守っている味方の姿が、見える。


「悪い、宮下。安直なリードだった。お前の持ち味を潰すようなリードだった。相手も完璧にお前の変化球に絞ってきてる」


「そうっぽいですね。躱すための変化球が悉く狙われてる気がします」


「ああ。だから、ストレートで押す。三種類のストレートで、ゴリ押す。九割ストレートにするぞ」


「でも、相手すっごくストレートを警戒していませんか?」


 この回の先頭だった六番からストレートは捨ててきている気がする。あの球審のせいもあって見逃しが増えて四球が増えた。

 だから変化球で勝負しようと思って、打たれたわけだけど。


「お前の変化球が必殺じゃないことはわかった。練習試合とかでも、あくまでストレートを撒き餌にしたからこそ打ち取れたことも多かった。お前はストレートがないとダメな投手だよ」


「自覚はあります」


「で、だ。もうコースなんてとやかく言わない。力一杯投げろ。変化球はコースをサインで出すが、ストレートは全部力でねじ伏せる。お前のボールは力があるんだから勝手に四隅に飛ぶし、ど真ん中でも滅多に打たれないだろ。打たれたら全責任は俺が取る」


「いや、そこはバッテリーの連帯責任ですよ。……全力で行くのは、後先考えなくて楽ですね」


 ストレートを投げて自滅したって。それしかできないんだからと開き直るのはアリかもしれない。中途半端な変化球を投げて打たれるよりは、ストレートを打たれる方が納得できる。


「バックもベンチもスタンドの全員も。お前ならできると思ってる。そのストレートでこの状況を切り抜けようぜ」


「はい。……ホント、情けないところ見せられませんからね」


「あー、千紗と妹さんにか?」


「もう一人の姉も来てますよ」


「マジ⁉︎……お前の姉妹、俺のリードに怒ってないかな」


「三人ともそんな心狭くありませんよ。多分全員球審のことわかってると思いますし」


「なら良いけど」


 町田先輩は戻っていき、俺はスタンドにいる千紗姉と美沙を見付ける。二人ともやっぱり心配しているが、気にするなと手を振る。

 正面にいる喜沙姉と梨沙子さんには周りの人にここにいることがバレないようにそういう仕草は見せられなかったが、目線だけは送っておく。


 父さん、力を貸してくれ。

 一つ深く呼吸をして、お腹に空気を取り込む。ジメジメした空気だけど、身体に酸素を取り込んで気持ちを切り替える。笑顔を浮かべて、でも力は込めて。

 打順は一番に戻る。その一番へ、三番ストレートを投げ込んだ。

 真ん中高めにいったそのボールを打ち上げて、打球は俺の真上へ。少しだけ動いてグラブに収める。


「おっし!ナイピッチ!」


「ツーアウトー!」


 後ろからの声が、ベンチからの声援が。スタンドからのメガホンを使った応援が、背中を押してくれる。

 ああ、もう。今日はすっごく三姉妹と梨沙子さんの顔が視界に入る。泣きそうな顔をさせてるのが本当に腹に来る。

 こんな予定じゃなかったのに。野球で泣かせるつもりはなかったのに。


 ──さっさと試合を終わらせて、慰めないと。家族で唯一の男である俺が守ってやらなくて、誰があの三人を守れるんだ。

 そんな気持ちを込めるように、二番に二番ストレート──ジャイロボールを投げ込む。それがど真ん中に行き、絶好球だと思ったのだろう。

 二番打者はそれに手を出して。キャッチャーの町田先輩のミットに収まるキャッチャーファウルフライに倒れた。


「よし!」


 思わずガッツポーズを取ってベンチに戻る。打ったバッターはその軌道が信じられなかったのか放心していた。

 俺も映像で見たらびっくりしたもんな。ジャイロボールって高めだとすごく浮くなんて思わなかった。投げてる自分が信じられないんだから。

 ベンチが総出になって迎えてくれる。受け取ったタオルとドリンクが凄く気持ちを落ち着かせるのに役立った。身体が冷えるのと同じように気持ちも冷えていくし、タオルで顔を隠せる。

 汗を拭きながら顔を隠していると、東條監督に左肩を軽く叩かれた。


「すまん、よく堪えてくれた。その顔、グラウンドで見せるんじゃないぞ。ご家族が心配する」


「……はい」


「中に入っていい。ベンチで横になってもいいし、裏にいてもいい。チェンジになったり打席が近付いたら呼びに行かせる」


「わかりました」


 その厚意に甘えて、ベンチ裏に行く。タオルと飲み物だけ持って、少し一人になりたかった。

 ベンチとの扉を閉めて、周りを見渡して。誰もいないことを確認して、叫ぶ。


「クソっ!全然ストライク取れねえ!あんなの、どこに投げれば良いんだよ⁉︎空振りとファウルでしかストライクが取れないって、野球として破綻してる‼︎俺たちは一試合一試合に全力を注いでるんだぞ⁉︎この夏のために、俺たちも相手も頑張ってきたのに!こんな風に台無しにして、なんとも思わないのかよ……!」


 腹に溜まったものを吐き出したかった。そうでもないとやってられない。

 いくらホームベースを掠っていても、肘から膝の間に投げても。見逃されたら何食わぬ顔でボールを宣言される。公平じゃない審判がついた試合なんて、スポーツとして破綻している。

 どこにでもあんな輩がいるのだと思い知った。


 大人がああなんだから、中学生なんて勝利のために相手投手の肩を踏みつけることもあるだろう。そんな悪意に晒されて市原は野球を諦めなくちゃいけなくなった。

 この試合で負けたら、帝王の三年生は引退だ。こんな汚いやり方で負けて、三年生が納得して引退できるはずがない。


 足立南だって、こんな形で勝ったって遺恨が残るだろう。そんな困惑が相手からも感じられる。

 ああ、クソ。涙が止まらない。試合中だっていうのに、この悔しさが溢れてくる。


「智紀ぃ。全部吐き出せや。んで、あの気持ち悪い笑顔やめろ。お前は堂々と、いつものぶっきらぼうで投げてればええんや。点は先輩らが取ってくれる。お前はただ投げろ。オレも代打で出て、打ってやる」


「三間……」


 いつの間にか三間がバットを持って近くに来ていた。裏で出る準備をしていたんだろう。さっきの声も聞かれてたな。

 恥ずかしい。全く、嫌になる。


「気持ち悪いって言うなよ。父さんのことバカにしてんのか?」


「お前と父親は別人やろ。お前はいつプロになったんや?いつからめっちゃ売れてるアイドルと結婚したんや?血が繋がっていようと、お前と父親は別や。いくら似ていようとな」


「……だよなあ」


「それに。心配して来てくれたらしいで?」


 三間が指を差す方には、千紗姉と美沙が来ていた。ダグアウトって関係者以外立ち入り禁止なんだけど。


「智紀。いつも通りが一番よ。あの主審は気に食わないけど、だからってアレに腹を立てたらダメ。自分を乱して負けたら、一番悔しがるのはアンタよ」


「千紗姉……」


 そう言って千紗姉はデコピンをしてくる。結構痛い。

 美沙は濡れたハンカチで俺の目元を抑えてくれる。目元が赤いの、よくスタンドから見えたなあ。

 視界が真っ暗だけど、ひんやりしていて気持ちいい。


「兄さん。今は試合のことだけ考えて。家に帰って来たらいくらでも泣いていいから。今は帝王の一人として頑張ってきて」


「いっ⁉︎」


 美沙はそう言って、俺に抱きついてきた。今汗まみれなのに。というか、視界が真っ暗で美沙がどんな感じなのか嫌な想像が働いてマズイ。

 その証拠に、三間が変な声を上げていた。


「美沙。せっかくの可愛い服が汚れるぞ」


「兄さんの汗なら別にいい。兄さんはいつも頑張ってるけど、たまにはわたしたちに甘えていいんだから。千紗ちゃんだって喜沙お姉ちゃんだって胸は貸すよ?」


「それはそれでみんなの倫理を疑う……。兄弟だからって抱きしめられるのはなあ」


「それで兄さんが悲しまなくて済むなら、ハグくらいいくらでもするよ。それに海外じゃ普通のことだし」


 全く。いつも家事で頑張ってる美沙に俺が頑張ってるなんて言われたら、情けない姿は余計に見せられないじゃないか。

 美沙のことを力強く抱きしめる。ああ、暖かい。冷えた身体に血が巡っていくようだ。


「美沙、ありがとう。このハンカチ、借りてていい?」


「うん」


 ハンカチを外して、立ち上がる。三間と千紗姉が口を開いてパクパクとしていたが、関係なく千紗姉の前に立つ。


「千紗姉も抱きしめていい?」


「へ⁉︎も、もちろんいいわよ!アンタがそれで落ち着くって──」


 言い終わる前に千紗姉のことも抱きしめていた。美沙ともまた違う体温、感触。

 小学校の例のイジメでささくれていた俺を守ってくれた、姉妹の熱だ。


「千紗姉もありがとう。ちょっと終わらせてくる」


「おま、ホンマシスコンやな……」


 三間に見せつけたところで今更だし。

 千紗姉は照れすぎだろ。顔真っ赤だぞ。

 ベンチに戻ると、一点を返している先輩方の姿が目に映った。


次も三日後に投稿します。

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