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2ー3ー1 開幕・夏の予選

とある姉妹の初戦前夜。

「ただいま〜……」


 福圓梨沙子は夜十時過ぎに帰宅していた。

 先日の生放送で炎上をしたものの、すぐさま仕事がなくなるわけではない。今まで継続してきた仕事や、夏季ではなく秋季の仕事をこなしたりしているのでありがたいことに仕事は多くあった。

 声優の仕事は表に出るまで時間がかかる。アニメの場合は二ヶ月ほど前に収録していたり、ゲームだったら年を跨ぐこともある。そのためよっぽどのやらかしではない限りしばらくは表舞台に出られる。


 よっぽどのやらかし──例えばコンプライアンス違反など仕事に関わる契約違反とか、業界に不利益を被るヤバイ事柄──でもない限り表のやらかしで干されることはない。

 現場でありえないことをされたら干されることもある。セクハラとか。

 梨沙子の場合は彼氏がいたわけでもなく、浮気をしたわけでもなく、好きな人がいるかも?と匂わせただけだ。女子高生声優として売っているのでそれなりの打撃だが、リカバリーできないレベルではない。


 事務所側にはこっ酷く説教をされたが。そのせいで疲労困憊だ。

 全員分の靴があったので梨沙子は玄関の鍵を閉める。外の電気も消してリビングに行くと、妹の加奈子がいた。両親は共働きで忙しいので最低限の家事をしたら寝てしまう。

 加奈子はリビングの机で勉強をしていた。数学のようだ。


「あれ?もう試験終わったんじゃなかったの?」


「あ、お姉ちゃんお帰りなさい。実は月曜日に追試で……。で、でも!追試これだけってわたし的にはすっごい奇跡というか!」


「やっすい奇跡ね……。加奈子ちゃんって本当にお馬鹿ちゃんというか」


「お姉ちゃんみたく卒なくって無理なんですぅ……」


 加奈子は落ち込むが、梨沙子は学業もしっかりこなして赤点は取っていない。中学の頃から声優の養成所に通うに当たり、成績はしっかりとキープしていた。それが養成所に通う条件だったのだ。

 今も声優をやりながら帝王とさして成績の変わらない学校でそこそこの成績をキープしている。むしろ加奈子は学業一本のはずなのにこの体たらくで両親も頭を抱える始末。

 それもこれも、野球の魔力に惹かれてしまったのが悪い。


「あ、でも!あの生放送の発言は本当に迂闊だったっていうか!お姉ちゃん反省してくださいね!わたしも智紀くんも野球部も凄く大変だったんだから!」


「う。反省してます……。それで絞られてきたんだし」


 ここ数日梨沙子が遅く帰ってきたのは事務所で彼氏とかの匂わせでどういうことになるのかという説教と防ぐための心構えを延々と聞かされたからだ。

 本当にプロとしては失格だった。

 それがわかってるからこそ、心身共に疲れていた。自分だけが被害を被るなら全然良かったのだが、今回は智紀を含む帝王学園に多大な迷惑をかけてしまった。


 まだ掲示板で炎上しているのだ。他の職種の芸能人だともっと大事になっているので軽い方だという話も聞いている。

 あとはそう。野球関係者が智紀を庇っている動きが大きい。未来の日本を背負う選手だし、彼は何もしてないからと火消しをしてくれているのだ。

 梨沙子が冷蔵庫から麦茶を出して飲む。もう夏の夜だ。暑くもなってきた。

 リビングに戻ると、加奈子は勉強道具を片してとある白いDVDをデッキに入れていた。


「勉強はもういいの?」


「うん。明日は試合だし、勉強を頑張ったご褒美かな。……お姉ちゃんも見る?智紀くんが投げた、強豪の明豊高校との練習試合」


「見る見る!」


 梨沙子は加奈子が帝王野球部のマネージャーになれて本人並みに喜んでいた。何せ外部にはほとんど流出されない練習試合の映像がこうして見られるのだから。

 もちろん見たことを他人に話すことや、ダビングなどは絶対にしなかった。できたファンだからこそ。

 試合が始まって、先攻は帝王だったのでその間に梨沙子は加奈子から明豊について聞いていた。梨沙子も野球の勉強をし始めたとはいえ、高校の強豪全てを把握しているわけではない。


 高知の強豪校で甲子園にも何度も出ている強打が売りの学校。そんな学校相手に二軍をぶつける帝王がおかしいという話をしていた。

 加奈子は試合を見ながら、この試合のスコアブックのコピーも持って帰っていた。

 一回の表、三番・四番が出塁して打席には五番の智紀が立つ。


「え?智紀君五番だったの?」


「練習試合ではこの試合だけですよ。他に野手として出た時も一番はあってもクリーンナップはこの試合だけですね。この試合は一年生を皆良い打順で使っているんです」


 その証拠に一番が千駄ヶ谷。四番に三間、六番に高宮を起用している。この四人は最後まで試合に出ている。

 三間が四球で出塁した後の初球。智紀はインコースのボールを叩いてサードの頭を越えるヒット。二アウトだったこともあって走者は一斉にスタートしたが、一塁ランナーの三間は三塁ストップ。

 二塁ランナーはホームへ帰ってきて、智紀は二塁に到達。140を越えるストレートを涼しげな顔で弾き返していた。


 続く高宮がセカンドゴロに倒れたので、智紀は残塁のままマウンドへ。

 マウンドに上がった智紀は、圧巻の一言だった。

 強打で鳴らしている相手へストレートとチェンジアップ、そしてスライダーで圧倒。ブンブン振り回してくる相手からフライと三振を量産。


 ノーヒット、というわけにはいかなかったが、塁を進まれても要所で締めるピッチング。

 まるでアメリカを相手にした時のような凄味があった。

 特にクリーンナップの三人は確実に仕留めてノーヒットに抑えていた。走者を返すはずのスラッガーが抑え込まれたのだから、得点が入らないのも道理だ。


 マウンドでは精悍な顔つきをしているが、そのピッチングが、バッティングがチームを鼓舞する。その覇気が伝播し、チームも勢いがつく。結果、好守備が産まれたり、打撃が繋がったり。

 同じような現象を、それこそアメリカ戦でも見ていた。智紀が投げるようになってからチームの空気が変化していた。


「これ、智紀君ゾーンに入ってない?いつも見てる試合と一段階違うような……」


「あー、どうでしょう?ゾーンってあんまり解析されてない状態です。凄い集中力なのでゾーンの一種かもしれません。智紀くんがどう思ってるのかにもよりますし」


 ゾーン。本人もいつの間にか入り込んでいたという極限の集中状態とでも言うべきか。いつも以上のパフォーマンスを発揮しているにも限らず、本人は覚えていないと言う。本人が覚えていないために定義も難しい言葉だ。

 だがこの日の智紀はバッティングも好調で三安打。八回に交代になるまで一番輝いていた選手と言える。投打で活躍していたために、成績だけ見ればゾーンに入っていたとも言える。


 見ていた姉妹は智紀が活躍するたびにキャーキャー盛り上がり、夜中だというのに熱気を帯びているほど。いや、この熱はきっと夏だからだろう。二人だけで熱気ができるなんて、どれだけ盛り上がったらできるというのか。

 見終わったら二人してタオルで汗を拭いて水分補給をする始末。家の中で野球の試合を観戦していただけなのに。


「やっぱり智紀君は凄いなぁ……。学校では、炎上の話って持ち上がってる?」


「学校ではあんまりです。でも野球部では皆知っていますね」


「そんなに広がってないなら良かった……。やっぱり直接謝りたいなぁ」


「学校には入れませんよ?お姉ちゃんのせいで関係者以外立ち入り制限ができたんですから」


「だよね。……会うとしたら、できるだけ短くだよね」


 長く会っていたら、炎上させた相手だと周りにバレてしまうかもしれない。

 なので会うなら変装して。言葉は手紙に窘めて。

 そうと決めれば、梨沙子は自分の机に向かって便箋に自分の想いを(したた)める。

 これは夜中のテンションだったために、よく確認しなかった梨沙子が悪いのだが。


 一番手前にあったレターセットがピンク色だということを確認すべきだった。

 彼女は中身を書き終えると、歯磨きしてグッスリと眠った。明日の試合会場はカレンダーに大きく加奈子が書いてあったので行くのは問題ない。

 幸い土曜日な上に、仕事の予定もなかった。だから梨沙子は謝罪ついでに生の観戦をしようと決めて眠りに就く。

 この行動で、今度は彼女は炎上しなかった。


次も三日後に投稿します。

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