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その22 隠し通路

 道中、行く手を阻む魔物を排除しつつ、特に問題無く第5階層へ到達した。

 第4階層の魔物が落とした魔石は借り受けた分銅よりも重かったので、第5階層で取れる魔石がそれに劣ることはないはずだ。

 ようやく、本格的な魔石狩りへと洒落込める。


「えーっと、魔石の納品数は幾つだったかな……」

「――」


 俺の言葉に反応したグラムが右手で指を2本、左手で丸を作って教えてくれた。


「ああ、そうそう。20個だ。ありがとう、グラム」

「――」


 俺の言葉に反応することなく、グラムはふいっと顔を逸らして、正面を向く。

 なんていうか、やっぱこいつ意志あるんじゃないの? と思わないでもない。実に判断に困る。


 ……まぁ、いいか。


 第5階層は第4階層と比べて、地形の構造や出現する魔物にとりわけ大きな違いはない。しかし、この階層にはセーフエリアという魔物が侵入できない安全地帯が存在する。とはいえ、今回はセーフエリアにお世話になる予定はないが。

 とりあえず、一定の範囲をぐるぐる周回しつつ、出会った魔物を片っ端から狩っていくとしよう。

 セーフエリア周辺はいざとなれば安全地帯に逃げ込めるだけあって、狩場として人気が高く、常に多数のパーティが犇めいているので、そこは避ける方針だ。


「それじゃ、サクッと済ませるとするか」

「ん、ここはグラムに頑張ってもらうとしよう」


 主人の命令に従い、グラムが先頭に立つ。


 ――そこからは特に語ることもない。


 出会う魔物を即座に滅ぼしていくグラムの後ろをのんびり付いて行くだけの簡単なお仕事だ。

 何をするでもなく、あっという間に魔石が20個以上集まった。あとは斡旋所に納品するだけとなり、さて帰ろうという段階になって、ステアがふと顔を上げた。


「なにやら妙な魔力の波動を感じる」

「妙な魔力?」

「ん。明らかに不自然な魔力の揺らぎだね……こっちか」


 ステアはグラムを後ろに下がらせると、俺の手を引いて先導する。彼女に促されるまま導かれた先には――


「何もないっていうか、壁しかないぞ?」


 何の変哲もない、ただの行き止まりである。言うなれば、ただの壁だ。しかし、ステアは俺の言葉を無視し、無言のままそっと壁に触れた。

 すると、壁全体に一瞬だけ波紋のようなものが迸ったかと思いきや、ステアの腕が抵抗無く飲み込まれていく。


「幻影……隠し通路かっ!」

「どうやら、そのようだね?」


 なんとまぁ。こんな浅い階層に隠し通路があったなんて驚きだ。

 "隠し通路"とは読んで字の如く、迷宮内にて隠蔽された通路のことである。宝箱が安置された部屋に通じていたり、深層へのショートカットが用意されていたりと、何らかの特典がある場合が多いらしい。

 話には聞いていたが、俺もこうして御目に掛かるのは初めてだ。今回はまず間違いなく、俺達が第一発見者であるはず。


「凄いじゃないか。魔力の波動がどうとか言ってたが、よくこんなの見つけられたな」

「ふふん。わたしを誰だと思っているのかな? この程度、造作もないのだよ」


 俺が賞賛の言葉を贈れば、ステアはさらりと着物の袖を揺らし、えっへんと満足気に胸を張った。

 用心しながら幻影の壁を抜けると、細長い通路が現れた。通路の奥には空けた空間が見える。薄っすらと漏れ出る明かりが、酷く不気味だ。

 未知の領域だけに、出来る範囲で罠などを警戒しながら慎重に進むこと少し。

 無事、通路の奥に据えられた小部屋のような空間に辿り着く。


「何もない、か……」

「床を除けばね」


 そこは何もない小部屋だった。ただし、床には魔法陣が刻まれており、魔力を帯びて青白く発光している。これが通路から見えた明かりの正体らしい。


「これは転移(テレポート)の魔法陣だね」

「うげっ、転移かよ。……(トラップ)か?」


 転移の魔法陣と聞き、ふとダンジョンでも有名な罠のひとつを思い出す。

 その名もランダムテレポート。この罠はかなりえげつない。魔法陣を踏んだパーティメンバーがバラバラに分断されるだけじゃなく、大体が碌でもない場所に飛ばされてしまう。


 そんな心配を、ステアが首を振って否定した。


「いや、単なるテレポートのようだよ。どこに繋がっているのかまでは解読できないけど、飛ばされる場所はきちんと定められているね」


 魔法陣をじっと見つめながら、ステアが言った。

 こいつ、魔法陣の解析まで出来るのかよ。多才過ぎるだろ。

 そんなことを考えていたら、こちらをジーっと穴が開くほどに見つめてくるステアの視線に気が付いた。

 口を開かずとも、彼女が何を言いたいのかは、その紅い瞳孔が雄弁に物語っている。

 どうやら、転移した先に何があるのか、興味があるらしい。彼女の気持ちは、俺も理解できるところだが……。


「ダメだからな」

「なんで!」


 憤って頬を膨らませるステア。むくれる彼女の姿は可愛いが、それはそれ。残念ながら許可はできない。

 何故なら、転移した先に帰りの転移魔法陣があるとは限らないからだ。転移した先がより深層の、俺のマッピングが及んでいない階層だった場合、地上への帰還は困難を極めるだろう。

 今回に限っては日帰りを予定していたので、手荷物はほとんどない。持参した携帯食料や飲料水もせいぜいが半日から1日分程度だ。そんな状態で転移魔法陣に飛び込むのは、自殺行為にも程がある。


「本格的に調査するには、色々と準備が足りていない。魔石の納品もあるし、今日のところは大人しく帰るぞ」

「むぅぅー……でもぉ……」


 未練がましく、チラチラと魔法陣に視線を投げ掛けながら、ステアは唸る。


「なに、今の今まで誰にも気付けなかったんだ。今日明日で他の誰かに発見されて、先を越されるってことはないだろ。また明日、ちゃんと準備を整えてから改めて来よう、な?」

「……わかった」

「いい子だ」


 しょんぼりと項垂れるステアに苦笑しつつ、俺は彼女の頭の上に軽く手を置いた。キャスケット越しに、ポンポンと優しく叩いてやる。


 いくら規格外の戦闘力を持つステアとグラムが一緒にいるとはいえ、それだけでサクサク攻略が進むほど迷宮という存在は甘くない。

 ここは一度地上に帰還し、しかるべき準備を整えるべきだ。


 そう判断して、俺たちは踵を返した。


 特にイレギュラーに巻き込まれることもなく、すんなりとギルドまで戻ることができた俺達は、受付カウンターにて魔石を提出した。

 依頼は無事に成功。余分に用意しておいた魔石も含めて、全て引き取ってもらえた。

 報酬は本来の5万ヴィクスに加えて、余剰分の魔石4個をプラスしたボーナス1万ヴィクスの計6万ヴィクスだ。短時間潜っただけでこの金額はかなり美味しいといえる。

 まぁ、全てはステアとグラムのおかげなのだが。

 俺一人では、現時点で必要納品数の半分も集まっていないに違いない。


 ふと見れば、窓から差し込む夕日が、ギルド内を赤く染めていた。

 専用の食事スペースでは、既に酒盛りに興じている冒険者の姿も見受けられる。

 時間的にも、そろそろ夕餉の支度をしなければ。


「さて、帰ろうか」

「ん!」


 帰ろうという言葉に対し、嬉しそうな笑みを零すステア。

 きゅっと、その白く細い指が俺の手に絡まってくる。

 俺はそっと握り返すと、今晩の献立を考えながら、ゆっくりとギルドを後にするのだった。


 ◆  ◆  ◆


 今夜はステア達とのマーセナリーパーティ結成記念を兼ねて、豪勢な夕食を用意することにした。

 今日のメインは牛カツだ。付け合わせとして野菜スープも用意する。ステアのリクエストもあって、主食は米だ。今回は趣向を凝らし、ガーリックで風味を付けたバターライスにしてみた。

 ステアはパンよりも米の方が好みらしい。


「おお……こんな料理は見たことがない……!」


 左右の手にナイフとフォークを持ち、声を震わせるステア。丸皿に乗せられた肉厚なカツを見て、真紅の瞳が好奇心と食欲に揺れ動いている。

 どうやら、カツを見たのは初めてらしい。

 まぁ、それもそうだろう。これは親父から教えられた料理であり、世にはまだ出回っていない品だ。

 世間では、肉に衣を纏わせるという発想自体がまだ生まれていない。

 小麦粉はまだしも、卵は卵で食べるのが常識だし、パンは主食だ。わざわざ解してパン粉を作るなんていう行為の意味は、誰にも理解できないだろう……カツを食べる、その瞬間までは。


「ほ、本当に……ごくっ……食べていいのかね……?」

「どうぞ召し上がれ」

「わーい! いただきます!」


 ナイフで肉を切れば、ジュワッと溢れる肉汁。芳ばしい香りを鼻いっぱいに吸い込んだステアは、豚や鳥では決して見られないピンクの色合いの肉に歓声をあげた。

 労働力としてではなく、食用として育てられた牛の肉は柔らかく、鳥や豚とはまた違った食感や風味で舌を喜ばせてくれる。

 蝋燭の仄かな灯りを反射し、キラキラと輝く衣。サクッと揚がったそれに、ステアは物怖じすることなく、景気良く齧り付く。

 分厚い牛肉を噛み切れば、透き通った脂と肉汁が口の中で混ざり合い、至高ともいえる旨味を演出する。

 熱々の肉を舌の上で転がし、牛肉独特の歯応えを満喫するステアは蕩けんばかりの恍惚とした表情で頬を抑えた。


「おいひしゅぎてほっぺがいひゃい……」


 ステアは牛カツの味が舌の上から消えないうちに、バターライスを一心不乱に口の中へ運ぶ。


「ふもおぉぉおお……にんにくしゅきぃ……」


 リスのように頬を膨らませて、もっきゅもっきゅと実に幸せそうに咀嚼するステアを見ていると、こちらの食欲まで刺激されてしまう。


 いやはや、喜んでもらえたようで何より。


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