1ー1ー4 準決勝のもう一試合
二回の表は続く。
まだまだ臥城の攻撃は続く。一アウトにしかなっていない状態で九番の投手である岡田が打席に入る。岡田は投手ながら打てる打者だ。ランナーが居なくなって攻撃の起点にならなくてはいけない場面だ。
まだ二回なので鹿野は続投だ。三点取られたとはいえ、球数もそこまで多くない。ここで鹿野を代えるのは早すぎるためにベンチは動かない。その鹿野は岡田へもストレートを中心として投げていく。
フォークも交えて追い込んでいくが五球目。ストレートをライト前に運んでいった。またランナーが出て上位打線に繋がる。打率の良い上位打線に回ることで臥城側の攻撃は留まることを知らない。
スクイズを多用することで点を重ねるチームだが、その姿勢から臥城を好まない観客も多い。とにかく勝つための戦術ではあるのだが、小技が多すぎるのだ。打力がある選手が居てもスクイズを優先させる。
白新は打力がないからそういう手段を取ってもそこまで気にする観客は少ない。だが臥城は打力があるにも関わらず勝つための確実な手段としてスクイズを多用する。
犠牲フライでも内野ゴロでも点が取れる場面で強硬策をするわけでもなく、必ずスクイズをやってくる。それが高校野球という枠組みであまり歓迎されない風潮だった。
観客が求めているのはエンターテインメントであって泥臭い野球だ。高校球児の熱意を見たいのであって、勝ちだけを求めるつまらない野球を見に来ているわけではない。
そんな戦術だってスクイズは失敗すればリスクの高いので確実に点が取れるわけではない。チャンスの場面で連打が出ればチャンスが広がり、得点が重なるビッグイニングになりやすい。
その機会を捨てて一点ずつ奪おうというスタイルから、勝ち逃げできれば勝てるのだが、点差が開いてしまうと追い付けない怖さもある。そんなリスクを背負ってまでスクイズを主軸にしているというのは本来責められるようなことではない。
ただ観客が求めてしまうスポーツというものとかけ離れてしまっているのがちょっとした諍いを起こしてしまう原因だ。プロ野球でスクイズだらけの試合を見たいかという話で、似たような感覚を高校野球にも求められてしまっている。
白新ほどチーム全体の打力が悪ければ観客も納得するのだが、走攻守のバランスが良い臥城がやるから風評がよろしくないのだ。
そんな臥城のいつものスタイルで得点したベンチで、まだベンチに残っている阿久津が同級生でレギュラーの灘に質問をする。
「なあ、灘。あの鹿野って人どんな感じ?」
「普通の投手だ。ストレートも僕たちなら慣れている。変化球もフォークしかない上に回転で丸わかりだから見分けやすい。全国の名門と比べれば結構いるタイプの投手。だから捉えるのは楽だ」
「ふーん。兼任投手でキャッチャーとショートもやってればそんなもんか。智紀みたいに二つならまだしも、三つはやりすぎだってことか」
ベンチに座りながら足を組んで手を後ろに組みながらつまらなさそうに阿久津はグラウンドを見つめる。野手が投手を兼任したり、野手が複数ポジションを守ったりは理解できたものの、特に大変なポジションを三つ兼任はバカだろうと思っていた。
ライバルの智紀が外野をやるのは打力がもったいないことと、投手として休ませるための手段だとわかっているから受け入れられる。智紀のケースはむしろ高校野球では良くあることだ。だから何も思わない。
阿久津は投手をやっているからこそ投手の大変さがわかっていた。兼任投手でこの東東京大会の先発を務めているのは凄いと思うが、力不足だ。
そんな甘い考えで東東京を勝ち抜けるほど簡単なものではないと、一年生の二人ですらわかっていた。
「阿久津は今日休んでおけ。明後日のために温存すべきだ。帝王には投手の控えが何人いても良い」
「はいはい。そもそも監督が出してくれないでしょ」
阿久津は近くに立っている奥居監督を見ながらそう言う。阿久津はこの夏の大会で少し投げているが、対帝王を見据えたワンポイントリリーフが一番想定されている起用法だ。そのため確実に帝王が見ているこの試合で起用されることはないだろう。
それを試合前に伝えられていたのでブルペンに行く気もなかった。今日は岡田で引っ張れるところまで引っ張って早めに試合を決めるつもりだった。
その気概に応えたのか、一番の岩満がセンター前に運んでいた。一アウトで一・二塁になって、まだ攻撃は続きそうだった。
灘もネクストバッターサークルに向かう。奥居監督は鹿野の様子を見てスクイズ作戦を辞める。普通の手段で点が取れそうだとわかったからだ。
鹿野は連続で打たれたからか、コントロールが乱れて二番の樋口が四球で出塁して満塁に。この場面で灘に打席が回る。その様子にベンチで阿久津は満面の笑みを浮かべていてスタンドの智紀も苦虫を潰したような顔をしていた。
「どうしたんや?智紀」
「いやあ、マズイなと思って。灘ってチャンスに凄い強いんだけど、満塁だとその打率がおかしいんだよ」
「マズイって、めっちゃ打つとかか?でも満塁の場面なんてほとんどないやろ?」
「それはそうなんだが。灘って中学時代の満塁の時の打率十割なんだよ」
「ハァ⁉︎」
智紀のその発言に三間はびっくりしすぎて智紀の顔をガン見した。ケースがケースであり滅多にない状況だとはいえ、その数字は化け物としか言えなかった。
打率十割。それはつまり、満塁の時は確実にヒットを打っているということなのだから。
その情報を知らない栄進は鹿野の続投で切り抜けようとする。スクイズを警戒したままできたらゲッツーを取りたいと考えていた。
栄進のプランとしても二巡目の途中までは、できたら二巡全てくらいは鹿野で行きたかった。速いボールで慣れさせておいて後から二人の投手で逃げるという戦法を取っていくのが栄進の今年の戦術だった。
鹿野もキャッチャーの蝶塚を呼んでマウンドで話し合っていた。守備のタイムは貴重すぎてまだ切る場面じゃないとバッテリーだけで集まっていた。
さっき打たれている灘だということもあるが、新入生ということもあってデータがこの夏大会くらいしかなかった。そのデータだけでどうにかするには情報が少なすぎる。
「一年生で臥城の三番なんだから注意した方が良いだろうけど、ここのベストは内野ゴロでゲッツーだ。フォークをどんどん投げるぞ」
「ああ。絶対に逸らさない。バンバン投げてこい」
それだけを決めて試合は再開する。ランナーが三塁にいる状態で落ちるボールは後逸しやすいので投げにくいのだが、それしか変化球がないので投げざるを得ない。それにこういう場面は何度も経験しているので今更怖じ気付いたりはしない。
その初球。フォークから入ったバッテリー。インローへ沈む良いボールだったが、灘はほぼ無回転に近いボールだったのでフォークだとすぐわかり引っ張った。
思い切りバットを振ったことでボールは綺麗に飛んでいく。その音と放物線を見たことで智紀はあーあという表情をして、三間はマジかと目をかっ開いた。阿久津はウンウンと大仰に頷く。
その打球は見事に神宮球場のライトスタンドへ吸い込まれていき、灘は一塁を駆け抜けた時にガッツポーズを見せていた。
「あんの体型で持ってくって、どんな馬鹿力や……。あの服の下ヤバいんとちゃう?」
「知らん。でも満塁の時に灘を相手にはしたくないなと本気で思ったな」
グランドスラムを叩き込んだことで点差は七点に。流石にこれ以上の失点はマズイと思ったのか栄進の監督が動く。
バッテリーチェンジだ。蝶塚が投手に、鹿野が捕手に。防具とグラブを付け替えて投球練習を始める。
蝶塚はスリークォーターで投げる軟投派だ。ストレートはそこそこに、横の変化球で打ち取るタイプで、鹿野のストレートに慣れた後ではかなり苦戦する投手だ。
まだ続く長い二回の表に、栄進の暗雲は消えないまま。
次は木曜日に投稿します。
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