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3ー1ー3 春季合宿

ロードワーク。

 放課後。野手組は守備練習だが、俺たち投手組はロードワーク。いつもなら構内を何周するとか、学校の周りを何周とかだが、合宿中のロードワークは近場の神社まで行くらしい。

 片道十kmの、俺も知っている熊野神社。程よいアップダウンがある道だ。

 このロードワークに投手陣の他に自転車でロードワークについてくるマネージャーが二人いる。一人は三年生の君津先輩と福圓さんが来るらしい。もっぱら君津先輩が先導して、福圓さんは道を覚えるために付いてくるのだとか。


 投手陣はエースの真淵さんと一軍で三年生の小林先輩と川崎先輩。それに二軍で三年生の矢部先輩、二年生の大久保先輩、馬場先輩。そして俺。

 合計九人でロードに行く。

 このロードは二日に一回行くようで、その度に付き添いのマネージャーは変わるらしい。


「それじゃあ時間を計っていきます。神社に着いたら階段ダッシュもやります。四十五分以内にあっちへ着いて、五分休憩後に階段ダッシュ十本。また五分の休憩を挟んで学校に戻ってきます」


 スタートは校門を出てから。グラウンドから校門へ移動するまでで既に生徒たちから応援される。特に真淵さんは帝王のエースだからか、人気が凄い。男女問わず声援を受けている。

 校門に着いて、君津先輩の掛け声で走り出す。君津先輩を先頭に、俺たちはついていく。最後方は福圓さん。


 声出しをしながら走るわけではないので、結構走ることに集中できる。ただし、道行く人には挨拶をすることと厳命されていたので、人がいたら大きな声で挨拶をする。

 走り出してすぐ。いつも走っているために先頭に躍り出るべく真淵さんの真後ろにピッタリとつける。熊野神社には行ったことがあるし、そこの階段ダッシュを十本なら予想の範疇なので飛ばしても問題ないと判断した。


「ムッ」


 一年の俺に追いつかれたのが遺憾なのか、真淵さんが速度を上げる。先頭の君津先輩の真後ろに真淵さんが先行した形だ。


「えっ、飛ばしてないかしら?」


「宮下に負けられない。速度を上げてくれマネージャー」


「あー、はい。じゃあ少しだけね」


 君津先輩が少し速度を上げ、後ろの方だった大久保先輩と馬場先輩が「ウゲッ!」という悲鳴を上げていた。信号に引っかからない限り、この速度が保たれることだろう。

 道行く人たちも俺たちが帝王野球部とわかって声をかけてくる人が多い。地元人気が高く、甲子園常連校でプロも輩出している名門校だ。


 それに地元の人たちはこの時期に合宿をやることも知っていたので、もうそんな時期かと呟いている人もいる。学外なので下手なことをして野球部の評判を下げるような真似はしないようにと改めて心持ちを整える。

 二回ほど信号に引っかかって。走り直しになるたびに俺と真淵先輩が集団をリードして。君津先輩の時間申告も聞きながらトップを競い合って。

 神社に着いた頃には俺と真淵先輩以外が地面に腰をつけてゼーハーと呼吸を荒くしていた。


「真淵と宮下はバカなの⁉︎階段ダッシュと帰りもあって、帰ったらベーラン地獄が待ってるのに初日の行きから飛ばすなよ⁉︎」


「ああ、忘れてた。まだ初日だった」


「いや、これくらいならまだ飛ばしてる内に入らないんですけど……」


「天然と体力オバケめっ!」


 そんな感じで怒られた。そうか真淵先輩は天然だったのか。

 一応一週間のスケジュールは聞いているが、それを見たってこれくらいの速度で走る分には問題ないって判断したんだけど。

 マネージャーの二人が自転車の籠に入れてきた飲み物を飲みながら休憩して、無慈悲な休憩時間も終わって階段ダッシュ。


 ここの神社は石畳ではなく土の階段になっている。舗装も木で行なっているために足腰の負担にもならない。最初に登った時に神社の神主さんに挨拶をして利用させてもらうことを伝えて、また降りていく。

 神主さんも毎年のことなのでにこやかに許可をくれて頑張れと言ってくれた。

 五往復を終わらせて、また休憩。あんまり大きい神社ではなく、それに平日なので参拝客は少なかった。だから結構堂々と休憩できる。


「宮下君。結構走り慣れてるんですか?」


 座って休憩していると福圓さんに質問された。ダッシュをした割には余裕そうな顔をしているから疑問に思ったらしい。

 あんまり感情が出なくなったから、いつもと変わらない涼しげな顔をしているとでも思われてるんだろう。表情の変化についてはよく姉妹に言われている。

 あんまり表情に出さなくなったのって、絶対に小学校の頃のイジメが原因だからなあ。これがマウンド上で生きるんだからよくわからない話だ。ポーカーフェイスって思ってることを悟られないから野球をやってる上では結構有利になる。


「去年から結構走り続けてるから。推薦入学だから最低限の勉強以外は体力作りに時間を充ててたよ」


「なるほど。推薦入学はいつ頃決まったんですか?」


「十月の上旬かな。監督にちゃんと会ったのはその前。一応一月末の一般試験も受験費タダで受けてるけど、合格点は超えてた」


 記念受験、というか高校に入ってからも授業に遅れないようにと受けるように指示されていた。合格は決まってたから気持ちとしてはすごく楽だったけど。

 三間はこっちで受けずに、自分の学校に問題が送られてそのまま郵送したらしい。合格が決まってるのに東京に来るにはお金がかかりすぎる。

 だからこそ、三間のことを知らなかったんだけど。


「すごいです。じゃあ勉強しながら練習を?」


「そう。走り込みは基本毎日してたし、U-15の後にはシンカーを物にしようと思ってチームメイトか千紗姉に見てもらってた。シニアの練習にも混ぜてもらってたよ。推薦で受かった連中が集まって脇で練習してたり、ノックに混ぜてもらったり」


 そういうことをしてくれるシニアは多い。夏に基本は引退なんだけど、推薦組が身体を鈍らせないためだったり、それこそ感覚を損なわないために練習に混ぜたりする。

 後輩たちや監督たちも次のステージで活躍して欲しいからと、喜んで付き合ってくれる。それに俺たちを見て後輩たちが刺激を受けることもある。先輩って憧れだったり、一つ上だから上手い人が多く参考になる。

 そういう好循環が生まれるからお互いに先輩たちが練習に顔を出したり参加することを拒んだりしない。


 そんな感じで身体を鍛えていたので、往復20kmくらいなんてことないし、階段ダッシュやベースランニングがあっても平気だと思う。

 福圓さんとそうやって話している内に休憩は終わり。

 また学校に戻るために走り出すが、また真淵先輩とデッドヒートを繰り広げた。

 上がる速度。後ろから聞こえる悲鳴。飛ばす君津先輩と追いすがる俺と真淵先輩。


「お前らホントバカじゃねーの⁉︎」


「宮下ァ!真淵を煽るな!その天然(バカ)、勝負ふっかけられたらすぐ買うくらい沸点低いんだよ!」


「真淵先輩も宮下も恨むからな⁉︎」


 そんな怨嗟の声を上げながらもゴール。最後は追い抜いてやった。

 学校について寮の前に移動した瞬間、俺たち以外が大の字で倒れる。レジャーシートとかないのにアスファルトの上で転がって熱くないんだろうか。


「ゲホっ、ゴホッ!し、死ぬかと思った……!」


「何でロードワークで全力疾走してるんだよ……!」


「宮下、やるな。だけど次は負けないぞ」


「こちらこそ」


 水分補給しながら地獄絵図が出来上がっていた。真淵さんもよく走り込んでいるのか、汗はかいているけど息は乱れていない。

 さすがエースだ。


「あー、やっぱり……。去年のベストタイムより往復で八分も縮んでる」


「とりあえず、記録しておきますね。皆さん、冷却スプレー必要ですか?」


「いるいる!めっちゃいるよ加奈子ちゃん!」


「俺も欲しいな、福圓ちゃん!」


「君津先輩にして欲しいです!」


 バインダーに挟んでいた記録紙に福圓さんが今日のタイムを記入してから足などに疲労が溜まらないようにと冷却スプレーで冷やすか聞いたら、いきなり元気になった投手陣がハイハイっ!と挙手をする。

 その様子に福圓さんは驚いて一歩引いていて、君津先輩はこの奇行に慣れているのか救急箱から淡々とスプレーを取り出す。


 ……女子ばかり変だと思ってたけど、これ野球部員も悪いのでは?

 君津先輩は直接スプレーをかけてあげるのではなく、渡すだけ。この対応に大久保先輩はがっかりしていた。それを見て福圓さんも川崎先輩にスプレーを手渡すだけで終わらせた。

 まあ、痛い場所は本人しかわからないし、わざわざ他人がする理由は今ない。


「休憩が終わったら他のマネージャーが作ったおにぎりを食べて、夜練習に出てね。投手の皆はネットスローとロングティーで半々。真淵くんと小林くん、矢部くん、宮下くんがロングティー。川崎くん、大久保くん、馬場くんがネットスローね」


 君津先輩は班分けを伝えて行ってしまう。クールだなぁ。それでもって塩対応された先輩方は残念そうだ。

 夜練習は夜ご飯の前まで練習をする。暗くなるまでロングティーが基本で、それが終わったら全員でベーランをする。ベーラン前のメニューがさっき君津先輩の伝えたメニューだ。


 俺と真淵さんはさっさとAグラウンドのネット裏に行く。そこにはテーブルが用意されていて、そのテーブルの上におにぎりやウィンナー、玉子焼きが置いてあった。

 野手陣は既に手をつけていた。ロードを早めに帰って来たはずなのに、これは不公平ではないだろうか。

 真淵さんはさっさと紙皿と割り箸を取って、食べたい物を菜箸で皿に乗せていく。

 俺も紙皿と割り箸を掴んで、近くにいた千紗姉を捕まえる。


「千紗姉が作ったのどれ?」


「玉子焼きは全部あたし。おにぎりはこの綺麗な三角のやつだと思う」


「はいよ。相変わらずおにぎりを三角形にするのは芸術的だよな」


「どうせ味は普通だって言いたいんでしょ?」


「だって高校上がってからまともに料理してないだろ?腕上がってるとは思えない」


「いいからさっさと食え」


 鮭とおかかのおにぎりを取って、玉子焼きも三切れ取って一年生が集まっている場所へ行く。

 さっきのやり取りを見ていたのか、呆れている奴らが多い。


「シスコン宮下……。ここまで来ると清々しいぜ」


「他の女子の手料理全無視で姉の作ったやつだけって」


「シスコンの鏡だ……」


「お前ら全員ウチ出禁な」


「「「すいませんでしたー‼︎」」」


 俺のことをシスコンと呼ぶ奴には容赦しない。俺を介さなければ俺の姉妹に会えないのに、その俺を揶揄するなんていい度胸じゃないか。

 出禁リストがどんどん増えていく。これ最終的に同学年でも十人残らないんじゃないだろうか。ぶっちゃけ水曜日に毎回毎回誰かを連れて家に帰るの面倒だからやめたいし。


 ゆっくりしたいっていうのもあるけど、家族だけで過ごしたいという心情もある。

 この後ロングティーをやってベースランニングもやるんだからさっさと食べる。

 おにぎりと玉子焼きを食べる。しょっぱい玉子焼きか。

 うん。


「普通」


「美味しいって言ってあげれば喜ぶのに……」


「いいや、千駄ヶ谷。身内だから甘やかしちゃダメなんだ。美味しいって言ったらそれ以上研鑽をしなくなる。美沙じゃなく、千紗姉なんだ。喜沙姉もそうだけど、一回甘やかしたら終わりだ。ならせめて手放しに褒められる水準になってから褒めないと地獄を見る」


「そういうもんなん?」


「そういう姉たちだ」


 美沙はいくら褒めたって料理の勉強をやめないけど、姉二人は褒めたらそれ以上勉強をしなくなる。まあ、まずくアレンジしたり基本ができないわけじゃないから食べられないことはない。

 それでもこう、普通の料理が二人からは出てくる。

 美沙と比べて、というより本当に普通。美味しいとは言えないけど食べられないほどまずくもなく、ちゃんと食べられる。


 だから、普通。

 ごちそうさまはちゃんと伝えてロングティーに行く。その後はA・Bグラウンドでそれぞれベーランを四十周。

 終わった後はグラウンド整備をして夕食。なんだけど俺は夕食の前に千紗姉を家まで送ってからまた寮に戻ってきて食事を取った。


次も三日後に投稿します。


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