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その4 そうは問屋が卸さない

「お、おい!? 大丈夫か?」

「ん。ちょっと眩暈がしただけだから」


 咄嗟に抱き留めた俺の腕の中で、ステアが力無く笑う。


「ただでさえ空腹なのに、さらに追い打ちをかけるように、残り少ない魔力を労費してしまったからね。身体から力が抜けるのも当然さ」

「……そうか」


 圧倒的な怪物に思える吸血鬼でも、こうして弱ることがあるのだと知り、少しだけ気が楽になったのは内緒だ。

 そんな内心を誤魔化そうとしたわけでもないが、俺は右腕でステアを抱えつつ、左腕を差し出す。


「ほら、どうぞ」

「ん」


 既に我慢の限界に達していたらしいステアは、短い言葉を残し、カプッと俺の腕に食らいつく。

 一瞬だけ皮膚を突き破られる鋭い痛みが奔るが、それもすぐに治まった。

 こくっ……こくっ……と小さく喉を鳴らして、俺の血を嚥下していき、しばらくしてからゆっくりと口を離す。

 蕩けるような瞳で、唇の端から一筋の血を滴らせる姿は、とても官能的だった。


「……ふう、満足だ。君の血はあれだね、万人が絶賛するような上品な味ではないけれど、好きな者には堪らない珍味のような奥深い味わいがある」


 ハンカチを取り出し、丁寧に口元を拭いたステアは、俺の腕の中からもそもそ出てくると、したり顔で血の評価を始めた。先程までの弱々しい雰囲気は微塵もない。それどころか、ほぼ空っぽだった体内の魔力が少しでも回復したことで、今までよりも血色が良くなっているようだ。

 ともすれば、一種の覇気さえ纏っているようにみえる。魔力を消耗しているかしていないかで、こうも見た目の力強さが変わるものだとは思わなかった。


「これにハマった吸血鬼は、もう他の血なんて考えられなくなるだろうね。ある意味では、万人受けする血よりも性質が悪い」


 ふふん、とブラッドソムリエが笑う。

 俺は傷一つない左腕を摩りながら、珍味扱いを喜ぶべきかどうか悩み、微妙な気分に浸った。


「血を提供してくれて助かった。礼を言う」

「もういいのか?」

「ん。これ以上吸ってしまっては、君の体調に影響が出てしまうからね。魔力は回復し切っていないけど、飢えと渇きは大分満たせた」

「それは何よりだ。それじゃ、約束通り俺をここから脱出させてくれよ」


 その為にわざわざ棺から解放したのだから。途中、「この血はいかん。これ以上吸ってしまったら、歯止めが効かなくなってしまう……」なんて物騒な言葉が聞こえた気がしたが、俺の精神的安寧の為に気のせいということにしておいた。


「分かっているさ。イモータルロードの名誉に懸けて、君を無事にこの墳墓から連れ出してあげよう」


 自信ありげに薄い胸を叩くステア。


「今、失礼なことを考えなかったかね?」

「いや、別に」

「ふむ、ならばよし」


 ……怖い。


「まずは、この広間から出ようか」


 そう言うと、彼女は俺の手を掴み、ふわりと浮遊した。


「うおっ!?」

「吸血鬼の飛行能力だよ。聞いたことくらいはあるだろう?」


 吸血鬼に備わる特殊能力のうちのひとつ、飛行能力。魔物と対峙する職に就いている人類で、知らぬ者はいないほどの有名な能力のうちのひとつだ。


「本当なら『空間転移』でさっさと脱出したいところなのだけど、この墳墓全体に空間系の魔法を阻害する呪縛が掛けられていてね。面倒なことに自分の足で出ていくしかない」


 俺を連れて軽々と飛んでみせたステアは、デュラハンが空けた天井の大穴を抜けると、石造りの通路に優雅な仕草で降り立った。


「あの陰気な空間から抜け出せる日が来るとは……感無量とはこのことだねぇ……」

「まだ墳墓から抜け出せたわけじゃないけどな」

「むぅ……それくらい重々承知している。余計な茶々は無用だよ」

「そいつは失礼致しました」


 良い気分に浸っているところに水を差さしてしまい、ステアがぷくっと頬を膨らませる。とりあえず謝っておく。

 そこへ、大穴から、嘗てデュラハンだった存在が飛び出してきた。あの高さを一息で跳躍してみせたらしい。凄まじい脚力だ。


「あ、忘れてた」

「……」


 惚けたことを言うステアに呆れた目線を投げ掛けつつ、俺はデュラハンだった存在をじっと見据える。

 下の穴倉では暗くてよく見えなかったが、若干鎧のデザインが変わっていた。

 濃紺色から真っ黒な色合いに変色していたのは知っていたが、装飾の類も凝ったものへと造り替えられているようだ。特に、頭がなかったはずのデュラハンに、毒々しい紫色の長い房が付いた兜が乗せられていた。

 背丈は俺より高いものの、十分に人類の範疇といえる。見上げるような巨体だった頃と比べて、かなりダウンサイジングしていた。その分、凝縮された魔力の流れを感じるので、彼女が言っていたように第五位階相当というのは事実なのだろう。

 変異したのは武装も含まれている。身の丈を超える大剣は無く、右手には長剣以上大剣未満といった大型の直剣が握られていた。左腕に小型のバックラーを括り付け、手には大型の鉈を持っている。しかも、刃がギザギザに加工されているえげつない仕様のやつ。


「なにこれ怖っ」

「安心しなさい。こいつが君に危害を加えることはないよ」


 そんなもん当たり前だ。こいつに敵対されたら、俺の命など蝋燭の炎よりも簡単に吹き消されるに違いない。


「まぁ、こちらの戦力の増強に一役買っているのは確かさ。いざとなれば、こいつは己の存在に懸けて君を護り通すだろう。わたしがそのように命じてある。無論、わたしも君を護ろう。だから、そう邪険にしないであげてほしい」

「……」


 こいつには殺されかけた経験がある分、素直には頷けないが、とりあえず気にしない方向で納得しておくことにした。


 こうして、俺とステアの脱出劇が幕を開けた――のだが。


 結論だけ言おう。道中、おもっくそ余裕でした。


 例えば、アンデッドの大群。


「不快だ。近付くな」


 軽く腕を払っただけで一掃。


 例えば、罠が待ち受ける通路。


「往きなさい、下僕」

「――」


 元デュラハンを先に歩かせて強引に突破。

 ちなみに、落とし穴に落ちれば自力で這い上がり、壁や天井から棘が突き出してくるトラップはモロに喰らって無傷という酷いゴリ押しだった。


 例えば、3つの分かれ道。


「右」

「左」

「――」


 緊張の一瞬。


「「ジャン、ケン、ポン!」」


 結果は。


「なんでお前がジャンケンに参加しているのさ……」

「――」


 不服そうなステアの声音。しれっとしている(ように見える)元デュラハン。

 分かれ道は、真っ直ぐ進むことになった。


 幾つもの障害を、苦もなく淡々と処理していきながら、とうとう辿り着いた大きな扉。

 金属で出来た重厚なそれは、今の俺の筋力ではびくともしないだろう。


「下僕」

「――」


 主の一声に応じ、両開きの金属扉を軽々と押し開く元デュラハン。やはり、根本的な能力差が計り知れないレベルでヤバイ。


「ところで、こいつの名前は?」

「名前?」


 きょとんとした表情をみせるステア。元デュラハンも、ぴたりと動きを止めた。


「あぁ。いつまでも下僕呼ばわりじゃ、あんまりだろ」

「ふむ、そうかな? なら、君が考えてくれ」

「え、俺が?」


 予想外の返しに、今度は俺がきょとんとしてしまった。


「古来より、こういう物事は言い出しっぺが責任を持つものだよ」

「むむむ……」


 ふと視線を感じ、そちらを見てみれば、元デュラハンが何やら期待を込めて俺を見つめている……ような気がする。

 これでは、いい加減な名前を付けるわけにもいかない。何気ない一言で、とんでもない責任を負ってしまった。まさしく藪蛇というやつだな。


「んー……じゃあ、グラムなんてどうだ?」

「ほう、グラム、か。語感は悪くないね。何か由来でもあるの?」

「とある英雄譚に登場する、魔剣の名前だよ。あんたにとって、そいつが頼れる(つるぎ)であるように、と願いを込めてみた」


 今この場で思い付いた、それらしい理由を述べてみる。


「――!」

「ふむ。どうやら、こやつもその名前を気に入ったようだ」


 ぶるりとその身を震わせた元デュラハン。どういう意味を持つ反応なのか、俺には理解できないが、ステアにはちゃんと伝わったらしい。


「そいつは何より」


 ここで元デュラハン……いや、グラムに機嫌を損ねられたら、俺の身が危うくなってしまうからな。気に入ってくれたなら、それに勝るものはない。


「では、行こうか」

「――」


 半開きになっていた金属扉を、今度こそ最後まで押し広げたグラム。

 そこには、異様な空間が広がっていた。

 天井も見上げるほど高く、端から端までどれだけの面積を誇っているのか、遠近感が麻痺する程に広大だ。天井は水晶にも似た鉱石で埋め尽くされており、周囲はそれなりに明るい。どこに行ってもただ薄暗かった墳墓の中で、ここだけが異質だった。

 長居したいとは毛ほども思えない、洞窟内の空洞のような造りの冷たい空間。その奥に、小さな扉がみえる。

 まず間違いなく、出口に通じている扉だと、これまでの経験で培った勘が告げていた。


 と、いうことは――


「やっぱり、こうなるよな」


 だだっ広い空間へ足を踏み入れ、それなりに長い時間を掛けて中央付近にまで辿り着いたとき、重い音をたてて入り口が閉まる。

 さらには、中央を基点として、巨大な魔法陣が形成された。魔法陣はどす黒い魔力と真っ赤な線で彩られた、見るからに禍々しいものだ。

 この時点で、碌なことにならないのは明白だった。


「これは(トラップ)型の召喚陣……侵入者を感知し、自動で排撃するタイプだね」


 微塵も取り乱した様子をみせないステアが、落ち着いた声音で言った。

 召喚といったら、この墳墓に蔓延る魔物の性質からして、まず間違いなく不死系だろう。

 となると、不死系の何が呼び出されるのかが問題だが……ここに第六位階の御仁がいる限り、大した問題にはなるまい。

 魔術や魔法関連で剣士の俺にできることはほとんどなく、ただ召喚の魔法陣から魔物が出てくる様子を傍観するしかなかった。


 だが、それにしても、大きい。

 巨人系の魔物の中で、一番の巨体を誇るタイタンですら、ここまでの魔法陣は必要としないだろう。

 一体、どんな魔物が召喚されるのか。その疑問は、すぐに解消された。


「ちょっ、ちょっと待て!? こいつは、もしや――」

「忌々しい奴等め。一体どれだけの"贄"を用意したのか、知れたものじゃないな」


 魔法陣から徐々に姿を現したのは、巨大な体躯のドラゴンだった。口を開ければ、人一人丸呑みにすることなど容易いであろう桁違いのサイズ感である。

 デュラハンと同じく濃紺色の全身を鋭利で歪な鱗で覆っている。

 爛々と光る紅い瞳が、俺達を睥睨した。


「……贄って……どういうことだ?」

「これは深淵魔法のひとつ。『暗キ聖餐ノ対価』と言って、用意した人類の心臓の数に応じて、それに相応しい強さの不死系モンスターを呼び寄せるものなのだよ」


 唾棄するようにステアは言い放つ。


「それにしても、不死系の竜とはね――」


 竜は元々、竜系の種族として独立した魔物だ。その力は絶大で、数多くいる魔物の中でも最高峰の危険度を誇っている。吸血鬼と並んで恐れられている、紛れもない人類の天敵といえよう。

 だが、それでも命ある生物である以上、死からは逃れられない。そんな朽ちた竜が、不浄なる魔力によって悍ましい復活を果たしたのが、不死系第四位階スカルドラゴンなのだ。

 だが、 骸竜(スカルドラゴン)はその名の通り、骨だけの竜である。しかし、目の前の竜にはちゃんと肉が付いていた。これはおかしい。


「第五位階のドラゴンゾンビ? でも、それにしては肉が腐ってないし……」

「こいつは不死系第六位階、呪屍竜(カースドドラゴン)だよ」

「はぁ!? 第六――!? そんなもんが簡単に召喚できるのかよッ!」

「無理に決まっているだろう。さっきも言ったけど、『黒キ聖餐ノ対価』は人類の心臓を必要とする。わたしが棺に封印されたのが何百年前だったかは忘れたが、恐らくはその間に"同胞"がこつこつと集めたのだろうね」


 第六位階。つまり、目の前の竜はステアとほぼ同等の強さを持っているということになる。


「……第六位階もの魔物を召喚するのに、どれだけの心臓がいるんだ?」

「さあ?」


 返ってきたステアの反応は淡白なものだった。


「万を超えることはないと思うけど、少なくとも千や二千で効かないのは確かかな」

「……それもこれも、あんたを逃がさない為ってか」

「そんなところだろうさ」


 この吸血鬼、一体何をやらかしたんだよ……。


「そろそろ彼奴も動き出す、早くわたしの後ろに隠れなさい。間違っても前に出ないように。あれ相手に、君では戦いにすらならないからね」

「言われんでも、そんなの百も承知だよ」

「ならば結構。さて、久々の実戦だ。肩慣らしに丁度いい相手とはいかないけど――まぁ、せいぜい楽しむとしようか」


 ステアがどこか嬉しげに目を細めた瞬間、カースドドラゴンの咆哮が木霊した。

 それに呼応して、大地を砕くほどの脚力でグラムが疾走。直剣と肉厚な鉈をだらりと下げながら、凄まじい速度でドラゴンに肉薄する。


 こうして、俺達の――いや、主に俺の生存を賭けた、歴史に残る世紀の大決戦が幕を開けた。


――マジで、どうしてこうなった。


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