その23 準備万端
ステアに牛カツを振る舞った翌日。
今日は約束通り、迷宮内で見つけた隠し通路を探索することになっているので、陽が昇り始めた頃合いという早朝に起きて、朝食をとった。
今朝の献立は昨夜の残りである野菜スープを温め直し、黒パンにクリームチーズと厚切りのベーコンを挟んだサンド、焼いたソーセージとプレーンオムレツにドライフルーツ。
朝から少々重いといえる内容だが、迷宮探索に赴く前にしっかり食べておくのは、マーセナリーにとって基本中の基本だ。
とはいえ、ステアは苦も無く完食するどころか、野菜スープのおかわりまで要求してきたのだが。
物資などの準備は既に済ませてある。昨夜の夕食の材料を買うついでに、全て買い揃えておいた。ついでに、ステアのディメンションストレージを誤魔化す為の雑嚢も購入してある。彼女の恰好が恰好なので、それに合わせたちょっとお洒落なやつだ。おかげで少々高くついたが、必要経費として割り切ることにした。
「ディメンションストレージのおかげで、鍋のスープをそのまま持ち込めるってのは助かるな」
「ふっふっふ。わたしさえいれば、物資はどんな形だろうと、幾らでも詰め込み放題……長期探索において、これほど有用な能力はあるまい?」
どやっとした自慢げな笑みを浮かべるステアだが、それも許されるほどの優秀な能力であることは間違いない。
調理済みの食料や新鮮な食材、飲料水などを一切腐らせず、そのままの状態で保存しておけるというのはとても有難いことだ。
だからといって、これに甘えて全ての物資をステアに預けてしまうと、万が一にも迷宮の罠で互いが分断されてしまった場合、俺が詰むことになる。
なので、俺はいつものように自分の荷物は自分で持つことにした。
何が起こるかわからない未知の領域での探索となるので、雑嚢よりも圧倒的に容量が多い中型の背嚢をチョイスしてある。大型となると、咄嗟の戦闘時に動きを阻害されてしまうので、ここまでが背負える限界だ。
ちなみに、俺のような戦闘職が利用する背嚢の類は、身体の動きを極力阻害しないような凝ったデザインであったり、即座に着脱できるように細工が施してあるので、地味にお高い。
肝心の中身は、簡易テント、旅用寝具、医療キット(ウェストポーチにある応急用医療品とは別)、携帯用保存食、薄めたワインと真水を別々に入れた革水筒が複数、日持ちする食材(塩、醤油、味噌、我が家秘伝の混合香辛料の粉末、乾燥ハーブ、黒パン、米、干し肉にソーセージ、チーズ、干し野菜、ドライフルーツ等)、魔物避けの香料、バンクスのおっちゃん特製20メートル程の鉤爪付きワイヤーロープ。背嚢の外側に備え付けたショートソードに小型クロスボウとボルト筒のセット、戦闘用のナイフ2本、閃光爆薬筒4本、簡易型調理器具、食器、ランタンと固形燃料。
総重量40キロオーバー。
だが、非戦闘職の一般人ならまだしも、身体能力に補正が入る戦闘職からすれば――運び屋系の職業に就いた者なら猶更――何という事もない重量だ。レベル4になった俺ならば、これの10倍以上の重量を背負ったところで、問題なく長距離を移動できる。それほどの超重量を収納できる背嚢があればの話だが。
「タロウは剣士なのに、弩なんて使うのかい?」
「あると便利だからな」
別に天職が剣士だからといって、弓や弩が使えないわけではない。当然、本職のようにアビリティやスキルが乗るわけではないが、それでも武器本来の殺傷力が失われるわけではないのだ。素人が握った包丁でも、やり方次第では戦闘職の人間だって殺せるのと同じである。
俺は戦闘職用に作られた丈夫な衣服の上から、様々なミニポーチやナイフシースを括り付けたバックストラップを装着する。衣服の内側には、胸から腹に掛けてミスリル合金製のチェーンが編み込まれており、これだけで必要充分な防御力を確保できる優れものだ。勿論、バンクスのおっちゃん作。かなりお高めの値段――純ミスリルチェーン製だと値段はさらに跳ね上がる――だったのだが、背に腹は代えられず、分割払いで購入した逸品だ。膝関節を守る為のプロテクターも忘れずに。
あとは各種ウェストポーチやら、レッグポーチを装着し、先日購入したブラックワイバーンのフードローブを羽織るだけ。俺は身軽さを信条とする剣士なので、皮鎧の類などは装備しない。
フードローブの上から別のバックストラップを装着し、背中に鞘――背中から剣を抜きやすいように、鞘には加工が施されている――ごと長剣を括り付ける。腰の剣帯に和刀を差す。最後に背嚢を背負って準備を整えた。
ステアの方は例の着物にキャスケット、超高級鉄扇、新品のお洒落雑嚢を肩に掛けて準備完了だ。
お洒落雑嚢には、俺のよりも一回り小さなランタンと水筒がぶら下げてある。彼女曰く、少しでもマーセナリーっぽさを演出したいらしい。
グラムについては言うまでもない。手ぶらである。
しかし、主人であるステアが荷物を持って、従者のあいつが手ぶらというのは、正直どうかと思う。今度、あいつ用の雑嚢か背嚢を購入しよう。ストレージ持ちのステアがいる以上、あまり意味はないのだが、一番体格が良いグラムが何も荷物を持っていないというのは、外聞的な意味でも捨て置けない話だ。
「準備は整ったか?」
「ん! いつでも出発できるぞ! 大冒険、バッチコイ!」
今回は、昨日のお遊び感覚とは違う、本格的な迷宮探索である。
ステアは、幼年学校の子供達が楽しみとする遠足前のような満面の笑顔を見せた。
思わず、苦笑が浮かんでしまう。テレポートの先に大冒険が待っているとは限らないのだが……まぁ、それを今言う必要はないか。
「じゃあ、行くか――"ダンジョン"へ」
◆ ◆ ◆
ギルドに寄り、自由探索の届け出を提出して、ベオフェル迷宮前の英雄広場へと辿り着いた。
昨日訪れた時とは異なり、広場は雑多で活気溢れる雰囲気を潜め、緊張感漂うギスギスとした空間に変わっている。
早朝から広場へと集まっているマーセナリー達は、迷宮の探索ではなく"攻略"を目的とした連中だ。所謂、"意識高い系"というやつである。
自分達の活躍、その結果生じる新たな迷宮の情報が、後進のマーセナリー達の礎になっているという自負を抱いている分、どいつもこいつもプライドが高い。
そして、これから新たな階層を目指して進入しようとする彼らは、戦意が高揚するあまり、概ね殺気立っている。
そんなところへ、煌びやかな、明らかにダンジョンへ挑む装いとはいえない見目麗しいステアが、ベオフェル迷宮の入り口を目指して歩みを進めればどうなるか……。
ほとんどは彼女の美貌に見惚れる程度だが、なかには不快げに表情を歪ませて、これ見よがしに舌打ちしてくる者もいる。
彼らは、俺たちが迷宮を舐めていると捉えているのだろうが、安易に絡んでこないところを見るに、相手の力量を見極めるだけの実力は備えているらしい。
何にせよ、こんなところはさっさと抜けてしまうに限る。
きゅっとローブの裾を摘んでくるステアに軽く頷き返し、少しだけ足早に歩みを進めること少し。昨日と同じ管理人にギルドタグを見せてから、ダンジョン内部へと足を踏み入れた。
気合いを入れる為に背嚢を背負い直せば、ガチャリと重々しく音が鳴る。
すると、同じタイミングで迷宮に進入した複数のパーティから、奇異の目で見られてしまった。
俺のような、明らかな前衛職が大荷物を背負っていることに対し、嘲笑するような視線を感じた。
まぁ、彼らの言いたい事は理解できる。戦闘に突入した際、真っ先に敵と斬り結ばなくてならない前衛職が、己の動きを鈍らせるような大荷物を背負っているのだ。通常、荷物を背負う役目を担うのは、ポーター若しくはキャリアーと呼ばれる運び屋系の職業に就く者達である。
変わった手法としては、モンスターテイマー系の職業に就いた者が使役する魔物や獣に荷物を背負わせる手もあるが。
それを証明するように、周囲のパーティには例外なく、荷運び専門のメンバーが最低一人、或いは複数人いる。
俺達のように、運び屋がいないパーティの場合は、本来であれば別途で雇うか、手持ちの荷物を最小限に留めるべきなのだ。
とはいえ、俺が荷物を背負っている代わりに、グラムが完全フリーとなっているので問題はない。
周囲のマーセナリー達もそれに気付いたのか、視線はすぐに霧散した。
「まずは第5階層に向かおうか」
「ん!」
先頭にグラム、その後ろにステア、最後尾に俺といった順で隊列を組み、昨日通った道順を辿っていく形で、件の隠し通路がある第5階層を目指すことにした。
道中は面倒なアクシデントに見舞われることもなく、時折襲ってくるワーグやゴブリンをグラムが排除しつつ、俺達は順調に各階層を抜けていった。
そのまま、一息に第5階層まで到達し、幻影の壁がある場所まで進む。軽く周囲を調べたが、特段変わったところは見られない。見知らぬ誰かに、後から発見されたということもなさそうだ。
グラムが幻影の壁を抜け、異常がないことを確認してから、俺達も続く。
少し歩くと、転移の魔法陣が描かれた小部屋に辿り着いた。
室内を少し調べたが、俺達以外の誰かが侵入した形跡は見受けられない。
「タロウ、タロウ! 早く行こう!」
「そんなに慌てなくても、魔法陣は逃げないって……」
魔法陣の前に立ったステアは、待ち切れない様子で俺の手を引っ張る。
ステアの見立てでは、この転移魔法陣は行き先がきちんと固定されているということなので、少なくとも罠の類ではないことは確かだ。
それでも、転移した先が安全である保証はどこにもないので、どうしても緊張は拭えない。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……無意識のうちに、刀の柄を撫でていた。
「では、しゅっぱーつ!」
ウキウキワクワクなステアの掛け声を合図として、3人同時に魔法陣へ足を踏み入れる。
そして、足元から魔力の収束を感じると同時に、周囲の景色が歪んだ。




