1ー3ー2 四回戦の前に
三苫高校の実態。
時間になって、千紗と福圓、木下を含む他の試合の偵察部隊が前に出てTVを準備していた。カメラを接続して三苫高校が勝ち上がった試合を見ることとなる。
勝ったのは三苫高校だと知っているが、どういうスコアでどういう試合だったのかほとんどの部員は全く知らない。昨日は調べるつもりもなく練習をしていたし、こうやって調べてもらえるのだから相手がわかってから見れば十分だと考えていた。
基本は一軍がTVの近くに陣取り、智紀と三間は一年生の中に入って見ていた。一番の理由は高宮が選手名鑑を広げているからだ。
まだ準備が終わっていないので、選手名鑑を広げている高宮に三間が質問をする。
「高宮。一年生はベンチ入りしとるんか?」
「二人してるな。背番号十九と二十。二十の方はシニアで打撃で有名だった山田。ポジションはファーストで長距離よりも打率で有名だった奴だ。ストレートに滅法強かったな。智紀は戦ったことあったか?」
「あー、氷室シニアの山田?だったらストレート打たれたな。戦ったの一回だけだけど、綺麗に二本打たれたから覚えてる」
智紀はシニアの一年の秋以降ずっとエースだったので東京のシニア大体の選手と戦っていると言っても過言ではない。それでも印象に残っている選手は多くない。日本代表に選ばれた選手や今同じチームになった三間などと比べたら印象は薄れていく。
山田は綺麗なヒットを打つ選手だったので智紀も覚えていた。智紀が覚えているのはもっぱら打者で、対戦相手の投手はあまり覚えていなかった。
本質が投手なので投手よりは野手の方に興味が湧く。投げ合いということより、どれだけ相手を抑えるかという方に意識が向きやすい。だから打たれた相手の方が覚えている。
「そう、その山田。打撃のチームに行って然るべき奴だよ」
「ほーん。智紀、初対決で二本も打たれたんか?」
「ああ。四の二。打点も一か。三苫に行ったんだな」
「んじゃあこのもう一人の大山って奴は知っとんのか?」
「知らない。高宮は?」
「俺も知らないな。シニアでもボーイズでもないはずだ」
背番号十九、大山については誰も知らなかった。千駄ヶ谷も仲島も知らなかったためにシニアでもボーイズでもないのだろうと推測する。
三苫は強豪校だ。そこに一年生ながらベンチ入りできるならある程度の実力があるはずで、一年生の中でも有力候補が誰も知らないのでおそらく軟式出身だろうと結論付けた。
「あ、こいつ氷川中じゃん。あそこ出身かあ……」
「何か知ってるのか?阿部」
「なんか二年の時に問題起こしたかなんかで秋以降公式戦に出なくなったんだよな。その前には萩風っていう凄いキャッチャーがいたから結構有名な都立中学だったぞ」
「萩風?そいつセンターじゃなかったか?シニアにいたけど別の奴?」
「いたな。強肩強打俊足好守。全て揃った外野手」
阿部の情報が加わったが、新たに出てきた人物の名前に高宮と智紀が反応した。
二年の秋以降に出てきたユーティリティプレイヤー萩風。智紀は戦ったことがなく試合を見ただけで、高宮は実際戦ったがかなり印象に残っている選手だ。
内野安打を打てるほどの俊足、広い守備範囲。センターフライのタッチアップをノーバウンドのレーザービームで刺す強肩と送球の良さ。かと思えばホームランも打てるそんな四番だった。
高宮はなんとか粘り勝ち、智紀はそんな高宮と萩風のシニアの試合を観戦していたので知っていた。
萩風なんて珍しい名字であることと、二年の秋からいきなり現れたことから軟式から転向してきた可能性は高かった。
「萩風って確か白新に進学したはず。……げ。背番号八貰ってるぞ」
「一年で?白新でそれは凄いな」
「うん、萩風の出身中学も氷川だな。何かあったんだか、萩風が中二で覚醒したかのどっちかだろう」
次の対戦相手は白新ではないので萩風や氷川中について語るのは終わる。
そうやって話している間に準備が終わったようだ。東條監督が手を叩くことで全員静かにして前を向く。
三軍で三年生の関本が代表として話し始める。
「まず、勝ったのは三苫高校です。チーム構成もいつも通りの攻撃偏重型。予選もこれまで一・二回戦を五回コールド、三回戦を七回コールドで勝ちました。知っている人には言うまでもありませんが、いつも通りのチームです」
そう言って映像を見せ始める。三苫高校の先攻のようだ。
「チーム打率は驚異の五割越え。甘いボールは下位打線でも確実に長打にしてきます。特に上位打線はウチの打線と遜色ないでしょう。その証拠に初回に五点先取しています」
早送りを繰り返しながらヒットのシーンを見せていく。打球も強く、長打も単打も放っていた。ただ気になるのは全員がフルスイングをしていて、単打はむしろ打ち損じのような表情をしていた。
フルスイングだからこそ、打ち損じだったらボテボテの内野ゴロか高く打ち上がったフライだった。バントやエンドランといった作戦はなく、とにかく打って打って打ちまくるという脳筋戦術だった。
「何や?あのフルスイングばっかで何も考えてなさそうな打撃は」
「そういうチームなんだよ。何でもかんでもフルスイング。実際何も考えてないんだ。そういう奴しか集まってない。偏差値低くてバカばっかだからっていう説があるぞ」
「ひど」
三間と高宮がそんなことを話しているうちに一回の表の攻撃が終わった。とにかくボール球だろうが打てそうなボールだったらひたすらに振っていくというようなチームだとわかった。
そして守備になって関本がもう一度説明を始める。
「エースの鈴本。球速は140km/h前半ほどですがコントロールが良くありません。変化球もカーブしか確認できていません。その証拠にフォアボールで自滅していきます」
四球とヒット、それにエラーで二点を失っていた。
三間がその杜撰な守備に眉を吊り上げていく。
「三苫はいつも通りだなぁ。二遊間がしっかりすればまだ良いチームになるんじゃね?」
「それができたら三苫にはならないだろう。だから俺たちは帝王に来ている」
「そりゃそうだ」
間宮と葉山がそう言いながらつまらなそうに映像を見ている。三苫の守備への力の入れなさっぷりは毎年恒例で見飽きているのだ。
どれだけ打とうが投手や守備で自滅する。接戦で大事な場面だというのにエラーやワイルドピッチによって逆転サヨナラなどが多いチームなのだ。
今年もそういうチームだと変わっていなさそうで特に三年生が呆れていた。
強豪校ではあるものの、選ばなかった理由だ。本当に打撃だけが好きな人間なら進学するが、そうでもない人間は行かない。あとは受験で失敗しなければ。
「こんな杜撰で、よく強豪校に残れるわな」
「それだけの打撃力があるんだよ。相手投手を打ち潰して疲弊させて根こそぎ点を奪っていく。圧倒的に引き離して多少の失点は気にしなくていいようにして逃げ切る。そういうチームだ」
「草野球か?」
「スコアはいつもそうだな。ずっとシーソーゲームだぞ」
高宮の説明通り、点を取っては取られて、スコアボードに0が並ぶ暇がなかった。どんな投手でも打ち潰せる打力は凄いとしか言えないが、それにしては他の部分がお粗末すぎて高校野球を見ている気分ではなかった三間が口をへの字にする。
こういう博打なチームが好きで一定数のファンもいる高校だった。戦う身分からすればたまったものではないが。
各打者の特徴なども説明されながら四回が終わる頃。守備の交代があった。
三苫のエース鈴本がマウンドを降りてそのままベンチへ。背番号十を付けた二番手の平沢がマウンドへ上がっていた。
「ああん?エースが五回前に降りるぅ?」
「三間、よく見ろ。四回七失点だぞ?球数も相当だろうし、むしろ引っ張った方だ」
「ああ、四球が多いから球数が多いんか。……ほんまにアレがエースか?」
「そう言いたくないだろ?だからピッチャー志望はあそこに行かない。噂ではジャンケンで負けた奴がピッチャーやってるんだと」
「はぁ?……そういうガッコなんか」
「そういうこと」
二番手の平沢が二失点で抑えればコールドだったのに、ここで四失点。また乱打戦を繰り返して、結局七回に三番手を投入。その三番手も失点しながらもどうにかコールド成立の点数以内に収めてゲームセット。
打力は凄いが、守備が酷すぎるという総評だ。投手も誰もがノーコンで四球・死球が多すぎるチームだった。
「見てもらったが、相手の打線をしっかり抑えてこっちはとにかく鋭いゴロを打てば勝手に相手が自滅してくれるチームだ。さっさと切り上げて勝ち進むぞ。そういうことで先発は真淵、お前に任せる」
「はい」
東條監督によって先発投手は告げられたが、他のスタメンは発表されなかった。相手の打球の強さから午後の残りの時間は守備に当てられることとなる。
準備のために部員が食堂を出始める中、智紀と千紗は東條監督に呼び出された。
「智紀。次の試合、お前は完全休養だ。代打だろうがリリーフだろうが出すつもりはない。試合までも調整だけで済ませてくれ。この後の守備練習も入らなくていい」
「えっと、熱を出したからですか?」
「そうだ。それに投手も野手も頼れる奴は多い。準決勝、決勝を見越して休んでくれ。宮下。弟のケアを頼む」
「わかりました。専属ってことで良いですか?」
「許可する。宇都美コーチから調整用のメニューをもらって無理しないようにしっかりと見張っておけ」
「はーい」
というわけで千紗が付きっ切りでストレッチやバランスボールなどの軽いメニューを消化していくことになった。
この頃には千紗が智紀の姉だと周知されていたので女子たちのやっかみの視線は一切なかった。その辺りも考慮して東條は采配していた。
もっともこの数日、練習中は智紀を独占できて千紗は終始機嫌が良かった。
次も月曜日に投稿します。
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