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3ー2ー2 春季合宿

スカウトの続き。

「中断してしまってすまない。もう少し君たちの投げ込みを見させてくれ」


 多田は名刺を渡すために中断してしまった投げ込みをもう少し見ることにした。多田も元捕手として、見たいものはたくさんあった。捕手のキャッチングはもちろん、声掛けや投手のボールの質や回転など、スカウトとして確認したいことはあった。

 宇都美にも許可をもらって撮影をすることにする。球団から持ってきた機材を使ってボールのキレやフォームの正確さなど、記録としてちゃんと上に提出するために用意を始める。


 帝王学園は他校による偵察は禁止しているために撮影なども基本許可を出していないが、父兄やプロ、大学などのスカウトであれば許可を出している。今回もその一例だ。

 まずはエースの真淵と高宮のバッテリーを撮影する。


「まっすぐ!」


 高宮の声と同時に、セットポジションからストレートを投げる。構えた場所からそう遠くなく収まったボールは、ミットがパンッ!と乾いた音を立てながらきちんとストライクゾーンに。

 真淵のストレートは速度の割に威力がある。速度は140中頃がMAXだが、圧力のあるストレートは相手のバットに競り勝つほど力強い。


 そんなボールが若干ズレてミットに迫ろうと、手首やミットの位置がズレることなくしっかりと静止している。キャッチングが下手な捕手はミットの乾いた音なんて出せず、ミットを静止させることもできない。

 これだけで多田を唸らせるほど、高宮のキャッチング技術は高かった。

 ストレートを投げた後、変化球に移る。真淵の球種はフォークとシュートだ。


 フォークは落差はそこそこながら、130km近い速度で落ちるため、空振りも取れるボールだ。その分コントロールミスが致命的になってしまい、真ん中に来たらほぼほぼ長打を打たれる諸刃の剣でもある。

 シュートは特に右打者へ向けた詰まらせる鋭い変化球。これの組み立てで真淵は真価を表すことになるが、そうできるかはキャッチャー次第。


「フォーク!」


 続けて投げるフォークも、ワンバンになるボールでも高宮は問題なく受ける。後ろに逸らさず前にこぼすため、投手としても落ちるボールを投げやすくさせていた。信頼を勝ち取るにはこういう技術と安心感からだろう。

 フォークもシュートもしっかり捕球して、多田は二年後しっかり高宮を推そうと心の中で決心していた。帝王で二年間揉まれたらもっと上手くなるだろうと期待して。

 世代最高投手として名高い宮下と組んでいれば自ずと上手くなるだろうと確信していた。


「いやいや、素晴らしい。上司に良い報告ができそうです」


「そうですか?高宮の能力は我々も認めているほどですが、あなたにそこまで関心を持たれるとは思いませんでした」


「ペナントレースに勝つには、捕手の補強が急務ですから。他球団からトレードで獲って育てるにしても、スカウトで採掘するにしても、時間がかかる。即戦力なら他球団も見逃しません。……まあ彼もいずれ有名になるでしょうから、早目に唾をつけておくだけです」


 帝王にいて一年生の今の段階で二軍に上がっているということは指導者たちが期待しているからこそだ。いずれレギュラーになった時に他の球団に声を掛けられる前に声を掛けておいて印象を良くしておこうという当たり前の交渉術。

 指名された球団が気に入らなかったので指名を断ります、という権利が選手側にもある。それを行使して問題になった選手もいた。なのでそうやって断られないように手回しをしているだけ。


 苦労して枠を使ってまで指名した選手に、向こうから蹴られたのでは努力が水の泡だ。純粋に競合となってクジの結果なら諦められるが、単独指名して断られたら悲惨だ。そうならないように球団の印象を良くしておくこともスカウトに必要なことになっていた。

 そのため、高宮と真淵だけを見るのではなく、全員を見ていく。アドバイスはスカウト規定に引っかかってしまうため何も言えないが、それでも球筋や捕球技術を見るだけで多田からすれば参考にできる。


 帝王はいつも手堅い捕手を育てていることから、プロの多くが注目している高校だ。というより、野手の育成が上手い。ここから排出されたスラッガー、ユーティリティープレイヤーがどれだけ多く、プロで活躍してきたことか。

 その代わり投手陣が若干劣るくらいか。東京都でも屈指の投手ではあるが、甲子園で見ると中堅止まり。プロのスカウトからしてもあと一歩というエースが多い。そういう事情から帝王から投手でプロになった人物は少ない。


 もちろんいるにはいるが、大学に行ってから目を掛けられたり、高卒ではすぐ活躍しなかったりなどあまり注目されていないと評価すべきか。どちらかというと野手の方に注目してしまう。

 もし絶対的エースが入れば全国制覇も容易いだろうと考えられている。もっとも全国制覇は二度ほどしているのだが。


「宮下、投げろ」


「はい」


 最後、宮下と中原のバッテリー。宮下も多田が今回訪れた理由の一つだ。世界大会の成績とアメリカ戦でのピッチングは群を抜いていた。

 正直な話、スピードだけなら他の同年代でももっと上は居るだろう。130後半は素晴らしい数字ではあるが、シニアの最速記録は140を超えている。そのため、数字だけでは最高とは言えない。だが数字だけでは測れないスポーツが野球だ。


 数字を加味しても、世代最高投手と言われるものを見せ付けたのが宮下。その宮下が去年からどれだけ成長したのか確認しておきたいという思いはある。公式戦以外でも確認しておきたい選手の一人だ。

 捕手の中原もスカウトとして狙っている選手の一人。もし宮下がベンチメンバーに選ばれたら大会中にも見ることになるバッテリーだろうが、それをこうも近くで見られるのであればそれだけで収穫になる。試合でのことも見ておきたいが、近くでは見られない。


 ブルペンというすぐ側で撮影までできるのだから情報としてはこれ以上に参考になるものはない。

 大会が近くなればスカウトの数やギャラリーも増えて、こうもしっかり撮影をすることなどできないだろう。だからこの機会はとても貴重だ。


「一番ストレート!」


「一番ストレート?ストレートと2シームのように投げ分けているんですか?」


「いえいえ。4シームが三つあるんですよ、宮下は」


「……はい?」


 中原の掛け声がわからなかったので多田は隣の宇都美に聞いてみたが、余計に混乱した。

 4シーム。いわゆる一般的なストレートだ。投手なら誰もが最初に覚える握り、球種。それが複数あるということはどういうことか。

 考えが纏まる前に宮下は投球フォームに移る。録画用のカメラを三脚で立てて、手にはスピードガンを持ってその美しいフォームを見ていた。


 綺麗に四十五度になっている腕の角度。優美な全身の動きの流れ。美しさの中に混ざった力強さ。

 そのフォームから放たれた一筋の軌跡。目に残るボールの軌道に目を奪われ、パン!というキャッチャーミットの奏でる音に現実へ引き戻され、その後に聞こえてきたシュルルルという回転音に眉を潜める。

 そして持っていたスピードガンを確認して、もう一度眉が動いていた。


 表示されている数字は133。高校生としては平均球速に近い。宮下の最高球速は去年の八月時点では138なのでそこまでズレた数字ではないのだが、長年スカウトをやっていて元捕手としての経験からしても数字以上の速度に感じた。

 だからスピードガンの故障を考えてしまったほどだ。

 だが二球目も同じような速度で、しかもそのボールの回転がわかって目を大きくした。プロでも滅多に見ない真性のストレートだったために。


「回転が、垂直?いやいや、久しぶりに見ましたよ。あのストレートを投げる子を」


「我々はウチの選手としては初めてですよ。わかった時はとんでもない子が来たものだと思いました。この子をちゃんと育成できるのかと。投手を育てることに関してはとても難しいので。野手の方が基本を教えやすいということもあるんですが」


「ノビが凄まじいから数字を信じられませんね。こういうストレートを投げる投手の速度はアテになりませんから。打席に立ったら余計困惑するでしょう」


 宮下のストレートがわかったところで、次の球種である二番ストレートに移る。

 その二番ストレートの回転を見て、顎を外しそうになった。


「じゃ、ジャイロボール……!まさか、投げ分けているんですか⁉︎」


「ええ。本人もジャイロボールだという自覚無しで投げていたようで。三種類をしっかり本人の意思で投げ分けられますよ」


「もう一つあるんですか?」


「特殊なストレートではなく、ただの全力ストレートですが」


 宇都美の説明の後、三番ストレートである全力ストレートも投げた。それだって数字以上に速く見えて、しかも最高球速は142。撮った映像も確認して三種類全部の回転が異なることを確認した。

 ストレートを投げ分ける投手は確かにいるが、希少なストレートを二つ持っていてなおかつ投げ分けられるというのはプロでも見たことがなかった。


 捕手目当てで来たのに、宮下が欲しいと心変わりしてしまうほどに。

 補強はバッテリーと言われているので、投手の宮下を是が非でも獲得しようとする考えはおかしくはないのだが。

 更に変化球も見ていき、これまた三種類。しかもスライダーとシンカーに至っては変化量と速度まで調整できるときた。


 超高校級、としか言えなかった。

 ブルペンに入っていた全員が、次はマシン打撃に移ることになる。打力も見られるということで多田はそのままバッティングマシーンを使ったバッティング練習も見学させてもらった。プロでも使っているマシンで、150kmのストレートとスライダー、カーブが投げられる優れもの。

 それを使ってバンバン打っている帝王の選手は流石だと思いながら、宮下と高宮のバッティングを見ていく。


 多田はプロのスカウトなので、中学生のことはあまり調べない。よっぽど有名だったり、何かしら特徴があれば中学生でも調べるが、やはりメインは現役の高校生を調べることだ。中学では有名でも、高校では落ちぶれるということもあるので、実際に高校を巡ったり大会を見に行くことが一番の仕事だ。

 高宮は全く知らなかったが、速いストレートもしっかり弾き返していて、変化球にも対応していた。後は三年間で上背と筋力アップをしてくれれば打撃でも使えそうだと判断する。


 驚いたのは宮下だ。

 高校生なら投手をやっているのがチーム内で一番センスがある者だったりするのでエースで四番ということも珍しくない。だから打てる投手も多いが。


 150kmのストレートに打ち負けずに、それどころかレフトとセンターへの柵越えを何本か見せられたら、彼は本当に高校一年生なのかと疑ってしまう。身体の横幅がまだまだなのでこれからも伸びるとわかっているが、それでも帝王のレギュラー勢に打力で見劣りしていない。

 Uー15の最終戦でも六番を打っていたことを多田も思い出したが、打撃結果までは思い出せなかった。それでもマシンとはいえ悠々と打ち返す姿を見て更に心惹かれた。


「東條監督!宮下くんと高宮くんを、くれぐれも怪我や故障させないでください!ウチが二人を指名します‼︎」


「多田さん、そこまでですか……。宮下はどんどん実践経験をさせますが、高宮はゆっくりと育てようと思っています」


「わかりました。まずは上司に報告して、明日も二人を中心に確認させていただきます」


「ええ。お待ちしております」


 多田は思ってた以上の収穫に、ホクホク顔で帰っていった。帰る前にもう一度二人へ話をして、部長へ二人の映像を見せる。

 二年後のドラフトを鑑みて、スカウト部全体を巻き込んだ会議の企画書作成に移る部長と多田。

 それだけの将来性を認めたということだった。


次も三日後に投稿します。

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