3ー5ー1 準決勝・白新高校戦
七回の裏。
八番レフトの久我が打席に入る。久我は左打席に入って同い年のマウンドにいる大久保を睨みつけていた。
(まだ七回。俺が出塁すれば分島先輩に送りバントをしてもらってチャンスで萩風だ。たった一点差、捲れるちっぽけな点差だ!相手もエースじゃない、同い年の三番手だろう!ここで出塁しなかったらなんのための一桁背番号だ!)
久我はそう考えながら気合いを一層籠める。
二年生ながらスタメンで起用されていて、名門の自負もあった。打てないと言われる白新で更に投手を除いて最下位のバッターだ。
それでもそこらの中堅チームのスタメンレベルには打てて、名門のレギュラーになれる程度には打率も良い。守備のチームだからと言って全く打てない打者はスタメンになれない。
大久保のストレートに照準を合わせて、久我はバットを振った。
だが、初球はフォークだった。大久保の代名詞的な変化球だ。二回戦の偵察ビデオで大久保の投球の様子を見ていたので変化球は把握していた。
その落差に驚いたが、当てることはできそうだった。
大久保・中原バッテリーはサインの交換に迷わず一回目で決める。同じような腕の振りからもう一度フォークがインローに落ちる。
久我はストレートを待っていたのでタイミングが早くなってしまったがポテンヒット狙いで引っ張った。当たった打球は予想通りライト方向へ上がっていったが、引っ張りすぎてファウルスタンドに。
(二球続けるか。いや、変化球に目を慣れさせて最後こそストレートだ。大久保だってストレートは十分速い。速球派がストレートを一球も投げないわけがない。少し外れてるくらいなら振り切ってやる!)
三球目も待っていたのはストレート。というよりフォークは待っていてもポテンヒットを狙いにくいと考えたからだ。落ちるボールを打とうとしたらボールの上を叩いてしまってゴロか、掬い上げてしまってフライになりやすい。
追い込まれてしまった以上クサイボールには手を出していくが、あくまで狙いは打ちやすいストレートだった。
その三球目。インハイにボールが来た。今度こそと久我がバットを振る。
しかし三度、ボールはスピンするどころか無回転に近いままバットに近付くにつれて落ちていく。
その落差に、確実にボールを飛ばそうと強振した結果バットとボールは大きく離れてしまった。空振りの音に少し遅れてミットにボールが収まる音がする。
「ストライク!バッターアウッ!」
「オッケー!ナイピッチ大久保!」
「ワンナウトー!」
三球連続のフォークに倒れた久我は悔しそうにベンチに戻る。中原がストレートしか狙っていないと見抜いた上でのリードに、掌の上で転がされていたわけだ。
調子よくアウトを取って続く九番の分島が打席に入る。代打を送らなかったことから白新は分島に全てを託したことがわかる。
少し気の抜けたボールが増えてきたが、今日の調子は過去最高。球数も百三十を超えているが、この良い状態の分島を下げられるほどの投手層が白新は厚くない。
その分島は自然体で打席に立つものの、その無気力さに中原はただ立っているだけだと理解する。
もう投げることだけに集中している。今は休むためにバットも振らないと予測していた。
(打つ気がないからって甘いところに投げたら振ってくるだろ。でもストライク三つで良いか)
アウトコースにストレートを投げさせる中原。大久保は要求通りにアウトコースへストレートを投げる。分島は予想通り何も反応せずストライク。
中原はもう一度同じところにストレートを要求。少しアウトコースに外れてしまってボール。中原は肩を抜くようにジェスチャーをしてからボールを返球した。
今度はしっかりアウトコースにストレートを決めた。三球投げても一切反応しなかったので、中原はこのまま押し切る。警戒してフォークを投げさせて、真ん中から落ちていくボールを結局振らずにストライクゾーンに決まってストライク。
見逃し三振になってさっさとベンチに戻っていく分島。次の打者の萩風へ入れ替わる時に一言だけ伝える。
「後は任せた」
「了解です」
エースからの言葉に神妙に頷く萩風。分島はさっさとベンチの奥に行ってプロテクターなどを外しながらゆっくりと水分補給をする。萩風ならすぐアウトになることはないだろうと思って色々と整えてからキャッチボールをする予定だった。
萩風は二アウトになっていたとしても得点をするために打って走ろうと考えていた。甘いボールが来たら全力で振るが、まずは確実に出塁することを目指していく。
初球のインハイストレートを避ける。結構胸元に来て厳しく、判定もボール。
この場面、中原は最悪萩風を四球にしても良かった。走られたら盗塁されても刺殺すれば良く、むしろ長打を打たれる方が怖い。先ほどの打席のように一発がある。二打席連続で打たれて同点になることこそ避けたい。
二球目はアウトコースにスラーブを。これは萩風も予想外だったのか空振りをした。フォークに比べれば変化は少ないが、それなりに速い速度で小さく沈んで曲がるので引っ掛けさせるのに適したボールだった。
中原としてはこれで内野ゴロに切って取りたかったのだが、空振りだったのでその目論見は外れる。
(ストレートにスラーブ。それにフォーク。どれも良いボールだ。これが三番手っていうのは本当に選手層が厚い。これが王者帝王。だが、こっちだってここまで追い詰めている!)
萩風は追い込まれる前にフォークを狙っていくことにした。バッターの心理として追い込まれる前に打っていくことを常に考えている。追い込まれたら思考が雁字搦めになって対応ができなくなったり難しいボールが投げられて打ちあぐねることもあるので、できたら二ストライクになる前に打ちたい。
そこまでは狙い球を絞ってガン振りできる。
三球目はまたスラーブが来るが、ワンバウンドになってボールに。大久保はストレートとフォークを中心に投げる投手だ。なのにスラーブが連続で来たことに萩風は何かが頭に引っ掛かる。
(引っ掛けさせたいのか?キャッチャーの思考回路なんて完璧に読めないからな……。いや、狙い球はフォークのままだ)
四球目。
予想通りにフォークがインローに落ちて来る。これを萩風は掬い上げた。バッテリーとしてはボールにする気満々で組み立てたのだが、そのボール球を打たれた。
打球は良い角度で上がっていき、左中間に落ちる。センターの早坂がすぐに追い付いてショートの遠藤に投げるが、萩風は滑り込んで二塁に到着。
一年生の躍進劇に今日一番のメガホン叩きが送られた。
「やべえ!あいつ本当に打てないボールあるのかよ⁉︎」
「得点圏!アイツの足ならワンヒットで同点だ!」
「小泉、行けー!打つしかないぞー!」
スタンドから声援を受けて小泉が打席に入る。今日はノーヒットだが、小泉は送りバントも上手いが上位打線を任されるほどの打力もある。
二アウトからでも萩風を返せるように、そして進塁できるような打者が小泉だ。その小泉が右打席に入る。
その小泉は、ストレートに的を絞った。
守備位置的に外野は前に来ている。内野は定位置でファーストでアウトにしようとしていた。
初球に、速いボールが来る。小泉はセンター返しで確実にワンヒットで萩風を返そうとする。ストレートの速度に負けないように力一杯バットを振るった。
だがそのボールは直前で沈む。ストレートに近い速度で落ちるボールに、小泉の身体は前のめりになる。センター方向を狙ったのにバットの軌道修正の結果、ボールは一・二塁間にボールが飛ぶ。
打球は速い。そしてランナーが二塁にいたためにセカンドの間宮が走って追いかけるが振り切った打球は内野の間を抜けていった。
「抜けたァ!」
「萩風、返れー!」
ベンチからの声の通り、萩風はノンストップで三塁を蹴った。もう一目散でホームを目指しているだけ。
そしてボールは。
ライトから矢のような返球がノーバウンドで返ってきた。しかもそのボールはホームベースの真上に、しかも低く来ていた。
余裕で返ってこられると思っていた萩風は、バシン!という音が滑り込む前に聞こえてきたことにはギョッと目を見開く。萩風は一応回り込んで滑り込むが、しっかりと動きについてこられてホームベースに手は届かなかった。
萩風がホームに突っ込んだ判断を責められない。連打が期待できるチームではないので機動力のある萩風がワンヒットで走らなければ得点に繋がらない可能性が高かった。
実際少しでもボールがずれていれば、萩風がどうにかしていた可能性もある。それほど素晴らしい走塁だった。迷っていたら確実にアウトになっているタイミングだったが、迷わなかったらワンチャンスあったかもしれない。
アウトの宣告でチェンジになる。
今のプレイで見せたレーザービームに、スタンドはどよめいた。
「宮下肩強っ!」
「ストライク送球かよ⁉︎いくら前進守備だったからって余裕でアウトだったぞ!」
「智紀、ナイスバックホーム!」
智紀はベンチに帰ってくる時に総出で頭を叩かれる。智紀も照れ臭くなりながらその祝福を受ける。
ここで同点にならなかったのは大きい。
八回の表はこのビッグプレーを見せた智紀からだ。こういうプレーを見せた選手は一日を通して活躍するということがスポーツでは良くある。
智紀は水分補給をしてから準備を始める。
智紀はもう、ずっと目が据わっていた。
投げているわけではないのに、智紀はゾーンに入り込んでいた。
次も月曜日に投稿します。
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