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1ー2 甲子園に行く前に

ベンチメンバー。

 喜沙姉によるインタビューがあった翌日。甲子園の背番号が発表された。

 変化があったのは三間と綾部先輩。綾部先輩が背番号三だったが、三間に変わっていた。それ以外のレギュラーメンバーの背番号に変化なし。綾部先輩はそのまま入れ替えで十七番を受け取っていた。

 そして甲子園に入れるベンチメンバーは十八人と予選より二人少ない。その中で選考に漏れてしまったのは背番号十九番だった筒井先輩と二十番の辻先輩だった。どちらも三年生、悔しいのか顔を伏せている。


 俺は変わらず十八番をもらった。他の人の背番号も変更はなし。

 俺としてはベンチ入りできてホッとした。けど三年生の二人からしたら俺と三間に席を奪われた形だ。

 なんと言っていいのかわからない。

 そう考えていると、筒井先輩と辻先輩が俺と三間に近付いてきた。


「宮下、三間。俺たちの分まで甲子園で暴れてこい。ベンチに入れなかったのは残念だが、お前たちの成績を考えれば当然の結果だ」


「無様な姿を見せるんじゃねえぞ。お前らは帝王の、東東京の代表なんだからな」


「はい。必ず」


「オレがアルプススタンドにぶち込んでやります!」


「よく言った!頑張れよ!」


 背中を叩かれて檄を入れられた。その後二人は他のベンチメンバーにも檄を飛ばしていく。特に三年生には長い時間話していた。

 甲子園を決めたのに甲子園に出られない。この悔しさは敗退による夏が終わることとはまた違った思いを抱くだろう。


 本当に、どうして十八人なんだろうか。予選が二十人なんだから二十人でもいいじゃないか。四十九チームから二人、約百人が甲子園に行けるはずだったのに高野連の規定で甲子園の土を踏めない。

 噂では高野連側の予算の問題とも聞くけど、どうなんだろうか。

 ただ、筒井先輩と辻先輩は帝王の自腹で俺たちベンチ入り選手のように神戸で宿泊ができるらしい。練習相手も必要だし、ここで外すことは首脳陣からしても心苦しいから毎年選考から漏れた選手も連れていくようだ。


 こんなことをする学校はいくつあるだろうか。甲子園で勝ち進むほど宿泊費は嵩む。二人増えればかなりの金額になるだろう。

 学校によっては父兄を甲子園へ送迎する夜行バスと当日の水分の準備だけで予算がカツカツになると聞く。そんな大事な予算を選考外になった人のために使ってくれるなんて太っ腹すぎる。


 まあ、帝王はファンが多いことと現役プロ野球選手が多いため寄付がかなりあるらしい。だから金銭はあまり心配しなくていいと後から聞いた。

 とにかく、また頑張る理由が増えたということだ。


「智紀、フリーで勝負しようや」


「悪いな。今日はブルペンだ。投手陣は全員甲子園期間は実戦的な練習をしないぞ。やっても守備練習だけだ」


「か〜。せっかく燃えてきたのに。しゃーない、普通に打ってくるわ」


 俺も打つんだけど。三間は先輩二人に触発されたのかやる気を出している。こういう熱血系だよな、三間って。

 俺も頑張ろうと思うもののこうやって言葉にしたり見るからにやる気ありますって態度をしたことがない。俺にできることは結果を出すことだけだからだ。

 そういう意味じゃ三間は良いムードメーカーだ。こういう選手はベンチに一人は欲しいだろう。空気を変えるのは三間のような言動だから。

 俺がフリー打撃に参加する前にトスバッティングをして待とうとしたら千紗姉がトス出しをしてくれた。


「智紀、ベンチ入りおめでとう。まあ、疑ってなかったけど」


「ありがとう。でも遣る瀬無いよなあ。甲子園が決まったのにこんな暗い気持ちになるなんて」


「ホントね。決勝まで行ったら六回戦くらいあるから地方予選でシードをもらっていても同じくらいの試合数があるのに、それで人数を減らす意味がわからないもの」


「怪我とかを考えても控え選手が何人いたっていいのに。それにコールドもないんだから投手は何人かいる」


 そう、甲子園はコールドがない。絶対に九回まで試合をしなくてはいけないので予選以上に投手が必要になる。勝ち上がるチームは選手層が厚いだろうから大丈夫だとでも考えているんだろうか。

 だから他の国から日本の野球、聖地甲子園は頭がおかしいって言われるんだ。

 球数制限とかをしっかりするのがベースボールなのに対して高校野球は一人のエースを酷使して大会中に何百球と投げさせる。そんな大会、他に類を見ないらしい。


 そんなかなりの強行スケジュールになるっていうのにベンチメンバーを削るんだからおかしな話だ。延長戦もあって、タイブレークもない。延長十五回で決着がつかなかったら翌日に再試合。

 プロみたいに投手が十人もいれば話は別だけど、十八人のチームじゃ多くても六人くらいしか投手がいない。しかも六人もベンチに入れたら二人くらいは兼任投手だ。実力も一歩劣るだろう。

 こんな無茶苦茶なルールで真夏にやるんだから凄い話だ。そして無茶苦茶だとわかってるのに目指す俺たち高校球児は中々に狂っているんだろう。


「アンタなら体力なくなって倒れたりしないと思うけど、十分気を付けなさいよ。あたしは当日しか行けないんだから」


「わかってるって。千紗姉も夜行バスで来るんだろうけど、美沙と一緒に来るのか?」


「あたしたちマネージャーは父兄と一緒のバスよ。だから美沙を隣にすると思う。母さんもほとんど来られないっぽいし」


「じゃあそうなったらよろしく」


「はいはい」


 末っ子だからどうしたって甘やかしちゃうな。特に美沙は可愛いから男子と一緒だとナンパとかされそうで怖いし。

 マネージャーは三年生だけ宿に同行してくれるけど、他のマネージャーは部員と一緒で学校に居残りだ。何人も連れて行けないことと、居残り組の練習の手伝いだって仕事の一つだからだ。

 そうなると来年が問題か。来年は父兄枠じゃなくて学生枠になる。そっちもやっぱり男女別のバスなんだろうな。


 全校応援は甲子園も変わらない。部活やのっぴきならない理由がない限りは甲子園も全校応援だ。男女は別のバスになるらしい。クラスごとにするとスカスカのバスもできてしまうから一学年男子Aとかで分けるのだとか。

 トスをしていると待っている間に球を見たいと言われてブルペンに入って中原先輩に受けてもらった。フリー打撃は打っている人が満足するまで打つから時間がかかる。トスで待っているよりもバッテリーとして空いている時間を有効活用しようと思ったんだろう。


 俺が一年生だからという理由もあって基本受けてもらうのは町田先輩か高宮だったから珍しいことだ。中原先輩は真淵さんか小林先輩のキャッチャーをしていることが多い。正捕手だからその二人を優先するのは当たり前だ。

 ストレートを中心に投げ込んでいく。中原先輩の後ろにあるネットの裏でパイプ椅子に座っている千紗姉の姿もブルペンではすっかりお馴染みになったな。三回戦が終わってから俺が投げる時は必ず見るようになった。家でも見てるから一番俺のボールを見てる人になるんだろうな。


 炎上してから俺の専属みたいな感じでフォローしてもらっていた。姉だしマネージャーの中では適任だ。周りの女子生徒も姉ならとやかく言わなかった。俺と女子生徒の障壁代わりにしたのは申し訳ないけど、おかげで野球に集中できたのは良かった。


「中原先輩。智紀の調子イイでしょ?」


「ああ。最近ずっと安定しているから受けてて楽しいよ」


「やっぱりキャッチャーって特殊ですよね。受けてて楽しいなんてあたしは思えませんし」


「そもそも千紗姉はキャッチボールが限度で受けるなんて無理だろ」


「まあ、できないから楽しくないって側面はあるんでしょうけど」


 中原先輩は楽しいと言い、千紗姉は俺の本気のボールを捕れないから楽しくはないと言う。後ろから見るのは楽しそうだが。

 キャッチャーだから全員ピッチャーのボールを受けられるわけでもない。キャッチャーにだって捕球の技量はある。俺のボールを捕球できないキャッチャーはいたというか、シニアの頃だって組んでいたキャッチャーも最初は捕球できなかった。


 千紗姉が一番近くで一番多く俺のボールを見ていたからって受けられるわけじゃない。

 いや、俺のボールを捕球できるなら千紗姉が野球やれって話になるんだが。涼介のお姉さんがそんな感じで涼介を野球に誘ったんだったか。


「キャッチャーは楽しいぞ。なにせ凄いボールを投げる奴に指示出せるんだから」


「うわあ……。中原先輩ってそういう性格だったんですか?ドン引きなんですけど。ドSなんて智紀の教育に悪いのでやめてくれますぅ?」


「いやいや、千紗姉。キャッチャーなんて大小問わずこんな感じの人が多いぞ?高宮もそうだし」


「グゲェ。え、じゃあ涼介君も?」


「本質的には。っていうか、天然のS?」


 中原先輩や高宮は自分で理解しているタイプのサディストだけど、涼介は打者に対して徹底的に弱点を突くような無意識系のタイプ。話してる感じだと全然サディストだとは思わないのに、野球の時だけSになる。

 キャッチャーで上に行くような人間って多分ほぼ全員がそういうタイプだ。素直なキャッチャーなんてリードがわかりやすくて簡単に打ててしまう。だからこそキャッチャーはみんな思考が意地悪になるのだろう。


「羽村涼介なあ。今やキャッチャーをやってないのにこんだけ有名だからな。打者としておかしいのはわかってるんだが……」


「アレと三年間戦わないといけないんですよ?俺たち」


「ご愁傷さん」


 中原先輩は今年だけしか戦わないから少し気楽そうに言う。習志野学園と当たるのは今回の甲子園だけだし、当たらなければ関係ない話だ。俺たちは今後関東大会や全国大会に進むたびに気にしなくてはいけないのに。

 そんな話をしつつ投げ込んだ後、フリー打撃に戻っていった。

 甲子園に行ったら千紗姉とこんな風に部活で話せないのか。シニアの時に戻ったようになるんだろう。この四ヶ月で慣れた感覚がまた変わるっていうのは変な気分だ。

 四ヶ月って言えば短い期間かもしれないけど、案外長い期間だと思う。それは帝王野球部に馴染んだ証拠として喜んでいいのだろう。


次も月曜日に投稿します。

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