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その6 窮鼠の一撃

「具体的な内容を教えなさい」


 ふわりと宙を漂いながら、音も無く俺に近寄ってくるステア。


「こいつを使うのさ」


 俺は腰に下げた雑嚢から、透き通った薄浅葱の石ころを取り出した。


「それは!? ……なるほど、そういうことか」


 腕を組み、納得したように頷くステア。俺の狙いを看破したらしい。

 まぁ、この"アイテム"を出した以上、猿でも理解できるというものだ。


 俺が手に持つ石ころは、その名を『呪印石』という。端的に言うと、目当ての魔物を強制的に自分のペットにするマジックアイテムで、魔物の魂を呪いで縛り、呪印石の所有者に隷従させるという特殊な石だ。

 使用条件は単純。魔物をボコって弱らせた後、呪印石を魔物の肉体と接触させつつ、魔力を通すだけ。魔物の体力や精神力次第では抵抗されるので、なるべく衰弱させてから使用した方が成功率が上がる。

 下手な雑魚を捕まえても意味がないと欲を掻いて、結局使わないまま死蔵していた"とっておき"だ。……下手な雑魚じゃなくなると、俺一人で相手にするのが厳しくなるので、どっちにしろチャンスが巡ってこないというジレンマに陥ったのはここだけの話。

 この呪印石は大分前に迷宮の宝箱の中から見つけた代物で、一説によると輪廻を司る神リグナシオが気紛れに作製した『アーティファクト』であるらしい。

 俺も詳しい話は知らないが、売ればそれだけで一生遊んで暮らせるような大金が手に入る貴重なお宝だ。


「倒すのが難しいなら、無理矢理にでも手懐けてしまえってわけだね。悪くない考えだけど、相手は腐っても竜種。弱らせるのは容易じゃないよ? 彼奴の魔力が尽きれば、あの厄介な再生能力も失われるだろうけど、それまでちまちまド突き合うのも、ちょっと……」


 彼女の言うことは最もだ。カースドドラゴンにいくら傷を負わせようとも、端から回復されてしまうのは目に見えているし、俺としても長期戦は遠慮したい。


「わかってる。それは俺がなんとかしてみせる。あんたはとにかく攻撃を続けてくれ。できるだけ、色んな部位に」

「へぇ……なんとかしてみせる、か。随分と強気だね。さっきまで子鹿のように震えていたのに」


 ステアはニヤリと薄い笑みを浮かべる。それは冷たい嘲笑ではなく、温かい揶揄いの笑みだった。


「あんたの強さをこの目で見たからな。あんたなら、俺を生かしてくれると信じてるぜ」

「おっと……そんなに真っ直ぐに見つめられたら、照れてしまうね」


 そんな言葉とは裏腹に、少女の外見をした世にも美しい吸血鬼の邪王は、楽しそうに空中で身体を回転させた。

 黒いワンピースの裾がふわりと踊る。


「フフッ……面白い。君は実に興味深い人類だね。いいだろう。改めて、君の信頼には全力で応えることを約束しようじゃないか」

「頼んだ」

「ん、任せなさい――っと、ようやくお目覚めかな? 主人を差し置いて昼寝とは、いいご身分だね」


 鷹揚に頷いたステアの瞳が、ふと脇に逸れる。その視線を追えば、戦闘不能に陥っていたグラムが復活を果たしていた。溶け爆ぜた半身も元通りに復元されている。

 グラムは直剣を持ち直し、軽く素振りすると、だらりと腕を降ろした。

 次の瞬間、爆発的に魔力が高まる。その身から漆黒のオーラが溢れ出し、纏わりつくと同時に、グラムの威圧感が急激に増した。

 これは深淵魔法か? デュラハンの時にも見た気がする。


「傲ル無縫ノ黒帷子……まだ凍テツク黒燼ノ鎧は無理か……。まぁ、第五位階相当では仕方ないのかな」


 どうやら、凍テツク黒塵云々……長いので黒燼鎧と略すが、それの下位互換の魔法らしい。

 少し不満そうな顔を残し、ステアは興味を失ったとばかりにカースドドラゴンへ飛んでいく。グラムも主人の後を追い、搔き消えるようにして疾駆した。


「――よいしょっ」


 麗しい外見をした少女の軽い掛け声。拘束されたまま荒れ狂うカースドドラゴンの顔面に豪胆な右ストレートが突き刺さる。

 ドゴンッと空気の震える轟音が響き、引き千切れた血の鎖諸共、呪屍竜が盛大に吹き飛んでいく。

 その巨体がボロ雑巾のように宙を舞っている間に、視認すら許さない速度で先回りしたステアは爪先を垂直に振り上げた。

 背骨をど真ん中から蹴り抜かれ、カースドドラゴンの肉体が真上に弾け飛び、頭から天井に突っ込んでいく。

 恐らくは骨を砕かれたのだろう。独特の異音が俺の耳にまで届いた。


 地面を揺らす程の衝撃と、パラパラと降ってくる土埃。


 すぐさま、カースドドラゴンの咆哮が轟いた。最初の右ストレートで頭部の半分以上を粉砕されたのか、派手に白煙をあげて再生させていた。相変わらず、左目にはグラムの鉈が突き刺さったままだが。

 瞬時に頭部を癒したカースドドラゴンが、ヤモリのように天井に張り付き、喉の奥に怖気の走る紫色の光を湛えていく。


「あれは――ッ」


 ドラゴンブレスの構え――そう意識して、身構えるより先に、グラムの背中が視界に飛び込んできた。

 ステアのように浮遊はできないらしく、純粋な脚力だけで、天井までスッ飛んでいったようだ。

 あわや、ブレスが放たれるかと思いきや、寸でのところでグラムの直剣が上顎に突き立てられる。


「――!!」


 強引に口を閉じられたカースドドラゴンの口腔内でブレスが炸裂した。

 紫色の毒々しい閃光が迸り、天井付近を焼き尽くしていく。

 グラムは巻き込まれる前に、素早く離脱したようだ。軽快な身のこなしで地面に降り立つ。その右手には、ドラゴンの顎に残してきたはずの剣が握られていた。恐らくは何らかの能力で回収したのだろう。


 派手に自滅し、再び頭部を半分程失ったカースドドラゴンが力無く地上へと落ちてくる。


「天穿ツ黒キ焔槍」


 間髪入れず、ステアの魔法が飛ぶ。

 連なる黒い炎の槍に穿たれて、カースドドラゴンの肉が次々と燃え爆ぜていく。

 そこへグラムが飛び込んでいき、直剣を振り被った。


「――!」


 首の付け根のあたりを斬り付けようとしたグラムだったが、それを嫌がったカースドドラゴンが腕を薙ぎ払って迎撃する。

 グラムは左腕のバックラーを翳してドラゴンの爪を防いだものの、大きく後方へ弾き飛ばされてしまった。

 その有り余る生命力と再生能力故か、基本的に敵の攻撃を避けようとしないカースドドラゴンにしては、どうにも過剰反応に思えてならない。

 そういえば、これまでも首筋付近への攻撃に関しては回避を試みていた気がする。


 ……。

 もう少し様子を見よう。


 ――それから暫くの攻防が続き。


 幾度もステアの深淵魔法とグラムの剣閃、呪屍竜のブレスが飛び交い、一進一退ともいえない膠着状態が長引き始めた頃。


 正面から顔面を狙い撃つステアの魔法と、首の付け根を狙ったグラムの斬撃がタイミング良く重なった瞬間――カースドドラゴンはグラムの迎撃を優先した。

 グラムとは比較にならない攻撃力を有しているステアを無視して。


 これはまさか――と思いつつ。


「なぁ、あいつの首筋付近に攻撃を集中させてほしいんだが……」

「ん? 何か気付いたのかい?」


 カースドドラゴンから俺を庇う立ち位置で浮遊しているステアが、顔だけ振り返る。


「確証はないんだ。だからこそ、確かめたい。やってくれるか?」

「当然さ――グラム、往きなさい」


 一切の逡巡なし。力強く承諾してくれたステアはグラムに命令すると、自らも深淵魔法にて攻撃を開始する。

 不死の竜に対し、苛烈に攻める吸血鬼の少女と悪霊の騎士。

 そして、これまで2人の攻撃に対して緩慢な反応しか見せなかったカースドドラゴンの動きが変わった。

 首筋に飛来する魔法を嫌がり、胴体や尾を盾にするような行動をとり始める。


「動きが変わった――!」


 予想通りだ。俺の考えが正しいものであると証明するように、ピースがひとつひとつ嵌っていく感覚。一挙手一投足を見逃すまいと、全神経を集中させて観察に徹した。

 視界に収まる2人の勇姿。カースドドラゴンの右側面からステアの魔法が、左側面からグラムの斬撃が襲い掛かる。


 ――果たして、カースドドラゴンは圧倒的に脅威度が高いステアの魔法を無視し、グラムの斬撃を警戒して身体の向きを変えた。


 これは、確定か。


「あんた、さっきの血の鎖でもう一度あいつを縛ってくれ。首筋に近付きたい」

「……ごめんなさい。不壊タル血怨ノ紅鎖は暫く使えない」


 ステアは不甲斐無いと言わんばかりに整った眉を八の字に歪め、肩を落とす。


「あの魔法はわたしの血液を触媒にして発動させるのだけど、その際に大量の血を消費するんだ。短時間に連続で行使すると、血を失い過ぎて倒れてしまう」

「そ、そうなのか……」


 仮にも第六位階の屍竜を完全に封じるトンデモ魔法だ。使用にリスクが伴うのは、考えてみれば当然かもしれない。


「それと、このタイミングで言うのもアレだけど……そろそろわたしの魔力が尽きそう」

「は?」


 信じられない一言が飛び出してくる。


「深淵魔法は打ち止め……というより、このままペースで闘いが続くと、わたし消滅するかも……」

「何だって!?」

「気合い入り過ぎて、魔力のペース配分間違えちゃった……」


 しょぼんと落ち込むステア。ちょっと可愛いとか馬鹿な事を考えている場合じゃない。

 やはり、俺の血を少し吸った程度じゃ、本調子には程遠かったらしい。

 ステアが消えてしまったら、俺も道連れに死ぬことになる。そんなのは嫌だ。

 いざとなったら、もう一度、俺の血を分け与えるしかないのだが……。しかし、カースドドラゴンがむざむざそれを許すとは思えない。

 ステアの吸血を邪魔されないようにグラムに足止めを命じたところで、彼我の能力差は歴然。幾許も保たないだろう。


 なんということだ……。

 奴の動きを封じる術はない、あまり時間も残されていないとなると。

 ここはもう、多少のリスクを犯してでも強引に接近するしかない。


「はぁ……こんなことなら、呪印石に"魔力刻印"なんてするんじゃなかったな……」


 己の魔力をアイテムに刻み付け、『他者の使用を不可能にする』魔力刻印――剣で例えるなら、切れ味を失ったり、重くて持てなくなったりするなどといった呪いが発揮される代物だ。

 ちなみに、飲食物や生物に刻印を施すのは不可能である。まぁ、ポーションやお酒といった中身が密封された物には、その容器に刻印を施せたりするのだが。余程高級なものじゃない限り、意味がないからやらないけど。

 魔力刻印は盗難防止に役立ち、魔力を持つ者なら誰でも行使できる一般技能であるが、一度でも魔力を刻まれた物は所持者が死ぬか、"解呪"のスキルを持つ者に依頼しない限り、その呪いが消えることはない。

 俺は盗難防止の為、呪印石に魔力刻印を施してしまっていた。これのせいで、呪印石は今のところ俺しか扱うことができない。

 これさえ無ければ、ステアに全部任せてしまえたのに。そうであれば、わざわざ無駄に手間を掛けるような戦い方をさせる必要もなく――ひいては、魔力の過剰な浪費も抑えられ、彼女を消滅の危機に晒すこともなかった。


 ……今更悔いても後の祭りだが。


「――今日だけで、何回後悔したのやら……」


 ボヤく時間すら今は惜しい。俺は覚悟を決めて、カースドドラゴンの左側面へ回り込むべく全力で駆ける。


「どんな方法でもいい! 無理しない程度に援護を頼むっ」

「えっ!? おい、君っ! 何を――あぁもうっ!」


 動揺するステアの声を背中に浴びても、止まることはしない。

 目前で行われている剣と爪の苛烈な応酬。竜の爪を躱し、時に受け流し、荒々しくも猛々しい格闘戦を繰り広げるグラムの脇を駆け抜ける。

 恐怖のあまり、そのまま停止してしまいそうな心臓を叱咤しつつ、奴の目が俺に向かないように慎重な行動を心掛ける。ステアの魔法で気配を消しているとはいえ、何が原因で見破られるかわかったものではないのだ。心理的余裕などあるはずもない。

 俺がカースドドラゴンの首筋を仔細に観察できるポジションへ移動し終えると、広場の天井ギリギリまで飛翔していたステアが一気に急降下を開始した。


「時間はあまり稼げないが……!」


 そのまま空中で縦にくるくる回転すると、なんとも凄絶な踵落としを決める。思わず見惚れてしまう程の痛烈な一蹴だ。

 急降下の勢いと回転の遠心力を利用した、吸血鬼の邪王渾身の踵落としを前に、カースドドラゴンの首は為す術なく両断される。

 大量のドス黒い血飛沫が撒き散らされる中で、紐を切られた操り人形の如く、巨体が崩れ落ちた。

 地面に血溜まりを作る頭部が煙をあげて溶けていく。同時に、首の断面部から白い煙が溢れ出した。ゴボゴボと湯立つような音も聞こえる。早速、再生が始まっているらしい。


 せっかくステアが奴の動きを止めてくれたのだ。チャンスは今しかない。

 俺はカースドドラゴンに近寄り、手早く、されど入念に首筋付近を調べていく。濃紺の体色は色彩が曖昧で、陰影がとても判りづらい。


「君ッ! そろそろ呪屍竜が動き出す! 早く離れなさい!」


 焦れて叫ぶステアの声を搔き消すように、起き上がろうとするカースドドラゴンの腕が地面に叩き付けられる。早くも頭部の骨格が完成し、筋肉が形成されつつあった。だが、まだ逃げるわけにはいかない。


「どこだ……どこにある……!?」


 目を皿のように見開き、視線を巡らせる。絶対にあるはずなんだ、左の首筋、その付け根付近のどこかに!


「くっ……ならば、もう一度首を断って時間を――あうっ!」

「なっ!?」


 死角からの尾による強襲。俺を気に掛けていなければ、余裕で回避できたであろう強烈な一撃を喰らい、ステアが吹き飛んでいく。防御の為に交差させた彼女の細い両腕が千切れて、宙を舞うのが見えた。魔力の消耗を少しでも抑えるために、自身に掛けていた黒燼鎧を解除していたのが裏目に出た形だ。

 グラムが咄嗟に主人を庇おうと動くが、その隙を突かれ、カースドドラゴンの掌に捕らえられてしまう。

 まずいぞ、これは非常に不味い。


「くそっ……どこにあるんだよッ!!」


 カースドドラゴンが本格的に動き出すまで、もう僅かな時間も残されていない。

 焦燥が不安を呼び、不安が恐怖を手繰り寄せる。

 そんな中で、視界の隅――両腕を失い、起き上がれないでいるステアと目が合った。


 ――逃げなさい


 口がそう動いたわけじゃないけど、なんだかそう訴えている気がして。


 途端に、スッと頭が冷えた。


 俺は再びカースドドラゴンへと視線を向ける。

 ヤツが必死に庇っていた首の付け根の左側。

 そこに絶対にあるはずなんだ。

 竜種として甦ったからには、己の意思に関わらず、必ず生成されてしまう"どうしようもない弱点"が。

 竜にとって、絶対不変の致命部位が。


「!!」


 本能的に危機を察したのだろうか。

 ぎょろりと、カースドドラゴンの紅眼が不可視の俺を確かに捉える。どうやら、完全にバレたらしい。


 どくん、と心臓が急激に萎んだ。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。常軌を逸した恐怖により、全身が硬直して動けなくなる。にも関わらず、俺の意思を離れて、全身が痙攣するように震えだした。


 ……だが、それすら上回るのは。


 ――唐突な、光届かぬ極黒の地獄を思わせる冷気。


 奈落の底、終の闇、文字通りの『深淵』を思わせる規格外の魔力が"どこか"から噴出した。

 その桁違いな魔力の質に、カースドドラゴンが一瞬だけ俺から視線を逸らし、別の場所へ顔を向ける。


 その紅い瞳孔の奥には、倒れ伏すステアが映っていた。


 奴の首が動いたことで、何故か一箇所だけ光を反射した濃混色の鱗。


「――見つけた」


 天井で妖しく光る水晶の輝きを、唯一つ、歪に受け止めている鱗。

 それこそが、竜の"逆鱗"。 


 焦りも、恐怖も、何もかもを追い出して、俺は地面を蹴る。事前に出来うる限り接近していたおかげで、それは目と鼻の先にあった。


「!」


 カースドドラゴンが再び俺に振り返る。長年の宿敵を見るような憤怒の瞳を向け、掌に捕まえたグラムごと、その巨腕を振るう……が、もう遅い。


 額から流れ落ちた汗の雫すら置き去りに、一歩、二歩、心眼の発動。


 視界がモノクロに染まり、空気の流れに抵抗を感じるようになる。

 景色の流れが緩やかに間延びしていく。

 左腰に帯びた和刀に手を添えて、一息に抜き放った。


 俺が唯一保有するウェポンスキル、『一閃』。

 凍テツク黒燼ノ鎧の効果で上昇した身体能力に加えて、敵の弱点へ攻撃すると確実に"痛恨の一撃(クリティカルヒット)"になるアビリティ『急所貫き』があれば、レベル3の俺でも!


「うおおあぁぁぁあああッッ!!!」


 これまで培ってきた全てを乗せて、居合の一閃。

 鞘から解き放たれた深紅の刃は、紅き閃光となって、禍々しい竜の逆鱗に食い込んでいく。

 掌に伝わる、岩石を斬りつけた時のような硬質な抵抗。

 それら丸ごと、一太刀にて両断した。たった鱗の一枚だけど。確かに斬ってやった。


「ッ!!?」


 これまでとは質の違う、苦痛の悲鳴が空間を揺るがす。

 間髪入れず、呪屍竜が憎悪の念をもって俺に口を向けた。

 その喉の奥に、紫色の光が溢れんばかりに充満していく。


 避ける術は無い。

 だが、避ける必要もない。


 次の瞬間、カースドドラゴンの掌から解放されたグラムが、奴の喉元へ突っ込んでいった。俺を灰にするだけの息吹が溜め込まれた、呪いの炎を湛える喉へ。

 大型の直剣に加えて、いつの間に握っていたのか、奴の左目に突き刺していたはずの鉈すら力の限り捻じ込んで、全身に返り血を浴びながら、それでも尚、グラムは止まらない。

 逆鱗を破壊されて、大幅に弱体化したカースドドラゴンが絶叫の代わりに血の泡を吐き出した。


 遅れて、爆発と閃光。


 激痛を伴う衝撃を間近で受け、意識と肉体が揺さぶられる。

 耐え切れず、無様に地面を転がるが、なんとか受け身をとって立ち上がり、懐から呪印石を取り出す。


「――"俺達"の、勝ちだ」


 奥歯を噛み締めて、よろよろと、倒れ込むように。

 破壊した逆鱗の奥、剥き出しになったカースドドラゴンの肉に呪印石を押し当てて、魔力を流し込んだ。


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