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ウチの三姉妹が俺の青春へ介入してくるんだが  作者: 桜 寧音
八章 秋大会を駆け抜けて
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エピローグ 帰り道

姉と弟。

 その日は試合だったために十八時には全てが終わっていた。それ以上の練習をグラウンドで許さず、寮組はそのまま食事に、通い組は帰ることを推奨された。智紀もこの日は居残り練習をせずそのまま家に向かった。

 映像で今日の試合を振り返った後、智紀はずっと調整で終わらせた。激しい運動をすることもなく木下奏に見守られながらチューブをこなしたり、ボールのお手玉をして上半身の可動域を確認して終わった。


 負けてしまったからか、今日学校に帰ってからは女子がグラウンドを囲んでいることはなかった。少数はいつも通りに黄色い声援を送っていたが、そっとしておくことが良い女だと示すように今日は帰っている女子が多かった。そもそも試合の直後なのでそこまでしっかりとした練習をしないと上級生ならわかっているために遠慮したのだ。

 帰り道に詰問されることもなく、千紗と二人で帰る。今日はマネージャーたちも早い時間ということと負けたということもあって気を遣って姉弟だけで帰していた。

 本当に短い帰り道。十分かからない帰り道で、智紀はポツリと、身内だからこそ零した。


「今日、本当に記憶がないんだ。俺、町田先輩に酷いこと言ったかもしれない……」


「酷いことって何よ?試合中に暴言吐くようなタイプじゃないでしょ、アンタ」


「じゃあ、そこまでなのかよ?俺のボールを捕れないことが」


「町田君は進化した高速スライダーを初めて捕球した人なのよ。キャッチャーとしての才能は間違いなくあった。その人がアンタのボールを急に捕れなくなったら、自信をなくすのは当たり前。短時間に二回もパスボールなんて、町田君でも初めての出来事だったんでしょ」


 千紗は推論でしか語れないが、帝王に来てスタメンキャッチャーになるような選手だ。失敗や苦い経験はあるだろうが、決定的な失敗や挫折を経験したことはないだろう。基本は野球エリートが集まる場所だ。

 町田は選ばれる側だった。選ばれた側だからこそ、挫折は重くのし掛かる。特に思春期で自分の力に自信を持っていた町田からすれば自分のアイデンティティが壊れたのと同義だ。


「そもそも試合中いつ話したのよ?どうせホームでボールを受け取る時くらいでしょ?その時暴言吐いたなら主審に注意されてるわ。そういうこともなかったからアンタはありきたりなことしか言ってない。……アンタは今まで、キャッチャーに恵まれすぎたのよ」


「まあ、恵まれてるよな。誰もが食いついて俺のボールを受けてくれた。今日だって高宮がいなかったら試合が成り立たなかった」


「U-15だって涼介君があの短期間で適応してくれなかったらアンタは投手としてあの場所に立てなかったわよ。そういう意味じゃ同学年に高宮君がいるのは最大級の幸運と言っていい。プロに行けば凄いキャッチャーがたくさんいる。一番の懸念点の高校で高宮君がいたことに感謝しなさい」


 高宮がいることは幸運だ。だが、それと町田を壊したかもしれないことは別の問題だ。

 これからキャッチャーとして大成するかもしれなかった町田の才能を壊したかもしれないと感じて智紀は消沈する。

 だが、その態度こそ傲慢なのだと千紗は智紀の鼻を摘んだ。


「町田君の方が歳上なの。アンタはボールを投げただけ。立ち上がるかどうかは町田君次第。アンタが町田君の人生を背負う必要なんてないの。そんなこと言ったら智紀に逆恨みしてる球児もたくさんいるわよ。U-15に選ばれなかった人とか、それこそ三振を奪った相手とか。そんな、野球で関わった全員の未来を知らなくちゃ気が済まない?」


「そこまで言うつもりは……。ああ、でも。そうだよな。小学校の時みたいにただ野球やってるだけで人を傷付けてることはあるのか」


「相手ありきだもの。スポーツはスポーツマンシップって言葉で誤魔化されてるけど、競争で順位を決める時点で残酷なのよ。芸能界よりはマシでしょうけどね。夢は背負いなさい。託されたものを受け取りなさい。でも他人の重荷は受け取るな。智紀の道を邪魔する人のことは無視しなさい。仲間と一緒に夢に邁進しなさい。そのためのマネージャーで、家族なんだから」


 千紗は断言する。

 たとえチームメイトだろうと智紀の邪魔をするならそれは敵だと。そういう輩から守るのが千紗の役目だ。

 同じ志を持った本当の仲間と一緒に進めと。帝王はそういう環境なのだから、脱落した人間のことまで気にかけるなと言っている。

 適当な声援をする女も、何が入っているかわからない食べ物の差し入れをする女も、訳のわからないプレゼントを贈る女も。嫉妬で智紀へ罵声を浴びせる男も。三姉妹と仲がいいことを恨む馬鹿な男も。全員から等しく守るのだと六年前に誓ったのだ。


「ありがとう。……町田先輩は、純粋にお世話になった。だから辞めて欲しくないし、まだ野球を一緒にしていたい。これってワガママか?」


「本人の意思によるでしょ。強制しなければ大丈夫よ。それに町田君は辞めないと思うわ。彼は怪我をした訳じゃないんだから」


「だといいけど……」


 その自信なさげな声に、千紗は苦笑する。ここまで野球に関することで弱気な智紀を見るのは久しぶりだったのだ。

 だから千紗は何も言わず、そのまま智紀の頭を強引に自分の方へ抱き寄せる。


「泣きたくなったら泣きなさいよ。アンタは鉄面皮って言われてるけど、感情はちゃんとあるんだから」


「……姉の胸で泣くとか、恥ずかしくないか?」


「泣くのなんて総じて恥ずかしいのよ。嬉し泣き以外は全部同価値なんだから気にすんな」


「記憶はないくせに、負けたって実感だけはやたらあるんだ。それに、今日負けたのが悔しくて……」


「まだ一年の秋じゃない。甲子園はまだ三回チャンスがあるわよ」


「……千紗姉を、春の選抜に連れて行けなかった。千紗姉がマネージャーで居られる間にある選抜は今回しかなかった」


 春の選抜も、神宮大会も。千紗が経験する最後の機会だった。来年も神宮はもちろん、選抜だって卒業した後なら見に行けるが、帝王のマネージャーとしてベンチにいることはできない。そういう意味ではこの秋が最初で最後の機会だった。

 その選抜がかかった大一番を負けてしまったことが悔しいのだ。決勝に進めばほぼ確実に選抜に出られる。神宮は優勝しなければ無理だが、選抜は十分に可能性があった。

 千紗はまさかそんなことを考えているとは思わず、嬉しくなって抱き締める力を強くする。


「じゃあ来年は、神宮とどっちも出場してちょうだい。確かにあたしたち二年生からしたら最後の機会だったけど、アンタは一年なんだから。来年のアンタはもっと凄くなってるし、きっと行けるわよ。それに本番は夏。また来年も真夏の甲子園に連れて行きなさいよ、エース様」


「ああ、約束する。絶対だ」


 秋の夕暮れは早い。とっくに星のカーテンによってできた暗がりは二人の顔を周りから隠してしまう。

 その表情を知るのは、二人だけ。










《チャット・三姉妹の花園》


トモちゃんが悲しそう:負けちゃったわね。惜しかった、って言っていいのかしら?ホームラン二つで負けたなんてなんていうか……。


マネージャーめんどい:井上君だけ敬遠すれば良かったって言っても、そんなの結果論に過ぎないし。それにエースとして逃げちゃダメでしょ。半分は抑えてるんだし。


一年早く生まれてたら:帝王も全然打てなかったもんね。それだけあの米川って人が凄かったんでしょ?


マネージャーめんどい:変化球のレパートリーがおかしい。智紀だって球種は多い方だけど、過言じゃなく米川君の球種は世界一よ。


トモちゃんが悲しそう:武蔵大山が強かったってことでいいとして。神宮と選抜は絶望的?


マネージャーめんどい:神宮は各地区の優勝チームだけの大会。東京大会で優勝しないと出られないのよ。選抜は選定理由がたくさんあるけど、帝王みたいな甲子園に出たことのあるチームだと決勝まで勝たないとほぼ無理。


一年早く生まれてたら:じゃあダメだね。そうなるともうオフシーズン?


マネージャーめんどい:そういうこと。練習試合も組むだろうけど、区大会は二軍だから智紀の出番はなし。この後の野球部のイベントとしては月末のドラフトに、来年の新入生が推薦入試ついでで練習を見学しに来て、それ以外だと冬休みになったら合宿があるくらい?


トモちゃんが悲しそう:あら。じゃあ当分部活には顔を出さなくていいかしら?


一年早く生まれてたら:練習試合の時は連絡よろしく。それ以外は家のことをやるから。あ、クリスマスは野球部で過ごすんだっけ?


マネージャーめんどい:そうね。寮で簡易的なパーティーを毎年やってるわ。だからウチでは別枠でやりましょ。絶賛冬合宿中だし。


トモちゃんが悲しそう:去年も千紗ちゃんいなかったものね。まあ、私もクリスマスはライブがあるから家では祝えなかったし丁度いいけど。


一年早く生まれてたら:クリスマスライブお疲れ様。──そういえば千紗ちゃん?なんか帰ってきた時に機嫌良くなかった?


マネージャーめんどい:あー。まあ、秘密?智紀に口外しないでって言われてるから。


トモちゃんが悲しそう:そういうところってマネージャーの特権よね!く〜、一年留年して帝王に転校すべきだったかしら⁉︎


一年早く生まれてたら:本当に、そういうところのアドバンテージは覆せない……。けど来年になったとしてもわたしはマネージャーにならないから環境は変わらないんだよね。うん、マネージャーは千紗ちゃんに任せたよ。


マネージャーめんどい:お姉は金銭的援助、美沙は料理っていうアピールポイントがあるんだからいいじゃない。あたしなんて手伝いしかできないんだから。


トモちゃんが悲しそう:でも試合中に同じベンチにいるのは最大級の特権じゃないかしら!一番近くで見られるの、羨ましいー!


一年早く生まれてたら:千紗ちゃん、コネ使ったの?


マネージャーめんどい:ちゃんとマネージャーで話し合ったわよ!これでもスコアを取るの、あたしが一番上手いんだからね⁉︎


トモちゃんが悲しそう:オフシーズンになったらうんとトモちゃんを甘やかすんだから!あ、年明けの二日から予定空けておいてね?お母さんも込みで家族旅行行くから!


一年早く生まれてたら:わかった。どこ?


トモちゃんが悲しそう:まあ、小旅行ってことで栃木の予定。トモちゃんも四日から練習でしょ?一泊二日しかできないから近場で関東にしたよ。


マネージャーめんどい:了解。諸々は任せたわ。


次も三日後に投稿します。

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