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3ー3ー1 春季合宿

ロードワーク二回目。

 土曜日の午前練習。二日おきのロードはこの時間帯に行われた。野手陣はランナーと守備側に別れてシートノックをしている。投手陣が加わるようなシートノックはロードワークの後にやることになっている。

 そして、この日の付き添いは千紗姉と木下さんだった。


「宮下。弟のペース配分について叱ってくれ。真淵を煽って全体のペースを乱すんだよ」


「んー?小林先輩、あたしもこの前の記録確認しましたけど、あれって智紀のいつものペースですよ?往復二十kmなんて冬場によくやらせましたし、その時から少し早くなってるくらいで劇的には変わっていません。東條監督からも全員走り切れたならこのペースで良いって言われています」


「監督味方につけやがった……!」


「追い込むのも合宿の目的の一つですから。確かに智紀は足も速いしスタミナもありますけど、中学三年生のペースに遅れて良いんですか?」


「煽るなよ、千紗姉」


 小林先輩の訴えをバッサリと切り捨てた千紗姉があんまりにもあんまりだったので小林先輩に助け舟を出す。俺を指標にしなくて良いから。真淵先輩に追い付こうとして走ったのが速かったならペースを落とせば良いだけだ。


「ロードは早い分には問題ないとも言われているので、先頭の速度に合わせます。チェックポイントの到達最低ラインは変えていませんし、後ろに合わせることはしません。ここは、帝王野球部ですよ」


「ウ゛。悪かった。……ただ、絶対にこいつを基準にして次からの合宿のタイムを決めるなよ?これは三年生からの慈悲だ」


「それを決めるのは東條監督なので、あたしにはなんとも言えません」


「後輩ども、頑張れよ……」


「小林先輩もっと頑張って⁉︎俺らを見捨てないで!この人でなし!」


「俺を責めるのは間違ってるだろ⁉︎元凶の宮下を恨めよ!」


「どっちを恨んだってどっちかがキレるからイヤですよ‼︎」


 ウンウン。俺たち姉弟が野球部でどう思われているかよくわかる会話だ。木下さんなんて苦笑してるし。

 千紗姉に暴言を吐かれたら、多分怒るなあ。それも俺が関わってるともなると。小学生の頃に特大の迷惑をかけてるんだから、これ以上俺のことで迷惑をかけたくない。

 そんで千紗姉、正確には三姉妹と母さんも俺に何かあればすぐに行動に移す。過保護だから。そういう相互関係ができてしまったというか何というか。

 小林先輩と大久保先輩、馬場先輩がわーぎゃーじゃれ合っているが、誰も止めようとしない。

 帝王野球部って魔法の言葉か何かだろうか。それだけで千紗姉の言葉に反論できなくなったんだから。


「はーい、行きますよー。木下ちゃんは一番後ろについてきて、道とチェックポイント覚えて。チェックポイントに着いたら停まって記録表に時間を書いて、また追いつけば良いから」


「わかりました」


「じゃあ、スタート」


 千紗姉がストップウォッチを押して、自転車で先頭を走る。それについていく俺たち。

 今日は最初から千紗姉の真後ろについて、真淵先輩と先頭を争う。


「また始めやがった!チクショウ!」


「ついてきゃ良いんだろ!ついてきゃ!」


 というわけで市街地を走る。とはいえ陸上部とかの長距離選手よりはだいぶマシな距離と設定時間なはずだ。駅伝とかだと一時間ちょっとで二十kmを走る。駅伝の種類にもよるが、平坦な道ではなく勾配の激しい道路だったりもする。

 山道を走るでもなく、傾斜もない道だ。それを十km走るのに飛ばしたって問題はないはず。というか普通のことじゃないだろうか。走れば休憩時間ももらえることだし。


「俺ら陸上部じゃないはずなんだけど⁉︎」


「ついでにサッカー部でもねえぞ!」


「走ってる時に叫ぶなんて余裕がある先輩方だこと。智紀、もっと速度上げる?」


「もう少しなら飛ばしても問題ないけど」


「んじゃ、ついてきなさい」


 川崎先輩と矢部先輩の叫びに応えて、千紗姉が自転車の速度を上げる。それに平然とくっついていく俺と真淵先輩。

 後方から呻き声が聞こえてきた。


「うげっ!先輩方が文句言うから、千紗が速度上げちゃったじゃないっすか!」


「俺らのせいかよ⁉︎」


「つーか大久保、宮下のこと下の名前で呼んでんの⁉︎」


「弟もいて宮下じゃ区別付かないからっすよ!本人も良いって言ってたし!」


 責任の押し付け合いが醜い。

 それよりも驚いたことが。まさか千紗姉が同級生に名前呼びを許可するなんて。女子からはむしろ下の名前で呼ばれているけど、男の人が呼ぶのは初めてかもしれない。

 それほど千紗姉は男子と距離を取っていたと思うけど。


「よく名前で呼ぶこと、許可したな?」


「アンタを呼んでるんだか、あたしを呼んでるんだかわからないと困るじゃない。今後宮下って呼ばれたらアンタのことよ。マネージャーよりも部員の方が優先されるんだから」


「……俺が智紀って呼ばれれば良いだけじゃね?千紗姉、あんまり名前で呼ばれるの好きじゃないだろ」


 理由までは知らないが、千紗姉はとにかく男子に名前を呼ばれるのを嫌う。男性教諭に呼ばれることさえ苦い顔をしていた。何かしらイヤだと思う理由があるんだろうが、それを俺は知らない。千紗姉が話してくれないし、俺も無理矢理聞こうとしないから。

 そんな名前呼びを、野球部員とはいえ許可を出したことが意外で走りながら質問を重ねてしまう。


 俺は前々から智紀と呼んでくる人が多かったので特に気にすることはない。千紗姉に苦痛を強いることになるのはイヤなんだけど。

 そう思っていると、千紗姉からため息と一緒に返答が。


「智紀。アンタこれから宮下って呼ばれることが増えるわよ。場内アナウンスとかも基本名字呼び。インタビューとかも全部そう。智紀って名前より、宮下で有名になるの」


「だからって、千紗姉が嫌な思いをしなくても……」


「あたしが名前で呼ばれるのが嫌いなのって、ただの私情なのよ。ただの独占欲。それが重いって最近気付いてねぇ。周りから慣れようと思ったの。それだけのことだから気にしないで」


 それだけ、で済ませていい話なんだろうか。結構千紗姉の根幹に関わることだと思うけど。

 私情とか独占欲とか、何に対してなのかもわからないまま。思い当たることもないし。幼少期で問題になったことって俺のイジメ事件しか思い当たらない。けどその前から千紗姉って名前呼びダメだった気がする。

 俺が知らない何かがあったんだろうか。


「イヤじゃ、ないんだな?」


「今のところは。ちゃん付けされたら嫌悪感マシマシだろうけど」


 なら千紗姉の言い分を信じよう。俺にできることはそれぐらいだし。話してくれるようになるのが一番なんだけど、弟ってそんなに頼りないだろうか。

 俺は結構何でも、三姉妹に相談したりしてるんだけど。

 千紗姉と話しながらも、千紗姉は木下さんにチェックポイントを教えて記録表の取り方も教えて、きちんと先輩マネージャーとしての仕事を全うしながら、でも俺と会話しながら神社へ向かった。


 俺は千紗姉と話しながらだったから時間はあっという間に進んだ気がするし楽しかったが、他の皆さんはそうでもなかったようで真淵先輩以外が地面にお尻をつけてゼーゼーと呼吸を大きくして休んでいた。

 全員に飲み物を渡し終えた木下さんが俺にも飲み物をくれて、お礼を言った後苦笑しながら話しかけてくる。


「智紀君、千紗先輩と話しながら走っててケロッとしてるって、凄いね……」


「これくらいなら慣れてるから。冬場に走った時も千紗姉が暇って言うから話し相手しながら走ってたし」


 足腰鍛えるのは投手としてコントロールとスタミナをつけるために必須で、シニアにいた時から暇を見付けては走っていた。千紗姉が一番多かったけど、たまに自転車で先導してくれるのが喜沙姉だったり美沙だったりもしたので、話すことには飽きが来なかったりした。

 二人は休日だったりアイドルとしての仕事がなければ自転車に乗ってくれて、俺は密かにレア日と呼んで楽しんでいた。


「木下ちゃん?智紀のこと名前で呼ぶんだ?」


「え、あの。千紗先輩と区別を付けた方が良いかなと思って。部内で姉弟はお二人しかいませんし」


「名字被りは……嘘、奇跡的にいない?被ってるのあたしらだけ?」


「はい。なので部活で宮下って呼ぶと紛らわしいかなと」


「いやいや、あたしを千紗って呼ぶなら智紀は宮下で良くない?君付けするとかさ?」


 なんか千紗姉が拘ってる。さっき呼ばれ方について話していたからか、千紗姉が木下さんに突っかかる。

 千紗姉の言う通り、千紗姉を名前で呼ぶなら俺は今まで通り宮下君って呼んでも良いと思うんだけど。まさか千紗姉を君付けするわけでもないし。

 その証拠に同じ一年マネージャーの福圓さんは俺のこと宮下君と呼ぶ。


「あはは……だめ、ですかね?」


「……智紀。アンタの呼ばれ方なんだからアンタが決めなさいよ」


「別に変な呼ばれ方じゃなければ何だっていいよ。母さんの事務所の人みたいに変な呼び方じゃなければ」


「ああ……。あれはアンタを可愛がってたんでしょ。うちの家系で唯一の男だし、母さんの息子だったから」


 事務所のお姉様方には結構変な呼ばれ方をしていた。今でもそれで呼ばれると背筋がゾゾッとするが、最近は事務所に行っていないのでそんな呼ばれ方もしない。

 木下さんに下の名前で呼ばれることは、イヤでも何でもないので許可をする。いや、呼ばれ方って許可制だったっけ?


「クラスでは今まで通り名字で呼ぶから」


「ああ、それは頼む」


 女子の視線がやばそうだ。その気配りは助かる。


(クラスでは名字で呼ぶなら普段も名字で良くない⁉︎そんなところで距離つめてアピールしようとか、喜沙姉と美沙に情報共有しなくちゃ!)


 なんか千紗姉が渋い顔をしてるけどどうしたんだ。

 休憩中は二人と雑談して、階段ダッシュをして休憩をして、また千紗姉と話しながら学校へ戻っていった。学校に着いても平然としていたら先輩方に体力お化けとして引かれていた。

 地べたに座るほどじゃないだけで、疲れてはいるんだけどな。


次は水曜日更新予定です。

日曜日は「エレスティ」更新予定です。


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