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ウチの三姉妹が俺の青春へ介入してくるんだが  作者: 桜 寧音
七章 短い夏休みと秋大会
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2ー1ー2 秋の前のチーム固め

ブルペンで。


※同級生キャッチャーの名前を訂正しました。一章に合わせています。

 午後になって気温も上がってきたところで。

 いつもの如くというか女子生徒がグラウンドの周りに集まり出した。炎天下の中お疲れ様と言いたくなるが、それを言ったら群がられる気がするから絶対に言わない。グラウンド周りには観覧席以外に屋根はないのに、陽射しを浴びてでも練習に声援を送る神経はわからない。


 これで練習試合とか紅白戦を見学しているならまだわかるんだけど。練習で声援を送るのはどうなのか。それと甲子園が終わったからか数は減ったな。三年生の女子が誰に告白しようか決めて在校生に目を向けなくなったとかだろうか。

 俺は屋根があるブルペンに移動して準備をする。お昼に言っていた佐々木がプロテクターを着けてブルペンにやってきた。千紗姉もいつものようにキャッチャーとネットを挟んだ先の椅子に座っていた。俺が投げる時の当たり前の景色になってきたな。


 佐々木と組むのは初めてだな。入部してからは基本高宮か町田先輩、それに中原先輩に受けてもらってたからな。佐々木がずっと三軍だったこともあってずっと基礎練をしていたから受けてもらう機会がない。ブルペンに入れるのは基本二軍から上だったし。

 佐々木は他の三軍の投手とブルペンに入ったことはあったものの、二軍以上の投手と組むことはなかったらしい。甲子園期間にようやく他の投手たちと組めたって話だ。

 ここから一軍になるためには俺や大久保先輩のボールも受けておく必要があるってことだろう。


「まず肩慣らしな」


 いきなり座らせる前にキャッチボールから始める。胸元目掛けてボールを投げて二十球ほど投げて佐々木を座らせてこっちで投げるボールを指定させてもらう。向こうの指定で投げてもいいんだけど、ボールを逸らされても困るからこっちで指定する。


「スライダー」


 コースは向こうに任せて、スライダーを投げる。高速スライダーじゃない方は佐々木としても問題なく捕球できるようで一球も溢すことはなかった。スライダーは問題なしとしてチェンジアップも五球投げる。チェンジアップも問題なし。

 シンカーも問題なかった。ここまでは捕球できる人も多い。ここから溢すボールも増えていく。


「次、高速シンカー」


 速度が速い分、変化は少ない。けど130km/hを超える変化球だから捕球しづらいって聞いた。

 佐々木のキャッチングもかなり柔らかいようで高速シンカーも捕球できていた。三年生の先輩でも高速シンカーと高速スライダーは捕れなかった人もいる。

 これは期待できそうだ。


「高速スライダー」


 期待値が上がったところで投げた一球目、アウトコースから更に曲がったスライダーはミットの先に当たって後ろのネットに突き刺さった。

 佐々木はその速度に驚いたのか、それともスライダーの軌道に驚いたのか、何にせよ目を丸々とさせていた。

 初見だとなぁ。中原先輩も高宮も弾くことがあったから別におかしいことじゃない。それに映像を見せてもらったけど俺の高速スライダーはジャイロ回転(・・・・・・)をして、かつ真横に曲がる(・・・・・・)。だから目測がわからないらしい。


 そもそも真横に曲がる時点でおかしい。スライダーは確かに横方向の変化球だけど、真横に曲がるわけじゃなく若干は落ちる。カーブほど縦に落ちないけどゲームのように横に変化するわけじゃない。俺のスライダーもちょっとは落ちている。

 けど、高速スライダーは本当に真横に曲がる。高めにすっぽ抜けるとキャッチャーが捕れないような大暴投になる。顔の高さくらいならまだ捕球できるくらいに曲がって落ち着くけど、すっぽ抜けだとありえないくらいの高さに行って進塁を許してしまうようなボールになる。


 すっぽ抜けをしないように気を付けているものの、こっちが意図していない時にやるのがすっぽ抜けだ。そうならないように低め低めを意識しているもののいつかは大暴投をしちゃうだろうな。

 佐々木が後ろに転がったボールを拾う。ユニフォームで土を拭ってくれて返してくれた。


「悪い、宮下」


「中原先輩だって溢してたんだ。一球目で捕球できたら絶賛してたぞ」


「そうよ、佐々木君。智紀の高速スライダーは予選の三回戦以降変わったの。アレを一発で捕球した町田君がおかしいのよ」


 そう、町田先輩は足立南戦の時に一発で高速スライダーを捕球してくれた。でも試合が終わってブルペンで受けてもらった時には溢していた。レギュラーキャッチャーの中原先輩も完璧に捕球できるようになるには一週間くらいかかったんだし、そんなものだろうと思っていた。


 俺のストレートも高速スライダーも誰もが簡単に捕球できなかった。中学時代の同期キャッチャーも先輩キャッチャーも結構時間がかかった。世界大会で一緒だった捕手もそうだ。一発で捕れたのは涼介と高宮、それに限定的ながらひたちなか高校の神田だけ。中原先輩と町田先輩もほとんど捕球できたけど、溢していたボールはある。

 俺のボールはそういうものなんだなって理解しているから、佐々木が捕れないことに落胆はしない。キャッチャーが捕れないってことはバッターも打てないだろうってポジティブに考えることにした。


「続けていくぞ。指とか怪我しそうなら高速スライダーは投げないからな。あと九球」


 今度はインコースに投げる。バッターボックス近くから内側に食い込む。その変化に、ほぼほぼ身体の正面に入ったボールはミットの先の方に納まっていた。

 捕球できたことに佐々木はミットを揺らしていて、後ろの千紗姉が拍手をしていた。


「ナイスキャッチ。軌道がわかればイケるって中原先輩が言ってたわ」


「本当に、真横に曲がるんスね……」


「俺も映像で見ただけだからそっち側の視点に立てないんだよな。俺も打席で見てみたかったな」


「これ、打者としては恐怖だろ……。スライダーの軌道としてもおかしいし、この速度でこれだけ曲がるのかよ」


「魔球って散々言われたなぁ」


 甲子園は特に注目があったし、甲子園の二回戦で完投したからかなり映像が残っている。野球雑誌で甲子園の映像を用いて紹介されていた。

 ネットとかでも言われていて、俺の代名詞が高速スライダーになりつつある。そう言っても一試合で十球くらいしか投げないんだろうけど。変化球が五球種もあるせいで一試合百球投げるとしても変化球は十球前後になる。そうなると高速スライダーが使えないなら使えないでどうとでもできるだけの球種がある。


 球種縛りの試合もあったし、やりようはある。もちろん使えるなら使いたいからこうして練習で慣れてもらう。

 残りの八球は二球しか捕球できてなかったけど、初回ならそんなものだと思う。ストレートと変わらない速度で曲がるんだから、捕球しづらいだろ。

 佐々木がポロポロとしているからか、周りの女子生徒たちがざわついているのがわかる。何で捕れないのかって雰囲気だ。屋内練習場でのブルペンの様子を見せたら発狂するんじゃないだろうか。正捕手の中原先輩もベンチ入りしていた町田先輩も一年で有望株の高宮も結構落としていたのに。


「佐々木、一番ストレート行くぞ。ミットは高めにしておいてくれ」


「ああ。落ちないんだろ?わかってる」


 俺の垂直回転のストレートは他の人のストレートより落ちない。山を描かない。だから目測による予測と実際に到達する位置が違う。

 だから他の人の感覚でキャッチャーをやると感覚がバグるらしい。

 ワインドアップで投げる。バシン!と良い音が鳴ったのと同時に佐々木はしっかりと捕球できていた。やっぱり佐々木もちゃんとこの名門でキャッチャーをやろうと志願した人間だ。その志が嬉しくて続けて投げる。

 一番ストレートはしっかりと受け止めてくれた。それが嬉しくて笑みが溢れる。


「二番ストレート。高めは下手したらマスクに当たるかもしれないから気を付けろよ」


「お、おう」


 キャッチャーでマスクにボールが当たるなんて経験がないことだろうけど、俺の場合有り得るんだよな。

 ということでジャイロボールを投げる。低めに行ったからかミットは鈍い音を立てたもののミットに納まる。それでもミットの上で受け止めている。低めでも伸びてるって高宮が言ってたな。


「どんどん行こう」


 ジャイロも四隅に散らばらせて投げ込む。高めに行った時はミットの上を叩いてマスクに当たったり後ろに落ちたりした。それでもやめてくれとは言わないから俺は続ける。

 ちょっと離れたところにボールを落として拾いに行った時、その声は嫌に響いた。


「智紀君のボールをあんなに落とすなんて、下手くそじゃない?」


 その声が佐々木にも聞こえたようでボールを拾う右手が一瞬止まった。俺と千紗姉は眉が上がるのを隠せない。見学に来ておいて俺のチームメイトを貶すって凄いよな。

 不快に思えてきたけど、それで練習を終わらせるのは余計に負けた気分になる。


「三番ストレート行くぞ」


「任せろ!」


 気合の入った返事の通り、三番ストレートは一球も捕り溢すことなく終わらせた。八十球投げたのでダウンをして投げ込みは終わりだ。明日は投げることになっているから八十球で終わらせろと宇都美コーチから厳命されていた。

 ダウンも終わって千紗姉を伴ってブルペンから離れる。その時佐々木は悔しそうに顔を歪めていた。


「悪い、宮下……。俺から頼んだのにあんなに落として……」


「よく捕れてた方だろ。アレは観客が悪い」


「そうそう。民度が悪かったわ。それに初見にしてはストレートはよく捕れてたわよ。高速スライダーは慣れが必要だし、二番ストレートは目が良くないと正確にキャッチできない代物だから。高宮君だって結構居残りに付き合ったからしっかり捕球できるようになったんだし」


「そうですか……。智紀、今度から夜の投げ込みは俺に任せてくれないか?」


「そこは捕手陣で相談してくれ。今夜は投げないし、二年生からも結構招待されてるんだ」


「ぐっ。だよなぁ」


 これでも一年生で夏大会のベンチに入ってたんだ。レギュラーやベンチ入りを目指すなら俺のボールを捕球できないと話にならない。宇都美コーチからも満遍なく組むようにって言われてるから佐々木だけを贔屓にはできない。

 俺の肩だって無理をさせるつもりはない。試合前や試合があった日は投げ込みはやらないし、試合の後の日も休養日を設けるかもしれない。だから佐々木だけと組むなんて回数的に無理だろう。


「それにピッチャーは俺一人じゃないからな。秋大会はベンチ入りが二十人。ってなると投手も四人はベンチ入りするだろ。俺ばっかりに構ってたら他の三人の投手が拗ねるぞ?」


「コミュニケーションも大事だからな、キャッチャーは」


「そうそう。順番が来たらちゃんと投げてやるから。受けることも大事だって思うかもしれないけど、帝王のレギュラーを目指すならまず打てないと話にならないぞ」


「ああ。打撃練習に行ってくる」


 佐々木は防具を片しに行った。俺も千紗姉と少し話したらそのまま打撃練習に加わるつもりだ。


「千紗姉、もっと女子生徒を規制できたりしないわけ?」


「アレが嫌なら室内練習場で投げるしかないわね。投げるだけならあっちでも良いじゃない」


「次からそうする。できたら夏の暑さを感じながら練習したいんだよ。この暑さは夏にしか経験できないんだから」


「グラウンドで投げるんだから、それに近しい環境で投げる方が練習にはなるんでしょうけど。……あんな罵詈雑言が続いたら佐々木君のメンタルが保たないわよ」


「決して下手じゃないんだけどな。俺のストレートをジャイロ以外はしっかり捕れているんだから」


 応援してくれるのは良いけど、観客が俺たちの敵になったらダメだよな。打てなかった時とか打たれた時の大きな溜息とか悲鳴とかってグラウンドにいる側としたらかなり気が滅入る。

 真剣なら尚更、純粋に応援してほしいんだけど。溜息とかが出るのは仕方がないとしても、暴言と悲鳴はやめてほしい。相手だって勝つために真剣に野球をやってるんだから。


「あんまりストレスを野球で発散したくないんだけどなぁ」


「心をやるよりは良いわよ。それでも足りなかったら、あ、あたしが癒してあげる」


「じゃあそうしてもらうか」


 膝枕とかしてくれるのか?あまり期待せずに千紗姉を置いて打撃練習に向かう。

 思いっきりフルスイングしたからか、芯に当たったボールは柵越えを連発した。それでも心のモヤモヤはなくならない。

 本当に、言葉って凄い武器だ。こんなにも簡単に人を傷付けて、反対に人を癒すこともできるんだから。

 家族が頑張ったねって言ってくれればそれだけで報われる気がする。本当に、心の拠り所がいて良かった。


次も三日後に投稿します。

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