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3ー4ー2 準決勝・白新高校戦

エースと四番。

 伝令にやって来た古里は白新内野陣に簡潔に伝える。分島を信じていると。守備はゲッツーを取れるように気を引き締めろと。それだけだった。


「スクイズは無視で良いだろう。倉敷がやって来たなら帝王はそこで終わりだ。次の一年生に全てを賭けるような博打のチームか?」


「ツーランスクイズでひとまず同点、もないか」


「ないだろ。だから倉敷を全力で抑えれば良い。犠牲フライだって良い場面だ。二アウトにして五番の三間をアウトにすれば、八回は下位打線。九回だって上位打線に回っても倉敷に回さなければ無失点も難しくない」


「ホームゲッツーも狙わなくて良い。一点は良いから大事なのは確実なアウトだ」


「九回になったら確実に萩風に打席が回る。もしかしたらチャンスで八回に萩風に回るかもしれない。そうすればまた二点差で点差は変わらずだ」


「……アイツに頼りすぎだな」


 分島のその一言で全員が苦笑する。

 打撃の大部分は萩風任せだ。それで勝って来られたのだからこの大舞台でも期待してしまう。それだけの中心選手になっていた。


「じゃあ一年生にプレッシャーを与えないためにエースの俺が抑えるしかないな」


「ああ。任せたぞ、エース」


 信頼を渡して解散する内野陣。信頼を受け取った分島は外野を見渡してから深呼吸。その後前を向く。エースとして実力で捩じ伏せるだけ。

 倉敷も覚悟を決めて打席に立っていた。全員で作ったまたとないチャンス。これに応えられなくて何が四番かと意気込んでいた。


 倉敷は打つボールを決めていた。このヤマが外れたら次の三間に全てを託すつもりだった。

 ただそのボールを呼び込み、フルスイングするだけ。その一振りにこの三年間の全てを乗せるだけだった。

 白新バッテリーが選択したのは初球スクリュー。ウィニングショットで打ち気の倉敷の出鼻を挫こうという作戦だ。


 そうして放ったボールは腕の振りが異なったためか倉敷は一切反応しない。甘い真ん中から沈んでいったが、倉敷は振らない。当然ストライク。

 次はストレートを投げたが、これは打ち気を逸らすためにアウトハイに大きく外した。全部のボールで攻める意味はないのでこうして外したりする。


 三球目もスクリューを選択。これも落ちていってアウトコースに決まってストライク。

 ストレートにもスクリューにも反応がなかったためにキャッチャーの吉野は困惑してしまう。


(倉敷が待っているのは何だ?ウィニングショットでもストレートでもない。初回から飛ばしてきたから分島のコントロールも甘くなってきた。狙い球がわからない状況でボールカウントを悪くしたくない。……横スライダーで様子を見るか)


 四球目に要求した横スライダーはすっぽ抜けたのかワンバンするような危ないボールだった。吉野はお腹に当てて前に落としたためにワイルドピッチにはならなかった。倉敷も三塁ランナーの早坂を左手を上げて止めている。分島もすまないと吉野に謝る。


 並行カウントになってしまったのでこれ以上の様子見はできない。四球の押し出しでは次の三間を犠牲フライで大丈夫と言えなくなってしまう。この場面で倉敷相手だから犠牲フライでも良いとしているが、四球の後に犠牲フライでは同点になってしまうからだ。


 勝負はここしかないと見た。

 スクリューに全く反応しなかったので決め球もスクリューにした。この終盤でスクリューの連投はできるだけ避けたかったが、倉敷を確実に抑えるためにはこれしかなかった。


 アウトコースから更に沈んでいくスクリュー。できれば空振り、当てられたとしても内野ゴロにできるような低目を要求した。

 そのサインに納得して頷き、セットポジションからボールを放った。ボールが指から外れた瞬間にバッテリーは目を見開く。


((まずっ!逆球だ⁉︎))


 高さは問題なかったが、コースは真逆のインコースに行ってしまった。ストライクゾーンからボールに沈んでいくそれに、倉敷はこの打席で初めてバットを振った。


(来た!インコース(・・・・・)!)


 倉敷が絞っていたのは球種ではなかった。高さでもなくコースだけ。インコースにボールが来ればプルヒッターとして確実にヒットを打てるという自信があった。

 彼は典型的なプルヒッターで、インコース打ちのスペシャリストだ。それは彼が才覚を示した中学時代から変わらず、インコースのボールをレフトスタンドに飛ばすのが好きだった。アウトコースはあまり飛ばないので好きではなかったが、とにかく引っ張るのが好きだった。


 帝王に入ってチームバッティングやアウトコースに外されたボールを打たなくては打つボールがなくなってしまうためにそういった練習もしていたが、彼の本質はインコースヒッター。

 入学する前からもかなりの量の素振りをこなしてきたが、帝王に入ってその量は更に増えた。先輩たちが積み上げた実績、打の帝王に相応しい打撃練習の質と量。寮生活で可能となった誰かとの遅くまでの練習、一年から背番号を託された自負。


 同じ打者としてライバルとも言える同級生の葉山という存在。他校にもいるライバルたち。そして知ってしまった甲子園という蜜の味。あのスタンドへ叩き込むホームランの感触。自分の打撃の結果でどよめくスタンド。

 これらを知って更にバットを振る量を増やしていた。四番としての自覚を背負ってきた。

 身体がもう、憶えている。どうすればバットにボールが当たるのか。どうすればボールが飛ぶのか。腕の角度は、込める力は。フォールスローは。


 それらを無意識のままに、バットを振り抜く。打球音なんて覚えておらず、ただ倉敷は一塁へ駆ける。

 打球は綺麗な放物線を描いて左中間の深くへ飛んでいった。左中間を詰めていた萩風が必死になって追う。

 外野はシングルヒットと犠牲フライを警戒してそこまで下がっておらずほぼ定位置で守っていた。だが打球はグングン伸びる。ホームランはなくても、飛距離は十分すぎる。


「間に合わない!」


 萩風はそう判断してノーバウンドで捕ることを諦めて膨らんで捕球しようとする。ただ左中間を抜かれるより、最短距離でバウンドしたボールを掴むために。

 萩風のその行動を見た瞬間にランナー全員がスタート。ボールが落ちた時にはスタンドが一斉に湧いて女子生徒の一部は抱き合っていた。


 萩風がツーバウンドで捕球してすぐに内野へ返球する。グラウンドの奥までボールが行かなかったことと、萩風からレーザービームの返球が来たことで一塁ランナーの遠藤は三塁を回ったところで急ブレーキをしたが、二塁ランナーの間宮は余裕の生還。

 三塁ランナーの早坂も当然帰還しており、同点となる二点タイムリーツーベースとなった。

 打った倉敷はスライディングの後に立ち上がり、スタンドに向かって拳を振り上げていた。


「おっしゃあああ!」


 それに応えるようにベンチもスタンドも大盛り上がり。我らがスラッガーが大仕事をこなしたと拍手喝采だった。

 この失投を産んだのは打線全員で分島を消耗させたから。誰も彼もがどんなボールにも喰らい付き、様々な手段で白新というチームを脅かしたからだ。


 七回だというのに百二十球を超える球数。凡退しても守備にプレッシャーを与えるような強い打球。守備でもミスすることなく相手の得点を最小限に抑えてプレッシャーを与え続けた。

 その積み重ねの結晶が、この二塁打だ。

 それをスタンドもわかっているので拍手は倉敷だけではなくチーム全員に対して送っていた。


「どらあ!これが俺らの四番でい!」


「倉敷先輩愛してる〜!」


「三間、決めてこい!まだまだチャンスだぞ!」


 その盛り上がりは、結果は帝王だけに与えたわけではない。打たれた側の白新はまさか分島のウィニングショットが打たれるとは思っておらず、必死に取ったホームランも合わせた得点までイーブンに持っていかれた。

 そして観客やスカウトたちは軍配の上がったドラフト候補生同士の勝負に胸の高鳴りを抑えられなかった。


「分島の調子だって悪くない。むしろ絶好調だ。そんな分島からマルチヒット……!」


「この終盤での追い付きは素晴らしい!分島以上のピッチャーは白新にいないし、打線だってあまり繋がっていない。帝王はまだエースの真淵も温存している……。しかもまだチャンス!」


「続くのはゴールデンルーキーの三間だ!まだ一アウト、火を噴く可能性は高い!」


「ゲッツーの可能性もない。ここは打つしかないな」


 帝王としてもここは一気に突き放したいところ。二打席目と三打席目に良い当たりを打っている三間だ。今日はノーヒットとはいえ期待ができるバッターだった。

 そんな様々な場所からの期待を受けて三間は打席に入る。


「おっしゃあ!打つで!」


 左打席で吠える一年生スラッガー。

 それに対峙する分島は、顎から滴り落ちる汗を拭ってキッと睨み付けた。


次も三日後に投稿します。

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