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2ー3ー5 開幕・夏の予選

それぞれのベンチにて。

 シートノックを終えて。都立大垣高校は一塁側のベンチに腰掛けながら相手のオーダー表を監督の深山は確認していた。二回戦で優勝候補の帝王と当たってしまったことでクジ運の悪さを実感していたが、深山自体は喜んでいた。

 大垣高校は、野球部は全く強くない。いつも三回戦くらいで消える学校だ。初戦で負けてもおかしくはない弱小校。


 そんな野球部だからこそ、練習試合でも強豪と戦ったことなんてない。練習試合の申し出なんて恐れ多くてできなかったし、受けてくれるとも思ってなかった。そこまで勝利にがめつくもなく、甲子園も目指していないただの部活動の一環。

 時たま大会で強豪校とぶつかって蹴散らされることもあるが、それだって数年に一回あるかどうかだ。その数年の一回が今回来た。


 もう既にベンチはお通夜状態だ。勝てるわけがないと諦めている。

 帝王は有名すぎた。強豪校が多い東東京でも輪を掛けて甲子園出場数がトップの名門校。臥城学園を除く他の強豪校ならまだやる気も出ただろうが、その二校は本当に高校野球の世界でも別格なのだ。

 相手の強大さに呑まれていると言っても良い。初戦はどうにか勝てたが、相手の強さを感じ取って萎縮してしまっている。


 自分たちの後のシートノックを見たから尚更だろう。全くエラーをしない強固な守備。広い守備範囲。捕球してからスローイングまでの速さ。肩の強さ。どれを取っても自分たちの上を行く。

 強豪の強さを、目の前で感じてしまったのだ。

 だが、下手に同じくらいの強さの弱小校や中堅校に負けるよりは、こっちの方が良いと一介の教師である深山は思っていた。世界の広さを知る経験というのは今後の人生でどう役に立つかわからない。


 打ちのめされるかもしれないが、壁を知るには良いことだとポジティブに考えていた。

 まだグラウンド整備をしているので、その間にキャプテンに集合をかけさせてベンチの前で円陣を組ませる。

 そもそも。

 部活動をやっている以上、負けないはずがないのだ。高校野球で言えば四千校を超える野球部が全国にはいて、一つの大会で負けを経験しないのは一校だけ。どんなに強くても、負ける時は負けるのだ。


「さて皆。君たちはこう思っているだろう。『勝てるわけがない』。『やる前から結果が見えている』と。それはそうだろう。何しろ君たちとは覚悟が違う。あちらさんは甲子園に出るために、全国制覇をするために野球に取り組んでいるんだ。ただの部活動という感覚でやっていない」


 敢えて、深山は真実を話す。下手に希望を持たせる言い方をしない。

 百回やって百回負ける。もしもの奇跡なんてたとえ万回戦っても起きる実力差ではないと深山もわかっているからだ。


「野球推薦で選手を集めたり、夜遅くまで練習したり、土日には数々の強豪校と練習試合をしたり。ハッキリ言って君たちと積み上げてきたものとは全然違う。その上で、あちらさんはフルメンバーじゃない。背番号からもわかる。あくまで実験として我々と戦うつもりだ。

 それで良いじゃないか。向こうにとっては勝って当たり前の試合。長く戦う夏の初戦というだけだ。甲子園に出るかもしれない。彼らの中には将来プロになる者もいるだろう。そんな相手と戦えて光栄だと思おう。相手も高校生だ。エラーやミスを絶対にしないとは限らないし、ヒットが打てないってわけでもないだろ。


 多分コールドゲームになる。でもこの一戦はきっと一生物にできると思う。あの帝王と戦ったんだと。君たちが成人したら一緒に酒の席で語り合おう。

 だから、一点。一点を取りに行こう。あの帝王から、弱小校の俺たちでも一点取ったんだと胸を張って答えよう。ヒットを打ったんだと。三振を奪ったんだと。十二個アウトを取ったんだと。将来のプロからアウトを取ったんだと、それを目標に頑張ろう。


 三年間ノックを受けてきたのは、素振りをしてきたのは、走ってきたのは。無駄じゃなかったと言えるように最後の輝きを見せてやろう。有終の美を飾ろう。その相手になってくれた帝王に感謝して野球をやろう」


 深山の言葉に、誰もが頷く。一矢報いろうと。さっきまでの意気消沈した雰囲気はなくなり、どうにか牙を剥こうと気概だけは見せる。

 深山にできるのはここまでだ。あとは状況次第で作戦を考えるだけ。

 少しだけマシになった雰囲気で、大垣高校はこの夏最後の試合に挑む。


────


 帝王側のベンチはそこまで気負った雰囲気ではなかった。相手チームの情報をしっかり見て、いつも通りの野球をしようと思ってるだけ。

 三間は高校初の公式戦で昂ってるけど。俺も活躍しないとって意気込んでるから自然とバットを振っている。

 そんな中、マネージャーの君津先輩以外の女性の声がベンチに聞こえる。


「葉山君、またジャンケン勝ったの?凄いわねぇ」


「はい。加瀬部長。自分運は良いので」


「加瀬ちゃん、こいつがキャプテンに選ばれたのってジャンケンがメチャクチャ強いからなんだぜ?そうじゃなかったら倉敷がキャプテンだったかもな」


「そうなの?」


 大人の女性のはずなのに、甘ったるい声で話している女性。葉山キャプテンと間宮先輩が話しているのは学校側の顧問であり部長の加瀬先生。二十五歳の社会科の先生だ。俺は授業を受けてないから詳しく知らないけど、よく先輩方が加瀬ちゃんと呼んでる。

 ちゃん付けされているのは歳が近いからと、背が小さいからだろう。美沙と変わらないくらいだ。


 ベンチには監督とコーチが一人に、部長が入れる。監督とコーチは教師をやっているわけではなく雇われの身なので学校側の責任者としてベンチに入っているのだとか。

 普段は教師として働いているので練習にもたまにしか顔を出さない。でも野球のルールは把握しているようで話せば野球のことも受け答えできる。何でもここの学校のOGだとか。


 ……まともそうな人なんだけど、何故か嫌な予感がするのであまり近寄らないようにしている。いや、嫌な予感の正体はわかってる。この学校のOGで野球部の顧問なんて受け持つなんておかしな話だ。

 あまり顔を出さないとはいえ野球部の大変さは知ってるだろうし、女子人気も年齢が近いんだから知ってるはず。それで野球部マネージャーすら目の敵にする女子生徒が多い中で女性教員が部長に立候補する理由とは。

 あんまり碌でもない理由な気がして、後は母さんに叩き込まれた芸能界の闇に対する嗅覚が危険を察知して避けていた。


「智紀、勝負や。どっちがこの先早くホームランを打つかのな」


「それ、俺不利じゃないか?本職投手なんだけど。打順も下位だろうし」


「おんなじ二桁背番号やし、出場機会なんて大差ないやろ。練習試合ではそんなに本数変わらんやん?」


 三間の提案に頷くことはできない。何で兼任投手が打撃成績で張り合わないといけないんだ。リリーフとしての温存だったら打席に立つこともない試合だってあるだろうに。

 それに投げてる時までホームランを打つことを考えたくない。投げてる時はヒットを打てたらラッキーくらいの気概で打席に立ってるのに。


「せめて打率とか安打数、打点にしてくれないか?ケースによったらホームラン狙える場面じゃないかもしれないんだし」


「あ〜ん?屁っ放り腰やなあ。さっき可愛い女の子に打ちます宣言したカッコイイ智紀くんはどこに行きよったんやぁ?」


「煽るな。それにホームランを打つとは言ってない。活躍するって言っただけだ」


「野手としての華々しい活躍ゆうたらホームランやろ?オレが打っちゃったら霞むだろうな〜」


 何でこいつは煽ってくるんだか。そんなに女の人に話しかけられたのが羨ましいのか。

 まだ元カノに未練タラタラなくせに。


「なになに?一年生二人が男の約束?」


「加瀬部長」


「加瀬ちゃん。そうそう、どっちが活躍するかって張り合ってたんです」


 首を突っ込んでくる加瀬先生。三間はちゃん付けしてるくせにですます口調とか、敬意があるのかどうかわからない。


「ふーん?二人は一年生でベンチ入りしたからか、仲が良いのね」


「普通ですよ。それに張り合ってません。三間が勝手に決めつけてるだけです」


「それだって友情の一つだよ。良いねえ、ライバルって感じで。先生、少年漫画とか好きだからそういう関係大好き」


「やっぱり仲間内でも張り合ってなんぼだと思うんですよ!そこんところ智紀は無関心で」


「チームメイトで数字の勝負してどうする?大会が始まったら信頼できる仲間なだけだろ」


 俺がそう言うと、二人は肩を寄せ合ってヒソヒソと小声で、ただし俺に聞こえるように話し出した。いきなり仲良くなったな、この二人。


「ああやってええカッコしいで女の子落としてるんですよ。女性としてどう思います?」


「見た目通りクールだからやられちゃう子は多いんじゃないかな?ああいう子がいきなり信頼デレするなんて、好物の女の子からしたら鼻血物よ?」


「クゥ〜。また智紀だけモテてしまう……。何やアイツ」


「大丈夫。三間君も人気があるから。ファイト」


「三間。いつまでもバカやってないで守備の準備しろ。もうすぐ試合が始まるぞ」


 グラウンド整備が終わったので、持っていたバットを片してグラブを用意する。梨沙子さんはそういうんじゃないって言ってるだろうに。

 こっちは後攻だから守備の準備をする。目指すはノーミス・コールドゲームだ。

 午前十一時半。俺たちの初戦が始まる。


次も三日後に投稿します。

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