4ー2ー1 一軍選定紅白戦
登板。
二回の表はベンチで少し休んだら町田先輩とブルペンに入っていた。三回から行くことを宇都美コーチに言われて急遽だ。予定では四回からだったのに。
二回の表の攻撃は一点止まり。町田先輩にお礼を言ってレフトの守備に向かう。二回の守備も一点献上していた。スコアは5-3になったが結局点差は二点のまま。これでは帝王の打線を褒めるべきなのか、投手陣の不甲斐なさを指摘すべきなんだかわからない。
三回の表。Aチームの攻撃は六番から。つまり七番の俺はネクストバッターサークルに入らないといけない。Bチームも投手が変わって馬場先輩に変わる。
馬場先輩はチームでも珍しいサウスポーだ。コントロールも良いのだが、如何せん甘いボールも多いのだという。あと、速度があまりなく、ボールも軽いとか。高宮から聞いた情報だけど。
六番の遠藤先輩はセカンドライナーに倒れる。当たりは良かったんだけど、飛んだ方向が悪かった。
俺も打席に入る。馬場先輩のボールなんてフリー打撃で何回か打ったことがあるだけだ。スライダーとカーブを投げるくらいしか知らない。最初からセットポジションで投げるオーバーハンド。
初球はカーブが低めに外れる。右打者だから、という訳じゃないけどよく見える。カーブは大きく曲がるしゆっくりだから分類上はスローカーブになるんだろうか。変化が大きすぎて枠に入ってこないことが欠点だけど、相手のタイミングを外せる良いボールだ。
制御ができればもっと投球の幅が広がるんだろうけど。
二球目。アウトコース高めに浮いてきたストレートを振るが、目測を誤ったのか空振ってしまった。
「ストライク!」
空振りが取れたのが嬉しいのか、馬場先輩は笑みを浮かべる。三振って訳じゃないんだけどな。一つのストライクがそんなに大事だろうか。
内野の位置を確認。全員結構後ろの方にいる。一打席目の打球を見て球足が速いと思ったのか、仕掛けても良いと思った。
だから三球目。インコースに来たストレートに対してバットを横にしてただ当てる。ボールが軽いというのは本当で、ちょっと当てただけでボールは転々とサードの倉敷先輩の前に転がる。
俺は一塁に向かって猛ダッシュ。倉敷先輩も猛ダッシュしているのがわかったが、俺は後は一塁へ全力で駆け抜けるだけ。走り抜けた結果、一塁塁審の手は横に広がる。
「セーフ!」
「あいつ小技もあんのかよ⁉︎」
奇襲が成功して良かった。実はバントって苦手だから、打ち上げる可能性もあった。
あ、次から投げるのにランナーで出たのは不味かったか?ブルペンに入れない。さっき準備してたから良いか。イニング前に投球練習が七球あるから大丈夫だろう。
盗塁はしない。これで刺されたら全力疾走した意味がない。
次の打者がセカンドゴロに倒れる間に、俺は二塁へ到達する。二アウト二塁で九番打者だが、ここで東條監督が代打を告げる。三間が打席へ立った。九番打者は投手の川崎先輩で、次から俺が投げるんだから取り替えようという腹だろう。
三間のアピールのチャンスなんだから、塁上で大人しくしていよう。外野は定位置よりちょっと後ろくらい。ワンヒット一点よりは長打を警戒してる感じだな。二軍で一番当たってるバッターなんだからその対応もおかしくはない。
単打だったら走って打点をつけて恩に着せよう。
三間はちょっと慎重に打席に入ったのか、初球と二球目でバットを振らなかった。片方はストライクだったので並行カウントに。
そして三球目。アウトコースのストレートをレフトに弾き返していた。それを見て俺は三塁へ走る。打球を見て、レフト線に寄っている打球を追いかけているレフトを見て、三塁コーチャーも腕を回していたのでそのままホームへ走る。
中継プレイでボールが返ってくるが、キャッチャーのタッチの前に足から滑り込んでセーフ。
さて、投げる準備より休もう。ドリンクドリンク。
「はい、智紀くん」
「ああ、どうも福圓さん」
福圓さんが気を利かせてくれてドリンクの入ったコップをくれた。代わりにヘルメットを預ける。この回はスコアを書いていないらしい。交代制なのか。
ウチの一年マネージャーは全員俺のこと智紀って呼ぶな。チームメイトはほぼ全員宮下呼びなのに。千紗姉のことを千紗先輩って呼んでるから、その流れだろう。
「智紀くん。監督が三回から七回までの予定だって言ってました。五イニングですね」
「……長くないか?いや、確かにこっちの投手ってあと真淵先輩だけだし、一軍確定だから二イニングしか投げさせないって言ってたけど」
「ロングリリーフも経験しておけ、だそうです。野手から投手、投手から野手という想定は夏じゃなくても秋から使うかもしれないって伝言です」
「監督に行けって言われたらいつでも投げるさ。ドリンクありがとう」
「はい。頑張ってください」
飲み終わったコップを返してグラブを持つ頃には、一番の柴先輩が凡退していた。結局キャッチボールもできなかったか。
俺がマウンドに行くと、ヘルメットとファーストミットを交換していた三間が駆け寄ってくる。ランナーとして残塁してたから同じタイミングで守備に就くんだけど、何か言いたいことあるんだろうか。
「ナイス走塁。打点ゴッソさん。これでオレの方に打たせてくれば言うことなしや」
「んな全部ファーストへ打たせられるか。内野ゴロだったら全部ボール触るんだから我慢しろ」
「へいへい。次の打席はホームラン打ってやるから、援護は任せとき」
「気長に待ってるよ」
そんな鼓舞を聞いて、投球練習を始める。七球しっかり投げ込んでから捕手で三年生の星田先輩がマウンドにやって来てサインの確認をする。サインは誰がキャッチャーの時でも同じだ。だから間違っていないかを確認する。
確認が終わった後、何故だか周りが騒がしいなと思ってグラウンドの外を見ると女子生徒がすごく盛り上がっていた。携帯電話で写真を撮る人も。三間が守備に就いたからか?
「お前、人気凄いな」
「……俺なんですか?三間じゃなくて?」
「三間も少しはいるんだろうけど、ほとんどお前じゃないか?一年で試合に出てるんだから。後はレギュラー組に声が飛ぶけど、葉山は最初から出てるから声が大きくなる理由じゃない」
「はぁ」
投球練習で騒がれても。俺のボールが相手に通用するか、まだわからないのに。バッティング練習じゃ結構打たれてるんだぞ。
「打順は四番の倉敷からだ。全部の球種を使ってでも抑えるぞ」
「はい」
初っ端からウチのスラッガーに投げなくちゃいけない。そういうこともあるさ、練習試合なんだから。
あと観覧席にいる美沙。フラッシュ焚くな。すぐわかるぞ。倉敷先輩を打ち取ったら写真撮れば良いだろ。
倉敷先輩が右打席に入る。いやしかし体格が良い。高校通算本塁打四十本超えてるんだったか。それも納得の体格と風格をしている。
そんなスラッガーに対しての初球。星田先輩のサインを見て頷く。
振りかぶって、全神経をボールに集中させる。アウトコースへ三番ストレートを思いっきり投げ込む。
ブウン!という豪快なスイング音が聞こえるが、ボールはちゃんとボールはミットに収まっていた。
「ストライッ!」
「きゃあああ!」
「速〜い!」
「すごーい!」
ストライクを取るたびにあの歓声が聞こえてくるのか?勘弁してくれ。肩の力が抜ける。
あの雑音が聞こえないように、集中しよう。というか、周りの皆さんが掻き消してくれないだろうか。バッチコーイとか大声で言って。
ブラスバンドとかならこっちも気持ちを乗せられるから良いんだけど、この学校の女子生徒というのが気乗りしない。
──全部、シャットアウトしよう。見るのはあのミットだけだ。
二球目のスライダーは低めに外れる。ボール球を要求されたからこれで良い。
三球目は一番ストレートをインコースに。これは倉敷先輩に真後ろへカットされた。タイミングは完全に合ってる。俺のストレートがちょっと特殊でも、慣れればこのスラッガーには打たれるということだ。
四球目は曲がりの小さく速いシンカーを低めに。これは低く行きすぎて見逃されてボール。
並行カウント。
星田先輩は変化球のサインを出すが首を横に振る。変化球じゃこの人を打ち取れない。合わせられて持っていかれる。
そう思って首を横に振り続けて、納得のいくサインが出た。首を縦に振って、ボールの握りと縫い目を確認する。
指先に一点集中。指先でボールを切るんじゃなく、最後の瞬間に指の腹で押し出す。
いつも以上に、腕が振れた。指先から離れた瞬間、脳に電気が走ったような感覚があった。そのままボールはアウトコース高めに突き刺さり。
倉敷先輩のバットの上を通過するのと同時に、バヂィ!という音と共にボールはミットを弾いて一塁ベンチの方へ転がっていった。
「倉敷走れ!」
星田先輩と倉敷先輩が同時に走る。振り逃げだ。
星田先輩がボールを掴んだ時には、倉敷先輩は一塁を駆け抜けていた。倉敷先輩はそこまで足が速くないんだが、結構ボールが転々としていたから仕方がない。
星田先輩がタイムをかけてこちらにやってくる。
「悪い、宮下……。弾いちまった」
「大丈夫ですよ。振り逃げなんて四球と大差ありません。それに倉敷先輩ならホームランを打たれてもおかしくはない。単打を打たれたとでも思いましょう」
「ポジティブだな……」
「塁上で掻き乱してくる人でもありませんし。うまくやればゲッツーも狙えます。ノーアウトのランナーでもこんなのピンチでも何でもありませんよ」
失点したわけでもあるまいし。というわけで話し合いも終わって星田先輩は戻っていく。
予想通り、倉敷先輩は一塁から動かなかった。もしもがあったら困るからクイックでは投げたけど。
そして注文通り、速いシンカーを引っ掛けさせてセカンドゴロのゲッツー。続く六番打者をファーストファウルフライに仕留めた。
「おーしおし!ナイスピッチ!」
「注文通りオレのところ打たせたな!それでええ!」
「三間のところに飛んだのはたまたまだ」
でも実際今日は調子が良い。ボールが指によく引っかかるし、狙ったところにボールがいく。
この集中できてる感じ、久しぶりだ。
高知の明豊相手に投げた時以来だ。あれ、最近の話だな。
三回が終わったために、また監督が出てくる。野手陣は想定通りここからほぼ総取っ替えだろう。残るのは俺と三間と、後誰がいるだろうか。
「オーダーをベンチに持っていく。各自で確認するように」
コーチも出てきて、それぞれベンチに新しくなるオーダーを置いていく。監督は小屋の前にオーダーを貼り出すとまた女子生徒が集まっていた。あれだ、デパートとかで新年の福袋に集まる主婦を思い出す密集の仕方をしている。
ウチの三姉妹はああいう初売りに興味がないと言うか、あそこまでして欲しい商品はないって言って三が日は買い物に行かない。むしろその後に余って安売りされている物を買う方が楽だし安上がりだとかでちょっと過ぎてから買いに行くな。
テレビとかでやってる奪い合いに参加したくないから、付き合わされなくて大助かりだけど。後日の買い物にはしっかり付き合うけどな。
オーダーを確認すると、やっぱり俺と三間、それに葉山キャプテンは続投。あとは全員入れ替え。Bチームで残ってるのは馬場先輩と倉敷先輩だけだ。
中盤戦、どうなることやら。暫定レギュラー陣も多く出てるし、集中していかないと。
次は三日後に投稿します。
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