2ー2ー2 開幕・夏の予選
初戦の相手。
福圓さんのお姉さんの騒動を受けて、大会中というのも重なって帝王の敷地内にはOBや父兄も合わせて誰もが立ち入りを許可されなかった。もしもがあったら大変だという判断だろう。
家に帰ったら緊急の家族会議が開かれた。母さんを中心に話し合い、ぶっちゃけ治まるまで静観することになった。母さんや喜沙姉のことがバレるのは時間の問題だし、話題が広がってしまったら公表するということ。
喜沙姉も元々俺が甲子園にでも出たら公表するつもりだったようなので誤差とも言っていた。
あと、問題となった動画も全員で見た。俺の名前は出てなかったけど、あそこまで言っていたら俺だと特定されるのも仕方がない。アメリカとの試合で投げたのなんて俺と阿久津だけだし。
で、あの試合阿久津は三振を一つしか奪っていない。そうなると消去法で俺だけになる。
阿久津もちょっと話題になっていたのでメールを送っておいた。むしろ話題になって喜んでいたが。
同じようにU-15で連絡先を交換していた連中から、心配をするメールや電話があった。皆優しいなって、改めて思ったよ。
それと福圓さんのお姉さん、福圓さんとそっくりでビックリした。年子らしいけど双子と言われても頷けるほど。
目下の問題として気を付けることとしたらやはり登下校。記者やら福圓梨沙子さんのファンやらに絡まれる危険性があるとしたらそこだということ。ここだけは本当に気を付けることにした。
解決策として寮に泊まることも考えたが、それよりも早く学校に行くことにした。どうせ来る相手は来るのだから、何したって無駄と言えば無駄になる。沈静化するまでこちらは何もリアクションを取らないことが最善手。
そういう訳で登下校に特に注意を払っていたが、恐れていた事態にはならなかった。週刊誌のような記者にも出くわさなかったし、福圓さんのお姉さんのファンらしき人物に追っかけられたりしなかった。
正直な話、声優のファンとも呼ばれるいわゆるオタクという人種は表立った行動に出にくいと母さんも言っていたからあまり心配してなかったけど。
いつもより早出をすることになったこと以外、変化はなかった。そして大会が始まって三日目。俺たちの初戦の相手の組み合わせが決まった。
この日も平日だったので直接球場に赴いて偵察に行ったのは二人のコーチ。休日になったら部員が手分けして偵察に行くことになっている。
放課後は練習ではなく敵を知るために食堂に集まってコーチが撮ってきた映像を全員で見ることになる。
TVの前で解説をするのは真中コーチだ。
「まず結果だけ言うと勝者は都立大垣高校だ。ここ近年春夏秋含めて四回戦以降に進んだことのない弱小または中堅校だ。今日見てきた限り秘密兵器がいない限り弱小校という認識で構わない。いつも通りのお前たちの実力を発揮すれば問題のない相手と言える」
初戦の相手としてはありきたりだ。東京の出場校が全員強いなんてことがある訳なく、部活動の延長でただ出場しているだけの学校、どうにか九人集めて記念的な考えで出場している学校もある。
よっぽど組み合わせに運が無いか、春大会で大波乱が起きない限りは夏の初戦はこんなもんだろう。
それがシードってもんだし。
「警戒すべきは四番を打っているこの小杉だけだろう。相手投手のお粗末さもあるがこの試合四打点は間違いない事実だ。他に注目すべき選手がいたら各自手を挙げて言ってくれ。その度に映像を止めよう」
そこから映し出されたのは草野球もかくやと言う乱打戦。
四球にエラーも多く、結果としてはヒットも多かったが、中堅校や強豪校が相手なら抜けていない、落ちていないヒットも多く見受けられた。
正直、二軍の練習試合でもあまり相手をしたことがないレベルのチーム力だ。
投手のレベルも、お粗末。大垣高校の投手を注目していたが、これなら大丈夫だろうと思えるほど。
ストレートは120出てるかどうか。変化球もあまり曲がっておらず、制球も良くない。登板した投手三人ともがそんな感じなのだ。
「高宮、大垣高校って学校としてはどんなところ?」
「偏差値で言えば58くらいある、普通の学校だな。スポーツにはあまり力を入れてない」
「まあ、そういう学校だよなぁ」
「あ、大垣高校って空手が凄い有名なんだよ。関東大会とかにも出てるね。……野球は、まあ。見ての通りだけど」
「詳しいね?木下さん」
「家の近くの学校だから」
高宮よりも大垣高校に詳しかった木下さん。よく近くの学校だからって知ってたなあ。俺も帝王は興味あったから調べてたし、第一志望で千紗姉もいる学校だから詳しかったけど、近所の学校だからって他の学校のことなんてほとんど知らないな。
ああでも、関東大会とかに出たら学校が横断幕とか垂らすか。それを見たら近所なら知ってるかも。
結局九回の試合終了まで誰も手を挙げることなく、映像は止まらなかった。真中コーチが挙げた小杉っていう三年生だって、正直ウチの選手からすれば見劣りする程度の選手でしかない。
慢心だけせずに、普通に試合に望めばいいなというのが見た感想だ。
「大事な夏の初戦だ。決して慢心せず、お前たちの実力を示してこい。このまま初戦のオーダーを発表するぞ。そのつもりで後の日程を調整に当ててくれ」
「「「はい!」」」
試合は三日後。東條監督がオーダー表を見ながら先発を告げる。
「一番、センター早坂」
「はい」
「二番、セカンド村瀬」
「はいっ!」
おや。いつもだったら二番でセカンドは間宮先輩なのに。戸川スカウトが言ってたように新戦力は早いうちに使っておくという話なんだろうか。
「三番ショート葉山」
「はい」
「四番サード倉敷」
「はい!」
「五番キャッチャー中原」
「はいっ!」
この辺りは順当。春大会と変わらない。
「六番ファースト三間」
「はいっっっ!!!」
近くでめちゃくちゃ大声で返事した三間のせいで耳が痛い。木下さんも耳がキーンとしたのかちょっとフラついている。
初戦から先発で使ってもらえることが嬉しかったのはわかるけど、周りに配慮しろ。
「七番レフト西条」
「はい!」
西条先輩も出るのか。主軸はあまり変えずに下位打線はガラリと変えてる感じだろうか。
「八番ライト宮下」
「っ⁉︎はい!」
まさか呼ばれるとは思ってなくて返事が一拍遅れた。戸川スカウトがまだ勝ち進んでいない内に起用するとは言っていたけど、俺は先日炎上してしまった。
俺が意図したものではないとはいえ、そんな選手をすぐ初戦で使うなんて。
東條監督は肝が太いなぁ。
流石に俺が選ばれたことには周りもざわついていた。ネットの掲示板で炎上したことは俺が監督と福圓さんと一緒に全部員の前で謝罪したから知っている。そんな騒動の渦中の人物を先発で使うなんて思いもしなかっただろう。
俺も騒動が落ち着いた後や、リリーフで使われるかもと心構えをしていたところにこれだ。驚いた。
「九番ピッチャー大久保」
「はい!」
そして先発投手はこれまた初ベンチ入りの大久保先輩に。やはり公式戦を経験させるという意味合いが強いのだろう。
「適宜選手も入れ替えていくぞ。全員出場する気で準備しておいてくれ」
その言葉で解散。一試合丸々見たので時間も良い頃合いだ。夕食を食べて自主練に移るだろう。
俺はそのまま室内練習場に移動しようと思ったが、その前に監督に手招きされた。
「宮下。お前が騒がれているのは野球で全く関係ないことだ。だからそんな周りの雑音は野球の実力で黙らせろ。それだけの力がお前にはあると、俺は信じている。……まあ、正直あの程度で炎上したことが驚きなんだが」
「それが芸能界の怖いところではあると思ってます……。福圓梨沙子さんは人気声優で、可愛らしい方ですし」
「アイドルのようなものなんだろうな。それにああいうファン層は執着心が凄いから、余計だろう。……そういう女の子がファンになってくれるほどの選手だと魅せつけろ」
「はい」
俺に期待してるからこその起用か。ならその期待に応えないと。
打者としてだから何回打席が回ってくるかわからないけど、全部打つくらいの気概で行こう。
それが監督や周囲に応えるということなんだから。
次も月曜日に投稿予定です。
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