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1−1−2 準決勝・臥城学園戦

 試合は臥城の先攻で始まる。智紀目当ての観客が多いのか、智紀の七球の投球練習ですらキャーという甲高い声が湧いた。スカウトたちも名門同士の直接対決なので上に報告するには良いデータになるだろうと様々な機器を用意して両チームをつぶさに確認しようとしていた。

 右打席に一番打者の園田が入る。彼はシニア時代からその総合力を買われたユーティリティプレイヤーで、臥城にも推薦で入った特待生だ。彼のスタイルと臥城のスタイルが噛み合っており、まさしく求めていた人材ということで推薦を出した。

 総合力が高いのは当然のことながら、打率と足の速さもデータ的には良い。そのため二年生ながら一番を任されていた。


 帝王バッテリーは最初のイニングは様子見をする予定だった。どこまで智紀のボールが通じるのか、上位打線を試金石にする。

 園田は直接智紀と対決したことはないが、阿久津や灘、村雨からどんな投手だったかを耳にタコが出来るほど聞いていたのと、U-15の映像に加えてスタンドで直接去年の夏の決勝戦を見ていた。そのおかげで智紀の凄み(・・)というのを実感はできていた。

 だが、実際に打席に立つと想定はまだまだ甘かったのだと知る。


(闘志?畏怖?こんなこと初めてだ……。まだ一球も打席で見てないのに、気圧されてる。どんな投手だって打てるっていうイメージは湧いたのに、こいつ相手だと事前に決めていた想定が全部吹っ飛んだ。こんな頭真っ白で打席に立つなんて初めてだぜ……)


 投手の中でも格上だと思うような相手はいる。長年野球をやっていると自分との違いを敏感に読み取るものだ。その園田だが、明確に格上だと感じた投手は高校に入ってからは武蔵大山の米川だけだった。

 しかし今日、もう一人加えられた。既に世間の評価からしても世代No.1投手。155km/hのストレートを投げて、スライダーとチェンジアップは一級品。豪速球投手にありがちなコントロールが悪いということもなく、一試合を完投するくらいのスタミナは十分にある。

 データ上でも、実際の試合結果でも、最強格の投手であることは疑いようがない。

 その智紀は振り被る。来る、と身構えた時にはインコースにストレートが突き刺さっていた。


「ストライク!」


(……は?待て待て、これが150km/h?これが、こんなのが150km/hであってたまるか……!腕が振るわれた瞬間にミットに届いたぞ⁉︎リリースポイント?腕の振り方?なんにせよ、ボールの軌道が鮮やかだったとしか言えないストレートなんてあってたまるか……!)


 園田に見えたのは自分に近寄ってくる白球の白い連なった軌道だけ。インコースに決まったことは高宮のミットを見て気付いた上に、球速表示で151km/hと出ていてもその数字を信じられなかった。体感ではそれ以上の速度にしか感じられなかったのだ。

 高校野球で150km/hを経験する機会は少ない。全国でもあまりおらず、そのためバッティングマシーンでその速度が出る超高級な物を導入して体感したり、そこそこ速い球を投げられる投手にマウンドの数m前から投げてもらって擬似的に経験するしかない。

 臥城は予算があったためにバッティングマシーンも導入しており、練習でも疑似体験をしつつ、他県の名門との練習試合で似たような豪速球投手と対戦を重ねてきた。


 そんな経験を積み重ねた園田でさえも、智紀のストレートを追えなかった。考え事をしている間にスライダーが真ん中低めに決まって二ストライクを取られた。

 続く三球目。高めのストレートに園田は上半身が伸びながらのスイングとなってしまいいつものスイングができないまま空振り。三球三振になったことで臥城の吹奏楽部による応援歌が止まり、帝王側からは拍手が鳴る。

 園田は悔しそうにしながらベンチに戻っていき、次の打者の早宮にストレートのノビがダンチだと告げた。早宮は去年対戦をしてるのでボールの感じは理解している。

 ベンチに戻った園田に、阿久津が近付いて所感を聞く。


「どうだった?智紀は」


「……化け物だろ。ストレートが全く見えなかった。速度以上にアイツは何かが変だ」


「今日はちょっと運が悪いかもな。多分アイツ、U-15のアメリカ戦と同じ雰囲気をしてる。智紀が集中してる時は数字以上に何かがヤバいんだ」


「ゾーン、とかか?」


「そういう類の覚醒状態だろうな。出塁頼むぜ、切り込み隊長」


「ああ」


 次の打席までに攻略法を考えなくてはならない。智紀のボールの割合は七割以上がストレートだ。そのストレートを打てなければ突破口は開けない。

 二番の早宮は長打力が売りの打者だ。それだけ聞くと日本の二番打者に似つかわしくないが、外野の頭を抜ける打球が多いために打率も良い。彼がチャンスメイクをしてクリーンナップで返すという戦略ができるために二番に置かれていた。

 その早宮は智紀のストレートを体験しているということをアドバンテージだと捉えており、二球目の一番ストレートを叩く。


 だが本人のイメージとは異なり、打球はライナー性のものでもゴロでもなく、むしろ高々と上がったファーストフライ。完全に振り遅れており、町田のミットにボールが収まって二アウト。

 淡々と二アウトを取った智紀の表情は真顔だ。感情を出さずにボールを投げる機械のようになっている。その様子を見て高宮は確実にゾーンに入ってることを理解した。


(ゾーンに入る条件はなんだろうな?試合の重要性、相手の強さ、体調。本人もわかってないんだから外野がわかるわけがない。ゾーンに入った試合の統計を取ったところで、智紀に意識をさせ過ぎたらゾーンに入れなかった、とかもあるだろうし。難儀なもんだよ、全く)


 ゾーンに入ったら智紀は基本首を振らなくなる。だからこそリードが大事で、ボールのキレも増すのでパスボールなどに気を付けなければならない。

 使いこなせればほぼ全ての打者を寄せ付けなくさせるのだから有効に使っていきたい。特に今日のような相手が強い場合はゾーンに入ってくれるのはキャッチャーとしてとても助かる。

 普段は構えたところにドンピシャで来ることはほぼないのに、今日はミットをほぼ動かさずに構えたところに来るのだ。完璧なピッチャーをコントロールする快感が堪らず、高宮としては楽しさの極地を迎えていた。


 ただ楽しむだけではダメだと意識を入れ直して、三番の樋口を迎える。ドラフト候補生であり、全部の能力が高水準で纏まった、ショートや外野をやった方が良いんじゃないかと思うようなキャッチャーだ。打つ方もキャッチャーではなく灘がいなければ四番を任されていたという事情からもかなり信頼されている打者。

 その樋口に対して、徹底してストレートで押した。二ストライク一ボールになった四球目。ストレートしか投げてこなかったために決め球こそは変化球だと思う打者が多いだろうが、それは智紀・高宮バッテリーだからこそ逆で来ると樋口は考えた。


(性格の悪い高宮のことだ。決め球が変化球なんて安易なリードをするわけがない。それに宮下のストレートはそれだけで三振を奪える投手だ。なら最後もストレートだろ!)


 樋口はそう考えてストレートだけに狙い球を絞った。智紀が腕を振るう前に始動する。そうじゃないととてもじゃないが間に合わない。コースも推測して決め打ちをするしかなかった。

 そのボールは唸りを上げて。

 それは左打者からは最も遠い場所であり。

 バットを振り出すのはむしろ速かったくらいなのに。


 ボールはアウトローに決まり、樋口のスイングは中途半端に止まったが主審が勢いよく三振を宣告した。今日の主審はアクションが大きい人のようだ。樋口は中途半端なスイングを後悔するよりも、そのアウトローに決まった155km/hの三番ストレートの対処法がわからず、樋口はベンチに戻ってキャッチャー用の防具を付けながらさっきのボールをどう打つかを考えなくてはならなかった。


(リリースより前に振り始めて、それで間に合わないボール?リリースの瞬間に判断しようとしても間に合わない。変化球ならそれでも間に合うかもしれないが、あのストレートは反射が間に合わない……。そんなことあるか?プロには150km/h後半を投げる投手はかなりいる。そのピッチャーだってプロには打たれる。それがプロとアマチュアの差、ではないよな。150km/hピッチャーは高校生にもたまにいる。そいつらだって打たれるが……。宮下はそいつらと比べてノビと腕の振りが違うんだろうが……。そんなに、差があるのか?)


 樋口も去年経験している上に、数多くのプロ野球選手のストレートを見てきたためにノビ自体は凄いのは知っている。だがリリースを見極められず、スイングが間に合わないのは想定外だった。

 映像でいくら勉強しても、実践では活用できない。それでは意味がないが、樋口の見逃し三振というのは臥城に与えたダメージが大きい。

 クリーンナップ、三年生では一番の打者であり、その打力はプロにも認められるものだ。だというのにその樋口が手も足も出なかったと言える結果を見せてしまった。樋口はストレートを読んだ上でスイングをしたのに中途半端なスイングしかできなかったのだ。


 防具の準備ができてホームベースに行き、代わりに阿久津のボールを受けていたキャッチャーと入れ替わって残り二球の投球練習を受けることにした。

 智紀のボールを打てなかったことに焦燥感を募らせている理由は得点を奪えなければ負けるということ以上に、今日の阿久津のボールに不安があったからだ。


(スピードはいつも通りだが、キレがあまりない。阿久津のヤツ、昨日も遅くまで寝付けなかったみたいだからな。甲子園から遠ざかっている現状で、エースにかかる負担はキャプテンよりもよっぽど大きいだろう。お山の大将を演じるならずっと演じてみせろ。自分すら騙しきれ。そうじゃないと宮下って壁には届かないぞ)


 樋口はキャッチャーマスクを被りながらそんなことを思う。

 灼熱のマウンドに立つ阿久津の目は充血しており、余裕も感じられずツリ目になっている。

 コントロールもイマイチで、ボールの回転数が少ない。変化球もいつものようには曲がらない。それでも先発として指名されたのだ。どんなに調子が悪くても抑えてもらわなければならない。

 どうリードしたものかと樋口は悩むものの、阿久津をリードするなら一つしかない。

 結局はスライダーを主軸とした、いつも通りのリードでしかない。どのスライダーをメインにしていくかを決めてある。そのスライダーが帝王打線に通じるかどうかだ。


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― 新着の感想 ―
久々のゾーン状態!明晰夢みたいに自分がゾーンに入っている、という事を認識出来れば化け物に磨きがかかりそうだが…何が切っ掛けでゾーンが切れるかも分からないのでムズいですねぇ
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