3ー4ー4 甲子園・破
梨沙子とのお食事。
俺たちが入ったのは丼モノのお店だった。個人店だからかカウンターの他には複数人で来客した人用の個室しかなかった。俺たちが二人だと告げるとカウンターではなく奥の個室に案内される。一人客ではなければ空いている限り個室に案内されるっぽい。
この措置は正直助かった。梨沙子さんの顔はネットの世界にはめちゃくちゃ残っているし、俺だってさっきまで全国放送の野球中継に出ていたんだ。誰かしらに身バレするかもしれない。そういう意味では仕切りがあるのは本当にありがたかった。
二人で座布団に座って、メニューを見る。
「うわぁ、美味しそう。人気は親子丼みたいですね」
「カツ丼からかき揚げ丼から、しらす丼までありますよ。丼モノ屋なのに蕎麦もやってるみたいですね」
「蕎麦屋さんは鰹節ベースのお汁でカツ丼のタレを作ると美味しいってどこかで聞いたことがあるので、それと同じ理由かもしれませんね」
「あー。多いですよね。蕎麦屋のカツ丼セット」
蕎麦だけじゃ足りなくてもガッツリしたカツ丼もあれば俺たちスポーツマンもお腹が満たされる。でも外で蕎麦なんてあまり食べないな。我が家はそもそも外食が少ないし、蕎麦は美沙が作ってしまう。
それが美味しいんだからわざわざ外食する理由がない。美沙も料理楽しいって言ってたし。
写真と見比べて俺は結局カツ丼を、梨沙子さんは親子丼を頼んでいた。お澄ましと漬物が付いてくるらしい。注文をしたら完全に仕切りを閉じられてしまった。これで周りの様子も気にならない。
「明日は大阪でお仕事って言っていましたけど、東京以外でのお仕事って多いんですか?」
「いや?滅多にないですよ。とある有名な少年漫画のアニメは何故か大阪であるので参加する方は大阪に行くらしいですけど、基本的に収録は東京ですね」
「ロケでしたっけ。色々なところを回るんですか?」
「そうですね……。守秘義務で詳しい場所は言えないですけど、明日は朝の九時から車で移動です」
「大変そうだ……」
喜沙姉も言ってたけど、ロケは前日入りが多いから二日持っていかれてスケジュール調整が難しいって愚痴ってたな。朝から新幹線に乗るのも忙しないし、そうなると前乗りして一泊した方が心身的に余裕ができるんだろう。スケジュールを身代わりにしているだけだけど。
今回のロケはどうやらアニメに実際出た風景の場所を回るらしい。聖地巡礼と言うのだとか。実際に声を当てた声優さんが聖地に立っているとそれはもう話題になるらしい。
そうしてアニメやら観光でファンの方々が訪れて経済が回るとか。世の中ってよくできてるなあ。
そこそこ混んでいたために料理が来るのは遅かった。けど蓋を開けた瞬間に見える卵とじの黄金さと香り立つ匂いで遅いことなんて全く気にならなかった。お店も老夫婦だけで回してるっぽいし、提供時間がかかるのは仕方がない。
「「いただきます」」
箸を通すと卵がフワフワで掴みにくかったがだからこそ美味しいのだと思える。
カツを掴み口に運ぶ。衣がサクサクでお肉が柔らかく、タレと卵のハーモニーが抜群だった。
年の功というか、この道一筋の職人の技だろう。とても美味しい。
「卵がフワフワで美味しいです……」
「ですね。カツもサクサクで美味しいですよ。美味しいお店を教えてくれてありがとうございます」
「わたしもネットで調べただけですから。たまたま旅館から近くて良かったです」
食べながら今日の試合のことや梨沙子さんの声優としてのお仕事を聞かせてもらう。こうして面と向かって話すのは実のところ初めてだ。前の時は手紙をもらってすぐに梨沙子さんは去ってしまったからちゃんと話していない。
電話で何度か話しているけど、やっぱり対面で話すのは別だ。顔を見ながらだと表情も見えて話がしやすい。
「声優の遠方への出張って、基本はイベントしかないんですよね。収録は東京で大体完結します。イベントだとそれこそ日本全国行くこともありますね。関東圏が多くはあるのですが、有名なゲームだと全国でイベントをやったり、アイドルゲームのライブだとツアーをやったりもします」
「アイドルゲームなんてものもあるんですね。ゲームは野球ものしかやらないので知りませんでした」
「アイドルゲームやアニメに限らず、なんてことのないスポーツアニメでもライブツアーをやったりしますよ?アニメの人気と楽曲の数とかでどんなアニメでも歌のイベントを開いたりします」
「へえ。喜沙姉は個人でのライブしかしていないので不思議な感覚ですね。人気になったドラマのライブツアーとか聞きませんし」
「そこはやっぱりアニメ業界の特殊さだと思いますよ?コンテンツの強さで仕事が増えるかどうかが変わってきますから」
同じ芸能界、同じ演技畑なのに大分違うんだな。梨沙子さんと話さなかったら一生知らなかったかもしれない。
そう考えると梨沙子さんとの縁も中々不思議だ。彼女が俺のファンだったからこその繋がり。彼女が声を上げなければ俺は声優業界について無知だっただろう。そして俺がU-15に出ていて、梨沙子さんの妹の加奈子さんがU-15を見ていなければ俺のことも知らなかったはず。
偶然が結び付けた関係というのはかなり貴重だと思う。一期一会ってこういうことを言うんだろうな。
「智紀くん、今日の試合のこと聞いていいですか?」
「ええ、良いですよ。ちなみに言っておきますけど、俺ってまだアマチュアですからね?」
「はい、承知の上ですよ。でもスポーツ選手も特殊ですよね。アマチュアなのに世界大会とか全国大会でテレビ中継されるっていうのはわたしたちの業界ではあり得ないですから」
「そう言われれば確かに……。国体とかは中継されますからね」
声優業界が特殊なように、スポーツ業界も他から比べたら特殊だよな。
高校生じゃなくても、それこそ小中学生でもテレビに出る。雑誌にも載るけどアマチュアだからお金は発生しない。いや、取材元にはお金が落ちるのだろうか。
俺もスポーツ業界に身を置いている割に詳しくないな。
「智紀くん、マウンドや打席に立つ時に結構顔付きが違うことがありますが、何か意識的なことでもあるのですか?」
「そんなに顔付き違いますか?」
「はい。目が据わっているというか……。その時の方が結果を上げていますよ」
「あー……。それ無意識でなってるっぽいです。千紗姉曰くゾーンに入ってるようで。どうしたらあの状態になっているのかわからないです」
気付いたら塁上にいたり、気付いたらベンチに引き下がっていたからどうやったらあの状態になれるのか本当にわからない。ゾーンについて千紗姉に調べてもらったけど、どの選手もいつ入るかわからないらしい。大舞台で入れる人もいれば、小規模な大会でしか入れない人もいる。
俺も条件付けなんてできていない。だからどうやったらあの状態になっているのか本当にわからない。
「試合中に突然入ったり、打席でいつも通りに戻ったり曖昧なんですよね。あの状態を一試合中ずっと維持できれば最高なんですけど、そうもいかなくて……。難しいです」
「わたしはそういう状態になったことがないので興味深かったのですが……。やっぱりゾーンってわからないですよね」
「条件付けとかできれば良いんですけど……。ただ練習中はそんな状態になったことがないのでやっぱり真剣勝負の時に入れるんだと思います」
「真剣勝負……。どんな時でも本番だと思って一球入魂、ということですかね?」
「かもしれないです。力み過ぎてもダメでしょうが……。本当に奥深いです」
ただ毎回ゾーンに入れたらそれこそその投手は無敗記録を作るんじゃないだろうか。いや、相手にもゾーンに入った人や、純粋に能力の高い人がいたらそんなことにならないよな。野球はそんな単純なものじゃないだろうし、エラーで負けることだってある。
投手一人で全部が決まるわけじゃない。そんなことを思ったらお山の大将を超えてただのナルシストだ。そうなったら投手として終わりだな。
「もしゾーンの研究が必要なら加奈子ちゃんをこき使ってあげてくださいね。あの子野球の研究なら本当に大好きですから」
「加奈子さんの知識量には驚かされますよ。だからこそ学業の方に応用できないんでしょうか……」
「わたしの一家が興味のあることに一直線ですからね。いや、せめて進級できるくらいの成績は維持して欲しいですけど……」
加奈子さんもかなりアンバランスだよな。野球の知識は野球部随一なのに、学校の成績は赤点ギリギリばかり。せっかく同学年になれたのに一緒に卒業できないっていうのは嫌だ。縁が切れるみたいで心が締め付けられるし、進級できなかったら野球部もやめなくちゃいけないだろう。
加奈子さんの暗い話は終わりにして次の試合について話す。
「次、習志野学園ですよね?凄く強いって聞きましたけど……」
「春の関東大会では負けていますね。あと、俺は出場しないかもしれません」
「今日完投したからですか?」
「はい。他の投手陣を休ませる意味もあって今日は俺が完投する予定でした。野手としても俺より上手い先輩方ばかりなので多分出番はありませんよ」
「それでも見に来ます。お休みですし」
そんな感じで話してお店を出て、最寄り駅まで送って行って解散した。旅館に戻ると三間がニマニマして話しかけてきた。
「デートのことは詳しく問わん。でもお前、テレビでかなり有名になったで。お姉さんが『トモちゃんタイ記録おめでとう〜!』って大画面でお祝いしとったからな」
「予想してたよ」
喜沙姉なんて前回もそうだったんだから記録なんて作ったらそうもなる。明日の朝にもかなりインタビューが組まれるって東條監督が言ってた。
明日からも忙しそうだな。
次は三日後に投稿する予定です。
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