2ー3ー4 四回戦・三苫高校戦
奇跡。
大山は早坂をライトフライに打ち取って迎えた二番間宮に対して。
さっきまでクソボールとナイスボールが混在していたのに、一転してはっきりとわかるボール球しか来なくなった。全部大枠を外し、ストライクは一球も入らず四球。
いきなり化けの皮が剥がれたかと思った間宮は初球でスチールを敢行。盗塁は成功したものの147km/hのストレートがインハイに突き刺さり葉山は空振りをしていた。葉山は援護のためにわざと空振りをしたのではなく、打ちに行って当たらなかった。
(皆の言っていたようにシュート回転やボールが沈んだりしていたか?伸びてはいないが、ごく普通のストレートだったような……)
事前情報と異なり、首を傾げる葉山。二球目が大きく外れたことで間宮は三塁に到達していた。捕手の高野は投げることも諦めていた。彼自身肩はそこまで強くなく、送球のコントロールもてんでない。
投手の大山もクイックはできない上に牽制なんてさせたら大暴投をして一点を計上しかけない。だからこのバッテリーとしてはランナーは全て捨て置くしかないのだ。
三球目はたまたまカーブがアウトコースの良い場所に入ってストライク。葉山としてはストレートを待っていたためにタイミングがズレて振ることもできなかった。
カーブは頭にあれば打てる程度のお粗末なものだった。追い込まれた以上カーブにも意識を残しておくが、それをクリーンナップである自分に決め球として使ってこないだろうと葉山は予測していた。
大山は明らかにストレートに自信を持って投げている。そのため最後に来るのはストレートだと決め込んでいた。
四球目が放たれる。ストレートと速度が変わらないボールを振り切ろうとバットを加速させる。三苫の守備なら転がせば間宮が生還してくれると信じていた。
そこからボールは沈む。沈んだのは10cmにも満たないが、ミートポイントがずらされたのは事実だ。転がそうと思っていた葉山にとってボールが沈んだことでそれはどん詰まりの当たりになる。
そのボールはストレートではなく、140km/hではあるものの若干沈む2シームだった。
大山がスッと出したグラブにワンバンで収まるボール。ピッチャーゴロでは間宮も突っ込めず三塁に釘刺し。大山はゆっくりと一塁へ送球して無難にアウトを貰っていた。
これで二アウト。得点圏までランナーを進めたものの、ここで無得点だと三苫に勢いを渡しかねない。その懸念を払拭させるべく、帝王はチームの誇れる主砲を信じる。
「四番サード、倉敷くん」
「倉敷先輩、ここで一発!」
「点差があった方が小林が投げやすいぞ!頼む!」
倉敷がコールされたことでスタンドが声援を送る。
小林はさっき見事に三苫打線を零封したが、次もそう上手くいくとは限らない。そして得点圏で主砲に回ったのだ。追加点に期待するのは当然のこと。
次の七回からはコールドが七点差で成立するので一応点差としてはコールドが成立する。だがそれは前提条件として小林が強力な三苫打線をもう一度零封したらだ。
どんな爆発を見せるかわからない打線だ。できるなら一点でも多く取って打線として援護してやりたい。
そして──強打を誇る帝王だからこそノーコン投手の一年生に二回も抑えられるわけにはいかないという思いもある。
そういう諸々を背負って倉敷は打席に入る。その初球。インローに綺麗に決まるストレートに倉敷は反応できず主審の腕が上に上がる。
(……こいつ、明らかに俺や葉山の時だけコントロールが良くなってる?あのクソボールは演技か、強打者との対決に高揚するタイプか……。多分後者だな。というかシュチュエーションとかそういうのでスイッチが入るタイプ。こう、逆境が好きとかそういう変な奴)
倉敷はそんなことを考えながらアウトコースに来たストレートにバットを振り抜くとライトのファウルスタンドへ軽々と飛ばしていた。ボールも重くなく、スピードだけなら十分対応できるものだった。
あとはタイミングとバットの角度が合えばフェアゾーンに飛ぶと確信する。
三球目。
倉敷はカーブも2シームも捨てていた。そんな小細工に頼って四番を討ち取ろうと考えるような奴ではないと思っていた。
大山はランナーを無視してワインドアップで振り被る。倉敷も来るなら来いとバットを握り締めた。
ここで初出しの情報を出すとすると。大山はこの試合が公式戦初登板だ。
三苫としてもそうだが、彼は投手として公式戦でマウンドに上がるのが初めてなのである。
中学二年の夏にいきなり投手にコンバートし。そして練習試合で醜態を晒して中学のチームは解散し。残った一年生も部活を辞めたためにその後は監督とワンツーマンで身体を鍛える日々。
試合経験が圧倒的に足りず、三苫では何度か練習試合に出させてもらったが、公式戦という負けたら終わりの試合に投げるのは初めてで、練習試合の相手もそこまで強豪ではなかったので強者と戦うのも初めて。
そんな初めてだらけの彼が、打者である倉敷だけを見つめてセオリーを無視したワインドアップで投げたらどうなるか。
筋力をつけることばかり重視してフォームを固めるということをしなかった大山は。
踏み出しの歩幅を誤り、見事に踏み外した。
そしてそれが、本当は最適な歩幅だとは誰も気付かなかった。
いつもより短いステップ幅。それが大山にとっては最適だったが、力を伝えるには下半身が急ブレーキをかけてしまい力が篭らず。
ある意味リラックスした状態で放たれたボールは真ん中高めに突き刺さった。
回転も綺麗なバックスピンで伸びるように畝り、倉敷のバットはこのピッチャーのボールが伸びるとは思っていなかったためにバットは空を切った。
投げた本人も空振りをした打者も、受けた捕手も全員が驚く一球だった。正直今までの伸びないストレートだったら倉敷のバットの軌道はジャストミートだった。柵越えも期待できるほど完璧なスイングだった。
倉敷が空振り三振に倒れたこともそうだが、電光掲示板に表示された球速に球場は再び揺れた。
「149km/h⁉︎やべえ、やべえって!」
「一年でさっきの自己最速超えてきやがった⁉︎こいつなら将来160km/hも夢じゃねえぞ⁉︎」
「倉敷も空振るストレートだ!今日来て良かったぁ!」
「これからが一気に楽しくなって来たじゃねえか!」
野球ファンの大人が叫ぶ。
150km/hに迫るボールだ。高校生で投げられる投手がどれだけいることか。その上大山はまだ一年生。将来を期待してしまってもおかしくはない結果を示した。
ノーコンなのは二年もあれば治るだろうという願望を観客は隠せない。投手に全く定評のない三苫に幻想を抱いてしまっているが、それだけ夢のある数字が飛び出たのだ。
これをやってのけたのが一年生で無名。しかも相手は帝王の誇るスラッガーということで熱はどんどんと帯びていった。
大山は側から見れば伸び代しかない投手だ。
クイックもできず、牽制も一回もしない。コントロールも悪く、おそらく左打者が苦手。フォームも完全に固定化できておらず、変化球も一種類だけ。
高校一年生なのだからまだまだ身長も伸びて横幅も増やせる。高校生の間だけでどれだけ成長できるか、成長の早い高校生を長年見て来た高校野球ファンこそ期待を膨らませていた。
一年の時は名前も知らなかったのに、三年生になったらチームの中核にいる。それは弱小だろうが名門だろうが変わらない。中学の実績なんてなくてもいつの間にか強豪のキャプテンとして名を馳せているなんてことも多々ある。
智紀や三間、阿久津なんてU-15やシニアの全国大会で活躍しているのだから高校に入ってからの活躍なんて順当としか言えない。
それ以外の選手がたった二年で這い上がってくるのを見るのが楽しみなファンもいるのだ。
そういう人種にとって大山は非常に魅力的に映った。スピードボールを投げられるというのは才能が物を言うことと、一年生の段階でこの速度を出せるなら本当に160km/hも目指せるだけの素質があるのではと思わせる成果を見せつけていったのだ。
そんな期待しかない選手が無名。ジャイアントキリングといい、こういう選手が好きな人間は一定数いたために今はかなり盛り上がっているのだ。
観客席や三苫側のスタンドが盛り上がる一方、帝王ベンチは至って冷静だった。
倉敷とはいえ絶対に打てる打者ではないことを知っている。それに投げる時にフォームが崩れていたのであのストレートもマグレだとわかっていた。
そのため何もなかったかのように守備に就く帝王のメンバー。この回を抑えればコールド勝ちであることは何一つ変わっていない。
小林は念入りにマウンドを均す。大山とはステップ幅がだいぶ違う上に、本来残っていないはずの二種類の穴があるのだ。これに引っかかったら生命線であるコントロールを損なうので丁寧に均した。
こういうことに時間をかければ時間にうるさい審判が注意をすることもあるが、主審は大山の最後の一球がフォームを崩していたことを正面から見ていたために小林の整地の時間を容認していた。
準備を整えて投球練習をする。均してしまえばそこからはキビキビと動いたために審判団も注意をすることはなかった。
小林は速いストレートを投げられない。だが、その投球術で全国に名を残す帝王で二番手投手の座を勝ち取ったのだ。
冷静さを失ったら自分のピッチングは崩壊する。そういう自己分析ができていたために相手の奇跡に動じず相棒である中原のミットだけを見ていた。
小林の仕事は真淵へバトンを渡すこと。真淵が全力で投げられるように先発でも今日のようにリリーフでもこなして帝王の勝利を導くこと。
そう割り切っている人間は、強かった。
次も三日後に投稿します。
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