4ー2ー3 三回戦・足立南戦
マウンド会議。
帽子を被り直した中原先輩がマウンドに上がってくる。内野陣全員が憮然とした表情をしている。
監督には感謝しかない。このタイミングでタイムをかけてくれなかったら、多分余計苛立っていた。タイムのおかげで冷静になれてる、と思う。
「ま、タイムの理由は分かってるだろ。まず倉敷、綾部。ボールの高さは?」
「問題なし。肘の下から膝上に収まってる」
「こっちから見てる限りはそう見える。それにアウトコースのボールもホームベースを掠ってるようにしか見えない」
中原先輩の質問に、倉敷先輩と織部先輩が答える。ベンチから見える状況と照らし合わせたかったのだろう。
中原先輩が頷いた後、今度は町田先輩に向く。
「町田。受けてる感じはどうだ?」
「いつも通りです。高さもコースも申し分ないのに、ボールと判定されます。一番は見逃し三振でランナーになってませんよ」
「宮下。自分の調子は?」
「問題ないです。ただ、俺が幻覚で二塁ランナーが見えてるなら、異常事態なので交代させてもらうように監督に進言します」
「クソッタレなことに現実だ。宮下、現実逃避すんな」
間宮先輩に頭をグラブで叩かれる。やっぱり現実だったか。
はてさて、どうしたものか。
「ということは、あの球審が問題なわけだ。町田、ただコースが狭い可能性は?」
「一番の最後に投げたチェンジアップ。アレがボールだったらど真ん中以外ストライクを貰えませんよ。四球目もそこまで厳しくないアウトコースへのストレートでしたし。たとえホームベースにボールの軌道が乗っていても、ストライクを貰えません」
「町田のキャッチングに問題があるわけでもない。じゃああの球審が俺たちのことを嫌ってるんだろう。たまにある話だ」
町田先輩の説明に、葉山キャプテンが推測を述べる。
強豪校が嫌いな審判ってたまにいるよな。プロの試合でも、どちらかのチームを過剰に贔屓する審判がいる。
そういうのを是正するために審判団も教育に力を入れているらしいけど、いくら教育や指導をしてもやらかす人はいる。そればっかりはどうしようもない。
そんな人を雇用してしまった審判団が悪いんだから。
「こっちの攻撃の時も贔屓されるんだろうぜ。ストライクゾーンを広めに取っておかないと何がストライクって言われるかわからないぞ」
「ストライクってある程度ゾーンは決められてますけど、最終的には球審の打てっていう脅しですからね。つまり俺の投げるボールは打たなくていいって判断されてるわけですが。……本当に、どうやってストライクを貰いましょう?」
「空振りしかないな。または打たせて取る」
「打たせてこい。守ってやる」
「点も取ってやる。球審ごときの茶々で負ける俺たちじゃねえって見せてやろうぜ」
先輩方が頼もしい。
まあ、そうするしかないよな。ちょっとコースは甘くしてでも打てそうなところに投げて打たせて取る。そうするしかアウトを取れそうにない。
「宮下。全力で行け。小林が用意を始める」
「え。小林先輩、もう準備するんですか?」
「試合状況が読めなくなった。お前がダメそうだったら代えるって監督が。でも、お前が自力で払拭するのを期待してるって」
そう言われたら頑張るしかないじゃないか。小林先輩は本当だったら次の試合に投げる予定だった。ブルペンの方を見ると小林先輩と大久保先輩がキャッチボールを始めていた。ああ、情けない。
誰かに迷惑をかけるためにマウンドに上がったわけじゃないのに。帝王の一員として胸を張りたかったのに、悔しい。
今日は俺が他の投手にバトンを渡す日だ。なのに中途半端なまま他の人をマウンドに上げるわけにはいかない。
だから、内野陣にお願いする。
「ほとんどど真ん中で勝負します。だからたくさん強い打球が行くと思います。後ろ、お願いしますね」
「任せろ。全部アウトにしてやる」
「ついでにコールドができるように打ちまくってやる」
「じゃあ十五点取ってください。五点以内に納めるので」
右手で五を示すと、全員に笑われた。グラブで顔を隠しているが、爆笑を隠す気がない。
別にいいけど。
「随分謙虚だな?五点も取られるのか?」
「俺のストレート、簡単にバントされました。速度には慣れてるんでしょう。一回一点計算で五点です。全然ストライクを貰えなくて四球を出すことを考えたら結構強欲な計算ですよ?」
「ああ、分かった。じゃあ十五点取って五回コールドだな。俺がホームランをまた打てばそれくらいいけるだろう」
「最悪なケースも想定しておこう。塁審も含めて全員がグルな可能性もある。今日の試合はTV中継をされているからよっぽど酷い誤審はないだろうが、一応な」
倉敷先輩や葉山キャプテンがそう言ってくれる。そういえばこの試合、中継されてるんだった。今の今まで意識してなかったな。
よくそんな試合でストライクゾーンを意図的に狭めようと思ったな。そこまで俺たち帝王が勝つのが許せないのか。
「全員グルだったらどうするんです?それで野球が成り立つんですか?」
「まあ大丈夫だろ、町田。今日の審判団はどこかの学校の部長がやってるわけじゃない。全員連盟が雇ってるプロだ。四人ともそんなことはない、はずだ」
「断言できないんですね、中原さん……」
この短い間にベンチじゃ審判団の名前の照合までやってたのか。仕事が速い。
いやでも、球審プロなのか。それで依怙贔屓をするなんて。嫌な試合で当たったな。折角の投手としてのデビュー戦だったから三姉妹に良いところ見せたかったのに。そうはうまくいかないらしい。
最近俺って運がないなって思うんだけど、変な星回りの元生まれてきたんじゃないだろうかと疑ってしまう。家は恵まれてるけど、イジメには遭うし、父さんは早くに亡くなるし。
良いことと比べたら折半にできるんだろうか。
いや、葉山キャプテンも帝王じゃたまにある話だって言ってたじゃないか。運とかそういう話に持っていくのはやめよう。梨沙子さんと繋がれたことは悪いことと言いたくない。失礼だし、純粋なファンにそんなこと言えない。
まあ、どうにかして切り抜けるしかないな。
「クリーンナップにはボールを散らしますけど、それ以外にはほぼど真ん中で勝負するので。ホームラン以外をできるだけ捕ってください」
「宮下ァ。それは外野の奴らに言わないとダメじゃねえか?」
「外野の皆もわかってるだろう。宮下はとにかく打たせていけ。あとは俺たちがどうにかする」
「お願いします」
というわけで解散。皆さんが元の位置に戻る間にマウンドの土を均す。そしてふとスタンドを見ると、心配そうに俺のことを見ている千紗姉と美沙の姿を見付けた。
そんな顔されたって、今の俺にできることはない。心配するなって声を届けられれば良いんだけど、流石に遠すぎて無理だ。近くならベンチに戻った時にでも声をかけるんだけど、それをするには応援団はちょっと離れている。
一応、心配するなと右手を軽く振るう。後で説明するとして、今は投げることしかできない。
喜沙姉もいるんだろうなと、この前のように応援団の奥ではなくバックネット裏へ目線を向けると、やっぱり変装した喜沙姉と梨沙子さんがいた。今日も二人並んで見ている。そちらにも軽く手を振って、帽子を被り直す。
帽子のツバには「野球を楽しめ」と書いていた。野球ができるだけで幸せなのに、応援してくれる人がいるんだ。こんな俺を畑は違くても尊敬すると言ってくれるプロの人もいる。
この程度の理不尽で楽しめなくなるなんて、きっと失望させてしまうだろう。それは俺が俺を許せない。
あんまり表情に出すのは苦手なんだけど。こんな時だからこそ笑おう。相手を信頼してストライクゾーンに投げ続けよう。あの審判を利用して見逃しを増やすことはないと信じよう。
さあ、笑え。
涼介の親友の市原のように、理不尽に怪我を負って野球を奪われたわけじゃない。ボールが投げられなくなったわけじゃない。市原と比べたらなんて恵まれていることか。
変な大人の横槍なんて無視しろ。今は足立南との勝負を堪能しろ。
そう思って最上さんを見る。彼も笑顔を返してくれた。
打てるもんなら打ってみろ。この鉄壁の守備を抜けるもんなら抜いてみろ。
そんな気概で町田先輩のサインを待つ。出されたサインの球種に合わせてグラブの中で指をボールの縫い目に沿わせる。
プレイの掛け声と共に、意識をバッターと町田先輩にだけ向けた。後ろも周りも気にせず、ただ笑って。
ボールを、放つ。
次も木曜日に投稿します。
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