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プロローグ 彼女が彼を知った日

とある少女の頑張る原点。

 それは一年前の夏。

 真夏に相応しい暑さの中、少女は自分の部屋から出て水分を求めてリビングに向かった。水分を摂らなければ干からびてしまう。それくらい最近の夏は気温が上昇していた。

 しかも彼女の場合、東京に住んでいたためヒートアイランド現象も相俟って余計に暑かった。喉を痛めたら台無しなのでコップを用意して冷蔵庫に作り置きしてある麦茶を注いで自分の部屋に持っていこうとする。


 その前に、受験生の妹がTVに釘付けだったので勉強をするように言おうと思って画面を見たら、予想とは違った。

 妹は高校野球が好きだ。野球が全般的に好きだが、特に高校野球が好きなのでこの時期は夏の甲子園を見ているものだと思っていた。


 だが、少女の予想は裏切られる。確かに野球の試合なのだが、明らかに球場が甲子園ではなかった。しかも何故だが字幕には日本VSアメリカ決勝戦なんて書いてある。

 こんな時期に国際試合なんてあったのかと思って、少女は妹に尋ねる。


「加奈子。その試合何?」


「あ、お姉ちゃん。U-15の決勝戦だよ。これから始まるんです」


「U-15……。十五歳以下の国際試合?ってことは中学生?」


「そう。同級生たちの代表が勝ち進んで、野球の本場のアメリカとこれから戦うんです」


 少女はそこまで野球に詳しくない。妹の説明を聞いて、今はそんな国際試合をやっているのかと思ったくらいだ。

 U-18なら聞いたことはあった。まさかそれ以下の国際試合があるとは思ってもみなかった。

 妹の同級生が戦うということで、少し興味を持ってソファに座る。


「日本、強いの?」


「強いですよ。投手陣は歴代最高とまで言われていますし、あまり注目されていなかった軟式出身の羽村君が四番に定着して快進撃が始まりましたから」


「軟式?ゴムボールか何か?」


「……お姉ちゃん、本当に野球に興味がないんですね」


 正直野球に詳しくない人に軟式と硬式の説明をしないで分かれと言う方が無茶だ。やっていなければ軟式と硬式の差なんてわからないだろう。

 その辺りの説明は加奈子と呼ばれた妹はせず、とりあえずこの試合は硬式のボールを使っているということだけ伝えた。


「お姉ちゃんは本当にアニメにしか興味がないんですね……。野球のアニメの仕事が来たらどうするんですか?」


「最低限、現場か事務所で教えてもらえると思う。それと、アニメ以外にも吹き替えとか演技全般に興味があるから」


 そう反論していると、お互いのチームのオーダーが電光掲示板に表示される。それを見て加奈子は「え」という声を上げる。


「どうかした?」


「六番の宮下君が外野で出場していることがびっくりで……」


「何かおかしいの?」


「日本のエースなんです。ピッチャーなんですよ」


「ピッチャーって一の人でしょ?阿久津って子が今日のピッチャー?」


「あ、それくらいは知識があるんですね……」


「加奈子が野球に興味を持ったのは昔の野球アニメの再放送だからね?それであなたは野球に、わたしはアニメに興味を持ったんだから」


「……そうだっけ?」


「それも覚えてなかったか」


 二人の原点の話をした後、試合が始まる。

 一回の表は阿久津の好投で大きな見せ場もなかった。一回の裏の日本の攻撃では加奈子が言っていた羽村涼介に打席が回って、二球目を打ち返していた。


「あ、打った」


「すごい……。左対左って投手の方が有利なのに」


 映像の真ん中に、堂々と日本が点を取った証拠として1-0と大きく表示される。その後は打った羽村にカメラがすごく寄っていた。

 だが、その次の回にアメリカは同点にしていた。下位打線に打たれたことで阿久津の表情はよろしくなかった。


 阿久津は左投手として本格的な、エースとして扱ってもいい選手だ。それでも容易に点を取られるのはアメリカの強さを見せつけられた。

 二回の裏。加奈子が注目している宮下智紀が打席に入る。その三球目、ライトへ逆らわずにヒットを打った。


「へ〜。凄いねえ。彼、投手なのに打てるんだ」


「エースで四番って言葉があるみたいに、投手でも打てる人は多いですよ。でもやっぱり宮下君は投手が本職の人だと思う」


「そんなに凄いの?」


「凄いですよ。多分今投げてるアメリカの投手より」


「ふーん?」


 凄いと言われても、野球に興味がなかった少女からすれば何がどう凄いのかわからない。そのあとに見た羽村のレフトへの特大ホームランの方が凄いと思ったくらいだ。


「羽村君は別格です。いえ、野球雑誌で紹介されていたので凄いことは知っていましたけど……。同年代どころか高校でも別格だと思います」


「まだ中学生でしょ?」


「木製バットで流し打ちでホームランを打てる高校生だってほとんどいませんから」


 五回から智紀がマウンドに上がる。

 それを見て、球場の様子が一変したことが二人にも画面越しにわかった。

 まるで全てを威圧するような堂々とした佇まい。守っている選手たちの表情もにこやかに、鼓舞されたかのように声を張り上げている。


 まさに信頼されたエースの姿だった。

 そこからは圧巻だった。

 アメリカ打線を全く寄せ付けず、三塁を踏ませない圧倒的なピッチング。ここぞという時には必ず三振を奪う脅威のストレート。


 打っては羽村と一緒に逆転に貢献して。

 投げては相手の強打者をしっかりと抑えて表情に出さずにベンチへ帰っていく。

 その姿に、野球のルールに詳しくない少女は胸をときめかせた。


 羽村涼介も素晴らしかったが、少女の目にはもう宮下智紀しか映っていなかった。

 試合は結局5-3で日本の勝利。智紀が投げ始めてから一点も取られないアメリカ斬りに実況も解説も大興奮していた。


「……加奈子。凄いね、宮下くん」


「ここまでとは、思っていませんでした。あんなに冷静に、国際試合で投げられる胆力は同い年とは思えません……」


「もう、プロみたい。情けないなぁ。わたしもプロのはずなのに、年下の子に励まされちゃった」


 少女は、残っていた麦茶を全部飲んで流し台にコップを置いて上に上がる。

 少女は今年、プロになった。まだまだこなした仕事は少ないが、それでもプロなのだ。

 そしてプロならば、彼のように感動を届けたいと思った。

 初めてのアニメのオーディションは明日。オーディションで使う台本はもらっている。それの読み込みと発声を、これから真摯に取り組んだ。


 その結果──彼女はオーディションに受かり、アニメ舞台に名を刻むことになる。ファンも増えるきっかけになった。

 少女の名前は福圓梨沙子(ふくえん りさこ)

 高校生声優として人気を博してきた、実力派声優の名前だ。


 アニメデビュー作品は『キミと明日と星雲の国』というラブコメ異世界ファンタジーもの。

 そこで彼女が演じたキャラクターは物語の核心に迫る異世界の少女役で、それがハマり役でありその演技が喜怒哀楽をしっかりと表現しつつ、話の根幹に合わせたシリアスな演技も見せるという二面性から高校生声優にありがちな声質が可愛いから人気を博したのではなく、演技が評価されるという異例の人気の出方だった。


 彼女はこの作品をきっかけに、様々な作品で時には幼い女の子を、時には自分より年齢が上のキャラクターを。時には可愛いペット役をこなしていた。

 そんな梨沙子が大一番で見るようにしているのは、妹が録画をしておいたとある野球の国際試合の映像だとか。


次は三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。

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