1−2−4 春大会六回戦・白新高校戦
萩風は春の選抜でかなりの活躍をしてきた。白新のリードオフマンとして様々な場所で紹介もされ自信にもなった。そして思ったことがやはり世代最強投手は智紀だということ。今いる三学年を合わせても智紀以上の投手はいないと断言できる。
最高球速が156km/hでストレートに種類があり、変化球は三方向、しかも変化球にも種類がある。コントロールも悪くなく、完投するだけのスタミナもある。
特に春甲子園で暴れた武蔵大山を相手に接戦を繰り広げたのだ。井上に二発食らったもののそれ以外は全く寄せ付けないほどの力投。武蔵大山も名門に名高く打撃力は随一。井上だけではなく他の打者も強打者が多く選抜でその打力を見せつけていた。
その武蔵大山が、ほぼ完封された相手が智紀だ。
だから萩風は一番警戒して打席に立つ。ここまで完璧に抑えられているのでどうにか出ようと考えてボールを絞る。
(宮下のボールで主軸になるのはストレートだ。それに変化球の中でもスライダーとシンカーはまだ打てるくらいに変化幅も小さい。……まずは、ストレート狙いだ)
一球目。ストレート狙いだったのだがバッテリーが選択したのは高速シンカー。それがインコースに決まりストライク。140km/hのシンカーが来ても対応ができなかった。
二球目は低めの一番ストレートが外れてボール。伸びてくるボールではあるが、あからさまに低いボールまではストライクを取られない。
三球目。三番ストレートがインコースに来たので萩風は思いっきり振り抜く。智紀のストレートが重いことを知っているので振り抜いたらレフト前にぽとりと落ちた。白新初めてのヒットだ。
打った萩風はそのボールの威力に左手をプラプラと振って麻痺を直していた。
(重すぎ。これで伸びてくるんだからフライを量産するのもわかる。これをホームランにした井上さんが凄いな)
萩風もホームランは打てる方だが、本人的にはスラッガーというよりはアベレージヒッターだった。冬に筋トレでパワーもつけたが、安定した出塁は長打よりも単打だ。投手のボールに力負けしなくなったものの、智紀のボールをホームランにできる自信はなかった。
出塁してやることは次の塁を狙うこと。萩風が一塁にいたら九割盗塁する。
そもそも智紀相手のバント成功率が低いのだ。伸びるボールと威力によってフライになってしまい転がらないことが多い。そういうデータがあるため、送りバントは極力しない方針だった。スクイズは状況によりけりだ。
バッテリーが警戒していることがわかって萩風はいつもより半歩リードを短くする。その半歩をどう思ったのか、牽制もせずに智紀はバッターへボールを投げた。
スライダーを二番の小泉は空振り。萩風はその捕球後のキャッチャーの様子を見たくて、高宮が警戒しているとわかったので萩風は帰塁する。二年生バッテリーながら隙がない。
三球目を投げる前に萩風がいつもと同じ歩幅でリードをした途端、智紀が何かを察知したのか牽制をしてきた。頭から戻ってセーフ。だが、警戒されたのはたったの半歩だ。
(これを掻い潜れって?高宮の強肩もわかっている。羽村ほどじゃなくても甲子園で活躍できるくらいの強肩だ。……難しいな)
智紀の危機察知能力。それと高宮のキャッチャーとしての能力の高さから盗塁は難しいと考える。
白新の中で一番盗塁の技術があるのは萩風だ。純粋な足の速さでは敵わない人間もいるが、盗むことに関しては萩風が一番上手い。その萩風が無理だと決めた。
だから監督からサインが出る。
四球目。萩風が走った。バッテリーとしては追い込んでいるのでウエストもせずにそのまま投げる。小泉は来たボールを振りに来た。ヒットエンドランだ。だが高速スライダーの前にあえなく空振り三振。速球系のボールだったので高宮が二塁へ送球したが僅かに間に合わずセーフ。微妙にショート側にボールがズレてしまった結果だ。
これがセカンド側か、二塁真上に届いていればタッチが間に合ったかもしれない。それくらいギリギリの攻防だった。
「あぶね」
(アレでギリギリ?コントロールが合ってたらアウトだった。他の走者だったらそのズレでも余裕でアウトにできそうだ。これ、機動力も防がれていないか?)
白新はとにかく帝王と相性が悪かった。自慢の投手陣を打ち砕く打力。堅牢を誇る守備陣の間を抜けていく火を吹くような打球。どこからでも守備を超えるオーバーフェンスが狙える重量級打線。
そこにこの智紀・高宮バッテリーだ。打力が低い分足でかき乱すチームなのにその機動力もクイックをしっかり行う智紀と強肩でコントロールの良い高宮に封じられている。
それを見ていたスタンドの一年生、光二郎はその高宮の強肩を見て自分との違いを考えていた。
(俺がレギュラーだったらあんなギリギリの勝負ができていたか?正直オレはそこまでの強肩じゃない。どちらかというと兄貴と意思を合わせて、打撃で貢献していたようなキャッチャーだ。……そもそも、智紀さんのボールを受けられないか)
帝王野球部に入ってそろそろ一ヶ月近くになる。それだけ最高峰の環境でプレイをしていれば野球部の能力の高さは伺える。
中学時代に活躍した選手ばかりが集まる名門校。そこですぐに活躍できると思っていた自信の鼻はポッキリと折られていた。自分たちよりもよっぽど上手い選手が二軍なのだ。一軍選手との差を思い知ってその壁の高さを自覚していた。
一年生の中で飛び抜けている藪垣は二軍に上がったものの、やはり一軍で通用するかと言われたら微妙だ。それを試合を見ている一年生が全員自覚していて、もっと練習量を増やさないといけないと考える。
なにせ毎日先輩たちは夜遅くまで練習しているのだ。実力が劣るのに努力の量まで劣っていたら勝てるはずもない。既に素振りの量などを増やしている一年生もいたが、それでは全然足りないのだと、東京の名門校同士の試合を見て改めて認識していた。
結局萩風はその後の打線を抑えられてしまい二塁残塁。打率が良くても怪物を打てなければ何の指標にもならないと示しているようだった。
四回の裏。ここでもエースの柴崎が意地を見せて出塁こそ許すものの失点はしなかった。初回に荒れたもののそれ以降はエースとしての奮闘を見せている。
五回の表。
六番の矢島が意表を突くセフティーバントを敢行。
だが一番ストレートに対してやろうとしたら思った以上に手元で伸びたのか、サードへのかなり高いフライになり三間が悠々とキャッチする。
これが智紀を相手にする際の一番の問題点だ。高校野球はスモールベースボールの極致と言われる。甲子園だろうと送りバントは多様されるような環境で、その送りバントが成功しないような超一級品のストレートがどんどん投げられるのだ。
なら裏をかいてバスター打法でそのストレートを狙い撃ちにすればいいと考えるだろうが、そのストレートも普通に打てないのだからどうしようもない。
本当にバントが上手い選手じゃないと怖くてバントのサインも出せないのだ。そうして監督は出せるサインが少なくなっていく。これでまだキャッチャーに問題があれば盗塁をバンバンさせたが、高宮の実力がそれを許さない。
習志野学園の羽村涼介がその総合力の高さからキャッチャーとしての至宝と呼ばれているが、帝王バッテリーも二人の力を合わせれば負けていない。
結局智紀の攻略法がわからず、凡打を積み重ねる。スライダーが一番打てそうだと狙い球を絞っていたがそれを高宮に看破されてストレート主体で打ち取られたり、ストレートを狙ったら高速スライダーやチェンジアップにバットが空を切るといったように高宮に手玉に取られていた。
智紀ほどの実力があれば適当なリードでも早々に打たれることはない。だがだからと言って高宮は実戦の場面で慢心はしない。様子見をして打たれることはあってもすぐに修正してそれ以降は打たれないように心掛けていた。
五回の裏、白新エースの柴崎がマウンドを降りる。出てきたのは二番手投手として活躍していた二年生の阿佐田。左のオーバーハンドでトルネード気味に身体を捻りながら投げるためにリリースポイントがわかりにくく、その上で速球派なのでかなり打ちにくい投手だった。
スクリューとフォークを駆使して帝王打線を抑えていき、だが七回に一点を失ってしまい七点目ということでコールドが成立。
名門校同士の試合だというのに決着はコールドだった。選抜に出場した学校をコールドで倒したということで帝王の強さを改めて示していた。
試合後のインタビューでは投手としては七回完封。打っては二本塁打五打点という大車輪の活躍で数々の記者に囲まれてのインタビューだった。それが終わればプロのスカウトに声をかけられて是非にという声かけと名刺をもらう羽目になった。
そちらに時間がかかったために帝王女子からの面倒な声を聞かずに済んだと言えるだろう。




