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2−3−2 二回戦・足立南戦

 最上の父親は、古い人間と言える。

 職業は会計士。だからこそと言うべきか、お金と進路のことについては人一倍五月蝿かった。それに子供のスポーツにも興味がなく、野球をやっていても見に来たこともない。お金を出してもらって野球をやらせてもらっている立場として、最上は父親に文句を言うことはできなかった。

 だが、だとしても。せめて無関心であってほしかった。いつも口出しして来て、最上のことばかり邪魔してくるのがイヤだった。


「グラブに四万円⁉︎たかが球遊びにいくら金をかけるつもりだ!ユニフォームもスパイクも、どれだけ無駄に金を使わせる⁉︎絶対に大学では続きなんてやらせないからな!」

「どうせプロにもなれないくせに勉強の時間を無駄に消費して、部活動をやる奴なんてバカだとなぜわからん⁉︎就職したら大学の名前と成績で給料が決まる!スポーツをやっていて給料が上がるわけないだろう!むしろ趣味は金食い虫だと何故わからん!」

「家に帰って来てまで木の棒を振り回して……!うっとおしい!私の神経を逆撫でるな!お前は私のお金で遊べてる事実を噛み締めろ!」


 そんなことを言われて家でもロクに練習ができず、智紀に追いつく為の練習もできなかった。それでも智紀に追いつきたくて学校でできるだけ練習をしてきた。

 母親も父親には逆らえないということで応援はしてくれなかった。ユニフォームの洗濯はしてくれたのでそれだけは感謝している。けど子供の趣味くらい、部活動くらい応援してほしかった。

 子供は親の所有物ではない。その認識が強い最上は大学に進学したら一人暮らしをしようと考えていた。この両親に囲まれていたら自分がおかしくなると、ひしひしと感じていた。


 なるべき職業も、大学も、親の指定するものばかり。

 そんなものはうんざりだ。自分の人生を全て親に決められるなんて冗談じゃない。

 野球ができなくても、空いている時間を全てバイトに注ぎ込もうと今の家を出るつもりだった。自営業でもないのだから親と同じ会計士になんてなる理由はない。

 そもそもとして、父親も本当はなりたかった職業になれずに会計士を妥協で選んだと知っている。だというのに自分がギリギリなれた会計士を目指させるというのは父親のコンプレックスでしかない。

 操り人形のような人生は、こりごりだった。


 だからこそ、色々と手を出した。野球だけは自分の意思で続けた。それで上手くいかずに失敗しようと、決して言い訳をせずに打倒帝王を目指して邁進した。

 幸いにもチームメイトが追従してくれた。これは昨年の星川が作った雰囲気が大きい。その雰囲気を繋げるように高い意識で練習に取り込めたために秋と春でも結果を残せた。

 とはいえ、秋大会以降での智紀の活躍を見て焦った。どんどん話題になるような結果を残し、関東大会などで躍進していく。


 名門私立と公立高校では練習時間が圧倒的に違う。土日の練習密度が違い、環境も異なる。実力はどんどん離されるばかり。それでも足立南のモチベーションの高さもあって練習自体はかなり濃密にこなしてきた。

 だが入学者の実力、設備環境、練習時間。様々なものが違う。

 それでも、今は同じ舞台に立っている。甲子園に出る一つの枠を賭けた正々堂々の勝負。

 去年のように審判による妨害もない。ただ純粋な実力勝負。

 もっと後の日程だった場合、帝王はベストメンバーでスタメンを組んでいたはずだ。だがまだ二回戦なために戦力は抑えられている。


 帝王に勝つには、まさしくこのタイミングしかなかった。

 中日が長いためにエースの根岸の体力も万全。連戦による疲れを野手も残していないために、チームの総力はまさしく最高潮。

 ここで勝てなければ、もう帝王に勝つチャンスは巡ってこないだろう。

 最上は四番として、キャプテンとして。智紀を打ち崩さなければならない。

 打席に入って初球。


 インコースに迫る一番ストレートに、バットが当たる。ボールは一塁側のファウルゾーンに飛び、スタンドに入っていく。一年前に見た限りだというのに最上は10km/h近く速くなったストレートに対応してきた。

 足立南側としては初めてバットに当たったために歓声が起きる。上位打線の三人が掠りもしなかったのだ。150km/hなんて高校野球でとんと見ず、その上智紀のストレートは異常に伸びる。

 その快挙に、打ってくれと願いを込めて声を張り上げた。


「いいよ、当たってるキャプテン!」


「打て打て!宮下だって完全無欠の投手じゃないぞ!」


 そんな声はブラスバンドの応援がないからこそ響いた。智紀はいつものことだと気にせず主審から新しいボールを受け取り、佐々木はキャッチャーマスクの奥で溜息を一つ。


(去年みたいな主審っていう特大のデバフがなければ、あんた達に対応できるような投手じゃないんだよ。気を付けなければいけないのは精々三・四番の二人だけ。この二人の実力が高いから秋大会や春大会で勝ち上がれたけど、他の選手はやっぱり中堅校のレベルを脱していない)


 数多くの打者を見てきた佐々木からすれば足立南はそこまで強い打線ではない。

 というより、智紀が投げている時に警戒するほどの打線は少ないと言える。

 智紀のストレートに対応できるのは良い打者だ。だが、ストレート以外にも変化球がある。ストレートだけでも押せる投手だが、変化球も一級品だ。

 その質はプロになった二人も先日認めている。


 二球目も一番ストレートを。最初の内はストレートで押したいということだったので智紀の意思を尊重するようなリードを心掛けた。このストレートにも対応して今度は真後ろにチップ。若干コースが外れていようとストレートなら積極的に振ってくる姿勢だ。

 チームとしてもストレート狙いにするしかないくらいにストレートの比率が多い投手だ。だがストレートに対応できず、変化球狙いにしてくるチームもある。

 足立南は去年のことを活かして、ストレートと高速スライダーはほとんど捨てていた。その二つを狙いに行っていいと言われているのはクリーンナップだけ。ストレートよりは普通のスライダーやシンカーの方が打ちやすいと判断するからだ。


 今回は二球で追い込んだとするべきか、二球で対応してきたと考えるべきか。佐々木は前者で捉えた。

 三球目。遊び球は無しだ。

 三番ストレートが真ん中高めへ迫る。先ほどよりも速度が上がり、荒々しくなったボールを最上は打ち上げ、セカンドフライになった。

 打った最上は手が痺れながらも、次は打てると考える。


(高めに釣られたが、まだなんとかなる。あと二打席あれば、ウチの打線なら……)


 そんな皮算用をしていた最上。

 エースの根岸は去年よりも力を付けて、相手はベンチメンバーが多い。足立南の打線もかなりの打撃練習を重ねてパワーアップしている実感があった。そして投手の秘密兵器もある。

 だから去年のように七回までは戦えると考えていた。

 それがいかに甘い予想だったかは、試合が終わるまで気付かない。いや、そんな自信を持っていなければ戦えなかったと言うべきだ。


 帝王バッテリーはその後の打者もストレートを中心にアウトを重ねる。

 智紀としては最上との勝負を楽しみにしているが、佐々木はそんな縁による勝負なんて二の次。いかに智紀の負担を減らせるかしか考えていない。

 そのため今日のコースはほぼ全てゾーンだ。遊び球を使うほどの相手じゃないと考えている。

 これは慢心ではなく、積み重ねた実績からくる予測だった。

 ベンチに戻って佐々木は高宮に愚痴る。


「相手次第で球数が増えるっていうのは本当だな。三振が増えるせいで省エネピッチングができない。高速シンカーばかり投げさせて引っかけさせるのも無理だし、ある程度の球数は必須だな」


「そうだろ?一番てっとり早いのはコールドでそもそものイニング数を減らすことだ。智紀は次の二試合に登板予定がないから、最悪球数が増えても良いぞ」


「野手として出るかもしれないだろ?さっさと終わらせる方が楽だ」


 甲子園でもないので地区大会ならコールドがある。そもそものイニング数を減らしてしまえば投手への負担が減る。この回には佐々木に打順が回ってくるのでキャッチャーの防具を外して準備を始めた。


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