2ー3ー4 開幕・夏の予選
妹のターン。
姉同士が話し合っている頃。
美沙も帝王のスタンドにいる女子マネージャーたちの元へ近付いていた。
「千紗お姉ちゃん。来たよ」
「あ、美沙。席取っといたから」
千紗と共謀して一席確保しておいてもらった。要注意の一年マネージャーと話す機会を求めて事前に話を通していた。千紗としても恋愛絡み、女子絡みの話題なら美沙に丸投げした方が良いと考えていたので呼ぶだけ呼んで放置だ。
つまり千紗の任務は終わりである。
「兄と姉がお世話になっています。宮下美沙です。わたしも近くで応援したくて、千紗お姉ちゃんに無理を言っちゃいました。ごめんなさい」
「うわぁ。千紗。あなたの妹、本当に美少女ね」
「でしょ?そこらのアイドルが裸足で逃げ出すってお姉が太鼓判を押す妹なんだから」
二年マネージャーの浅川が美沙のあまりのレベルの高さに溜息をついていた。千紗も綺麗系の美少女で喜沙のことも野球部には知れ渡っているので予想はできていても、近くで見ると本当にアイドルと見紛う程の可愛い女の子だった。
睫毛もくっきりとしていて、肌もすべすべで白い。手足もほっそりとしていてスレンダーに納まっている。顔のパーツ一つ一つが可愛いとしか言えない黄金比で配置されているのだ。
髪もよく手入れされていることがわかる艶やかさを維持したライトブラウンのセミロングで、ハーフアップに纏め上げていた。髪の色は三姉妹全員母親の遺伝で茶色に近いのだが、千紗はダークブラウンなのでその対比から明るさがよくわかる。
もちろん地毛だ。喜沙だけ染めて更に明るくしている。
そして柔らかく微笑む姿も絵になる。服装も女の子という感じを主張した清楚な様相だ。ブラウンの七分袖のブラウスにベージュ色のロングスカート。手提げ鞄も小さい物で観戦の邪魔にならず、アクセントに野球帽がギャップで可愛く見える。
野球場にいる可愛いファンそのものだった。
自己紹介をしながら謝っていたが、それが嫌味に聞こえないのだから凄い匙加減だ。兄の応援が第一ですという雰囲気を出すことで嫌味っぽさを消している。
立ち振る舞いも完璧な天使が、そこにいた。
練習試合などによく来ていたので遠目から見たことのある部員も多かったが、間近で見たことがあるのは一年生だけだ。遠目からでも美少女だとわかっていたのに、近くで見るとその想像を超えていたために何度も見てしまう部員たち。
そのあまりの女子としての完成度に、そして歳下がこうまで可愛いと、周りにいた全員が子供も親も関係なくはぅと恍惚と敗北の溜息を漏らしていた。
「美沙、いつまでも立ってないで座っちゃいなさい。誰もアンタがここに座るのを反対しないわよ」
「そう?じゃあ失礼します」
手提げ鞄からタオルケットを取り出して、それを座席部分に敷く。背もたれも併せて洋服を汚すつもりはないと主張していた。
実際野球場の座椅子などは汚れている場合が多い。プロ野球や社会人野球などで使われる球場はしっかりと清掃が行き届いているが、区営や都営の球場はその限りではない。最低限の清掃だけをした球場の座席はおめかしをした服装でそのまま座るのは推奨しない。
特に高校野球の大会が多い時期は清掃も使った部員が短い時間で行うので、注意されたし。
美沙の格好を見て、誰もがタオルケットを使うことが当然だと頷いていた。そういう空気を作ってしまう才能も美沙にはあった。
誰も美沙の行動を邪魔しなかったので、智紀が素振りをしているだけの時間の内に本題に入った。
「福圓加奈子さん、木下奏さん。帝王で野球部のマネージャーをやっているということは相当野球が好きだと思いますが、ポジションならどこが好きですか?」
「え?私たちの名前……」
「兄が同じ学年のマネージャーで、お二人ともしっかりしていると話題に出すので覚えてしまいました」
「そ、そっかぁ。智紀君、家族に私たちの話もしてるんだ……」
木下のその言葉と照れている表情から、美沙は彼女については確実に惚れていると判断。隣で聞いていた千紗はあまりの鮮やかすぎる手際の良さに戦慄していた。
なお智紀は確かに美沙の前で二人の一年生マネージャーについて話題に挙げたこともあるが、苗字を教えただけで下の名前までは教えていない。
加奈子の方はその誘導尋問に引っ掛からず、質問の内容を真剣に考えていた。
「わたしは、キャッチャーでしょうか。ポジションで言えば、という話になってしまいますけど。あとはポジション問わずスラッガーが好きですね。ホームランは野球の花形だと思うので」
「えー?福圓さんってそうなの?私は断然ピッチャーだなー。エースこそ野球の花形じゃない?ホームランも話題になるけど、ノーヒットノーランや完全試合はもっと凄い話題になるでしょ?」
「野手だってサイクルヒットは相当な話題になりますよ?」
「確かに……。でもピッチャーが一番っていうのは譲れないかな」
加奈子と木下は野球が好きなだけあって、お互いが主張を重ねる。
論争を聞いていた結果、美沙は黒と灰色とした。加奈子が嘘を言っているようには思えず、野球としての好みは確実にキャッチャー。ただスラッガーは残念ながら智紀も該当するのでどっちつかず。
それでも加奈子については白よりの灰色だ。智紀はキャッチャーをやることはない。打つよりもよっぽど投げることが好きだと豪語する智紀のことだ。キャッチャーに転向することはない。
木下は真っ黒だとわかったのでこれからの対応も考えることにする。特に智紀と現状同じクラスなので要注意対象とした。
ついでとばかりに他の女子マネージャーも突いてみたが、他の女子マネージャーは全員白だった。どれだけ話しても、宮下智紀は宮下千紗が可愛がっている有望な弟クンという評価を超えることはなかった。
美沙の女性に対する真否眼はかなり正確だ。小さい頃母に連れられて見学しに行った先の芸能界の闇を完璧に把握し、表情の下に隠していることさえ母と答え合せして正解を出してしまうほど。男性相手はそうでもないが、同性相手には無類の精度を誇る。
智紀を取られたくなくて注意深く他の女性を観察していった結果身に付けたモノだ。この眼から逃れられる女性はいない。
というか、魑魅魍魎が跋扈する芸能界に所属する人間のことが読み取れるのだから、平和に暮らしている一般人の考えなんて手に取るように理解できた。その眼が先輩マネージャーは白と判断した。
唯一ベンチ入りしている三年生の君津についてはわからないが、その辺りは千紗に探らせることにした。美沙が接触する機会がないこと、一人ぐらいは千紗にも調べさせて経験を積んでもらおうとしていた。
話している内に帝王のシートノックが始まる。男子部員は声を出して応援を始めたが、女子マネージャーは座ったままだ。試合が始まってから応援すればいいと言われているようで見守っているだけ。
観戦に来ている女子生徒たちはキャーキャーと騒ぎ始めたが。
美沙も智紀の姿を見つつ、加奈子に質問をすることにした。智紀以外へ注目してもらうための布石だ。
「福圓さん。キャッチャーでスラッガーとなると、習志野学園の羽村涼介さんなんて一番条件に合致するのでは?」
「あー、羽村君ですか。確かに選手としての好みには合致しますが……。確か千紗先輩が言っていましたけど彼女がいたような?」
「お姉ちゃん?嘘言ったの?」
「違う違う。ボカしたら確定みたいな感じで部員が勘違いしたの。この前智紀が誤解を一応解いたけど、その場にあたしら女子マネージャーはいなかったからね。智紀がよく連絡を取り合ってるけど、絶賛彼女募集中らしいよ?」
「へー。そうなんですか。でも彼女と間違うような親しい女の子がいることには変わりないような……?」
千紗も援護射撃をしたが、効き目はイマイチのようだ。
なにせ加奈子は本気で恋愛なんて二の次で帝王野球部のマネージャーとして三年間を捧げるつもりで、甲子園が一番優先すること。
現状智紀に恋愛感情は抱いていない。
それに加奈子は涼介のことを映像や試合越しには知っていても、対面で会ったこともない。相手には確実に認知されていない。そして涼介自身も野球界では既に有名人だ。加奈子は純粋に釣り合うなんて考えていなかった。
帝王野球部を見ていれば有名な選手が周りの女子生徒からどのように見られているのか客観的にわかる。智紀と似たようなものだと仮定してしまえば不特定多数に好かれているのだろうと判断できた。
勉強はできない割に、こういうことにはちゃんと頭が回る加奈子だった。
それに彼女がいなくても市原の妹には好かれていること。そして木下が智紀に恋愛感情を持っていると知っているので、涼介も身近な人から好意を寄せられているだろうと推理できたので自分の入り込む余地はないと考えていた。
その察しの良さを勉学にも活かしてほしいものだが、どうやっても活かせないのが加奈子という少女だった。
雑談をしながらだと七分間のシートノックはあっという間に終わってしまった。話した結果美沙は加奈子のことも白とする。
シートノック終わりに少し離れた場所に座っていた姉ズの方を見ると、喜沙が両手を合わせて右手側に傾けて美沙の方を見ていた。パッと見は品の良い女性がただ手を合わせて球場を見ているだけだが、これは喜沙と美沙にだけ通じる符号だ。
事前に決めていた合図を知って、予想通りだったので美沙が福圓梨沙子を見る目が若干鋭くなる。
姉の方はブラックリスト入りだ。騒動の後からある程度は調べていたが、この後から本格的に調べることにする。この試合中は喜沙に任せるつもりだが、調べ物は徹底的にすることにする。
美沙の手にかかれば、ある程度情報がある女性のことなら学校での様子や今までの恋愛経験などすぐに割り出せる。
試合後に、自覚症状なしの惚れ方と喜沙から聞いて、暴走の一端を知った美沙だった。そして一番危ういタイプだったので警戒は密にすることが三姉妹のチャットで決定される。
次も月曜日に投稿します。
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