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4ー2ー2 三回戦・足立南戦

初回の波乱。

 試合が始まる。

 先攻の足立南は一番セカンドの宮前が右打席に入る。足立南の中でも特に俊足で、内野安打や足でかき乱すことを目的に一番に抜擢されていた。


「プレイボール!」


 主審の声がかかる。帝王バッテリーはすぐにサインを交換して智紀は投球動作に入る。初球はほとんど試合前に打ち合わせで決めていることが多い。だから迷わない。


(すげえ投手だろうが、一年生で帝王の先発を任されていようが。同じ高校生、歳下だ。打てないなんてことはない!)


 綺麗なスリークォーターから、アウトローに綺麗な線が伸びるようなストレートが決まる。

 あまりの速度に。そのボールの軌道に。宮前は手が出なかった。


「ボール!」


 ボールだったことで宮前は安堵の息を吐く。正直、呑まれかけた。

 それでも、カウント的には有利になったことで少し余裕ができる。

 バッテリーは少し困惑していたが、宮前としてはあのストレートを狙おうと考える。


(140に迫るストレート。ノビも凄い。けど、ストライクが入らなければ攻略できる!)


 出塁するためによくボールを見ようとする。二球目はさっきのボールとは真逆の、インハイ胸元にくるストレートだった。

 さっきのアウトローが遠いと思ってしまったために宮前はホームベース寄りに立っていた。だから身体を仰け反るように避けた。対角線を使うことは投球の基本だが、それができるコントロールを会得している投手がどれだけいるか。最低でもストライクゾーンを四分割できないと不可能な投球だ。


「ボール!」


(よしよし!ツーボール、良いカウントだ。流石に次は入れてくるだろ。スリーボールにはしたくないからそこまで厳しくは来ないはず)


 宮前の予測は当たっていたが、来たボールはスライダーだった。真ん中から逃げていくボールにバットをおっつけて、辛うじてバットに当たってファウル。

 速球派投手なのだからストレートで押してくると思っていたので、即座に情報を修正する。


(スライダーを第一打席から見れたことは大きいな。唯一映像のあるU-15でもスライダーとチェンジアップは投げてたけど、投球の八割はストレートだった。そして一球だけ投げたシンカー。ホッシーとモガの話じゃ、あの時点で完成してなかった変化球だって言ってた。けどあれから一年経ってる。シンカーも完成してるだろ)


 四球目もストレートに的を絞ってボールを待つ。先程はインコースに危ない球が来たので少しだけホームベースから離れて立っていた。

 四球目は、高さはベルト付近だったが遠いと思って見逃した。その感覚は合っていたようでボールが宣言される。


「惜しいぞ、宮下!」


 キャッチャーの町田がそう言いながら返球していた。その言葉に頷いた智紀はボールを受け取ってからマウンドに置いてあるロージンで手に白い粉を付ける。滑り防止の粉だ。

 ボールが先行することは珍しい智紀も何かおかしいと思ってロージンを使ったのだろう。バックやベンチからも智紀に声が掛かる。


 五球目。

 宮前は完全に意表を突かれたチェンジアップだった。ストレートのタイミングで待っていたので、30km/hも落差のあるボールは来た瞬間に足も腕も止めてバットにボールを当てないようにだけした。

 どうにか動きが止まってミットにボールが収まる。真ん中低めに決まるチェンジアップは魔球に近い。

 やられたと思っていると、主審が手を一塁方向へ伸ばした。


「ボールッ!フォアボール!」


(……今の、ボールだったか?)


 打席に立っていた宮前自身がそう感じたが、主審の判断は変わらない。バットを置いて一塁へ向かうが、どうしてもさっきのボールが目に焼き付いていた。アレは、今まで見てきた中で最高の変化球だったのではないかと。

 肘に付けていたプロテクターを外して一塁に到着して、それでも今の打席のことを引き摺っていた。


「ミヤさん、ナイセン。宮下は牽制もクイックも未知数だから気を付けて」


「ああ……。あのキャッチャーも控えだけど肩強かったから、無理はしないよ。折角のノーアウトのチャンスなんだから」


 一塁コーチャーにそう返して、智紀の様子を見る。

 足立南の面々は智紀が不調なのかどうかはわからない。ストレートは間違いなく速いし、変化球もキレている。なのにコントロールが定まっていない。

 初回からチャンスが作れるかもしれないために、宮前は簡単にアウトにならないように集中する。


 集中したいのに、さっきのチェンジアップが頭を離れなかった。

 ベンチを見ると、送りバントのサイン。確実に得点圏へランナーを置いてクリーンナップに回したいという監督の考えには賛同した。

 宮前は慎重にリードを取る。大きすぎず小さすぎずをキープ。


 投球モーションに入った瞬間二歩ほどリードを広めたが、クイックがあまりにも早くて盗塁は諦めた。足立南で走塁の自由裁量が与えられているのは宮前だけだが、智紀のクイックを見て無理だと悟る。

 初球は宮前が走るかもしれないからと、待てのサインが出ていた。二番の葛西はバントの構えからバットを引く。判定はボール。

 町田が宮前の動きによってはボールを投げてきそうだったので、宮前はすぐに帰塁する。


(やっぱり今日はコントロールが安定していないのか?ネギっちゃんも、ボールは走ってるのに全然ストライクが入らない日があるって言ってたもんな。今日がその日かもしれない。高校で公式戦初登板となればどこか変になっていてもおかしくはないか。まだ一年生だもんな)


 宮前はそう考えながら二球目。

 葛西がストレートをしっかりと転がしたので二塁へ走る。余裕を持って二塁を陥れていた。

 一アウト二塁というチャンスでクリーンナップへ打順を回したことで足立南側のスタンドは湧き上がっていた。

 帝王相手に初回からチャンスを作ったのだ。


 三番最上の名前がウグイス嬢に呼ばれて打席に向かうと、帝王のベンチが動いた。

 東條監督がTの字を手で作っている。その行動が示す意味を、それを行使するのがあまりにも早すぎるために球場ではざわめきが起きた。

 一試合中たった三回しか使えない守備のタイムを、初回のバッター三人目で使ってきたのだ。まだ攻撃を一回もせず、点も取られていないピンチらしいピンチでもない場面。そんな状況で貴重なタイムが消費された。


 帝王のスタンドも動揺を隠せないが、内野陣はさっさと集まる。ベンチからの伝令を任されたのは背番号2を付けた中原。中原は東條監督と言葉少なく話すと、走って主審へ帽子を取って頭を下げ、マウンドへ向かった。

 この展開にはラジオを聴いている者もテレビ中継を見ている者も、生で観ている者たちと同様に困惑を隠せない。

 異様な試合運びで、この試合は始まった。

 このタイムの時に、攻撃側もベンチに戻って作戦を考えることができる。足立南はそれを活かしてランナーの宮前とバッターの最上を呼び出していた。


「最上。ここで小細工は必要か?」


「要りません。俺たちのバットでミヤさんを返します」


「そうだな。初回から奇襲は必要ないだろう。宮前は打球を確認して無理せずにホームを目指せ。どうやらあちらさん、あまり調子が良くないらしい」


「……そうは、思えないっす。監督、モガ。ホッシーも。宮下は多分調子は悪くない」


 宮前はそう言う。

 四球を勝ち取ったものの、納得がいっていないのだ。


「モガ。お前が打席で判断しろ。お前が一番宮下については詳しいだろ。調子が良いか悪いか。調子が良いならどうやって打ち崩すか。考えてくれ。俺も塁上から何か癖とかないか探してみる」


「ミヤさん。……何かおかしいのは帝王もわかってるみたいです。ですが、それがこっちにはわからない。……不気味ですね」


「日本代表として選ばれてるなら、高校の公式戦初先発なんて緊張しないよな?」


「俺は宮下じゃないのでわかりませんよ。ただ……初戦は打撃で調子が良かったみたいですから、投手の方でアガることはないと思いますよ。アイツの安定感は半端なかったですし、投手が本分ですから」


 最上はある種智紀を信用していた。地方予選の初先発如きでアガるような投手じゃないと。それに一年離れた程度で本質は変わっていないだろうと踏んでいた。

 仕掛けないことを確認した最上たちはマウンドに集まる内野陣の表情を盗み見る。決して、一片たりともこの試合に慢心しておらず、今の状況を必死に勘案していた。


「油断のならない名門なんて、本当に嫌になる」


「監督、壁は大きい方がいいです。むしろ俺は楽しいですよ」


「ならバットでそれを示してこい。野球は点を取らなければ勝てないんだからな」


「はい」


 監督の発破を受けて最上はバットを握る手に力を入れる。

 帝王はまだ、話し合っていた。それこそが、ただの不調ではないと告げていた。


「ああ、そうだ。不調のお前に勝っても何も意味がない。全力のお前に勝ってこそ、俺のこれまでの積み重ねを証明できる。自滅なんてするなよ」


 智紀への期待から、そして自分への自負から、そう呟く最上。

 最上はどうしても智紀と戦いたかった。味方ではなく敵として戦いたいと、後ろで守っていた時に感じてしまった。

 味方でいるよりも、敵として高め合いたいと思えた相手だった。


 ある意味、歳下の智紀へ敬意を払っているからこそ、反発したいという反骨心を抱いていた。厳格な家で唯一許された野球にしか興味を見出せず、できることもなかった。他の趣味など持てず、野球だけが家から逃れられる唯一つの手段だった。

 そんな野球で出会った、輝く星。その星に打ち克つことが、心に強く残った使命となっていた。平凡な自分にできる挑戦であり、自由への渇望だった。


 この渇きを満たしてくれる相手は智紀しかいない。その智紀が万全になるのであれば、長ったらしいタイムも存分に待つことができた。


次も月曜日に投稿します。

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