1ー3 甲子園に行く前に
美沙の応援。
今夜、俺たち帝王の『熱闘甲子園』が放送される。部員の皆は食堂で見るらしいけど、俺はもう家に帰ってきていた。明日には神戸に行くために荷造りをしないといけない。着替えをキャリーケースに入れてすでに旅館に送ってあり、野球道具やユニフォームを準備する。
準備が終わってご飯と一緒に『熱闘甲子園』を千紗姉と美沙と見る。
今日の食事はチンジャオロースにコンソメスープ、それにシューマイという中華だった。全部手作りなんだから恐れ入る。
『熱闘甲子園』は元プロ野球選手と喜沙姉の二人がMCを務めて、予選の決勝を振り返ったりこの前のインタビューのように選手を紹介したりという番組だ。甲子園が始まれば甲子園の試合を振り返ることになる。
今は始まる前なので関東圏の高校の紹介だけだ。この前涼介が紹介されている映像を見た。その日に涼介のことがネットで話題になったようだ。激戦区の千葉で本塁打六本はおかしいから話題になるのは当然。
番組の最初は決勝の映像だ。ダイジェスト映像で得点シーンだけが抜粋される。使っている映像はテレビ局が流した映像と同じものらしい。俺の同点打も失点シーンも映される。
「智紀のこと褒められてるじゃん」
「打ったことがね。投げてる時は灘が褒められてた」
「多分打った選手のことばかり褒めてるから投手としてのお兄ちゃんはあんまり紹介されないんだよ。投手陣は継投の話ばかりだし」
「勝ったウチが打撃のチームってこともあるんでしょ。それに智紀はこの後インタビューがあるでしょ」
千紗姉と美沙にそう言われる。三十分番組だし全部は紹介できないだろう。試合映像に使える時間は十分あるかないかだし、両チームの注目選手は打者だ。分島さんがいない限りはどこのチームも野手を優先するだろう。
それこそ連続奪三振とか完封とか、ノーヒットノーランでも記録しない限りは。
インタビューも葉山キャプテンと倉敷先輩のものは至極真っ当なものだった。だけど問題のインタビューは俺と三間の時。
これで全国に喜沙姉の弟として認知されてしまった。危ない発言はなかったものの、ネットでは話題になるんだろうなあ。
食事を終えて美沙が洗い物をしている頃。リビングのパソコンで調べ物をしていた。俺もさっきからメールが何件か来ていたために返信をして過ごしていた。
「あーあ。やっぱりかなり情報が拡散してるね。宮下喜沙の弟、話題になってるよ」
「そりゃそうだ。俺たちは誰一人として顔が出てなかったんだから。そのくせ、喜沙姉は俺たちへの溺愛をテレビで隠してなかったんだから正体が分かれば話したくもなる」
「トモちゃんが男だったことにショックだってよ〜?」
「名前出してたのが俺だけで、しかもちゃん付け。妹が二人いるって明言してたんだから女って勘違いされるとは思ってたよ」
千紗姉の報告を聞きつつ、U-15で一緒だった面々や元チームメイトとのメールの返信をしていた。元々俺たち姉弟の関係を知っていたからこそ、とうとう知られ渡ったなと冷やかしの意味合いでメールが来ていた。
あとは甲子園おめでとうっていうお祝いのメールも。U-15に参加していて甲子園に行けたメンバーは俺と涼介、それに茨城代表の常総に進学した小池だけらしい。他のメンバーはベンチに入れなかったり予選で負けていたり。
明日の準備は終わっていたので皆の成績を見ながら返信をしたり、やっぱり涼介はおかしいという話をしたり。全員で話せるツールでもあれば良いんだけどな。
「そうそう。美沙もちょっとネットで有名になっちゃってんのよ。母さんが削除依頼をしてるんだけど、それに追いついてないらしくて」
「美沙が?何で?」
「試合中継でグラウンド整備中にわたしと千紗ちゃんがカメラで抜かれちゃったんだって。それと試合が終わってからお兄ちゃんに抱きしめられたのも一緒にネットに流出したみたい」
「あぁ……。二人とも可愛いからな。そんで千紗姉はユニフォーム着てたから身分はわかるけど美沙はわからないから調べようとしたと」
俺の予想に二人は頷く。
来年になれば美沙も帝王の一学生になるものの、今は俺の妹だから帝王スタンドの、千紗姉の隣で応援していただけ。姉妹だから並んでいただけで全校応援のために制服を着ているわけでもなかったから関係性が気になった。
だからネットで情報集めをして、俺のスキャンダルになれば良いと考えた層がいる、ってところか。はたまたただの好奇心か。俺が二人を抱きしめてたんだから、関係性を知らなければ二股をしている最低野郎って思われたかもしれない。
二人とも喜沙姉に匹敵する美少女だからな。そんな二人を抱きしめてたら悪い噂でも出そうだ。
身元不詳の美沙が話題になるのも仕方がない要素がたくさん。母さんが色々と大変そうだ。俺と喜沙姉の関係性の公表に加えて美沙の肖像権を守らないといけないんだから。
「美沙のこと心配だなぁ。かといってずっと神戸でホテル暮らしもマズイし」
「ちょっと。あたしもこっちに残るんだけど?」
「だから心配なんだろ。家事的な意味でも男手的な意味でも。何かあったら守れないんだぞ?」
「お兄ちゃんは心配しすぎ。お母さんも帰ってくるから大人の目線はあるよ。それに暇だったら事務所に入り浸るから」
「それは……まあ良いか。一応社長令嬢なんだし、夏休みのちょっとした期間に入り浸るくらい」
俺が長期間いなくなるのはU-15くらいだ。シニアまでの全国大会は東京で行われていたのでどこかに泊まることもなくずっと家にいた。U-15は千紗姉も美沙も母さんと喜沙姉の仕事を名目にして海外旅行と洒落込んでいた。
それ以外で初めての俺の長期遠征。母さんが関西方面に長期の仕事を入れていないと美沙も来られないだろう。喜沙姉の『熱闘甲子園』の収録は大阪でするらしいけど、喜沙姉とずっと一緒のホテルというわけにもいかないだろう。
だとしたら事務所に行くのも間違っていない。母さんが社長だし、ただいるだけなら大人の目もあるから安全だ。事務所の皆さんは俺たちを大事に想ってくれているし。
となると美沙を心配しなくて良いのか。
千紗姉は、うん。大丈夫だろう。結構勝ち気な性格だから家に男子を近寄らせないだろうし、母さんがいるならこっちも問題なし。
「美沙は事務所に行って夏休みの宿題でもするのか?」
「ううん。もう宿題は終わってるよ。だから社会勉強しようと思って」
「え?もう終わったのか?」
「受験生だから少ないんだよ。受験勉強優先だからね。お兄ちゃんも去年そうだったでしょ?」
「ああ、確かにそうかも」
俺も終わらせたけど、それは帝王が宿題をあまり出さないからだ。夏休みは部活を頑張りなさいと学園長が終業式で言うくらいに部活ばかり話題にされる。
そういう学校だから、と言われてしまえばそれまでだ。
「よし、現実逃避したいから寝るか」
「噂の拡散は見たくないってこと?」
「そういうこと。そんなの明日見たって同じでしょ」
別にリアルタイムで俺の噂話を見る必要もない。無駄な時間を過ごすくらいなら疲れをとった方がマシだ。
そう思って早めに就寝しようとすると、今日ベッドに潜り込んできたのは美沙だった。いつもより早い時間だったので俺も目を開けていた。
「美沙、おいで」
「わーい」
俺が呼ぶと美沙は左腕側に潜り込んでくる。こういうところは年相応というか、妹らしいというか。
美沙はいつもなら左腕を絡めるように寝ているが、今日は俺が起きているからか身体に抱き着いてくる。腕枕をしてあげるのも珍しい気がする。
「お兄ちゃん成分補給しておかないと」
「そんな成分あったのか……」
「キスしてくれたら三週間くらい頑張れるかも」
「はいはい、お姫様」
ブラコンだなあと思いつつおでこにキスをする。軽くすると嬉しかったのか微笑みながら美沙もおでこにキスをしてくれた。
「ふふ。お返し」
「美沙にこんなご褒美もらっちゃったんだから、甲子園頑張らないとなあ」
「いつも通りのお兄ちゃんで良いよ。そうすればいつもみたいに周りを驚かせる結果が出るんだから。お兄ちゃんは最強だよ」
「最強か。そんなピッチャーになりたいな。そうすればきっと、甲子園の頂が見える」
そんなことを話しつつ、その日は二人で抱き合って寝ていた。
明日からは、甲子園だ。
次も木曜日に投稿します。
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