4ー1ー3 甲子園・急 習志野学園戦
初回の攻撃の続き。
倉敷はまだ続くチャンスをモノにしようと守備位置を確認する。ワンヒットで返さないようにと外野は定位置のようだ。スラッガーの倉敷相手に外野を後ろにしないのは習志野学園もこれ以上の失点を恐れているからだ。
点を奪われるのは想定の内。帝王から無失点で切り抜けることは最初から考えていない。だから最初から最少失点で勝つために二点くらいは諦めている。長打を打たれて大量失点するよりはその長打を防ぐ方を選択する。
内野も定位置だ。倉敷はそれを見て大きいのは要らないと考える。バッテリーが倉敷を警戒しているために大きいのは打てないだろうと予想していた。
初球。
倉敷はインハイに来たストレートをフルスイング。だがタイミングが若干合わずに空振り。そのストレートは本日最速の151km/hで倉敷も合わせることができなかった。
速度はもちろん質も良いストレートに初見で合わせられず。倉敷はストレートに狙いを絞っていたのでできれば今のストレートを打ちたかった。だが初球は当てられなかったので残りの二球に賭ける。
二球目はカットボールがアウトコースに外れてボール。カットボールはストライクゾーンに決まれば魔球だが外れればただのボールだ。
三球目もカットボールでこれはストライクゾーンに決まり倉敷はまた空振り。カットボールを狙っていなければ空振りも奪える良いボールだ。
習志野バッテリーはまたパームを使って安易な緩急で打ち返されることを避けた。緩急なんてバッテリーが一番最初に考える空振りを奪う方法だ。それが効率が良くて、相手がわかっていても凡退にできるから重宝される汎用的な手段の一つが緩急。
だがクリーンナップ、しかも帝王ほど打で名が売れている相手に緩急は安直すぎると感じた。だからこそ純粋な実力であるストレートを大石は要求した。
ここで涼介であればストレートを要求しなかっただろう。もしくはゾーンから外させていた。初球と三球目の空振りを見てこの打席で速球系を狙っていると思ったからだ。ライトの守備に就きながらキャッチャー的思考を忘れていないからこそ涼介はキャッチャーとして至高の位置にいる。
そうやって試合中も観察眼を養い、自分だったらどうするとずっと思考する。その選択が正しかったかどうか後で判断しようとする。そうやって成長し続けるバケモノに育ったのは彼の中学三年間が大きい。彼は姉によってただボールを受けるだけの壁をやらされていたが、実践的思考はあまり育んでいなかった。
だから中学の試合というのは学びの宝庫だった。そして姉とエースの親友がいたことも対人戦の知識を蓄積させることを加速させた。そうして気付けば中学最高峰のキャッチャーになっていた。
その涼介が勝負球はパームだと考えていた。涼介とは異なり大石はストレートを選択。
結果は金属音の快音という形で現れた。アウトコースのストレートを逆らわず涼介の方へライナーで打球が飛んできた。
涼介は捕球してすぐステップと同時にバックホーム。二塁ランナーの葉山が三塁を蹴ろうとしたのを見て失点を防ぐために敷いていたシフトに従ってバックホームをした。
レーザービームでノーバウンドで届くバックホームに葉山は突っ込めなかった。倉敷もバックホームの内に二塁を陥れるというのは無理だった。
タイムリーヒットにはならなかったがチャンスを広げたのは確かな功績だ。帝王側のスタンドが沸き立つ。春大会では名塚にしてやられたが、同じ投手に何度もやられないという底力を見せつけていた。さっさと名塚を引き摺り降ろしてやると闘志を燃やしている。
「五番ファースト、三間君」
「おっしゃああああ!」
一年生ながらホームランを打ち、帝王で既に五番を任されている三間だ。新入生だからと舐めてかかるわけにはいかない。新人だからとおかしな実力を持っている人間なんていくらでもいるからだ。
名塚は一本足打法なんて使っているルーキーに、実力で捩じ伏せることを選択する。
初球から150km/hのストレートが真ん中高めに突き刺さった。三間も初球から打つ気だったのか空振り。やはり150km/hというのは慣れていても簡単に打てる速度ではない。そのボールが質も良ければ尚更だ。
二球目のインローに落ちてきたパームを足を上手く上げて合わせた三間はライトのファウルスタンド後方へ叩き込んだ。もう少しタイミングが合っていればホームランという一打だった。三間は一本足打法なんて使っている関係で変化球の方が滅法強い。
タイミングを足で合わせることができる上に動体視力もかなりのものだ。ボールを判断してからアジャストする能力もある。下手な変化球の方が持っていけるスラッガーだ。
それを打撃成績が表しているわけではないが、バッテリーは今のボールで三間の体感速度を狂わせられたと思った。そのための三球勝負に出る。
インハイへ突き刺さるストレート。それに鈍い金属音がした。打球はフワッと高く浮かび、だが全く飛ばずキャッチャーの大石がファウルゾーンで手を上げた。そのままミットに収まりファウルフライ。チャンスにクリーンナップが応えられなかった形だ。
三間はベンチに下がる前に次の中原へ今の打席について伝える。
「やっぱり変化球は見分けが付きやすいです。特にパームはなんとなく腕の振りが遅いっす。ストレートは回転がめちゃくちゃ綺麗で智紀の一番ストレートみたいっすね」
「それなら見慣れてる。サンキュ」
三間の助言もあって中原はストレートに狙い球を絞った。春大会でも見ているために狙いやすいと試合前から考えていたのもストレートだ。
六番中原へ対する初球は高速シュートだった。真ん中からインコースに曲がってきたが狙い球でもないので見逃した。ストライクを取られても平然とボールの軌道を確認するだけ。
二球目に狙い球のストレートが来たが身体に迫り過ぎてマウンドに背を向けるように避けた。狙ったことではないからか名塚も驚きながら帽子を外して謝った後にロジンを使って手の滑りを抑える。
三球目のアウトコースのストレート。これを中原はセンター返し。名塚の頭を簡単に越えていってセンター前ヒットに。ランナーはどちらも余裕で進塁し三塁ランナーだった葉山はしっかりとホームを踏んだ。これでスコアボードに二が付けられる。
一塁の上で女房としての仕事はしたぞと中原がベンチにいる小林に拳を向けていた。小林も拳を返す。
習志野学園からこの甲子園で二点も奪ったのは帝王学園が初めてだった。春大会の結果から習志野学園が有利だと思っていた観客もわからなくなってきたとボルテージを上げる。
名塚は今大会最高右腕の呼び声高い投手だ。その名塚から初回に二点を奪うなんて打の帝王の面目躍如と言ったところだろう。
まだまだ続くチャンスに続けと一塁側スタンドが盛り上がるが、七番の新堂はサードゴロで終わる。だが二点リードは間違いない。
小林がマウンドに向かう前に智紀が拳を向けていた。
「小林先輩。任せました」
「おう。お前の前の試合の力投、借り受けるぜ」
小林も拳を合わせてマウンドに向かう。小林は初めての甲子園のマウンドだ。去年はベンチ入りしておらず春は甲子園を逃している。一試合目も二試合目も出番がなく、そうして任された大一番。
相手が優勝候補でも関係ないと、高校野球の集大成を見せ付けようと息込んでいた。
どんな時でも帝王を支えてきた左のエースが、習志野学園に牙を剝く。
次も月曜日に投稿します。
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