4ー1ー2 三回戦・足立南戦前
一年生たちの会話。
新垣スカウトが来た日の夜。
夜九時を過ぎて野球部の寮から少し離れた学校の敷地内で三間がバットを持って歩いていた。風呂にも入った後でスポーツウェアに着替えて素振りをする場所を探していた。
室内練習場や筋トレ室などは夜八時以降使うことが厳禁とされている。警備員が施錠をしてしまうのだ。いくら寮生といえども、いつまでも施設を使わせることはできない。その時間以降練習するなら、適当に敷地内で広い場所を探すしかない。
練習場などは全て、警備員によって施錠される。学生の本分は勉強という名目を学校側は守らなければならない。そのため、回る順番はあるものの八時過ぎにはどこの施設も施錠されてしまうのだ。
一応八時以降は勉学や風呂洗濯など、部活動以外の時間が推奨されている。とはいえ洗濯機を回している時間などにちょっと素振りをしようという考えの者は多い。
誰もが同じ考えに至るので、寮の周りの電灯があるところは既に占領されている。練習は八時まで、なんて大会が始まる前から守っていない者が多い。だから三間は寮から少し離れて電灯のある場所を探して歩いていた。夜なので電気がないと危なくてバットを振ることができない。
そして練習場所を探しているのは野球部だけではない。一般寮に住んでいる他の運動部も同じ考えで走ったり、何かしらの練習をしているようでそこそこ生徒が出歩いていた。敷地内から出ることは正門の閉場時間が過ぎているので禁止されているため、この中で運動するしかない。
グラウンドにナイターを付けられないために、基礎的な練習しかできない。五月蝿くしたら近隣住民から苦情も来る。いくら理解のある隣人であっても、限界はある。
三間が良い場所を見付けると、そこでは既にブンブンとバットを振る音が。学校近くの、昇降口の近く。そこには高宮、千駄ヶ谷、仲島が素振りを。平がシャドウピッチングをしていた。
「なんや。お前らも来てたんか」
「三間。遅かったな」
「ここのところずっと練習の手伝いか応援練習ばっかりだったからね。それで身体を鈍らせたくないし、夏が終われば僕たちの番だよ」
「夏は短いからな。それに大会が終わればすぐに秋のメンバーを選出する練習試合も組まれるはずだ。そこで成果を出すには今から準備しておかないと」
高宮、千駄ヶ谷、仲島がそれぞれ答える。
平は黙々とシャドウピッチングを続けていた。
「平ァ。他のピッチャー連中は?」
「今日散々投げたから風呂入ってくたばった。練習期間なら誰がフリーで投げても、それこそマシンでも良いけど、大会期間中は生きたボールが打ちたいってことでベンチ外の投手はフル稼働だぞ。お前も散々打ってただろ」
「せやな」
残りの一年生投手、高坂と柊はバッティングピッチャーとして散々投げていたので自主練には来なかった。全力で投げて、それを平然と打たれたのだ。
心身共に疲れていたので長風呂で疲れを取ろうとしたらのぼせていた。
「三間君、今日は宮下君に嫉妬してないの?」
「あ?何で?」
「何でって……。この前プロのスカウトが宮下君と高宮君に接触してたら嫉妬してたよね?」
千駄ヶ谷が素振りをしながら聞くと、ああそのことかと三間は納得して素振りを始める。
その答えは他の面々も知りたかったので練習をしながら耳を傾けていた。
「昔から縁故だったっちゅうスカウトが智紀見にくんのは自然やろ。U-15から目ぇ掛けてたんなら、オレの入り込む場所はないで」
「まあ、投手が欲しい人からしたらスラッガーは見ないよな」
「それに今の智紀の状態を知ってても獲ろうとしてる漢気溢れた球団や。オレも嫉妬はせん」
「あいつはホント、話題に欠けないというか。そんな実力と家柄があるからなんだろうけど」
仲島も今回の声優による騒動は全く想定していなかったので喫驚した。グラウンドでは燃えないくせに、現実世界では燃えるのかと。
そして炎上など、野球以外の事柄で悪い噂が流れるような選手をプロの球団は嫌う。球団も選手のグッズなどを売る立場だ。それが大きな収入源になるので、グッズを作ったとしても売れないような問題児を引き入れようとはしない。
「今回のは貰い事故みたいなものだからな。あいつに直接的な原因はない」
「でも、宮下にはまだ火種が残ってるだろ?あの宮下喜沙と同棲してるっていう……」
「同棲って……。平、都内の大学に通ってる姉なんだからそれは普通だろ」
「大学生になったら一人暮らししたくならないか?俺が男だから?」
「都内は物価が高いからなぁ。埼玉から出てきてビックリした。だから都内で一人暮らしはしないかな」
「僕も。家賃とか見たら一人暮らしなんて考えられないよ。両親だって寮があるから帝王を許可してくれたって理由もあるし」
都民じゃない仲島と千駄ヶ谷が平の言葉を否定する。
アパートの家賃が月八万とかがザラなのだ。とても生活が成り立つとは、学生の身では思えなかった。
「宮下喜沙ならいくらでもお金あるし、その辺気にしなくてよくね?伊達に日本一のアイドルやってないだろ」
「お金はあっても、あのお姉さんは一人暮らしなんてしないだろ。宮下の試合をできるだけ見に来ようとするブラコンだぞ?」
「あー……。あぁ、納得したわ」
高宮の一分の隙もない発言に、平は大きく頷く。
喜沙は忙しいはずなのに何度もこの高校に足を運び、智紀の活躍を見て喜んで帰っていく。そんな姿をこの三ヶ月で散々見てきたのだ。しかも三姉妹全員の。
重度のブラコンだと理解していない野球部員はいない。
「火種が残ってるのが何や。それを吹っ飛ばせる話題をオレらが世間に知らせればええ」
「やっぱり三間って、本質的には宮下の味方だよな」
「それはそうや。アイツはオレたちのエース、他の同級生の投手には悪いがそれが決まっとる。そんなアイツが苦しむなら助けてやるのがオレたちチームメイトの務めや」
「三間、気にしなくて良いぞ。アイツがエースなのは全員認めてる。二番目は譲らないけどな」
三間の申し訳なさそうな言葉に、平は笑って許す。
実力の違いは既に洗礼として受けた。智紀クラスの投手が同年代、もしくは歳下で入ってくることを理解しながらも帝王の門を叩いて投手を志して来たのだ。
エースは諦めても、ベンチ入りは諦めていなかった。
「アイツ一人じゃ野球は成立せえへん。智紀が投げない試合もあるやろ。これから全部の試合アイツが投げたら絶対に身体を壊す。そんなこと東條監督がしないやろ。だから平たちにも十分チャンスはあるで」
「ああ、わかってる。アイツが投げない試合で負けるわけにはいかないんだ。だから俺たちもやれる限りのことをする。諦めてなんてたまるか」
「気張れや。んで、そんな智紀だって調子は悪い時くらいあるやろ。今回みたいに世間に叩かれたら本調子じゃいられなくなるのが人間や。そん時、オレたち野手がアイツを支えなくちゃならん」
「そりゃそうだ。特にお姉さんのことがバレたら今回の比じゃないほど騒がれるんだろうからな……」
三間の言いたいことはわかる。
それに今は智紀以外で唯一ベンチに入っている三間だ。直接的にどうにかできるのは、同年代では三間しかいない。
「具体的にはどうするの?」
「アイツは投手としてやが、オレは野手として目立つ。智紀だけに注目はさせん。元々帝王は打のチームや。帝王の顔に、オレはなるで」
「なるほど、じゃあ俺は捕手としてアイツを支える」
「僕は切込隊長」
「俺は二枚看板として、だな」
「俺もショートとして内野の纏め役をやるよ」
「いや、仲島はキャプテンやれや」
「……んん⁉︎」
それぞれが智紀を支える手段について意思表明をしていたら、最後に三間に変なことをぶっ込まれた。
いきなり一年後の話をされても、実感が湧かない。まだ一年生全員と深い交流をしたわけでもないのに、キャプテンをやれなどと言われるとは。
言われた仲島は変な声で聞き返したが、他の全員は大きく頷いている。仲間外れは仲島本人だけのようだった。
「何でだよ。三間か高宮がやってくれ」
「オレ打つのに専念したいからパス」
「キャッチャーに仕事を増やすな。投手陣を纏めるので手一杯だ」
「……千駄ヶ谷は?」
「タイムの時に集まれないから、キャプテンやるなら内野の人が良いと思うよ?」
「仲島は実力もあるし、こうやって影で努力もしてるし。コミュ力もあるんだから適任だろ」
全員から押し付けられて、仲島は溜息をつく。
満場一致で推されるとは、予想もしていなかったのだ。名門帝王のキャプテンにされかけているなんて、入学してからしばらく経つが信じられないことだ。過去の自分に言って驚かせたくなった。
「ウチのキャプテンの選出方法ってどんなだっけ?」
「同学年の推薦だな。よっぽどだと監督の指名らしいけど」
「安心せえ。同年代でキャプテン談義をした時、満場一致で仲島やった」
「俺たち通い組がいない間にそんな話をしてたのか……!」
「そういえば通いなのに、最近寮生活してるのは何で?」
「両親が会社の慰安旅行で一週間海外に行って、家に誰もいないんだよ。ならご飯とかも面倒だから泊まることにした。申請を出したら空き部屋が与えられるんだな」
そんな会話をしながらも、彼らは今できることをこなしていく。
控えだからと、ベンチに入っていないからと。努力をしない理由にはならないのだ。
次も月曜日に投稿します。
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