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4ー2ー5 三回戦・足立南戦

初回の終わり。

 どうにかして一回の表を終わらせた俺たちは急いでベンチの前に戻っていた。監督やベンチメンバーが迎えてくれて、俺にコップに入ったドリンクをくれる。

 それを一口口に含んでから監督を半円で囲んでこれからのことを話し合う。全員が戻ってきてから作戦会議が始まる。


「バッテリーは特に大変だっただろう。あんな審判は久し振りだ。だが耐えてくれ、宮下。投手がボールを投げなければ試合は進まない。自分を見失うな」


「はい!」


「打席に入ったらストライクゾーンを広く想定しておけ。お前たちの日頃の成果を見せろ!試合を早急に終わらせろ!」


「「「はい!」」」


「敵はあくまで足立南だ。前にしかいない。後ろを気にしすぎて自分のスイングができなかったらすぐに代えるからな!」


 そんな発破で作戦会議が終わる。俺はベンチの奥に引っ込み、飲み物を一気に飲み干した。甘くて冷たい。用意してあったタオルで汗を拭って一息つく。ああ、しんどかった。

 無理に笑顔を作ったから頬が痛い。こんなことを毎日してる喜沙姉って凄いな。俺のように表情筋が死んでないから頬が痛くなることはないんだろうけど。


 でも参ったな。ここまで露骨な審判は初めてだ。コースが厳しい審判とかは居たけど、片方のチームを贔屓するなんて馬鹿な人は本当に聞かない話だ。そんな人がプロの審判として給料を貰ってるとはちょっと信じられない。

 プロの試合じゃないから良いとか思っているんだろうか。俺たちだって一試合一試合真剣に戦ってるのに。大人に邪魔されるなんて良い気分じゃない。


 さっきのバックホームも明らかにあのランナー、ホームベースに手が届いてなかったし。

 気持ちを切らしたらダメだ。苛立ちをボールにぶつけたらあの汚い大人に負けたことになる。父さんの真似で無理にでも笑顔を浮かべていないと、堪忍袋が切れそうだ。あんまり怒ったことはないけど、野球を穢されれば俺も怒る。


 今日は投げることだけに集中しよう。打つのは先輩方に任せる。

 ベンチでギリギリまで休んでいよう。思い浮かべるのは父さんの試合の様子。それを脳内で思い起こしてトレースする。

 今日は俺のままだと、ちょっと投げられそうにない。だから父さんの力を借りよう。



 一番のセカンド間宮が左打席に入る。打席に入る前に智紀の様子を思い起こす。確実に無理をしていた。それでも投げ続けている智紀の様子から、なんとか力になってやろうと思っていた。

 相手投手の根岸の投球練習を見て、確かに中堅校の二年生投手としては完成度が高いと感じた。それでもやはりそれは中堅校として、だ。間宮は去年の秋からずっと一軍に帯同してきたので強豪校や名門の投手を散々見てきた。


 そんなエースたちと比べれば確実に一段落ちる。智紀が絶賛していたパームは確かに脅威だが、それだけだ。速度も並で、サイドスローにも慣れている。

 初球、ストレートが放たれる。追い込まれてからでは後ろの審判が何をするかわかったものではなかったので一番のセオリーを無視して初球から振りにいった。

 インコースのストレートにバットは当たったが、気持ちが迅ったのか引っ張りすぎて一塁線側にファウル。ライナー性の打球は飛んだが、フェアゾーンには入らなかった。


(球速は130前半だな。大丈夫、全然打てる速度だ。これならコールドにできるぜ)


 間宮は自分たちの実力を鑑みてそう判断した。打てない投手ではない。

 二球目もストレートで、あからさまにアウトコースに外れた。これをストライクと言われることはなく、並行カウントになる。


 ボールとはっきりわかるコースまではストライクと言われないことがわかったのは収穫だ。ボールの判定にはベンチ側も一安心していた。何でもかんでもストライクと言われるわけではないからだ。

 三球目はアウトコースから内側に入ってくるスライダーがほぼど真ん中にきたのであまりの甘さに驚いて真後ろにチップしてしまった。


(クソ。今ので仕留めたかったな。でもこいつは宮下じゃねえ。コントロールミスもする普通の投手だ。変化球も見てからスイングを変えられる。行ける!)


 四球目。放たれたボールの山が高かった。

 それだけで変化球と判断して、きたボールは低め。しかもスライダーよりも速度が遅かった。それだけでパームだと理解して間宮はバットを止める。低めから落ちていったらワンバンしてボールになるからだ。

 スイングするために身体は開いたが、ビシッと止まることができた。そして予想通りワンバンしてボールがミットに収まる。

 これでまた並行カウントだと間宮が息を吐こうとした瞬間だった。


「ストライク!スイング!」


「はぁ?」


 思わず声が出てしまった。主審の方を振り向いたが、腕は上がって手首を回している。

 三振という判定を受けていた。しかもワンバンしていたので振り逃げが成立する場面だ。

 それでもその判定が納得いかず立ち尽くしている間に、ボールが収まったミットをキャッチャーに当てられた。タッチアウトが宣告される。


 グラウンドにいる者はほぼ全員が呆気に取られている。喜んでいるのは足立南側のスタンドだけだ。

 他の者たちは今のボールがなぜストライクなのかわからなかったのだ。投げた側のバッテリーもそんな表情をしている。キャッチャーは本能でタッチしただけだろう。

 そのため本来ならするはずのボール回しに移れないでいた。


(……そうかよ。そこまでして俺たちを負かしてえのか。俺たちをキレさせたこと、後悔させてやる)


 間宮は主審を睨んでから帰る。二番のレフト三石が打席に向かう時に耳打ちをする。


「あの審判、相当クソだ。追い込まれる前に打て。追い込まれたらとにかく振れ。三振だけはすんじゃねえぞ」


「うっす。間宮先輩。アレ、確実にヘッドは止まってましたよ」


「たりめえだろ。パームは山見ればわかる。なんとか打て」


「宮下を助けるために、打つっすよ」


 三石が右打席に入る。ゆらゆらと揺れながら力を抜いて自然体で構えていた。

 そこへ、主審から声がかかる。


「君、しっかり立ちなさい」


「すみません」


 そう注意されたが、揺れるのは変わらない。投球モーションで揺れていたら問題だが、打撃モーションで揺れるくらい、あまり注意されることではない。バットを回転させていたりしたら厳格な人であれば注意もするだろうが、三石は身体を揺らしているだけだ。

 こうやってタイミングを計って打つのが彼のバッティングスタイルだった。謝ったのにやめないことに苛立ったのか、主審から大きな声が飛んでくる。


「君!」


「ああ、揺れてましたか?すみません、くせで」


 二度目の注意だったので一応身体を揺らすのを止める。そもそも投手が投球モーションに入ったらビタッと止まるタイプなのだ。止めろと言われたら止めるくらいはできる。

 初球。アウトハイのストレートだったので三石はライトへ弾き返して単打。

 簡単にヒットを打っていた。


「ナイバッチ、三石!」


「さー、続こうかキャプテン!」


 三番ショートの葉山が打席に入る。

 サイドスローのパームこそ初体験ではあるが、それ以外は今までも打ち崩してきた投手と大差ないレベルだ。

 打の帝王からすれば打てない投手ではない。

 初球。アウトコースへスライダーが投じられる。ボールだなといつものくせで見逃した葉山。

 それよりも前に事態は動いていた。


「スチール!」


 ランナーの三石が盗塁を仕掛けていた。根岸の癖を掴んだわけではなく、リードも普通だったが、背番号七を与えられる外野のレギュラーなのだ。足は部内でも速い方だった。

 スタートも完璧で、葉山が空振りの援護をせずともセーフになるだろうと思ってそのまま見逃していた。のだが、ストライクを判定されて葉山はああと、間宮が三振した理由を悟っていた。


 キャッチャーは即座に二塁へ送球する。

 だが完璧なスタートを切られて、足は俊足。キャッチャーの肩はそこまで強くない。

 三石は悠々二塁に到達していた。


「セーフ!」


「ナイラン三石!」


「キャプテン美味しいよ!得点圏まで行ってくれたよ!」


 二塁塁審はまともだった。それもあってベンチは余計盛り上がる。

 葉山は期待に応えるようにスライダーをセンターに運んで三石は一気にホームへ帰ってきた。クロスプレーにもならないほど圧倒的な加速でホームへ滑り込んでいた。

 簡単に同点にされて、足立南側は先ほどの帝王のようにスタンドから溜息が漏れる。葉山が一塁上でガッツポーズをしたことでベンチでも全員が腕を高く上げた。


「倉敷、一気に突き放せ!」


「大きいの、今日も見たいなぁ!」


 ベンチが煽る。

 プロ注目のスラッガー。前の試合でグランドスラムを放った倉敷が打席に入る。

 倉敷も追い込まれたら面倒だと思ったのか、ストレートを初球打ち。打球は投手の脇を超えてセンター方面に飛ぶ。

 だが、センター寄りに守っていたショートの最上が横っ飛びでボールをグラブに収めていた。倒れたまま二塁へトスしてフォースアウト。


「ナイスモガ!」


「やべえ!」


 足の遅い倉敷はそのまま一塁へ送球されてアウト。まさかのゲッツーでチェンジになっていた。

 同点で一回が終わる。

 足立南側は苦労して手に入れた一点を簡単に返されたことに名門の強さを肌で感じていた。


次も木曜日に投稿します。

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