3ー2ー1 春季合宿
スカウト。
そこは東京を拠点とするプロ野球の球団が管理するビルの一つ。球団職員や様々な関係者が集まるオフィスだ。
選手のグッズ販売や試合のチケット管理など、様々なことを扱っている。そしてプロ野球の試合やグッズ関連の他に、ドラフトで選ぼうとする球団の新戦力を探すスカウトもこのビルにいた。
スカウトも球団によって人数はマチマチ。国内を何人かで手分けしたり、高校や大学、社会人など区分ごとにスカウトが分かれていたりなど、特色がある。この球団は特に高校と大学のスカウトに力を入れており、スカウトの人数も多い。
そんなスカウトの一人、多田保成はスケジュールを見て上司である部長に報告を入れていた。
「部長。今日明日は帝王学園に行ってきます」
「おお、なんか試合でもあったか?」
「いえ、春季合宿をしているので。夏大会前に注目選手を見ておきたいなと」
「もうそんな時期か。……バッテリーがなぁ、欲しいよなあ。投手は中継ぎでも良いからとにかくイキがいいのを。捕手はエラーが少なければある程度は目を瞑るんだが」
この球団、打てる選手は多いのだがいかんせんバッテリーがガタガタすぎて打撃戦になりがちで、バッテリーの補強を上から言われていた。
だが捕手の育成はどこの球団でも苦労していて、正捕手を確保している球団の方が少ないくらいだ。十二球団あっても、球界を代表する捕手なんて二人くらいしかいない。
打高投低になってから、特に捕手のミスが目立つ。打たれるからといってリードを適当にしていいという話ではない。エース達すら何点も取られるような捕手では困るのだ。
だからこの球団──東京ビックルスワロウズは良い投手と捕手を求めていた。投手は何枚替えがあっても良い。有能な捕手は是が非でも欲しい。
そういうわけで近場の名門に期待を込めていた。
「帝王は打撃が目立って捕手はそこまでだった気がするが」
「それでもやはり高校生ならズバ抜けてますよ。大体強肩で打撃もできる。エラーも少ないですから」
「甲子園常連だしな。……ん?そういえば帝王って、あの宮下が入学したんだよな?」
「Uー15の。彼は欲しいですね……。いえ、どちらかと言うとどの球団も同じ年なら羽川涼介が欲しいでしょうけど」
「逆方向にも打てる、走攻守すべて揃った捕手なんてどこでも欲しがるだろ。ライトとはいえ既に関東大会で暴れてるんだからな。ウチでも二年後のドラフト一位筆頭だ」
去年のUー15は全てのプロ球団に衝撃を与えた。天下のアメリカに勝ったことはもちろん、球団全てが求めている救世主が颯爽と現れたのだから。
軟式に所属していたためにあまり注目されていなかった羽村涼介。国際大会の関係で木製バットを用いていたというのに、硬式のボールにも木製バットにも対応して打率は驚異の五割越え。ホームランも三本打ち、守備面でもエラーなく盗塁阻止率は九割越え。
早く十八歳になれと願われた、天才の産声の発端だった。
「あの宮下のピッチングも神がかってましたけどね」
「できれば両方欲しいよなぁ。けどあの二人は今の時点でドラフト上位候補だろう?両方は取れないよな」
「捕手を取るか、投手を取るか。今年や来年で良いバッテリーを補強できればどちらかに絞れるのですが」
「ホント、毎年悩む。……帝王に行ったらバッテリー重視でな。スラッガーは別に要らないぞ」
「強打の学校に求めるのがスラッガー以外ですか。他の球団に怒られそうですね」
「チーム事情ありきだからな。貧打の球団だったら帝王なんて宝の宝庫だろうが、ウチは若いのも打てるのが多いから即戦力としてはバッテリーの比重が大きい」
そんな打ち合わせをしつつ、多田はカメラなどの用意をして帝王学園に向かう準備をする。アポは事前にとってあったので、午後の練習から顔を出すつもりだった。
帝王ともなればどこの球団のスカウトも顔を出す名門校。毎年必ず良い選手がいて、そこの選手はほぼ大体プロでも活躍する。
それは羽村涼介がいる千葉の習志野学園でも同じことだが。
多田が午後三時過ぎに帝王学園に着き、東條監督と話して練習メニューを聞いて、今日は投手陣がブルペンに入ると聞いていたのでちょうど良いと思っていた。できたら明日は土曜日なので一日練習をするということもあり、明日も訪れる許可をもらう。
東條監督に聞いてみると、今年度練習中にやってきたスカウトは多田が初めてとのこと。他の球団のスカウトたちは春の甲子園で選手たちを見たばかりなので後回しにされているのだろうという推測を出していた。
(まあ、そうだろうな。他の球団が注目しているのは葉山くんと倉敷くんだ。投手として真淵くんも悪くはないんだが、獲るかどうかは全体で相談するレベル。捕手としての中原くんも粉をかけておきたいが即戦力というわけではない。難しいところだ)
特に中原辺りは二軍でしっかり経験を積ませて、将来的な正捕手に成長してくれればいいくらいには素材として評価していた。高卒で獲らず、大学など他の場所で育ってからプロに来てもいいと考えてしまう。
高校三年生としては本当に悪くない。
だが、羽村涼介が飛び抜けすぎている。欲しい捕手と聞かれたら彼をどこも挙げるほどに、打てて守れて強肩で、世界も経験して一年から活躍しているということから選手として別格過ぎる。
まだ高校生になって二ヶ月足らず。だというのに春の大会で示した結果が異常すぎて、習志野学園の練習試合の結果も躍起になって調べる始末。特に涼介が捕手を務めていた試合を主に調べていた。
涼介はレギュラーとしてはライトだが、本職は捕手。秋からは捕手専念ということを公表しているので今も経験を積んでいるところだ。その試合でも問題なく活躍しているのでもうスカウトが二年後のことで熱狂している。
他の球団が涼介に注目している間に埋れている捕手を引き抜こうと考えているのだが、涼介という存在が大きすぎてどの選手も霞んでしまう。多田も捕手を見る目が厳しくなってしまい、評価が辛口になってしまっている。
「私は全体練習を見るので、ブルペンでは宇都美コーチに色々と尋ねてください」
「ありがとうございます。東條監督」
多田はAグラウンドのブルペンに案内されて、案内してくれた東條はグラウンドでやっている打撃練習を見に行く。
多田は宇都美コーチに挨拶して投げ込みをしている三組のピッチングを観察する。
「エースの真淵くんのボールを受けてる捕手は?見覚えがないのですが……」
「二軍捕手で一年の高宮です。今のところ四人しかいない二軍一年生の一人ですね」
「一年生ですか。キャッチングが柔らかいですね。それに真淵くんのボールを難なく受けている」
多田が気になったのは高宮。エースのボールを受けさせてもらえる一年生ということで興味を持った。今見ている技能はキャッチングだけだが、それだけで捕手としての最低限の技能は測れる。
キャッチャーを名乗るのに、キャッチングが下手なプロはいくらでもいる。強肩強打をウリにする捕手なんて大概そうで、バッテリーエラーが目立って試合が崩壊する。プロでもよく見る光景だ。
盗塁阻止率や打率ももちろん大事だが、キャッチングが下手でストライクがボールになって四球が増えて不利になる、ということはもっての外だ。それでは捕手を名乗れない。
宇都美もプロ野球の捕手事情を知っていたので、深く頷く。
「バッテリーエラーが目立ちますからね……。だからブルペンに足を運んだのでしょう?他のスカウトは葉山と倉敷目当てですからね」
「彼らも才能という意味ではピカイチです。けどウチの球団に必要なのは捕手。それももしもを考えて二人は欲しい」
「欲しい人材は球団それぞれですからね。投手不足なチームは真淵に声をかけていますよ」
「真淵くんだってちゃんと育てれば先発ローテに入れる投手ですからね。たとえ先発じゃなくても欲しい球団はあるでしょう」
真淵を獲るかどうかは、チーム次第。もっと絶対的なエースだったら獲りに行く球団も増えそうだが、将来性を見込んで獲るか、大学などの上のステージでの成長を見てからにするか。そこは本当に球団の状況次第だ。
ちなみに東京スワロウズは今の所、獲得しない予定だ。
「宇都美さん。高宮くんに名刺を渡して良いですか?」
「ええ。スカウティングの規約に引っ掛からなければ何をしても大丈夫です。そんなに気に入りましたか?」
「はい。守備練習も見たいくらいです」
「それは明日になれば見られますよ。今日この後は打撃に参加して、最後はベーランですから」
「明日を楽しみにしています」
宇都美が高宮を呼び、多田は高宮に自己紹介と一緒に名刺を渡した。これからの活躍を期待するという言葉に留めて、まずはファーストコンタクトの印象だけを残した。一年の時点から声をかけるのはスカウトとしてもあまり行わないことで、周りが驚いていることが印象的だった。
特に、同じ捕手で声を掛けられなかった選手の目線が厳しい。
高宮もまさか自分が声を掛けられるとは思っていなかったようで驚いていた。真淵と中原には既に多田の名刺を渡していたので二重に渡さないだけ。
それとちゃっかり、宮下にも名刺を渡していた。世界に爪痕を残した投手とも繋ぎをつけておきたかったために。
次も三日後に投稿します。
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