4ー3ー3 決勝戦・臥城学園戦
八回の裏。
帝王の攻撃は九番レフトの三石から。その前に臥城は投手の岩井に代打を送っていたので守備の交代が告げられる。背番号十の岡田がマウンドに上がる。岡田は変化球が多彩な投手で、130km/h中頃のストレートとカットボール、スラーブにドロップカーブにフォーク、チェンジアップが使えることで有名だ。
ベンチに入っている投手は岡田で最後。九回の表で逆転したらそのまま岡田が投げるしかない。先発も任されるような投手なので二イニングくらい簡単に投げられるだろう。
そしてもう一人、七番ショートの宇田川が下がって代わりに背番号十四の三年生吉川が守備に就いた。守備の変更はそれだけだ。
岡田のタイプは阿久津に似ている。右投げではあるが変化球を多用する投手という点では似ているだろう。一番の違いは緩急と変化幅か。縦横斜め全方向に投げられるのがスライダーしかない阿久津との大きな違いだ。
三石はバットをゆらゆらとさせながらボールを見る。初球のスラーブは綺麗にアウトコースに決まっていた。変化球を多用するような投手のほとんどはコントロールが良い。球速を求めずに技で打ち取ろうと考えているために変化球を制御するためにもコントロールを良くする。
正確にはそうでもしないと球速が遅くてコントロールが悪い投手なんて使い物にならない。名門や強豪のベンチメンバーに入っているような変化球投手は大体コントロールが良い傾向がある。
そして三石はコントロールが良い投手はかなり好みだった。
二球目はストレートが外れてボール。三球目のドロップカーブにバットを合わせて打球は左中間を抜けていった。もちろん長打コースになり、三石は二塁へ。代わったばかりの投手からいきなりヒットを打ったことで歓声が上がった。
勝っていようが追加点はいくらあっても良い。一年生投手の智紀を援護するために点数が多ければそれだけ投げる時のプレッシャーが減る。さっきの回も満塁までピンチが広がったことから智紀が失点することも鑑みて二点と言わず何点でもあって良い。
ノーアウトで二塁はとても大きなチャンスだ。
「ナイバッチ三石!」
「良い後輩を持った」
早川が笑みを浮かべながら打席に向かう。
継投なんて戦術を使われたからといって打の帝王がたったの五点しか奪えないなんて沽券に関わる。だからまだまだ点を奪わないといけない。
相手はドラフトトップ候補の分島でもないのに点が奪えないとなると次以降、そして後輩たちに示しがつかない。
早川はどうしようかと守備位置を確認する。守備位置は至って普通の定位置。早川は一番を任されているが長打も打てる。打率も良くパンチ力もあり足も速い。というか、長打力がないスタメンは間宮くらいしかいない。その間宮だって小技やミート力、守備能力などで選ばれている。
そんな間宮と投手陣を除いて帝王のベンチ入りメンバーはめちゃくちゃ打てる。早川に前進守備をしたら頭を抜かれる可能性がある。それを防ぐために外野の前進守備をしない。前進守備をするなら間宮が打者の時だ。
三石の足があればポテンヒットで帰ってこられる。それを考慮して東條監督はサインを出す。
思いっきり、飛ばせと。
早川は思いっきり引っ張ろうと考える。早川だってホームランを打てる。オーバーフェンスとは言わないが思いっきり飛ばせば最悪でも進塁のためにタッチアップになる。抜ければそれだけで追加点だ。
岡田のボールはキレがあるもののスピードも重さもない。飛ばしやすいボールではある。変化球に惑わされなければ難しいオーダーではない。
初球はアウトハイにストレートが大きく外れた。セフティーバントを警戒して一球外したようだ。早川の足であればセフティーバントも一つの選択肢になる。
それよりも打った方が確実だと考えて東條監督はセフティーバントのサインを出さない。臥城の守備は堅く、しかも葉山が一回この試合で仕掛けている。二度目は奇襲になり得ない。だから早川も自分でセフティーバントのサインは出さなかった。
東條監督のスタンスとして、選手がやりたいことがあったらやらせていた。そのためにあるのが打者の出すサインだ。葉山はそれを出してセフティーバントを敢行した。
盗塁の自由裁量権も与えているし、選手がやりたかったらスクイズでもエンドランでもやらせていた。責任は全部東條が負うから、やりたいようにやれと。
それが選手のモチベーションに繋がり、実際に成功する。選手がグラウンドの状況などを見て自分で考えた結果サインを出すのだ。ベンチの監督という立場では見えないものが見えている可能性があるので選手を信用して色々とやらせていた。
どうしてもという場面は東條がサインを出すが、それだけだ。今回もこうした方が良いと指示を出すものの、それがダメそうだったら切り替えても良いと伝えている。
そもそも犠牲フライのサインを出そうが、確実に外野へ良い感じの飛距離のフライを打てるかどうかは相手のリードも関わってくる。バントを失敗されたり、走れと伝えて走らなかったりしたら怒るが、それ以外の失敗は許容して次はどうすれば良いのか考えさせる。
そんな野球を実践させていた。
早川はそんな野球に浸かって三年経つ。しかも任されているのは一番打席が回ってくる先頭打者。一番帝王の打撃を遂行する人間だった。
三球目。
カットボールが浮いた。アウトハイから若干変化したそのボールを右手で思いっきり押した。
快音と共にボールは右中間のセンター寄りへ大きく飛ぶ。センターの雪風が必死に追いかけた。滞空時間が長かったので二塁ランナーの三石はハーフウェイで待機。
ボールはぐんぐんと伸びる。もうすぐでフェンスという辺りで落下してきた。
「イケイケ!入っちまえ!」
「せめてフェンス直撃!」
帝王スタンドからそんな言葉が飛ぶのと同時に雪風が頭から滑り込んだ。ボールはギリギリフェンスまで届かず雪風がフェンスに直撃する。
もしもがあったら嫌だと考えた三石は確実に二塁に戻って踏んでから雪風がフェンスにぶつかったことを確認して走り出した。
雪風がグラブを嵌めた左腕を上げる。そこにはしっかりと白球が収まっており、二塁塁審がアウトを宣言した。雪風は起き上がって中継の灘へ送球する。右中間の一番深いところだ。ホームまで遠すぎる。雪風の強肩でも深すぎると灘は外野へ結構侵入してボールを受けた。
「バックホーム!」
キャッチャーの樋口が叫ぶ。
三石はキャッチと同時に走り出していたのでアウトのアピールの時間に三塁を蹴っていた。灘が受け取ってすぐにホームへ投げた。ワンバンで鋭い送球が返ってきたが、足から滑り込む三石にタッチもできずに生還。
三点差をつける好走塁に三石を大拍手が迎える。二塁からのタッチアップでホームまで帰ってくるなんて滅多にない光景だ。
キャッチアピールをした雪風は責められない。塁審からも見えにくい捕球をした上に落球したと思われるよりは一アウトを確実にする方が良い。その僅かなアピールの時間を入れただけでホームまで帰ってきた三石の脚力こそ褒められるべきことで、雪風を責めるのは誰にもできない。
樋口は一応二塁へ送球してタッチアップのタイミングが早くないかと確認する。ショートの吉川がボールを受け取って確認するが、塁審や主審から問題なしと両手を横に広げられた。タッチアップ成立にもう一度球場が湧いた。
その理由がわからなかったスタンドの美沙が姉に質問する。
「千紗お姉ちゃん。どういうこと?」
「タッチアップってルール上野手が捕球した後に走らないといけないの。その前に飛び出していたらランナーは塁に一度戻らないと走り出せないのよ。臥城は走り出すタイミングが早かったんじゃないですかって確認したけど大丈夫って審判が判断を下したの。たまにああいう確認でアウトになったりするのよ」
「ふうん。兄さんの試合で見たことなかったから知らなかった」
「ああやって確認することが稀だもの。本当に怪しいタイミングじゃなければ守備側も確認しないわ」
美沙は状況を把握して頷いた。プロ野球でもあまり起きない確認だ。智紀の試合しか観戦したことのない美沙が初めて見るというのも当然の珍しい確認。
とにかく三点差だ。これで智紀も少しは投げやすくなると姉妹たちは安堵の息を漏らす。
キャッチャーの樋口がタイムを取ってマウンドへ向かった。まだ一アウトで上位打線が続く。これ以上の失点は防ぎたいと話しに向かっていた。
そのタイムの間センターの雪風はストレッチをしていた。肘を伸ばしたり肩をぐるぐる回したり、屈伸をしたり。その様子を見た二塁塁審が確認に行った。さっきフェンスにぶつかったのだ。何かあって怪我でもされていたら問題だと聞きに行ったが、雪風は笑顔で大丈夫だと答えていた。
臥城の奥居監督もベンチから出て雪風の方を見たが、雪風が両腕で大きく丸を作る。奥居はその態度を信じるしかなかった。
バッテリーの確認も終わって試合再開。
二番の間宮はショートゴロ。三番の三間もセンターフライで倒れてチェンジとなった。
奥居は帰ってきた雪風を問い詰める。
「大丈夫なんだな?」
「はい。大丈夫っす」
「お前の打力をアテにしてる。打席も回ってくるだろうし、頼むぞ」
「はい!」
「よし!さあ四点と言わず十点くらい奪っていこうか!」
奥居が発破をかける。最低でも三点奪って同点にしなければそこでおしまいだ。だが三点では足りない。
最後の攻撃にしないために、臥城の選手たちも一層気合いを入れる。
打順は一番という最高の打順からだった。
次も木曜日に投稿します。
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