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2ー3ー2 招待試合

ダウン。

 荷物を運んだ後は白石と一緒にブルペンへ。上中里のバッテリーはいないようで、いたのは宮下と高宮だけだった。

 もう一人の大人が宇都美コーチだろう。


「おう、お疲れさん。帝王の投手コーチ、宇都美だ。キャッチボールのダウンはやったか?」


「はい。さっきしました」


「よし。じゃあシャドウのダウンを教えて、その後ウチ式の柔軟も教えよう。宮下、準備」


「はい」


 宮下はここに来ていたマネージャーからタオルを受け取る。そして近くにあったバッグからグラブを出した。

 そしてそのグラブを、右手に(・・・)嵌めた。


「は?」


「筋肉疲労についてだが、投手は正直利き腕側の半身を消耗しすぎだ。投げ過ぎで肩や肘を痛めることがあるが、これに気付きにくいことが多い。違和感を違和感だと思わないことが故障に繋がるわけだ。で、それは右半身を痛めつけることを脳が当たり前だと認識してしまうからなんだな」


「脳、ですか?」


「そう。学習しちまう。で、感覚が麻痺する。痛みに気付かない。そこで脳を正常にするために全く同じ動きを逆向きで全く同じようにする。宮下」


「はい」


 タオルを左手に持った宮下は、左投手かと思うほどの綺麗なフォームでシャドウピッチングをした。タオルがパン!と音を立てるほど綺麗に振り抜いていた。


「……ここまではできなくていいからな。ここまでの完成度を誇ってるのはウチの投手陣でも宮下だけ。他の奴は不恰好にしかできない。シャドウが難しかったらチューブでもいい。できたらブルペンで投げた数も、キャッチボールで投げた数も同じ数だけ逆行動もすると、脳が正常になり身体の危険を教えてくれる。それに身体のバランスが良くなって身体の中心がわかりやすくなったり、重心が感じやすくなる。コントロールも良くなるぞ」


 こ、ここまで帝王はやってるのか。そりゃ強くなるわけだ。

 それからも同じ動きができるなら同じ数のシャドウでもいいけど、不恰好なら数を増やしてやることが重要だと言われた。初めのうちはプラス百。慣れてきたらプラス五十くらいでいいらしい。

 福圓という女子マネージャーにタオルを渡されて、白石は逆のモーションでシャドウをやろうとするが、初めてのことであまり綺麗にできない。


「おっとっと」


「まあ、最初はそんなもんだ。重要なのはできるだけ右と同じ動きをすること。体重移動や足を上げる高さ、モーションの速度も限りなく右に合わせるといい。これがケアにも練習にもなる。初めはチューブの方がやりやすいだろうな」


「……宮下は、どれくらいでできるようになった?」


「俺?やり始めたのは小四からで……。ここまで綺麗にできるようになったのは中一の後半くらいかな。だから四年弱くらい」


 長い。けど長期的に見たらこれはやるべき練習だ。これは投げるだけじゃなく打撃にも役立つはずだ。そう思って質問してみると、やはり逆打席での素振りも効果があると語ってくれた。

 どんなスポーツ選手でもバランスが大事で、片方の腕だけ鍛えてもバランスを崩して返ってできることができなくなるという。監督は逆打席での素振りを推奨してたのは帝王での経験からなんだな。


「柔軟はプリントに概要と図を載せてあるから、それに沿ってやっていく。その前にまずはシャドウのダウンを先にやってほしい」


 ダウンの前に、お願いがあった。とても失礼なことかもしれないが、せっかく来たんだからどうしても頼みたいことがあった。


「あ、あの!宮下の球を、三球で良いので受けさせてくれませんか⁉︎」


「……高宮。どう思う?」


「あー。多分神田と大田原には宮下のストレートバレてます。なので受けさせても問題ないと思います」


「そうか。三球でいいかい?十球くらい受けていいけど」


「っ!ありがとうございます!」


 すぐに準備してミットを構える。

 綺麗なフォームから放たれるストレート。ミットに収まったはずのボールが震える。回転がすごすぎてミットで受け止めきれなかった。しっかり手首を立てないとミットが持ってかれる。


「うん。君は目が良いな。初見で宮下のストレートを捕れるのは希少だよ。目測を誤っていない」


「……凄いストレートです」


 その後もストレートとチェンジアップ、全力ストレートを計十球受けさせてもらった。全く同じフォームから来るボールに舌を巻いたほどだ。投げる瞬間の指しか違いがわからねえけど、そんなことを打席で確認してたら振り遅れる。


「ありがとうございました。貴重な体験になりました」


「率直な感想が聞きたいな」


「宮下は世代最強投手かもしれません。けど、白石なら追い縋れます」


「うえっ?」


 情けない声出すなよ。実際受けてみて宮下は凄いと思ったが、白石だってストレートの質じゃ負けてない。それが良くわかった。

 これからも宮下は成長するんだろうが、白石も成長する。三年後には逆転する可能性は十分ある。それがわかって満足だ。


「なるほど。それじゃあ大竹の元でしっかり練習に励むといい。試合は見ていたが君たちはウチの二軍と試合になった。これから練習を積んで経験も増えれば、常総にも負けないだろう。野球は、名門校や伝統校だけが勝つわけじゃない」


 その言葉を聞けて良かった。

 それからは白石と宮下のシャドウが終わるのを待っている間に防具の手入れをしたり、柔軟のやり方を聞いたりして過ごした。全体ノックにも加わりたかったが、そっちは他の面々に任せる。

 行程がすべて終了し、両校にお礼を言って帰ることになった。学べることが多くて充実した一日だったけど、他の奴らは疲れ切ってるのか速攻眠っていた。

 俺は飯原にスコアブックを借りて、できうる限りのコースなどを書き足していく。


「……この精度のスコアを、女子マネージャーがやってるのか。もう部の意識が高すぎるな」


「帝王って女子マネージャーについては面接をして決めるんだって。毎年五十人以上面接に来るって言ってたよ」


「五十人?そこからあの人数だから、毎年二・三人に絞ってるのか」


「だね。他の球場への偵察に女子マネージャーと三軍の人たちで行くんだって。それくらいできないと困るらしいけど、受けに来る人の大半は野球部で彼氏を作ろうとする人なんだって」


「なんだそりゃ」


「ミーハーなのよ。好きな人を一番近くで見たい、支えたいって願望を持つ女子は多いわ」


 飯原と話していると、中条も話に加わってきた。中条は通路を挟んで向こうの席でノートパソコンとカメラをコードで繋いで作業をしていたけど、話しながら何かできるって器用だな。

 女子マネージャーはどのスポーツでも多いけど、男子マネージャーって確かにあまり聞かない。部活動ってそういうもんだって認識があるから変にも思わなかったが、言われてみると変だ。


 学校でマネージャーの要項が決まってるわけでもなし。スポーツに関わりたいなら自分でやればいいって男子は考えるんだろうけど、女子はそのやりたい部活が部活として存在していないからマネージャーをやってる側面もあるかもしれない。

 けど飯原や中条は野球をやりたいではなく、野球部のマネージャーをやりたくて来ている。そこら辺に性差があるんだろうか。


「……ファンじゃダメなわけ?」


「それで十分なら五十なんて数字にならないでしょう?そんなこともわからないなんて疲れてるの?」


「いや、純粋な疑問だったんだが。しっかしあの名門帝王で彼氏作りたくてマネージャーなんてなあ。練習についていくだけで大変だろ。恋愛目的で部活を選ぶとか、学校を選ぶとかわけわからん」


「「え?」」


 ん?何故か女子二人の疑問の声が聞こえたような。スコアブックから目を上げてみると二人の口が若干開いていた。


「……心当たりあんの?」


「そういう女の子多いよー。マネージャーが大変じゃなきゃやりたいって言ってる女の子、ウチの学校にもいるもん」


「そうね。私もたまに聞かれるわ。特に私は野球なんてあまり知らなかったからでしょうけど、業務内容を伝えたら顔を青くして帰っていくわね。人手は欲しいのだけれども」


「はーん。大田原か白石目当てなんだろうな。二人ともチームの花形だし、大田原なんて地元じゃ有名な奴だ。女子にもモテて羨ましいねえ」


「……神田くんも、羨ましいの?」


「あなたがそんなこと言うの、初めて聞いたわ」


「いやあ、こういう話、女子とはあまりしないだろ。それに彼女は欲しいけど、今は野球に集中してーし」


 時間なんてすぐ過ぎる。県予選なんてあっという間だ。あと二ヶ月しかない。それまでにどれだけチームとして纏まるか、レベルアップできるか。今年いきなり常総に勝てるとは思ってねーけど、できるだけ上を経験して試金石にしてえ。

 彼女ができてもまともにデートもいけないんだろうな。そんなの野球部に入った時点で覚悟してたけど。

 スコアブックを確認していると、いつの間にか学校にバスが着いていた。飯原もいつの間にか隣からいなくなってた。

 バスから荷物を降ろしていくと、目が覚めたのか白石が近付いてきた。


「神田。シュートとSFF、どっちがいいと思う?」


「あ?何の話?」


「新球種。カットがあるなら、逆方向に曲がる球か、同じ速度で落ちる球があるといいって宮下が」


 そんな話してたのか。でも理に適ってる。白石に欲しいのは右打者へ抉るようなボール。それがあれば打ち取れることも多くなるし、リードに幅が出る。

 バッターの前で落ちる球があれば空振りも狙えるし、カットと見間違えて打ち損じもあるかもしれない。

 ただ。


「二ヶ月で新球種なんて会得できんのか?」


「宮下はあのシンカー、二ヶ月かからずに投げられるようになったって。なら可能性はある」


「……監督に相談してみて、だな。ただどっちかってならSFFだ。シュートは肘痛めやすい球種だからエースの肘を鑑みてもあまりお勧めできねえ」


「エース……。わかった。その方向で行こう」


「まずは監督に確認してからだって」


 白石も自信が出てきたか?今日の投球内容は間違いなく良かった。もうチームの全員がお前をエースと認めてる。それだけのピッチングをマウンドで見せたんだ。

 こいつが前向きになってくれたんなら、今日の試合は十分な収穫があったと思う。実際宮下のボールを受けてみて、白石ならそこまで遠くないと思った。

 頑張っていこうぜ、エース。


次も三日後に投稿します。


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