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3ー6 自宅に来た場合


 放課後。野球部員は寮の食堂に集められて春の大会におけるベンチメンバーが発表された。その全員が1軍で、まあそんなところだろうという感想。

 背番号が手渡され、金曜日の練習は1年生全員応援の練習をやらされるらしい。応援も大事だからな。

 ウチも去年の秋の大会の結果から実のところシードではあるんだけど、くじ運の関係で初日から試合がある。参加する学校数によって変動するし、初日の試合のくせに名目上は2回戦だ。数が多いし、今月中に終わらせなければならないから試合進行が早い。


 解散した後、今日俺の家に来る連中が財布と携帯電話だけ持って俺に付いてくる。壮絶なじゃんけん大会の結果、千駄ヶ谷と阿部、柊となぜかじゃんけんせずに付いてくることが確定していた高宮。

 その理由については。


「俺はキャッチャーだからな。ピッチャーがどんな練習を家でやってるのか気になる。寮にいれば確認も簡単だけど、通いだったらどんな無茶をしてるかわからない」


 とのこと。このことに相当ブーイングが出たが、黙らせていた。4人までって言ったのは俺だから決まれば何でもいいけど。

 校門を出ると、中学の制服を着た美沙が立っていた。待たせたか。


「悪い、美沙。遅れた」


「そんなに待ってないよ、兄さん。千紗お姉ちゃんは?」


「買い物面倒だから任せたって。大人数で移動したくないとも」


「千紗ちゃんらしい……。皆さん初めまして。兄さんの1つ下の、宮下美沙です。姉と兄がお世話になってます」


 確認が終わった後、美沙がお辞儀をして挨拶をする。こいつら美沙見るのは初めてじゃないけど、こうして話すのは初めてだもんな。

 誰が最初に挨拶するかなと思ってたら、高宮が一歩前に出て挨拶をした。


「初めまして。キャッチャーの高宮隼人だ。今日はお邪魔するよ」


「外野手で宮下くんと同じクラスの千駄ヶ谷裕之。美沙ちゃん可愛いね」


「ふふ。お世辞でもありがとうございます」


「いやいや本心だよ〜」


 おいこら。早速口説こうとしてんじゃねえよ。美沙が柔らかく笑って受け流したからいいものの、後で折檻か?

 と思ったら阿部と柊も俺に肩を組んで美沙から離してくるし。


「お前の妹、マジで美少女だな⁉︎周りにあんな子いなかったぞ!」


「いや、三間の彼女より可愛いって断言するのも納得だわ……。凄いな、お前の血筋」


「だろう?自慢の姉妹だ」


「妹さん紹介して?」


「置いてくぞ、阿部」


 ったく。阿部と柊も自己紹介をして6人で近くのスーパーに買い物へ行く。日用品や食品など、いつも手が空いている時は俺が美沙と一緒に買いに行く。中学生に全部任せるのはなあ。女の子だし。

 買い物の回数も減らしたいとのことだったので、俺が主に荷物持ちをして買う。母さんはほとんど家に帰ってこないけど、それでも4人分の生活必需品だ。それなりの量になる。一緒に来ていたこいつらにも持たせる。


 ウチの冷蔵庫は大きいので、かなりの量が入る。腐らないように賞味期限を気にするだけでいい。美沙に指示された物を買い物カゴに入れるだけの作業だ。

 家は住宅街にある、他の家よりも敷地が広い一軒家。庭のせいで広いだけで、住居としては他の家とあまり変わらない。違うところは3階建てってことくらいか。


「大きいし広い……」


「まあ、母さんたちの衣装部屋とかもあるからそれなりに大きくないと物の置き場がな。とりあえず中に入ってくれ」


「お邪魔しまーす」


 玄関を抜けて居間に向かうと、食卓の椅子には先に帰っていた千紗姉が。特に何かやっているわけでもなく、飲み物を飲んでいただけらしい。


「ただいま。千紗姉」


「おかえり〜。あといらっしゃい。ゆっくりしてってね。母さんも喜沙姉もいないから、あたしらしかいないし、気楽にね。ただし1階だけね。2階から先は乙女の寝室があるから禁止」


「ガッデム!アイドルがいないとか!」


 マジで阿部ぶん殴ろうか?喜沙姉目当てで来やがって。

 今日は平日だから大学か仕事でいない可能性高いって何故わからんかな。アイドルの1日のスケジュールなんてわからないか。俺も直前までわからないし。

 喜沙姉の場合突発で仕事入ったりするからなあ。気付いたら帰れませんでした、なんてこともしょっちゅう。


「千紗ちゃんって本当に買い物手伝ってくれないね」


「欲しい物買えない買い物についてって何の得があるのよ?それに久しぶりの休日なんだから、休ませて」


「家事に休みはないよ?」


「……いつもありがと。でも、野球部のマネージャーも大変なの。本当に」


 我が家のヒエラルキーってどうやったって美沙が母さんの次に来る。家事を一手に引き受けてくれてるんだから、文句なんて言えるわけがない。

 千紗姉も簡単な料理くらいはできるんだけどな。中学の時はたまに作ってくれたのに。

 買ってきた物を冷蔵庫にしまい終えると、高宮がバッグからキャッチャーミットを取り出していた。


「宮下。早速見せてくれ」


「受けるつもりか?」


「どうせやるんだろ?なら受ける」


 俺もバッグからグローブを出す。上着を置いてこようとすると、美沙が手を差し出してきたので預けた。さっすが俺のこと何でもわかってる妹だ。代わりにやってくれるとかありがたい。


「さらっと新婚夫婦みたいなことやりやがって……。何で無言でそんなことできるわけ?」


「兄妹歴長いからなあ。だいたい4人の役回りって決まってるし」


 柊に聞かれたが、これくらいずっと過ごしてきた家族なら普通のことだろ。結婚した夫婦ができるなら、長年一緒に過ごしてきた兄妹でもできる。むしろ新婚夫婦よりも長い積み重ねがあるんだから、できて当たり前というか。

 玄関に行ってローファーではなく運動靴を履いて庭に行く。千紗姉も一緒に来て、倉庫から黄色いカゴを出してくれた。


「100でいいんでしょ?」


「うん。ありがと」


「あんたたちも手伝いなさい」


 というわけで俺と高宮が肩を作ってる間にボールの用意と、千紗姉の特等席の用意を。隣接する縁台には座布団を持ってきた美沙も来る。こんな時間にやることは珍しいし、ご飯の用意はまだしなくていいから見学に来たのだろう。


「マウンドしっかりしてんな」


「ウッヘェ、9分割してる」


「宮下くん、できるの?」


「いや、目安で区切ってるだけ。9分割できたらプロ行くよ」


 どれだけ難しいと思ってるんだ。いつかは9分割しないといけないけど、まだまだその領域には辿り着いていない。

 Yシャツの袖をまくる。手首まで覆っていると邪魔だ。

 いつも肩を作る時は千紗姉とやってるから、自宅で他の人と肩を作るのは久しぶりだ。シニア時代の仲間を呼んだ時以来か。


 千紗姉も野球はかなりできる。キャッチボールはきちんとできるし、バッティングセンターに行けば130kmを平然と打ち返す。野球やってたら野球小町二代目は千紗姉だったんじゃないかな。

 羽村由紀さんと同じくらい綺麗だし。

 高宮を座らせる。千紗姉も定位置に座った。


「右打者。インロー、ストレート」


 グラブの中でボールの握りを確認する。縫い目に指を引っ掛けて、振りかぶる。

 動きも全部確認しながら、高宮が構えるミット目がけて身体全体の力を指先に集中させて放つ。

 シュルルルという風切り音を立てながら、高宮のミットに収まる。パァンという乾いた音が気持ちいい。見ていた美沙が拍手をしてくれる。

 千紗姉が片手に持ったカウンターを鳴らす。それを確認しながら次のボールを持つ。


「高宮君。ボールは邪魔にならない所に置いておいて。後で回収するから」


「わかりました」


 高宮がボールを転がす。誰の邪魔にもならなければ、どこでもいい。それからも千紗姉の指示を受けて投げ続ける。やっぱり全部構えた所になんていかない。でも大体は行っているはず。


「智紀。45」


「はいよ」


 それを聞いてセットポジションになる。今のは45球投げ終わったということだ。全部ワインドアップで投げるわけにもいかない。


「左打者。アウトコースにボールからボールになるスライダー」


 細かい。それでも投げるけど。

 練習なんだから、何だって想定して投げる。むしろ練習だからこそ、無茶だとか考えられないことをやる。想定していたかどうかで試合中に使えるか変わってくる。


「千紗さん。もしかしてキャッチャーとかやってました?」


「あたしは野球を一切やったことないわよ。せいぜいこうやって指示を出していただけ。あとは勉強しただけよ」


「配球とかは?」


「考えてないよ。ただ適当に、全ての場所へ満遍なく投げさせてるだけ」


 真意は知らない。なんだかんだ千紗姉は野球についてはかなり勉強している。だから何か考えがあるのか、言った通り何も考えていないのか。そこらへん話してくれないからわからないんだよね。

 90球のコールがきたら、最後の10球はクイックだ。クイックでも全部の球種を投げる。

 カゴが空っぽになって、100球が終わる。1球だけ取ってもらって、ダウンを始める。


「高宮、どうだった?」


「ボールの調子って意味なら問題ない。練習法としても問題ないよ。練習休みの日は100だとして、いつもは何球投げてる?」


「紅白戦とかシートバッティングとかやってれば30。ブルペンにしか入ってなければ50は投げる」


「うん。数にも問題ないな。それで後はいつも通り反対の腕でシャドーか?」


「家だとチューブ。先にボール片してからな」


 ボールを集めてしまい終わったら、俺がチューブをやっている間に他の面々は俺についての話を千紗姉に聞いたり、倉庫にある野球道具を見たり。俺が右手にグローブをはめていたら流石に驚かれた。


「そこまで徹底してるの?」


「まあ。学校にはかさばりすぎて持っていけないからな。その分、数で補ってる」


 チューブが終わったら全員で手を洗って、室内運動部屋を見せる。こんなの普通の家にはないだろうから、全員目を丸くして驚いていた。誰に見せても同じような反応だな。


「すげえ。この部屋だけで一室丸々使ってるんだ。しかも広い」


「柔軟は母さんも喜沙姉もするから、3人で使っても余裕あるように広めにしてあるんだよ。高宮、いつもやってるのがそこに貼ってあるメニュー」


「おう。……もしかしてプロのトレーナーいる?」


「見てわかるってすごいな。アイドルの体型維持のためにそれくらいはやらないといけないらしい」


「ここでアイドルたちが毎日運動を……!」


「阿部、マジでここ出禁な」


「殺生な⁉︎」


 当たり前だろ。鼻フゴフゴさせやがって。見てて気持ち悪いわ。

 それに毎日使ってねーよ。最近はもっぱら俺専用の部屋だ。母さんは全然使ってないし、喜沙姉も帰りが遅いからかやってない。休みの日にやるくらいだからな。

 俺の場合は毎日帰って来るんだから、毎日使うのも当たり前。

 居間に着くと、やることは1つ。テレビの近くにあった据え置きのゲーム機を取り出す。それをテレビに接続しているうちに美沙が全員の飲み物を用意してくれた。できた妹だ。


「3年前のやつ?」


「そうだな。毎年出されても追えないって。ハードも一々買い直してたらキリがない。それにこのナンバリングは面白いと思うけど」


「シナリオ良かったな。あと、選手も安定したのが作れる」


「あー、そうだな……。対戦でいいだろ?アレンジチーム2つで戦おう。グーとパーで別れて、3イニング毎にプレイヤー交代で」


 6人いるからちょうどいい。アレンジチームに拘るのは、作った選手をせっかくだから使いたいというだけ。球団毎にチーム能力差が激しいし、ランダムにしてセリーグ代表と1球団なんてことになったら目も当てられない。

 グーとパーの結果、俺と千駄ヶ谷、柊が俺のチーム。千紗姉と阿部、高宮が千紗姉のチーム。


「千紗さん、このゲームやるんですか?」


「中学の時は狂ったようにやってたわよ。1回喜沙姉が企画でやるってなって、あたしが影武者でプレイしてたの。動画サイト探せばあるわよ。サクセスでC組やってみたってやつ」


 そんなのもあったなあ。次回作が出る前に宣伝を兼ねて千紗姉が発狂しながらやってたプレイ動画。化け物投手作って喜沙姉が一部界隈から畏れられたやつだ。

 俺と千紗姉が最後の3イニングをやることになって、俺たちが先攻。オーダーを見ていくが、調子もスタメンは特段悪いわけじゃないから控えと変えなくていいだろ。


「これベストオーダー?」


「おう。俺なりの、だけど」


 千駄ヶ谷が投手能力だけ確認していく。球種を見ておかないと困るからな。俺の最高傑作の投手が好調で良かった。これで下手な試合にはならないだろ。後は皆のプレイヤースキル次第。

 オーダーを確定させた後、千紗姉のチームを見ていく。……あ、化け物投手の宮下、絶好調じゃん。終わったな。

 阿部がオーダーを確認していくが、その途中で柊に肩を掴まれる。


「……おい。あっちと俺らで能力差激しいんだが?」


「俺が作ったチームと、千紗姉が作ったチームだからな。能力差が出るに決まってる」


「いや、お前のチームも悪くはないけどさ。なんで相手はあんなAが並んでるわけ⁉︎」


「あたしのチーム、基本天才型か博士成功した選手だけだもん」


「……ねえ、宮下くん。これって──」


「ちなみに。プレイヤースキルも千紗姉はすごいぞ」


 うーん、この。千紗姉ガチ勢なんだけど、自分のチーム使えなかったら怒るもんなあ。あれに対抗できるのは俺のアレンジチームだけなんだけど、他の球団に比べればマシってだけで。

 試合が始まるが。酷い蹂躙劇だった。


「140km超えたSFFとか何のイジメ⁉︎」


「この宮下使うの楽しい!ヒャッハー!」


 博士が成功した宮下くんは変化球も一級品ながらスタミナもコントロールもAで特殊能力いっぱい。MAX156kmのストレートを投げてきて、それが絶好調なんだから打つのは厳しいだろう。

 俺の選手も弱くはないんだけどな。


「そっちの選手、ミートカーソルでっか⁉︎」


「お姉さんどうなってんすか?これ」


「企画のために良い選手を作る実験のなれの果てたち。成功した子しかそのチームにいないから、まあそうなっちゃうよね」


「恐ろしい……」


 千紗姉のチームでペナントレース回したことあるけど、フルオートなのに138勝とかしたからな。144試合で。

 喜沙姉が作ったならそもそもクリアできなくて、美沙もそこまでの選手は作れない。千紗姉に頼むしかなかったとはいえ、いくつの屍が重なってるんだろうな。博士のせいで何人吹っ飛んだことか。

 試合は6回までで1ー5。うん、千駄ヶ谷と柊はよく頑張ったよ。

 問題はまだ化け物投手の宮下くんがマウンドにいること。スタミナ半分しか減ってないじゃん。


「智紀、覚悟しなよ?」


「お手柔らかに」


 結果、1ー7で負けた。未来予測したかのような2ランホームランを喰らった時はマジで目を疑ったね。宮下くんは完投するし、何なんだよ全く。

 そんなゲーム会がありながら、全員は帰っていった。阿部はマジで出禁。もう敷地を跨がせない。


次も明日に投稿します。


感想などお待ちしております。

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この阿部ってやつは冗談半分かもしれんが 相手の気持ちを理解出来ないやつやな
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