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ウチの三姉妹が俺の青春へ介入してくるんだが  作者: 桜 寧音
七章 短い夏休みと秋大会
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エピローグ1 白新から見た三苫

帰りのバスで、三苫の試合結果を知って。

 白新が借り上げたバスの中で、萩風が今日の試合の結果を確認していた。東西合わせた様々な球場で試合をしているので同じ球場の試合でもない限り試合の結果なんてわからないのだ。

 携帯電話で野球速報を調べる。白新は東東京の名門だけあって問題ない勝利をしていた。明日も試合なので戦う相手以外の情報は簡潔に確認していった。

 西東京で強豪や名門と呼ばれるような場所はほとんど勝ち上がっていた。試合のスコアを見ても順当の一言。東京の学校も多いために注目していない学校も勝っているが、まだ都大会の二回戦だ。偶然や勝負の流れで勝てる学校も多いためにそこまで気にしなかった。


 スクロールを続けて、一つの試合が目に留まる。帝王対三苫だ。帝王は夏に負けた相手であり、三苫は今でも治らないイップスの原因となった大山が所属する学校だ。

 何をトチ狂ったのか、三苫のエースは大山だった。ノーコンが直ったのかと思ったが、投手成績を見る限り四死球の数は多く、直っていないと判断した。そんな投手をエースとするなんて三苫はよっぽど人材不足なんだなという感想しか出てこなかった。


 もしくは監督がよっぽどのアホか。

 三苫の投手層が壊滅しているということは知っていても、大山がエースはあり得ないと夏大会の映像を見ていたからこそ断言できた。バラバラなフォームでストライクが入るのはまぐれ臭く、ウィニングショットもない。ストレートの質も良くなく、変化球は一個だけ。


 これでコントロールが良くなく、基礎的なクイックや牽制もできない。試合経験もほぼない素人投手だ。伸び代があるというには基礎がなさすぎて、中学生の方がまともな投手が多いだろうと客観的な事実を告げる人間の方が多数という評価の投手だ。

 正直なところ、萩風だって全く注目していない。大山の情報を調べてしまうのは中学時代の蛮行を知っているからと、いつか取り返しのつかない事故をやらかすのではないかと心配になってのことだ。


 中学時代の初試合で、初回に死球を三つも出していた。相手もノーコン投手だとわかって対策を取ったのに危ないボールは続いた。中学時代は軟球だったために怪我も軽いものだったが、今使っているのは硬球だ。プロテクター以外に当たれば骨が折れることもある。頭に当たればヘルメットがあるとは言え死ぬ可能性もある。

 140km/hを超えるストレートというのはそれだけ危険なものだ。その危険性に気付かず、今も平気な顔で死球を出している。死球を出さないようにする努力を怠っている。それがムカつくのだ。


 今や違う高校に行っているので萩風が気にするのはおかしいとも言える。だが彼を知っているからこそ無視もできないでいた。一丁前にエースになって同じ高校野球をしていることが腹立たしいのだ。

 大山のせいで間接的に野球を辞めた投手がいるのに、そのことを気にもせずに投手を名乗っていることが遣る瀬無いのだ。

 萩風は元捕手だからこそ投手を尊敬している。ストレートを磨き変化球を磨き、コントロールをつけてスタミナをつけるために走り込み、試合では勇気のいるインコースに何度もボールを放り込む。


 野球は投手がボールを投げなくては始まらない。名打者も名捕手も投手がいなくては記録を残せない。相手としても味方としても投手がいなければ野球にならないのだ。

 しかも投手の鍛え方は野手とは全く異なる。共通する部分ももちろんある上に、成長期の子供であれば投手と野手の両立ができるだろう。投手をやる人間は皆センスが高いので、レベルによっては一人で無双できてしまうかもしれない。


 それでも走り込みや投げ込み、変化球練習は投手独自の練習だ。そんな投手としての練習を重ねてチームメイトに認められてマウンドに立てる人間が投手だ。そんな投手が投げるボールを受けてきた萩風だからこそその努力を身体全体で知っているために投手への憧憬が止まらない。

 大山を投手として認められないからこそ胃の奥に溜まるものがうざったく感じるのだろう。試合の結果と投手成績を見てノックアウトした大山よりも、全国区の打撃陣と呼ばれる三苫打線を五回とはいえ一安打で抑えた智紀の方に呆れてしまった。


 白新の投手陣と堅牢な守備でも無失点は厳しいだろうと予想できる。どんなに優れた投手であっても一試合を通せば何球かは甘いボールがあるものだ。それを痛打されて野手の間を抜けるヒットを、もしくはホームランを打たれる可能性は高かった。

 白新にはそのチームの特性上良い投手が入学しやすい。守備型のチームだからこそ生半可な選手じゃベンチにも入れないのだ。萩風の代は有名な投手が多いので埋もれてしまっているが、ボーイズでかなりの成績を修めた投手が入学している。


 中学最後の年は成長痛のために良い成績を残せずに高宮のデータからも抜けていたが、二年生の夏時点で全国ベスト四になった投手がいる。今では成長痛も治ってベンチ入りも果たしている。名門には優秀な選手が集まり、しっかりとしたメソッドで育てるために東京を代表する投手になるのだ。

 今年ドラフトにかかりそうな分島と比べると一段劣ってしまうかもしれないが、逆に言えば一段しか劣らないくらいの選手には育つ。そんな投手陣といつもの堅守を発揮しても三苫相手に無失点は無理だ。


 白新が無失点で勝てないとする最大の理由は得点力不足だ。いくら相手投手が自滅をして守備がザルであっても五回コールドにできるほどの打力がない。夏までのチームであればまだ打力もあったが、三年生が抜けた新チームでは打力が落ちている。

 七回コールドならできるだろうが、七イニングもチャンスがあれば無傷で済むはずがないと予想ができてしまうのだ。だからこそ今日の智紀の投球内容が異常に映ってしまう。


「萩風、どうかしたのか?口をあんぐり開けて」


「これ見ればわかる」


 バスの隣の席に座っていたのが同い年のエース、ボーイズで活躍していた阿佐田(あさだ)だった。ベンチ入りをして背番号十一を貰っている。今はリリーフエースのような立ち位置だ。萩風が携帯を見て変な顔をしていたために気になったのだろう。

 携帯を受け取った阿佐田は帝王と三苫の試合結果が載っている野球サイトを見る。点差を見て、試合詳細を見て萩風と同じような顔になっていた。

 王者は秋になっても弱体化はしていないとわかったのだ。


「試合終わったのさっきだろ。なのにもう記事ができてるぞ」


「ネット記事って早いな。打線のことか?それとも宮下のことか?」


「両方書かれてる。ホームランバッターを複数要し、一年生エース宮下は甲子園と変わらぬ力投。本日最速は自己最速の149km/hを記録。王者の盤石っぷりに目が離せない、だと。宮下のインタビュー記事も載ってるぜ」


 試合後に申し込まれたインタビューがほぼそのまま載っていた。野球速報を載せているサイトと同じ会社の記事のようでリンクが貼ってあった。奪三振は狙っていたのかとか、自己最速を出せたことや将来の目標球速。それに今日の四打席における全ての見逃し三振はどういうことなのかという内容だった。

 インタビュー内容はありきたりなもの。優等生のような回答と、見逃し三振は正直に身の安全のためと答えていた。死球が多い投手は怖くてホームベースに近寄れなかったと話している。これは同じ投手の阿佐田には気持ちがよくわかる。投げている身としては試合を受け持っているという自負を持っている。


 怪我による途中退場なんて投手としての自尊心が許さない。まだ自分が無茶したりとか、自分のミスでした怪我なら納得もできるだろう。だが死球というどうしようもなく相手が悪いもので自分とチームに迷惑をかけるなんて投手という守備の中核にいる立場だからこそ許せない。

 この記事を見た人間の中には打席の放棄だとイチャモンをつける人間もいるかもしれないが、大多数は納得するだろう。特に宮下という既に野球界の至宝とまで言われている選手が死球で怪我するよりはマシだと思うのが大多数なはずだ。


 それでも高校生なのだから怖がらずに挑戦しろだとか、そういう的外れな意見をさも当然かのように語る人間は残念ながらいる。ただ相手を貶したいだけの人間というのも世の中にはいるのだ。特に智紀はアイドルの姉の存在を公表したために妬みの対象になってしまっている。

 そういう外野の声に潰れないでほしいと願うのが同地区のライバルとしての偽りのない想いだった。


「帝王は逆ブロック。だから当たるとしても決勝だ」


「ああ。その前にこっちには臥城と中野坂上がいる。関東大会がないからって、選抜に出られるのは東京で確定一枠っていうのは酷い話じゃないか?」


「四十九の地区で三十二校だからしょうがないだろ。それに選抜は二十一世紀枠がある。嫌なら夏みたいに優勝して確実に甲子園に出るしかないんだよ」


 世知辛さを愚痴る阿佐田。選抜に出られる高校が決まっている上に、高野連側が秋大会の成績と学校の評判から推薦する二十一世紀枠のせいで都大会の決勝に行っても選抜が確定ではないというのはなかなかに厳しい話だ。まだ片方の東京だけなら納得できたが、東西合わせて一校というのは少なすぎる。

 他の県は県大会を優勝してもその次の地区大会でベスト四に行っても確定ではないのだから春の甲子園に出るのは本当に厳しい話だ。


 秋大会は三年生という主力が抜けるためにチームが強くなるのに時間がかかる。秋大会を勝ち上がっていくごとにチームの完成度が上がっていくものだ。まだ秋大会の序盤でこうも圧倒的な戦績を見せた帝王の地力は認めざるを得ないだろう。

 この都大会で一気に優勝候補として注目されることになった。


 中野坂上が西東京のチームとしては名門として知られている。そのため阿佐田は注目すべき相手として選んでいた。臥城の実力は同じ地区だからわかっているが、西東京の中野坂上はそこまで詳しくない。東東京のようにチーム方針が毎年決まっている学校の方が珍しいのだ。

 中心選手やその代の選手たちの傾向でチーム方針なんて簡単に変わる。東東京は特色を学校側で示すことで中学生の進路を迷わせないようにするためにチーム方針を大々的に打ち出しているのだ。そうでもしないと魔境である東東京で勝ち上がれなかったという事実がある。


 一方西東京はそこまでチーム方針を打ち出していない。伸び伸びと野球ができる、選手一人一人にフォーカスしたチーム作りが得意なのは西東京の名門だろう。こういった差があるために東京に住んでいる有望な選手も自分の居住地とは違う地区の東京に進学することもある。


「萩風が気にしてたのってこの三苫の投手だろ?確か同じ中学だったんだっけ?」


「もう興味をなくした。一年の今の段階でエースになってるから変わったのかと思ったら何も変わらないノーコン投手のままらしいからな。……直接倒したいとも思ってないどころか、三苫と試合もしたくない」


「この成績を見たらそうだな。……秋こそは帝王に勝って甲子園に行こうぜ」


「まずは明日の八王子南との試合だ。それに向こうだって決勝まで勝ち上がってくるかわからないぞ?」


「東も西も強いチームが多すぎるんだよな。東京はさ」


 バスで揺られながらそう締め括る。明日も試合だ。このまま学校に戻って疲れを残さない程度に最終調整をしてまた明日に備える。

 萩風としては今日、中学時代と訣別した。心を新たに白新の一員として、外野手として、チームの勝利のために邁進するつもりだった。

 萩風と大山。明暗は中学時代で既に付いていたが、ここからは更にその差が広がることになるとは本人たちもこの時は気付いていなかった。


次も月曜日に投稿します。

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