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2−1−1 決勝・加賀商業戦

 試合前の準備をしていたところで、喜沙姉がなんか騒いでた。もう仕事用にメイクもしているのに今更ながら応援に行けないことを悔しがっているのは、どうしようもないだろう。

 『熱闘甲子園』の取材で予選を勝ち上がったチームへ会いに行かないといけない。メインレポーターだからインタビューをするのは喜沙姉で、同じくレポーターになっているプロ野球選手の方と一緒に球児たちの元へ直接行かないといけない。番組スタッフと合流して神奈川と西東京に行く。

 つまり俺の試合はちょうど取材中になる。


「何でトモちゃんの決勝戦を応援に行けないの〜⁉︎」


「仕事だからだろ。試合速報でも見ておけって」


「仕事だからっていうのはわかってるけど!夏の決勝戦なのよ⁉︎」


「甲子園ならほとんど見に来れるだろ。その辺りは調整してくれるんだろ?」


 母さんが番組の人と話し合い、俺たちの試合は直接見れるようにスケジュールを調整してくれているらしい。だから甲子園に行けば俺の試合は結構な確率で見れるようだ。

 だから今日の試合を見れないとしても勝てばいくらでも見れるはずだ。


「じゃあ今日絶対勝ってよ!じゃないと甲子園なんて話は全部ぱあなんだから!」


「わかってるよ。投げはしないけど、打って勝ちを決めてくる」


「千紗ちゃんと美沙ちゃんは近くにいるけど、私はいないじゃん!」


「喜沙姉は、ほら。俺がこれで喜沙姉の曲を聴いてるんだから側にいるだろ」


 そう言ってスマホを見せる。

 俺のスマホには喜沙姉の曲をダウンロードして全部入れている。配信している曲は全部入れていて、バスでの移動時間にはずっと聴いている。

 これが俺のリラックス方法で、これは中学の時から変わらない。だからずっと喜沙姉が側にいるようなものなんだが。

 そんな俺にとっての当たり前を告げたら喜沙姉に抱き締められた。


「しっかりお姉ちゃんのこと考えてくれてて、好き!やっぱり私とも付き合おう!」


「それはライン越えよ、お姉!」


「わたしのお兄ちゃんなんだけど⁉︎」


 流石に爆弾発言だったようで千紗姉と美沙に剥がされる。

 もうその話は決着が着いただろうに。


「とにかく。喜沙姉もちゃんと俺の力になってるから。ちゃんと甲子園に行くからしっかり仕事してろ。行くぞ、千紗姉」


「はーい!トモちゃん頑張ってねー!」


「喜沙お姉ちゃん、まだ仕事まで時間あるね?正座。説教だよ」


「え?美沙ちゃん?顔が怖いな〜……。いつもの可愛い顔がお姉ちゃんは見たいかも?」


「お兄ちゃんを奪おうとしたのにそんな作り笑いで許すわけないでしょ!」


 長くなりそうだから家をさっさと出る。

 学校に向かうまでに千紗姉に慰められた。全部の試合を見れないなんて今に始まった事でもないのに。

 学校に着いてからは軽く練習をして、神宮球場へ向かう。渋谷の方だから帝王からはちょっと遠い。高速を使えばすぐだけど、それでも時間はある。そういう時にヘッドホンで喜沙姉の曲を聴く。

 雨もなく、真夏らしく気温は三十度を超えていく。

 今日の神宮では俺たちの一試合しかないので準備運動から神宮でできる。キャッチボールをしてある程度準備をしてからダグアウトに村瀬先輩がジャンケンのために向かう。

 シートノックの順番もこれで決まるので、村瀬先輩が帰ってくるまでベンチで待機だ。スタメンメンバーはバットを振っていて、平は佐々木とブルペンで投げていた。

 その姿を見て俺がスタメンじゃないと知られ渡っただろう。


「平。調子はどうだ?」


「万全だ。全然試合では投げてなかったから体力は有り余ってる。……でもオレが先発かあ。てっきりお前か大久保先輩が先発だと思ってたから、正直指名された時は焦ったぜ」


「そういう意表を突く意味もあるだろうけど、監督が実力は十分だと判断したんだろ。だから思いっきりいけ」


「わかってるよ。後ろには大久保先輩も城野も、最悪お前もいるし。オレはオープナーみたいなものだろ。だから監督に言われた二巡、しっかり抑えていくぜ」


 ブルペンで投げている平に緊張の様子はない。実際球も走っているし、先発としては抑えられるだろう。

 オープナーは本来はリリーフ投手が先発として短い回を投げて、次のピッチャーがロングリリーフするための始まりだけの投手のことだ。ただ監督は二巡を任せるって言ってたから五回、勝ち投手の権利が付くくらいまでは引っ張るんじゃないだろうか。

 練習試合では強豪と投げてしっかりと完投もしてたし、決勝を任せられる実力は十分。正直な話、篠原さんをどれだけ抑えられるかだろう。


 昨日の観戦の結果、加賀商業の打線は秋に比べたら強くなったと言える。だけど、白新に勝ったからとはいえ凄く警戒するほどかと言われたら違うと思う。

 篠原さん以外の打者はウチの打線と比べると凄みがない。これは俺の感覚だけなのか。高宮がどう料理するか見ておくか。

 素振りをしていると村瀬先輩が帰ってきた。先輩たちの弄り方からジャンケンに負けたらしい。


「先攻だ。向こうのシートノックを見せてもらおう」


「オーダーはどう?」


「一昨日と全く同じ。先発は篠原だ」


 加賀商業はそういうチームだ。篠原さんが投げないと始まらない。

 一番レフト井戸田(いとだ)さん、二番サード(さかえ)さん、三番ファースト十村(とむら)さん。四番ピッチャー篠原さん、五番キャッチャー小関(おぜき)さん。ここまでは全員秋大会にウチと戦った時と同じオーダーで、全員三年生。

 次の六番ショートに一年生の永野(ながの)という選手がこの夏からレギュラーになっていた。今年になってから新加入した即戦力。ショートらしく守備は上手く、打撃も打率を見たら悪くないがU-15にも出ていなかったので俺は知らなかった。


 一年生に聞いたが、どうやら山梨の選手のようでわざわざ越境入学してきたらしい。それだけ惹きつけられるものがあったんだろう、篠原さんには。

 たとえ三ヶ月しかなくても、一緒に野球をやりたいという熱が。

 秋の結果などを見て結構優秀な選手が今年は加入したらしい。ベンチメンバーにもう二人、一年生が入り込んでいる。加賀商業も色々と変わり始めているようだ。

 七番センター芝崎(しばさき)さん、三年生。この人も去年の秋から変わらない。八番セカンドに朝日(あさひ)という二年生が。この選手は情報通の高宮でも知らなかった。同級生といえども、軟式出身の普通の選手は知らなかったようだ。


 九番ライト野崎(のざき)さん。この人は三年生なんだけど秋大会ではレギュラーではなかった。冬春を通してスタメンを勝ち取った選手なんだろう。

 秋の頃より打てるようになったし、守備も堅くなった。それは事実だ。

 だがこの打線にウチの投手陣が打たれるイメージが湧かない。


「おお。あの永野、上手いな。どう思う?仲島」


「俺と比べてどっちが上手いと思うんだ?智紀」


「100:0で仲島」


 シートノックを見て上手いと零したものの、仲島に言った通り仲島の方が比べるまでもなく上手い。

 世の中には一年生の頃からとんでもなく上手くて名門校でレギュラーになる逸材もいる。そういう選手なのかと思って実際にグラウンドで見た評価だが、三間ほどの選手じゃない。守備は仲島が一年生の頃の方が確実に上手く、肩の強さやフィールディングの速さなど諸々加味しても仲島に勝るところがない。

 打順も六番は信用されているようにも思えるが、加賀商業で六番はどうなんだか。


「うん。俺に才能を見るとか無理だ。とにかく篠原さんのボールを打ち返すだけだな」


「そんなもんだろう。俺たちはスカウトじゃなくて選手だ。将来的にはそういう道に進むかもしれないが、今はプレイに集中すべきだろ」


「だな」


 シートノックをレフトで受けて、グラウンド整備を挟んで。

 スタメンが発表されて、俺と篠原さんの投げ合いを期待していたらしき観客に溜息を吐かれながらも準備を進めていき。

 応援席の美沙の場所を見つけつつ、二番手として投げることを予告されている城野と去年の加賀商業の様子を伝えた。


「ぶっちゃけ、ウチの打線とのフリー打撃の方が怖いぞ。打線の厚みが違う。クリーンナップもこっちで言うところの仲島以下だ」


「それは、仲島先輩ほどだとは思いませんけど……」


「何で俺が指標なんだよ?」


「クリーンナップじゃない打ってる奴でちょうど良かった。まあ、篠原さんは三間と同じくらいって思えば投げやすいだろ。ちょうど同じ左打ちだし」


「何や智紀。だいぶ雑やな?」


「ああ、なるほど。そんな感じで置き換えれば確かに、あんまり怖くないっすね」


「だろ?」


 ウチの打線が強すぎるだけだと思うが。正直匹敵する高校のチームってなったら習志野学園くらいしかないんじゃないだろうか。

 城野の他にも藪垣が久しぶりのスタメン、しかも投手が篠原さんだったために肩に力が入っていたが昨日の俺とのフリー打撃を思い出させてストレートなら打てると自信を持たせた。

 満員の神宮球場で、予選最後の試合が行われる。


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いつも通りテキトーに扱われる三間くん笑 強く生きて…
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