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3ー2ー1 決勝・臥城学園戦

合流。

 二回の裏が進んでいる頃、バックネット裏では喜沙と梨沙子が並んで座っていた。しかも喜沙の隣は二つ空いている。外野席も解放されるほど満員になっている神宮球場だが、席取りが許されているのは理由がある。

 純粋に喜沙がお願いして二つ席を確保してもらっていた。母と母の友人が来るので二つ良いですかと周りの野球おじさんたちにお願いした結果、変装している喜沙も十分な美人だったのでおじさんはニッコリと融通してしまっていた。


 そんな権限は一切ないのだが、周りの気遣いでその状態を許しているのでいいのだろう。一応二人分の席は喜沙たちの荷物を置いていて、人がいますよアピールをしていた。あまり良い行いではないが、周りが認めてしまっているために誰も口を出せなかった。

 その二人が、二回の裏になってやって来る。


「お待たせ、喜沙。席の確保ありがとう」


「ううん。周りの人が優しかったから。お仕事お疲れ様」


 宮下家の大黒柱である母の紗沙とマネージャーの緑川だった。二人も智紀の試合が見たかったためにこうして球場に足を運んでいた。

 二人は初めましてである梨沙子の方を見る。


「初めまして、福圓梨沙子さん。宮下紗沙です。智紀たちの母です」


「は、初めまして。福圓梨沙子です。先日はご迷惑をおかけしまして……。申し訳ありません。大きな騒動になってしまって……」


「その件はもういいわよ。智紀が気にしていないし、本人にも謝ったでしょう?それで十分。次はこんなことにならないようにしてくれれば大丈夫だから」


 会ってすぐ梨沙子が頭を下げる。喜沙から事務所の社長であることと、騒動の時に骨を折っていただいたと聞いていたので、直接会ったら謝りたいと考えていた。いくら事務所を通して書面で謝っているとはいえ、会うのは初めてなのだからこういう誠意は必要だと考えていた。


「緑川。梨沙子さんに名乗って」


「事務所のマネージャーをしております、緑川です。主に社長と喜沙お嬢様のマネージャーを務めています」


「はい。初めまして。……喜沙さん、お嬢様って呼ばれているんですね」


「たまにね。それを言ったらトモちゃんなんてマネージャーさんたちにおぼっちゃまって呼ばれたりしているんだよ」


「おぼっちゃま、ですか」


 そう呼ばれている智紀を想像して梨沙子はちょっと笑ってしまう。今の姿でおぼっちゃまと呼ばれるのは似合わないなと思った。ユニフォームを着ている智紀はおぼっちゃまというよりどこからどこまで見ても野球人だからだ。

 喜沙たちがお嬢様と呼ばれるのはわかるが、智紀はいいところの箱入り息子には見えなかった。


「ウチの社員は私の子供たちをからかって遊ぶのが大好きでね。……あら。智紀ブルペンにいるじゃない」


「そうだよ。トモちゃん今日は投げそうなんだ。野手として出てないし」


「前の試合でホームラン打ったからって野手として出さないのは帝王としても考えがあるのでしょうね。U-15でも兼任で出ていたのに」


 紗沙も当然ながら野球について詳しくなっていた。シニア時代まではほとんど投手としてしか試合に出ていなかったのに、U-15に呼ばれてから外野手としても出るようになっていた。外野手用のグラブを買ってあげたために野手のことも勉強していた。

 その結果野手としての智紀のことも詳しくなっていた。昔は投手として打席に入りヒットやホームランを打っていたので打つことにも知識はあったが、野手としての守備のことは全然わからずU-15から勉強していた。


 本来投手との兼任は大変だということ。息子が試合に多く出ていて嬉しいこと。智紀が野手としても優秀なことを仕事の傍ら学んでいた。

 前の試合で野手として出ていたので今日も野手として出るのかと思っていたら、どうやら投手専属で投げるようだと知った。


「そういえば梨沙子さんは国際大会で智紀を知ったのでしょう?」


「あ、はい。妹がTV中継を見ているところに居合わせまして。そのままファンになりました。……喜沙さんから全部話が伝わっているんですね?」


「ええ。あなたのことを喜沙に確認させたの。智紀に変な虫が付いても困るし」


 紗沙はそういうことにしておいた。正確には梨沙子が騒動の後に球場に来ていたから喜沙と美沙が共謀して調査を自主的にしただけで、紗沙としては調べる気はあまりなかった。彼女のことは事件の映像が全てだろうと思っていたからだ。

 喜沙の調査結果を聞いても、その評価を改めなかった。

 要するに自分の思いを隠せなかった喜沙だろうと、紗沙は正確に二人の内心を読み取っていた。


「あなたの騒動も遅かれ早かれだったわけだから、こっちは本当に気にしていないのよ。いつか智紀と喜沙の関係性は知られるでしょうから」


「ああ……。公表するのですか?」


「智紀が甲子園に出たり、野球界でも有名になったら隠すつもりはなかったわ。特に今年は喜沙の仕事の関係で二人の接点が増えそうだし」


「私の仕事の積み重ねが認められた結果だよ。去年のU-15の後のインタビュー記事が功を奏したんだと思う」


「あの仕事を回したのは失敗だったかしら……。せめて智紀が三年生になっていたら良かったのに」


「え、お母さんそんなこと思ってたの⁉︎」


 紗沙が警戒するのは当然のことだと梨沙子も思っていた。喜沙は今や知らない人がいないアイドルだ。そんなアイドルと姉弟ですと発表したら日本中が騒ぎになるのは決まっている。

 特に喜沙はTVで弟妹を可愛がっていると公言している。そんな弟が表舞台に出れば彼女のファンが騒ぐことは間違いない。

 だからこそ、せめて智紀の立場が確定してから公表したかったのだろう。

 例えば甲子園で活躍しただとか。高校野球での記録を作ったとか。プロ注目の選手だとか。

 それこそ、プロ野球選手だとか。


「お母さんが許可してくれたからあの仕事を受けられたのに?」


「先方の事情もわかっているし、大きな仕事なのは事実でしょ?それにアンタが理由をつけて智紀の活躍を見られる状況を作ってあげたんだけど?」


「それはありがと。……やっぱり早かった?」


「まあね。それに智紀が甲子園に出られるとも決まってないじゃない?まだ智紀は一年生。この試合だって今はリードしているけど、まだどうなるかわからない点差だもの」


 智紀が三年生になって、チームの中心になっていれば大手を振るって『熱闘甲子園』の仕事を回しただろう。だが今年は智紀が甲子園に行けるとは限らない。ここまでは順調に勝ち上がって来たが、相手も名門。

 それに智紀が活躍したからといって、インタビュー相手は基本三年生やスタメンの選手を優先されるだろうとわかっていた。まだ二年チャンスがある智紀よりも三年生への機会が増えるのは当然。

 折角の仕事で会えるのに、仕事相手に智紀が選ばれるのは辛いだろうと母親としての心境込みの言葉だった。

 今二回の裏が終わったが、1-0のまま。序盤の一点差なんて後半になったらひっくり返ることなんて高校野球では良くあることだ。


「あ、そうだ。梨沙子さんにはもう一ついうことがあったんだった。梨沙子さん、智紀からホームランボールいただきましたよね?」


「はい。部活のマネージャーの妹を通して受け取りました」


「そのことなんだけど、ウチの三姉妹があなたに絡みそうで心配してるのよ。姉妹全員、智紀のこと溺愛しているから」


「あはは……。智紀くん、皆さんに好かれているんですね」


 溺愛という言葉を聞いて渇いた笑いが出ていたが、喜沙の様子を見ていたので梨沙子はあっさりと受け入れられていた。全員喜沙のようなものだと思えば想像もつくのだ。

 しかも今回梨沙子が貰ったのは公式戦初ホームランのボールだ。記念品としてはかなり貴重な物だとわかっている。

 梨沙子自身もまだ会って間もない自分がもらっていいのだろうかと思っていたところだ。なにせ本人と会ってからまだ一ヶ月も経っていない。


「この子らも練習試合のウイニングボールやホームランボールは貰ってるんだけどねえ。公式戦初ってなると価値が違うのよ」


「それは良く分かります。……公式戦初勝利ボールはどなたが貰ったんですか?」


「私が貰ったわ。いつもは三姉妹の誰かにあげなさいって言うんだけど、初勝利ボール(これ)は母さんに渡したいって譲らなくて。私の部屋に飾ってあるわ」


「トモちゃん、初勝利ボールは絶対お母さんにあげるんだよ。練習試合とかで貰えたら私たちが貰うんだけど」


 智紀が梨沙子に渡したことから記念ボールを誰かしらにあげてるんだろうなと予想して質問したらその通りだった。

 らしいなと、梨沙子は純粋に思っていた。画面越しで見て憧れた姿と、実際に会って話した姿と、他人から聞く評価がこうも一致している智紀のことを感心したほどだ。

 有名人には裏表があるものだが、智紀にはそういうものが一切見えない。

 梨沙子は紗沙とも問題なく接しながら試合の観戦は続く。


次も木曜日に投稿します。

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