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その25 分断

 蠢く殺意の塊が、生臭い濁流となって襲い来る。

 グラムが武器を抜き放ち、自ら突っ込むようにして迎撃を開始した。

 いずれも大型の直剣と鉈を用いて、気味の悪い奇声を発しながら迫るディープワンの群れを軽々と斬り飛ばす。

 腕を振るう度に、多数のディープワンがバラバラの肉片となって宙を舞う様は、何の冗談なのかと乾いた笑みが浮かんでしまった。

 グラムは、まるで自然災害のような暴威をもって、敵を駆逐し始める。


「さて、こちらも始めようか。まずは凍テツク黒燼ノ鎧から」


 横からそっと、鼓膜をくすぐる心地良い音色が届いた。この名称は、以前にも一度聞いた覚えがある。確か、黒い炎がローブの形を成して身体を覆うやつだ。敵の物理攻撃及び魔法を遮断する強力なシールド機能に加えて、身体能力を飛躍的に向上させる魔法だったはず。

 ステアは軽々と用いるが、本来は『深淵魔法の極致』ともいえる超高等魔法であるらしい――あくまでも人類側の有識者がそう定義しているだけだが――だが事実として、第五位階相当であるグラムは行使できないのだから、あながち間違ってもいないのだろう。


 早速、俺の身体に黒い炎が纏わりついた。


「あとは卑賤ナル陰ノ衣を――」

「いや、それはいい。魔力が勿体無いから、温存しといてくれ」


 さらに魔法を詠唱しようとしたステアを止める。 卑賤ナル陰ノ衣は、対象の透明化に加えて、他にも色々と誤魔化してくれる隠蔽魔法だったか。

 今回の相手は数が異常に多いとはいえ、俺も真正面から闘うことができる程度の魔物でしかない。なので、これ以上のサポートは過剰援護となってしまう。黒燼鎧の効果を得ている今の俺なら、尚の事。


「いいの?」

「今はな。もしヤバくなりそうだったら、その時は頼む」

「ん、わかったよ」


 短く頷いた後、鉄扇を取り出すステアを見届けて、俺は背中の長剣を抜いた。


「後ろは任せたぜ」

「任されよう」


 そう言い置いて、俺はディープワンの大群に向かって駆けた。

 身体が物凄く軽い。カースドドラゴンと相対した時は、余りにも精神的余裕が無さ過ぎて全く実感できなかったが、ステアが施してくれた強化魔法の恩恵は筆舌に尽くしがたいものがある。


 頭上から振り下ろされる鋭い爪を敢えて剣で流さずに腕で受け止めてみると、黒い炎が弾けて衝撃を柔らげてくれた。俺の腕には擦り傷ひとつ付かず、逆にディープワンの爪を焼き焦がしていく。

 聞くに耐えない絶叫をあげて仰け反る魚人の顔に拳を突き入れると、鈍く生々しい音を立てて物言わぬ肉塊へと成り果てた。


「えっ……」


 首無し魚人がゆっくりと傾きながら、仰向けに倒れる。そのまま、赤黒い液体と化して海面に取り込まれていく。

 想像を遥かに上回る結果を目の当たりにして、思わず肉体が硬直してしまいそうになり、慌てて気を引き締めた。

 スキルはおろか、一切のアビリティ効果が乗っていないただの拳打が、一撃必殺の威力に昇華されている。自らの肉体を武器として、敵と苛烈な肉弾戦を演じる格闘家系列のジョブならまだしも、上級職とはいえ、剣士の拳でこれとは……。


「深淵魔法……恐るべし……」


 改めて深淵魔法の脅威を認識しつつ、次から次へと爪やら牙やらを繰り出してくるディープワン共をひたすら長剣で斬り捌いていく。

 殺界のおかげで死角からの奇襲にも対応できるだけでなく、俺の背後ではステアがカバーに入ってくれているのもあり、なんとか対処できそうだ。


 爪が迫れば、刃の上を滑らせて受け流し。牙が向けられれば、身体を逸らして避け。返す刃で一刀のもとに斬り捨てる。

 魚人系共通の遠隔攻撃手段である水鉄砲は、同士討ちを恐れているのか使ってこない。これのおかげで、大分戦い易かった。

 他にも、奴らに潜水され、海中からこちらの足首を掴むような攻撃をされたら厄介だったが、そのような行為をしてくる気配はない。俺たちが海中に手出しできないように、このフロアにおいては、魔物側にも何かしらのルールが設けられているのかもしれない。


 唾液を撒き散らして群がってくるディープワンの首を斬り落とし、心臓を貫き、アビリティ『急所貫き』を有効活用しつつ、一太刀で屠っていく。

 実際には急所貫きに頼らなくても、跳ね上がった身体能力による強引な一閃でゴリ押しできるのだが、それでは肉体の動きに粗が出て、無駄に体力を消耗してしまうし、何より剣が保たない。

 効率的且つスマートに。繊細且つ緻密に。無駄な動作を極力排するように意識しながら、一心不乱に剣を振り続ける。

 身体の芯がブレない事を心掛けながら、足捌きは時に細かく、時に深く大胆に。魚人の動きすら利用して、必要最小限の力で骨と骨の継ぎ目を断ち、筋繊維に沿うようにして刃を潜らせる。


 俺の後ろでは、ステアが気負いない表情で、軽い感じに鉄扇を振るっていた。たったそれだけで、複数のディープワンが一瞬のうちにバラバラの肉片と化した。直接、鉄扇が触れたわけでもないのに、だ。

 見れば、ステアが鉄扇でひょいっと払う度に、鎌鼬に酷似した烈風の刃が乱れ飛んでいる。なるほど、魚人共はあれに巻き込まれて細切れにされたらしい。烈風の刃からは魔力を感じるが、スキルを使用しているようには感じられない。恐らく、幼い男児が木の枝を気紛れに振り被るような、そんな気安さであの恐ろしい風の乱刃を生み出しているのだ。


「ステア、その攻撃、かなり魔力を乗せているみたいだけど、そんなに連発して大丈夫なのか?」

「ん?」


 キョトンとした顔で首を傾げるステアは、服に付着した埃を払うかのような仕草で、大雑把にディープワンを刈り取っていく。

 しばしの間、考え込むように沈黙した後、俺の言いたい事を理解したらしいステアはころころと笑った。


「あぁ、そういうことか。心配しなくても、この程度は魔力を消費したうちに入らないよ。込めた量以上に、自然回復する量の方が圧倒的に多いからね」

 

 俺は喉の奥から出掛かった「出鱈目過ぎるだろ」という台詞を辛うじて呑み込んだ。いや、分かっちゃいたんだが。

 人類側でいえば、上位のウェポンスキルに匹敵する攻撃を無造作に放つステアの存在は、規格外なんて言葉では到底収まらない。ボソっと小さな声で呟かれた「というか、この程度、"魔力を込めた"うちに入らないのだけど……」という独り言は、聞こえなかったことにした。


 ◆  ◆  ◆


「ったく、キリがないな……」


 ディープワンとの戦闘が始まってから、どれくらいの時間が経ったのか。

 すでに山のような死体を積み上げているにも関わらず、無数のディープワンが依然として発狂したように鳴き喚きながら、四方八方から突撃してくる。

 我武者羅に突き出される腕や牙を受け流し、弾き、往なしつつ、隙を見て反撃し、魚人の屍を量産していく。


 それにしても、既にかなりの時間戦い続けているのだが、一向に疲労が感じられなかった。以前ならば、とっくにバテて、体捌きに影響が出ているところなのだが……。

 これが『極刀』のアビリティが齎す恩恵なのか。凄まじい効果だ。

 さらに言えば、戦闘開始時に比べて、振るう剣の鋭さが増している気がする。以前、教会で確認した限りでは、該当するようなアビリティはなかった。ということは、もしかすると剣鬼のジョブ特性が影響しているのかもしれない。

 剣鬼のジョブ特性がどんなものか確証が持てないのが不満といえば不満だが、一般の教会に設置された鏡ではジョブ特性を調べることはできないので致し方なし。

 己のジョブについてより詳しく知りたいなら、総本山である聖都の教会まで出向かなければならないのだが、ここから聖都まではかなり距離があるので、気軽に行けないというのが難点だ。


 事前に、もっとしっかり剣鬼という職業について知識を深めておくべきだった。上級職という枠組みに自身が組み込まれたことで、多少なりとも浮かれていたのかもしれない。慎重さが足りなかった。

 とはいえ、現状、デメリットというわけではないので、結果オーライともいえるが。


「もうちょい、しっかりしないとな……」


 そう自嘲したところで、派手に吹き飛ぶディープワンの亡骸が見えた。

 俺の視線の先、かなり先行した場所ではグラムが無双している。それも、圧倒的な膂力による力押しではなく、しっかりとした技術の上に成り立った"剣技"による無双だ。


 滝から生まれた激流のように、苛烈でいて壮麗な剣捌きの前において、無粋な魚人共は塵芥のように飲み込まれていく。


 なんかもう、あいつ1人でよくね? などの気の抜けた感想を抱けるのは、それだけグラムの存在感が圧倒的だからか。


「グラム! 1人で好き勝手に暴れてないで、こちらへ来い!」


 傾いたキャスケットをくいっと直しつつ、ステアの叱責が飛ぶ。

 上級職に至ったとはいえ、この面子の中では桁違いに弱い俺の事を慮ってのことだろう。

 俺の護衛に重点を置きつつ、降りかかる火の粉を払おうという意図があるようだ。

 グラムは周囲の敵を一気に薙ぎ払うと、一足飛びにこちらへと戻ってきた。


「先行し過ぎだ、馬鹿もの。次にわたしたちから離れたら、お仕置き……んぬ?」


 コンッと鉄扇で軽くグラムの頭を叩いたステアが、ふと眉を顰める。

 彼女に様子に疑問を抱くより先に、突如として、頭蓋が痺れるような強大な魔力の奔流が俺達を襲った。その衝撃は、大海原そのものを丸ごとひっくり返したかのように荒々しく、それでいて喉元を締めるような圧迫感がある。


 視界に映る限りのディープワンが、土下座するかの如く一斉に頭を垂れる。


「これは……!? しまった!! タロ――ッ」


 何か重大な失態に気付いたかのような反応をみせたステアが、焦燥を隠すことも無くこちらへと手を伸ばす。彼女の尋常じゃない様子を視界に捉え、嫌な予感が滝を昇る鯉のように俺の背筋を這い上がっていく。

 考えるより先に、咄嗟に手を伸ばした。

 しかし、その白く華奢な指先に触れるより先に、ステアは跡形も無く姿を消した。


 目の前で起こった現象を理解するのに、刹那の時間を要し、それから殺界の効果が及ぶ範囲に、もう1人いるはずの頼もしいパーティメンバーがいない事を確認する。

 ステアと同じように、黒鎧の彼もまた俺の前から消えてしまったらしい。


「おいおい、なんだよいきなり。ひとりぼっちなんて寂しいじゃないか……」


 特に意識したわけでもなく、自分でも驚く程自然に、そんな言葉が口から漏れ出てくる。

 強気を演出する軽口のつもりなのか、つい出た本心なのか、それは俺にも分からなかった。


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