4ー1ー2 一軍選定紅白戦
観覧席から。
Aグラウンドの周りには女子生徒はもちろんのこと、紅白戦の存在を知っているOBやスカウトも来ていた。OBや父兄に解放されている観覧席は今日も満席だ。美沙も学校終わりに急いで家へ帰って着替えてから観覧席でカメラを回している。
OBや地元のファンは、毎年この紅白戦を楽しみにしていた。夏の集大成に向けて全員が必死にアピールする場。ここで活躍した選手は予選で注目しようと心に留めておき、残念ながら選ばれなかった選手は秋以降に期待する。
三年生には最後の引退試合で頑張ってもらえるように拍手を送る。これからに向けての情報収集としても見逃せない試合だった。
「毎年のことながら、この時期が来ましたなあ」
「去年の優勝校としては、今年も行ってもらいたいよ。問題は秋に負けてるからその辺りがどうなるかだが」
「春大会を見ればこの世代も仕上がってるぞ。関東は相手が悪すぎた」
OBやファンはこれまでの成績を鑑みて、自分の推しの選手が出ているか、どっちのチームにいるかを確認しながら世間話をしている。
春大会は東京で優勝して関東大会に出たのだ。選抜に出ていないとしても期待値はかなり高い。
それ以上に、関東大会の相手である習志野学園が強すぎただけ。
「羽村涼介は別格すぎるよ。それこそ世代を代表する選手だ」
「この前も特集が組まれていたからなぁ。関東大会での活躍を大々的に記事にしてたけど、あの結果を見れば凄さなんてすぐわかる」
「おっと。ウチにも世代を代表する投手がいるじゃありませんか。アメリカに大金星を挙げた投手が」
「宮下の入学は大きいよ。ここのところの練習試合でも成績が良いからな」
「高知の明豊相手に七回無失点だったんだろ?GW明けすぐの練習試合でまさか二軍を当てるとはって思ってたけど、勝っちゃったもんなぁ」
「明豊の監督、膝を震わせて帰ってたな。しょうがねえよ。ルーキーに零封されて、打っては三安打二打点されちゃ」
GW直後の日曜日。高知でも有数の強豪校が遠征で東京に来ていたので二軍と試合をしたのだが、結果は7ー1で二軍の勝利。
その際の智紀のピッチングを見ていた者が絶賛をしているのを聞いて、見ていなかった者が悔しがっていた。明豊は甲子園にも何度も出ている高校で、まさか一軍を使わないという選択をするとは思っていなかったのだ。
そして蓋を開けてみれば圧勝で閉じた。二軍の潜在能力を思い知ったのと同時に、優良株の邁進も見られた試合だった。
「オーダー貼り出されたぞー!」
この紅白戦、観客や父兄のためにオーダー表がバックネット裏の小屋に貼り出されていた。OBたちはそれを写真で撮ってメールで一斉送信。父兄も同じようにしてオーダー表に群がらないように配慮していた。
女子生徒は、群がっていたが。
「宮下がレフトで七番?」
「東條監督は野手として使うつもりか?」
「いやあ、あのピッチングを見て一切使わないってことはないだろ。併用するとか?あの打撃をベンチで寝かしておくには勿体無いとかさ」
「宮下の外野守備ってどう?」
「全然いける。足速いし肩強いから問題ない」
「俺の推しの三間出てないじゃん!」
「順繰り出てくるから待ってろって」
期待のルーキーたち以外にもオーダーや両チームのバランスについて話している内に試合が始まった。先行のAチームが初回から先取点を取ると、盛り上がっている女子生徒とは裏腹に観覧席はそこまで盛り上がっていなかった。
「葉山が打つのは当然として。矢部は厳しいかねえ」
「立ち上がりが苦手な投手は多いけど、矢部はピンチになった時に切り直せる武器がないからなあ」
「あのスライダーがもっと低めに投げられれば光るんだけどな」
「あー、四球。勿体無い」
OBたちは自分たちがそうだったからこそ、結構辛口の評価だ。期待の裏返しと言ってもいい。特に矢部のようにチャンスを貰えた三年生には、頑張ってほしいからこそ苦言を表する。
このチャンスを逃せば、実質引退なのだから。
「さて、宮下はどうする?」
「二アウトだし打つだけだろ。セーフティー仕掛けても面白いけど、サードの倉敷の肩も良いからそんな博打するよりは打ちにいくんじゃないか?」
智紀は最初の二球を悠然と見逃す。どちらもゾーンから大きく外れていた。このまま自滅していくのかと思われた三球目。ストライクを欲しがったのか甘く入ってきたストレートを智紀がフルスイング。
カキーン!と気持ちのいい金属音が響いた。
「おいおいおい!行ったか⁉︎」
「角度も飛距離も十分だぞ!」
OBたちの予測を裏切り、ボールはガシャン!と大きな音を立ててセンターの一番深いフェンスの上段に直撃。もう少し高く上がっていたらホームランという打球だった。
Aグラウンドは今のように試合でも用いるが、やはり練習用のグラウンドだ。そのため他の部活や校内にいる生徒にボールが当たらないようにフェンスは相当高くしている。そしてホームランはそのフェンスを越えるか、フェンスの最上段にある黄色いテープのラインより上に打球が当たった時だけだ。
智紀の打球はあと一m高い打球だったらホームランだった。
ランナーは全員スタートを切っていたので、一塁ランナーまでも生還。打った智紀も余裕で二塁を陥れていた。打たれた矢部は打球を見て呆然としていたようだ。
「すごいすごいすごーい!宮下君ってまだ一年生なんでしょ?一番飛んだよ!」
「えー?ホームランじゃないのー?」
「やっぱり智紀君ね……」
女子生徒の注目が集まる中、観覧席でも同じように盛り上がっていた。とはいえ盛り上がっている内容はただの追っかけよりはもっと高度なものだったが。
「他の球場だったら間違いなくホームランだな。ウチはあれだけフェンスを高くしないとボールがなくなるから仕方がないんだろうが」
「秋大会のブロック予選とかならアレとは別にホームランゾーンを作るんだがな。それかBグラウンドの方でやるだろ」
「一年生であれだけ飛ばせる選手がどれだけいるか……。本職は投手だぞ?」
「他のチームだったらエースで四番を張るポテンシャルだな。これからが楽しみだよ」
雑談している間に次の打者が凡退してチェンジ。
Aチームは四点を先取して守備に着く。Aチームの先発は一軍の三年生、川崎。右のスリークォーター気味のオーバーハンドの速球派。なのだが制球がイマイチで程良く荒れた時には打たれないのだが、速球に慣れているチームが相手だと見極められて自滅するタイプだ。
投球練習後の、最初の打者へ。
川崎は早速四球でランナーを背負った。
「あらら。成長しねーな」
「もう少しゾーンに行けば十分通用する速度なんだがな」
続けてライト前ヒットを打たれて、三番打者にまた四球。
アウトが一つも取れないまま満塁で四番打者の倉敷を迎える。流石にマズイと思った捕手の福田がマウンドへ駆け寄る。バッテリーで話し合いをして、グラブとミットを突き合わせてから福田は戻って行った。
福田の言葉が聞いたのか、川崎は初球シンカーで倉敷から空振りを奪った。
「おお、いいじゃん。やっぱりゾーンに来れば倉敷からだって空振り取れる投手なんだよ」
「意表を突いたって感じだけどな。これからのリード次第だろ」
二球目はストレートが外角高めに外れる。ボールを後逸しなかったのだが、ちょっと危ない高さだった。三球目はアウトコースに決まるストレート。これはいいところに決まったのか倉敷は見逃し。
なんとか追い込んだ形だ。
四球目は変化球がすっぽ抜けたのか、倉敷の身体目掛けてボールがいってしまった。「あっ!」と大きな声が球場の周りから出たが、倉敷は上手く避けて当たることはなかった。
インコースに厳しいボールが来るのは四番の宿命だが、すっぽ抜けは意図しないものだ。川崎も帽子を脱いで謝るが、倉敷は気にするなと手で制止する。
五球目。インコースへ厳しいストレートが迫る。コースも高さも悪くない、速度の乗ったボールだった。
ガギィン!と、少し詰まったような金属音が聞こえた。
だが音に反して、ボールはレフトへ大きく飛ぶ。先程の智紀のような当たりだった。比較された智紀が走って追いかけてフェンス際。斜め上へジャンプすると智紀のグラブにボールが収まっていた。
それを見てサードランナーはタッチアップ。一・二塁ランナーはハーフウェイで打球の行方を確認していたが、アウトになったことで帰塁。智紀が捕球した後体勢を立て直してすぐにショートへ返球したので次の塁は目指せなかった。
その代わり犠牲フライは成立して一点を献上。
智紀のファインプレイに拍手が起こり、投手の川崎も智紀へ手を上げていた。智紀も軽く返礼する。
抜けていれば走者一掃の当たりでもおかしくなかった。そうなれば一気に大量得点となり、矢部の二の舞になるところだった。それを防いでくれたのだから一軍の投手枠を争う川崎でも、お礼をするのは当たり前のこと。
「いいねえ。動きが軽やかだ」
「アメリカ戦も見ていたが、本職の外野と遜色ないからな。宮下が投手をする際に一番の欠点は外野手宮下がいないことだろ」
「違いない」
OBたちは一人のジョークに笑い出す。今の守備のように俊足強肩の外野手が、智紀が投げる時はいなくなるのだ。これは大きい差だと思われる。
速力に関しては同じくらいの選手もいるだろうが、それが守備で活かせて肩が強く、その上打てる野手が帝王といえどもどれだけいるか。
外野手智紀がいることで防げる失点があるのなら、智紀がマウンドに上がる時だけ少し不利になる。そういう話だ。
川崎は続く五番を内野ゴロで打ち取って二アウト二・三塁とすると、六番打者にセンター前ヒットを打たれてまた失点。七番打者を三振に切って取ってこの回の失点はなんとか二点で抑えた。
どちらの投手もあんまりな立ち上がりに、投手コーチの宇都美は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「投手は七人。与えるチャンスは平等に、とは言いますが、東條監督どうなさいますか?」
「二人は三年生。機会は十分に与えてきたつもりだ。二人目の投手の準備を急がせろ。下級生への機会を増やす。真淵と小林は変わらず二イニングだけだ」
「わかりました」
バックネット裏の小屋から宇都美コーチが出てブルペンへ向かう。そしてAチームのベンチにも。
次の登板はBチームが二年の馬場。Aチームが智紀だ。
馬場はブルペンで用意していたが、智紀はベンチにいる。打順も遠かったのでブルペンに入れさせて投球練習を始めさせた。
次は火曜日に投稿します。
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