エピローグ2 帝王サイド
プレゼント。
一方勝ち上がった帝王サイド。
東東京三強同士でぶつかったのに勝ったことで父兄たちや観客の期待が一気に膨れ上がった。決勝に先に駒を進めたことからも声が大きくなっていた。
「ナイスファイト!この勢いのまま決勝も頑張ろうぜ!」
「今日の分島を打てたんだから、お前らに打てないピッチャーはいないぞ!」
「投手陣も安定してるじゃねえか!お前らを甲子園で見たいぞ!」
そんな声を方々から掛けられる。応援してくれたことに葉山が謝礼をしてベンチメンバーも続いてお礼を言うと拍手喝采になった。
そこからは選手に近付く応援に来ていた人たち。OBが葉山の懲罰交代を嘲笑ったり、倉敷が四番としての仕事を果たしたことを褒められたり。
智紀と三間の一年生コンビもOBに声を掛けられていた。
「お前らが今年の一年生組か。いやいや今年は二人とも有望だなあ」
「そうなんですか?先輩」
「おう。葉山も倉敷もスタメンで出たとしてもホームランまでは打ってなかったからな。お前らは二人ともホームランを打ってるし、打率も悪くない。東條監督が起用するのもわかる選手だよ」
香田という結構年上の先輩に褒められて三間は照れていた。褒められて嬉しくない人間なんていない。
智紀としては評価されていることが野手としての出来だったので本職投手としては微妙な感触だった。打てる時は打てるし、今日は確かに調子が良かった。だが本職の投手としては三回戦での醜態を見せてしまっていたし、今日は出来過ぎなくらいだからだ。
そして三間も一度は照れた後、今日の打撃成績を省みてバツが悪そうに答える。
「でも今日オレは打てませんでした。クリーンナップを任されたっていうのに……」
「いや、今日の分島の出来を考えたらしょうがない部分はあるだろ。あれ、プロに行っても即戦力なサウスポーなんだから。自己最速も更新していたし、コントロールとかボールの質が悪かったわけでもない。むしろお前らがあれだけ打てたことがビックリだよ。お前らに当たらなければマジで全国制覇してもおかしくはないピッチャーだからな?」
「ウチと習志野学園は例外ってことですか」
「習志野学園は一種の特異点だ。あれで県外勢が一切いないっておかしすぎるだろ」
智紀が白新の選抜の結果を聞いてみると、しみじみと高校野球の常識では考えられないと香田は言う。
帝王だって一年生だけでも三間が香川から、千駄ヶ谷が神奈川から、仲島が埼玉から越境入学生として来ている。名門となれば全国から入学者を募るのが普通なのだが、習志野学園は野球部のみ千葉県の人間だけで構成されている。
地元の選手だけで甲子園優勝経験のある学校は全国に四千以上の高校があるというのにそんな記録を樹立したのは習志野学園だけだ。
いくら千葉の有望な選手がかなり集まるとはいえ、名門とは本来その知名度を活かして全国のトップクラスの選手を集めて強力なチームを作るのが常だ。高校野球で覚醒する選手を待つより、中学生として実績を残していて下地がある選手を鍛える方が効率的に強いチームを作れる。
習志野学園に入る選手が決して実績のない選手だというわけではないが、全国大会に出場した選手は圧倒的に少なくなる。それで毎年のように激選区の千葉で優勝して甲子園に出てきて良い成績を残すのだから特異点と呼ばれても仕方がないだろう。
「あそこには俺たちの代も負けたからな。あんな化け物学校のことはいいんだよ。宮下はよく分島からマルチヒット、しかもホームランを打てたなあ」
「ヒットは狙っていましたけど、ホームランは出来過ぎです。というか、打った瞬間のことは覚えていないんですよ」
「かーっ!聞きましたか香田さん!こうやって天才っぽいことを言いやがるんですよ!」
「いや、お前も宮下も天才だから。それだけ集中してたら打った瞬間のこと覚えてないなんてきっと葉山も倉敷も経験あるだろ。むしろお前はないのか?」
「あんな最高の瞬間を忘れるなんてできませんが⁉︎」
智紀としては何回か打ったことを覚えていない打席や投げた記憶のない投球結果などがあるので、今回のこともそう珍しいことではなかった。むしろ全部のホームランの感触を覚えている三間が凄いなと思ったほどだ。
「感覚なんてことは人それぞれなんだから気にするなよ。決勝でも頑張れよ」
そんな激励をもらって香田は他の選手と話しに行く。三間も色々な人に話しかけられる中、智紀はある人を探す。たくさんの生徒や父兄がいる中でわざわざ話し掛けに来ないかと智紀も思ったものの、一応探してしまった。こういうプレゼントは直接渡す方が良い。智紀も本人から直接受け取っているのだから尚更直接渡したかった。
だが、二回戦での騒動もあったので相手は試合後に来ることはない。なので智紀は妥協案に委ねる。
第二案の人物が居たので、手招きで呼ぶ。その人物は自分が呼ばれると思っていなかったのか自分のことを指差していた。智紀が頷くと応援団の集団から一人抜けてくる。
福圓加奈子が智紀の前に来た。
「えっと。智紀君。何の用ですか?」
「これ、お姉さんに渡してくれる?俺たちはこのまま準決勝の試合を見ていくから学校に戻ってからじゃ渡すの忘れそうだし。こういうのってその日の内に渡す方が良いと思うから」
「え……?これ、今日のホームランボールですよね?公式戦初ホームランの記念ボールを、わたしのお姉ちゃんに渡して良いんですか?お姉さんとか、妹さんにあげるべきじゃ……?」
「高校初ホームランのボールとかはあげてるし、公式戦初勝利のボールは千紗姉に渡してるから三姉妹にもう一通り渡してるんだよ」
というわけでボールが入るくらいの小袋に入れて加奈子に渡す。普段は野球道具用の手入れ道具を入れている小袋だったが、これ以外にボールを入れられて綺麗な袋を持っていなかったので仕方なく入れていた。まさかボールをそのまま渡すわけにはいかないだろうと配慮した結果だった。
受け取った加奈子は、恐縮しきった顔で智紀に伝える。
「あの、智紀君。あまりこういうことしない方が良いと思いますよ……?わたしも誤解されたくないですし、智紀君も責められると思いますし」
「誤解?」
「智紀君は人気ですから。女子マネージャーと仲が良かったら、その。勘繰られると言いますか。それにちょっとわたし的にもマネージャーをやりづらくなりますし」
「ああ……。じゃあ部の物を持って帰ってもらったってことにしよう。そうすればマネージャー以外の人が文句を言ってこないだろうし。千紗姉じゃなかった理由は、うん。家族に頼り切りは悪いと思ったからとかその辺で」
「それでは微妙に不味いというか……。いえ、それで押し通すしかないんですけど」
加奈子がモゴモゴと言うが、智紀は把握できない。
木下ではなく加奈子を頼ったことで、木下がどう思うかなど。
「一応聞きますけど、何でお姉ちゃんに渡すんですか?色々と迷惑をかけてしまったのに」
「お互い燃えたのはそれこそお互い様だし。そんな中でもプロとしての姿勢を貫いている梨沙子さんを尊敬しているからだよ。郵送するわけにもいかないし、加奈子さんに任せるしかないんだよね」
「……あの、後生ですからわたしのことは福圓で呼んでください。ああ、これは本当に恋する女の子が増えちゃいます……。こんな特別扱いされて優しくされたら恋に恋する人が続出するのもわかります……。智紀君はただでさえ野球のスペックが高いんですから」
智紀からすれば普通のことをしているだけなのにそう言われるのは心外だった。それに加奈子の言い分はイマイチわからないことがあった。
「加奈子さんは俺のこと名前で呼ぶのに、加奈子さんを名前で呼ぶのはダメってどういうこと?梨沙子さんと区別するために下の名前で呼んでたんだったけど、ダメだった?」
「はい……。これはお姉ちゃんに渡しておきますからできたらもう少し自分のことを客観視してください……」
「難しいことを言うな……。いや、名前が知れ始めているってわかってるけど、まだ注意しないとダメか……」
「ダメです。なるべく千紗先輩に頼って……。それかマネージャーには平等に接してください。今回の件は仕方がないですけど」
「差別はしないよ。いや、千紗姉は少し贔屓するかもしれないけど」
「はい、それで良いです」
智紀は木下から好意を抱かれているということに気付いていない。だから加奈子に用事を頼むということが彼女にどう写るのかということを勘付くことなんてできるはずがない。
加奈子からすれば木下の恋心を気付いているのでどうこうするのは木下次第だが、邪魔をしないように手を回すことくらいは同期の縁として配慮していた。
ただ彼女も姉のことが好きなので、姉のために何かをしてくれる智紀のことは邪険にできなかった。むしろこんな貴重なホームランボールをくれることに感謝をしているくらい。
ただ場所とタイミングを考えてほしかったなと憂いているだけで。
加奈子は後ろから千紗・美沙の何で家族の自分たちを頼らないのかという目線と。木下のマネージャーとしてなら自分に頼んでくれないのかという視線と。そして多数の女子生徒から智紀と試合後に話しているということに対する嫉妬の目線を向けられていた。
加奈子は最低限の時間で智紀と離れて、被害を最小限にして学校への帰還組に合流した。
その日の夜、加奈子は帰宅してすぐ智紀からのプレゼントを渡す。仕事終わりで疲れていた梨沙子はそれを受け取って言葉も貰って、加奈子という妹の立場からも最上位の笑顔を浮かべていた。
「ありがとう!加奈子ちゃんが妹で本当に幸せ!明日智紀くんにお礼言っておいて‼︎」
「はーい」
明日は人目の付かない場所で姉の言葉を伝えようと、密かに決意した。
次も月曜日に投稿します。
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